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第6章:領主の過去と芽生える恋心
セレスティーナがアッシュベリー領に来てから、季節は一度巡った。かつて不毛の地と呼ばれた場所は、今や活気に満ち溢れていた。畑には様々な作物が実り、人々の食卓は豊かになった。そして何より、領民たちの顔には笑顔と希望が戻っていた。
カインは、そんな領地の変化と、その中心で太陽のように笑うセレスティーナの姿を、眩しいものを見るように見つめていた。彼女が現れるまで、この領地はただ静かに寂れていくだけだと思っていた。だが、彼女はたった一人で、この地の全てを変えてしまったのだ。
ある晩秋の夜、いつものようにセレスティーナが暮らす小屋で、温かいシチューを囲んで夕食をとっていた時のことだった。カインは、珍しく自身の過去をぽつりぽつりと語り始めた。なぜ彼が中央の貴族、特に女性を信用しないのか。その理由を。
「…俺の母親は、王都の貴族の娘だった」
彼の声は、静かだった。
「政略結婚で、病弱だった父…先代の領主に嫁いできた。だが、この貧しい辺境の暮らしに耐えられなかったんだろう。彼女は、王都の華やかな生活だけを夢見ていた」
カインの母親は、幼い彼と病気の夫を捨てて、領地から逃げ出したのだという。王都の裕福な貴族のもとへ走り、二度とこの地に戻ってくることはなかった。その出来事は、若き日のカインの心に、消えることのない深い傷を残した。
「女は、皆そうだと思っていた。きらびやかなものにしか興味がなく、都合が悪くなれば平気で人を裏切る、と。…だから、王都から来た派手なドレスのお前を、最初は信用できなかったんだ」
静かに語る彼の横顔には、彼がずっと一人で抱えてきた深い孤独と、悲しみの色が滲んでいた。
セレスティーナは、彼の心の壁の理由を知り、胸が締め付けられるように痛んだ。彼女は何も言わず、傍にあったポットから、安眠効果のあるカモミールのハーブティーをカップに注ぎ、そっと彼の前に差し出した。
カインは黙ってそれを受け取り、一口飲む。温かいハーブの香りが、彼の凍てついた心を優しく解きほぐしていくようだった。言葉にならないセレスティーナの優しさに、彼は救われたような気持ちになっていた。
一方、セレスティーナ自身も、カインに対して抱く特別な感情に、はっきりと気づき始めていた。
最初は冷たくて怖い人だと思っていた。けれど、彼は誰よりも民を想い、この領地を守るために一人で必死に戦ってきたのだ。そして、追放され全てを失った自分のことを認め、信じ、陰ながら支え続けてくれた。
その不器用で、けれど深い優しさに触れるたびに、彼女の胸はきゅっと高鳴るのだった。
(私、カイン様のことが……好き、なのかもしれない)
その夜、一人になった小屋のベッドの中で、セレスティーナは自分の頬が熱を持っていることに気づいた。彼の孤独を知って、もっと傍にいて支えたいと思った。彼の笑顔が見たくて、たまらないと思った。これは紛れもなく、恋心だった。
翌日、セレスティーナは一つの決意をしていた。彼女はカインのためだけに、特別な料理を作ることにしたのだ。彼の好物は、領地で獲れる猪の肉。彼女は前世の知識を活かし、領内に自生していたローズマリーやタイムといったハーブを使い、肉の臭みを消して香りを引き立てる特別なローストポークを焼き上げた。
夕食の席、それを口にしたカインは、驚きに目を見開いた。
「……これは…」
「カイン様のお好きな猪肉を、少し工夫してみました。お口に合いますか?」
「合うか、じゃない。……今まで食べた、どんなご馳走よりも美味い」
カインは、そう言って、心の底から嬉しそうに笑った。それは、セレスティーナが初めて見る、彼の満面の笑みだった。
その笑顔を見た瞬間、セレスティーナの心は決まった。この人のために、この領地のために、私はもっともっと頑張ろう。この温かい場所を、絶対に守り抜こう、と。彼女の心に芽生えた恋心は、より強く、確かなものへと変わっていった。
カインは、そんな領地の変化と、その中心で太陽のように笑うセレスティーナの姿を、眩しいものを見るように見つめていた。彼女が現れるまで、この領地はただ静かに寂れていくだけだと思っていた。だが、彼女はたった一人で、この地の全てを変えてしまったのだ。
ある晩秋の夜、いつものようにセレスティーナが暮らす小屋で、温かいシチューを囲んで夕食をとっていた時のことだった。カインは、珍しく自身の過去をぽつりぽつりと語り始めた。なぜ彼が中央の貴族、特に女性を信用しないのか。その理由を。
「…俺の母親は、王都の貴族の娘だった」
彼の声は、静かだった。
「政略結婚で、病弱だった父…先代の領主に嫁いできた。だが、この貧しい辺境の暮らしに耐えられなかったんだろう。彼女は、王都の華やかな生活だけを夢見ていた」
カインの母親は、幼い彼と病気の夫を捨てて、領地から逃げ出したのだという。王都の裕福な貴族のもとへ走り、二度とこの地に戻ってくることはなかった。その出来事は、若き日のカインの心に、消えることのない深い傷を残した。
「女は、皆そうだと思っていた。きらびやかなものにしか興味がなく、都合が悪くなれば平気で人を裏切る、と。…だから、王都から来た派手なドレスのお前を、最初は信用できなかったんだ」
静かに語る彼の横顔には、彼がずっと一人で抱えてきた深い孤独と、悲しみの色が滲んでいた。
セレスティーナは、彼の心の壁の理由を知り、胸が締め付けられるように痛んだ。彼女は何も言わず、傍にあったポットから、安眠効果のあるカモミールのハーブティーをカップに注ぎ、そっと彼の前に差し出した。
カインは黙ってそれを受け取り、一口飲む。温かいハーブの香りが、彼の凍てついた心を優しく解きほぐしていくようだった。言葉にならないセレスティーナの優しさに、彼は救われたような気持ちになっていた。
一方、セレスティーナ自身も、カインに対して抱く特別な感情に、はっきりと気づき始めていた。
最初は冷たくて怖い人だと思っていた。けれど、彼は誰よりも民を想い、この領地を守るために一人で必死に戦ってきたのだ。そして、追放され全てを失った自分のことを認め、信じ、陰ながら支え続けてくれた。
その不器用で、けれど深い優しさに触れるたびに、彼女の胸はきゅっと高鳴るのだった。
(私、カイン様のことが……好き、なのかもしれない)
その夜、一人になった小屋のベッドの中で、セレスティーナは自分の頬が熱を持っていることに気づいた。彼の孤独を知って、もっと傍にいて支えたいと思った。彼の笑顔が見たくて、たまらないと思った。これは紛れもなく、恋心だった。
翌日、セレスティーナは一つの決意をしていた。彼女はカインのためだけに、特別な料理を作ることにしたのだ。彼の好物は、領地で獲れる猪の肉。彼女は前世の知識を活かし、領内に自生していたローズマリーやタイムといったハーブを使い、肉の臭みを消して香りを引き立てる特別なローストポークを焼き上げた。
夕食の席、それを口にしたカインは、驚きに目を見開いた。
「……これは…」
「カイン様のお好きな猪肉を、少し工夫してみました。お口に合いますか?」
「合うか、じゃない。……今まで食べた、どんなご馳走よりも美味い」
カインは、そう言って、心の底から嬉しそうに笑った。それは、セレスティーナが初めて見る、彼の満面の笑みだった。
その笑顔を見た瞬間、セレスティーナの心は決まった。この人のために、この領地のために、私はもっともっと頑張ろう。この温かい場所を、絶対に守り抜こう、と。彼女の心に芽生えた恋心は、より強く、確かなものへと変わっていった。
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