死んだ土を最強の畑に変える「土壌神の恵み」〜元農家、異世界の食糧難を救い、やがて伝説の開拓領主になる〜

黒崎隼人

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第6話「ギルドの黒い影と小さな勝利」

 行商人バルトとの契約により、カペル村はかつてない活況を呈していた。

 バルトは定期的に村を訪れ、山のようなジャガイモやトマト、そしてアロンが開発した加工品を、高値で買い取ってくれる。

 村人たちの暮らしは、劇的に向上した。

 食卓は豊かになり、子供たちの頬は丸くなった。ほころびだらけだった服は新しいものに変わり、雨漏りしていた屋根は次々と修繕されていく。村には、笑い声が絶えなくなった。

 アロンは、その変化を喜びつつも、次なる一手を進めていた。

 手に入れた資金で、家畜を買い入れたのだ。牛や豚、鶏。彼らのフンは、最高の堆肥になる。乳や卵は、貴重なタンパク源となり、食生活をさらに豊かにする。

 アロンは、作物だけでなく、畜産も組み合わせた「循環型農業」を、この小さな村で実現しようとしていた。

 そんな順風満帆なカペル村に、黒い影が忍び寄っていた。

 隣町、ブロンの商業ギルドだ。

 ブロンは、この辺り一帯の物流を牛耳る商業都市。

 そこのギルドが、突如として現れた「謎の裕福な村」の噂を耳にしたのだ。

 自分たちの知らないところで、大きな金が動いている。しかも、その中心にいるのは、今まで見向きもしてこなかった貧しい開拓村。

 ギルドの幹部たちが、それを面白く思うはずがなかった。

 ある日、ギルドマスターの代理と名乗る、尊大な態度の男が、数人の屈強な護衛を連れてカペル村にやってきた。

 男の名前は、ボルタス。

「この村の責任者は誰だ。商業ギルドのボルタス様がお見えだぞ」

 村の広場で、ボルタスはふんぞり返ってそう言い放った。

 対応に出たダリオス村長に、彼は1枚の羊皮紙を突きつけた。

「貴様ら、ギルドの許可なく、違法な商取引を行っているそうだな。これは、領主様に対する重大な反逆行為と見なされる。本来なら、村ごと取り潰されても文句は言えんところだ」

 ボルタスは意地の悪い笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「だが、我々も鬼ではない。今後、この村で生産される作物は、すべて我々ブロン商業ギルドが『適正な価格』で買い取ってやろう。あの行商人との契約は、即刻破棄しろ。そうすれば、今回の件は不問にしてやる」

 あまりに一方的で、理不尽な要求。

「適正な価格」とやらが、バルトの提示した額より、はるかに低いものであることは火を見るより明らかだった。

 要するに、村の利益を丸ごと横取りしようという魂胆だ。

 村人たちの間に、怒りと不安が広がる。

 しかし、相手は強大な商業ギルド。下手に逆らえば、本当に何をされるかわからない。

 その時、村人たちをかき分けて、アロンがボルタスの前に進み出た。

「お話は、わかりました」

 アロンは、10歳の少年とは思えない落ち着き払った態度で言った。

「ですが、我々と行商人のバルトさんとの契約は、正当な手続きに則ったものです。それを一方的に破棄しろというのは、いささか乱暴ではありませんか?」

「なんだ、このガキは。大人の話に口を出すな」

 ボルタスは、アロンを鼻で笑った。

 だが、アロンは動じない。

「それに、僕たちの作物の価値を一番理解してくれているのは、バルトさんです。あなた方が提示する『適正な価格』とやらが、僕たちを納得させられるものかどうか。まずは、それをお聞かせいただきたいですね」

 アロンの毅然とした態度に、ボルタスは一瞬、言葉を失った。

 周りの村人たちも、固唾をのんでアロンを見守っている。

 いつの間にか、この少年が村の代表として、交渉の場に立っていた。

「……面白いガキだ。よかろう。そこまで言うなら、教えてやる。貴様らの作る芋や赤い実など、所詮は食い物だ。我々が買い取ってやるだけでも、ありがたいと思え。そうだ、銅貨1枚。それで十分だろう」

 ボルタスが吐き捨てるように言った値段に、村人たちは絶句した。

 バルトが、銀貨で買い取ってくれる作物を、銅貨1枚。

 それは、買い取りではなく、搾取だ。

「それは、あんまりだ!」

「ふざけるな!」

 村人たちから、怒号が飛ぶ。

 ボルタスは、それをせせら笑った。

「ふん、田舎者の百姓どもが。これが現実というものだ。逆らえばどうなるか、わかっているのか?」

 護衛たちが、腰の剣に手をかける。

 暴力で、すべてをねじ伏せようというのだ。

 村人たちの顔に、恐怖の色が浮かんだ。

 その、まさに一触即発の空気を破ったのは、1台の馬車の蹄の音だった。

 村の入り口から現れたのは、行商人バルトの幌馬車だった。

「おやおや、これは一体、何の騒ぎですかな? 私のお客様に、何かご用のようですな、ブロン商業ギルドの皆さん」

 馬車から降り立ったバルトは、にこやかな笑顔を浮かべていたが、その目は笑っていなかった。

 彼の後ろには、彼が雇ったであろう屈強な傭兵たちが、物々しい雰囲気で控えている。

 ボルタスの顔色が変わった。

「バルト……! 貴様、なぜここに!」

「なぜ、ですと? もちろん、大切な取引相手の村に、よからぬ虫がついたと聞いたからです。それに、ボルタスさん、あなた方がやっていることは、ギルドの規約違反ですよ」

「な、なんだと!?」

 バルトは懐から、一冊の古びた手帳を取り出した。

「これは、あなた方がブロンの街で、いかに不正な取引を重ねてきたかの記録です。帳簿の改竄、不当な関税の徴収、そして、ライバル商人への脅迫……。これを領主様に突き出せば、あなた方のギルドがどうなるか。お分かりになりますかな?」

 ボルタスの顔が、真っ青になった。

 バルトは、ただの人の良い商人ではなかった。彼は、ギルドの腐敗を内側から見てきた、したたかな情報収集能力を持つ男でもあったのだ。

「……くっ!」

 ボルタスは、ギリッと歯ぎしりすると、忌々しげにアロンとバルトを睨みつけた。

「……覚えておれよ!」

 捨て台詞を残し、ボルタスたちはそそくさと村を去っていった。

 あっけない幕切れだった。

「わははは! 見ましたか、アロン君! 奴らのあの顔!」

 バルトは、腹を抱えて大笑いした。

「バルトさん、ありがとうございました。助かりました」

 アロンが頭を下げると、バルトは慌てて首を横に振った。

「いやいや、礼を言うのはこちらの方です。あなたのおかげで、長年の目の上のたんこぶを排除する、絶好の機会が手に入りました。それに……」

 バルトは、アロンの肩にポンと手を置いた。

「アロン君、君はただの農家の子じゃない。君には、人を動かし、未来を見る力がある。私は、君という『金のなる木』に、投資しているのですよ」

 商人の目は、アロンという少年の途方もない可能性を、はっきりと見抜いていた。

 こうして、カペル村は最初の大きな危機を、知恵と協力によって乗り越えた。

 この小さな勝利は、村人たちの結束をさらに固め、アロンへの信頼を不動のものにした。

 そして、この一件は、アロンの名を、小さな村の枠を越えて、さらに遠くへと響かせるきっかけとなるのだった。

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