死んだ土を最強の畑に変える「土壌神の恵み」〜元農家、異世界の食糧難を救い、やがて伝説の開拓領主になる〜

黒崎隼人

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エピローグ「土と、君と、生きていく」

 あれから、10年。

 ヴェルディア連邦は、大陸でも屈指の、豊かで平和な国として、その名を知られるようになっていた。

 飢えは、完全に過去の言葉となった。

 アロンが導入した革新的な農業技術は、今や、国外にも広まり、世界中の食糧事情を、大きく改善させている。

 彼は、もはや、一国の最高農業顧問ではなく、「世界を飢えから救った男」として、生ける伝説となっていた。

 しかし、伝説本人は、そんな大げさな評価を、どこ吹く風と受け流し、今日も、始まりの場所である、カペル村の、あの小さな畑に立っていた。

 すっかり、青年のたくましい体つきになったアロンは、愛用のクワを手に、黙々と土を耕している。

 その隣には、昔と変わらない、太陽のような笑顔があった。

「もう、アロン。少しは休んだら? 今日は、私との約束があったでしょう?」

 赤毛をポニーテールに揺らし、薄くなったそばかすの浮いた頬を、わざとらしく膨らませるのは、セナだ。

 彼女もまた、アロンと共に歳を重ね、美しい女性へと成長していた。

 二人は、3年前、村人たちと、連邦中の要人たちに祝福され、ささやかな結婚式を挙げた。

「ああ、わかってるよ。この畝を耕し終わったらな。今日の土は、機嫌がいい。最高のコンディションだ」

 アロンは、土を愛おしむように、そう言った。

 彼の『土壌神の恵み』の力は、今も健在だ。

 いや、10年の歳月を経て、その力は、さらに深みを増している。

 彼にはもう、土の色や、脳内に響く声に頼らずとも、土に触れるだけで、その声なき声を聞くことができるようになっていた。

「ふふっ、相変わらずね、あなたは。土が恋人なんだから」

 セナは、そう言いながらも、その横顔を、愛おしそうに見つめている。

 公的な役職は、数年前に、後進に譲った。

 初代連邦代表を務めたフェルメル公も、今は引退し、孫の顔を見ながら、穏やかな老後を過ごしている。

 彼の娘、セレスは、隣国の王子と結ばれ、今では立派な王妃として、夫を支えているという。彼女もまた、アロンが広めた食の大切さを、新しい国で、熱心に説いているらしい。

 時代は、動いている。

 世界は、変わっていく。

 しかし、アロンとセナは、ここにいる。

 この、すべての始まりとなった、小さな畑に。

「よし、終わった!」

 アロンは、クワを地面に突き刺し、額の汗を拭った。

 満足げな、良い笑顔だった。

「さて、セナ。約束って、なんだっけ?」

 とぼけるアロンに、セナは、ぷりぷりと怒りながら、小さなバスケットを突き出した。

「忘れたなんて言わせないわよ! 今日は、丘の上でピクニックするって、1週間前から約束してたんだから!」

「ああ、そうだったな。悪い悪い」

 アロンは、笑ってセナの頭をくしゃくしゃと撫でると、その手を取った。

 10年経っても、変わらない、温かい手のひらの感触。

 二人は、手を繋いで、あの思い出の丘へと向かう。

 丘の上からは、緑豊かに広がる、ヴェルディア連邦の大地が、一望できた。

 かつては、不毛の荒野だった場所が、今は、黄金色の麦畑や、色とりどりの野菜畑で、美しく彩られている。

 それは、アロンが、この世界で生きてきた、確かな証だった。

「なあ、セナ」

 アロンは、サンドイッチを頬張りながら、ふと、つぶやいた。

「俺、この世界に来て、本当によかったよ」

「……なによ、急に。当たり前じゃない」

 セナは、少し照れくさそうに、そっぽを向いた。

「あんたがいなかったら、今頃、私や、この国が、どうなってたか。……ありがとう、アロン。私を見つけてくれて。この国を、作ってくれて」

「違うさ」

 アロンは、首を横に振った。

「俺は、何も作っちゃいない。ただ、土を耕して、種を蒔いただけだ。この国を作ったのは、セナ、お前や、村のみんな、連邦のみんなだ。俺は、その手伝いをしたに過ぎない」

 そして、アロンは、セナの肩を、そっと抱き寄せた。

「俺は、農家だ。これからも、ずっと、ただの農家だ。この土と、そして、君と一緒に、生きていくだけさ」

 セナは、何も言わずに、アロンの胸に、こつん、と頭を預けた。

 穏やかな風が、二人を優しく包み込む。

 空には、どこまでも、どこまでも、青い空が広がっていた。

 土と、太陽と、愛する人と、美味しいご飯。

 それさえあれば、人生は、こんなにも、豊かで、幸せなのだ。

 元農家の青年が異世界で起こした、小さな、しかし、世界を変えた奇跡の物語は、ここで、穏やかに、幕を閉じる。

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