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第9章:守るべきもの、初めての口づけ
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王都から調査官が来る――その知らせは、セレスティーナの脳裏に、あの屈辱的な断罪の日の記憶を蘇らせた。一瞬、顔を曇らせた彼女だったが、すぐに毅然とした表情を取り戻す。隣には、静かな怒りをたたえたカインがいる。もう、彼女は一人ではなかった。
「大丈夫です、カインさま。私たちには、何もやましいことなどありませんから。堂々と迎え入れましょう」
彼女の気丈な姿に、カインは胸を打たれた。恐怖や不安を見せるのではなく、共に戦おうとする彼女の強さ。この人を、この人が作り上げたものを、何があっても自分が守り抜かなければならない。彼は心に固く誓った。
数日後、王都から派遣された役人たちが、数人の騎士を引き連れてアッシュベリー領に到着した。彼らは見るからに横柄で、領地の素朴な風景を見下し、セレスティーナを罪人であるかのように扱う。
「ここがアッシュベリーか。聞いていた通りの田舎だな」
「元公爵令嬢が、このような場所で随分と羽振りが良いそうだな。不正に蓄えた財は、すべて王家に献上しろ。王太子殿下直々のご命令だ」
高圧的な役人に対し、カインは領主として冷静に対応した。彼は法に則り、領地の会計帳簿をすべて開示し、特産品の製造と交易がすべて正当な手続きに則ったものであることを淡々と証明してみせる。役人たちは、完璧に整理された帳簿の前に不正の証拠を何一つ見つけられず、苛立たしげに歯ぎしりした。
だが、彼らは諦めなかった。帳簿でだめなら、と役人たちはセレスティーナの畑に目を付けた。そこには、ちょうど収穫期を迎えたトマトが、宝石のように赤く輝いている。
「そもそも、この異常な作物の育ち方自体がおかしい! これは禁断の魔法か、あるいは邪悪な薬でも使っているに違いない!」
そう叫ぶと、筆頭の役人がずかずかと畑に踏み込み、たわわに実ったトマトを軍靴で乱暴に踏み潰そうとした。
その、瞬間だった。
今まで静観していたカインが、瞬きするほどの速さで動き、役人の腕を鋼のような力で掴み上げた。
「――それ以上、彼女の宝物に触れるな」
カインの声は地を這うように低く、凍てつくような怒気に満ちていた。彼の銀の瞳はもはや刃ではなく、殺意すら宿した氷の切っ先のように輝いていた。その見たこともないほどの気迫に役人は完全に圧倒され、悲鳴のような声を上げて後ずさる。騎士たちも、領主の剥き出しの怒りを前に、一歩も動けなかった。
「ここは、アッシュベリー伯爵である私の土地だ。不当な捜査と、我が領地の民への侮辱は許さん。即刻、立ち去れ」
結局、役人たちは何の成果も得られず、ほうほうの体で王都へと引き上げていった。
嵐が去った夜。セレスティーナは、自分のために体を張ってくれたカインに、心からの感謝を伝えていた。
「ありがとうございました、カインさま。私の、私たちの畑を守ってくださって……」
月明かりが照らす畑の前で、感謝を伝える彼女の翠の瞳は、感動と安堵に潤んでいた。その潤んだ瞳に見つめられて、カインは、もう自分の中に渦巻く感情を抑えきれなかった。
彼はセレスティーナの肩を優しく引き寄せると、その潤んだ唇に、そっと自分の唇を重ねた。
驚きに目を見開くセレスティーナ。キスは不器用で、けれど彼の深い愛情がすべて込められているのがわかった。
唇が離れた後、カインはセレスティーナの額に自分の額をこつんと合わせた。
「セレス……。君を、誰にも渡したくない」
彼の囁きは、熱を帯びていた。それは紛れもない、愛の告白だった。
セレスティーティーナは顔を真っ赤に染めながらも、こぼれるような幸せに満たされて、こくりと頷くことしかできなかった。
月明かりの下で交わされた初めての口づけは、二人の運命を永遠に結びつけた。
「大丈夫です、カインさま。私たちには、何もやましいことなどありませんから。堂々と迎え入れましょう」
彼女の気丈な姿に、カインは胸を打たれた。恐怖や不安を見せるのではなく、共に戦おうとする彼女の強さ。この人を、この人が作り上げたものを、何があっても自分が守り抜かなければならない。彼は心に固く誓った。
数日後、王都から派遣された役人たちが、数人の騎士を引き連れてアッシュベリー領に到着した。彼らは見るからに横柄で、領地の素朴な風景を見下し、セレスティーナを罪人であるかのように扱う。
「ここがアッシュベリーか。聞いていた通りの田舎だな」
「元公爵令嬢が、このような場所で随分と羽振りが良いそうだな。不正に蓄えた財は、すべて王家に献上しろ。王太子殿下直々のご命令だ」
高圧的な役人に対し、カインは領主として冷静に対応した。彼は法に則り、領地の会計帳簿をすべて開示し、特産品の製造と交易がすべて正当な手続きに則ったものであることを淡々と証明してみせる。役人たちは、完璧に整理された帳簿の前に不正の証拠を何一つ見つけられず、苛立たしげに歯ぎしりした。
だが、彼らは諦めなかった。帳簿でだめなら、と役人たちはセレスティーナの畑に目を付けた。そこには、ちょうど収穫期を迎えたトマトが、宝石のように赤く輝いている。
「そもそも、この異常な作物の育ち方自体がおかしい! これは禁断の魔法か、あるいは邪悪な薬でも使っているに違いない!」
そう叫ぶと、筆頭の役人がずかずかと畑に踏み込み、たわわに実ったトマトを軍靴で乱暴に踏み潰そうとした。
その、瞬間だった。
今まで静観していたカインが、瞬きするほどの速さで動き、役人の腕を鋼のような力で掴み上げた。
「――それ以上、彼女の宝物に触れるな」
カインの声は地を這うように低く、凍てつくような怒気に満ちていた。彼の銀の瞳はもはや刃ではなく、殺意すら宿した氷の切っ先のように輝いていた。その見たこともないほどの気迫に役人は完全に圧倒され、悲鳴のような声を上げて後ずさる。騎士たちも、領主の剥き出しの怒りを前に、一歩も動けなかった。
「ここは、アッシュベリー伯爵である私の土地だ。不当な捜査と、我が領地の民への侮辱は許さん。即刻、立ち去れ」
結局、役人たちは何の成果も得られず、ほうほうの体で王都へと引き上げていった。
嵐が去った夜。セレスティーナは、自分のために体を張ってくれたカインに、心からの感謝を伝えていた。
「ありがとうございました、カインさま。私の、私たちの畑を守ってくださって……」
月明かりが照らす畑の前で、感謝を伝える彼女の翠の瞳は、感動と安堵に潤んでいた。その潤んだ瞳に見つめられて、カインは、もう自分の中に渦巻く感情を抑えきれなかった。
彼はセレスティーナの肩を優しく引き寄せると、その潤んだ唇に、そっと自分の唇を重ねた。
驚きに目を見開くセレスティーナ。キスは不器用で、けれど彼の深い愛情がすべて込められているのがわかった。
唇が離れた後、カインはセレスティーナの額に自分の額をこつんと合わせた。
「セレス……。君を、誰にも渡したくない」
彼の囁きは、熱を帯びていた。それは紛れもない、愛の告白だった。
セレスティーティーナは顔を真っ赤に染めながらも、こぼれるような幸せに満たされて、こくりと頷くことしかできなかった。
月明かりの下で交わされた初めての口づけは、二人の運命を永遠に結びつけた。
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