8 / 21
第7章:辺境伯の慧眼と、領地の未来
しおりを挟む
灰色の谷で起きている奇跡的な変化の噂は、風に乗って、やがてこの一帯を治める領主、バルトロ辺境伯の耳にも届いた。
バルトロ辺境伯は、叩き上げの武人であり、現実主義者だ。彼にとって、王都から追放されてきた公爵令嬢など、厄介事の種でしかなかった。当初は、大人しく館に引きこもっているのなら、それで良いと考えていた。しかし、彼の元に届く報告は、日に日に信じがたいものになっていく。
「痩せた土地が蘇り、見たこともない作物が豊作?」
「村人たちが、あの元令嬢を『女神』と崇めている?」
「薬草を加工して、行商人に高く売っているだと?」
にわかには信じがたい話だった。何か黒魔術のようなものを使っているのか、あるいは、村人たちを騙して何か良からぬことを企んでいるのではないか。バルトロ辺境伯は深刻な警戒心を抱き、自らの目で真偽を確かめるため、少数の供だけを連れて灰色の谷へと視察に訪れることを決意した。
辺境伯一行が谷の入り口に足を踏み入れた瞬間、彼は息を呑んだ。報告は、決して大げさなものではなかった。むしろ、控えめなくらいだ。
かつて自身も匙を投げていた、あの不毛で陰鬱な谷は、どこにもない。どこまでも広がる畑には青々とした作物が風にそよぎ、整備された水路がきらきらと輝いている。家々は修繕され、道端には花が植えられていた。そして何より、すれ違う村人たちの顔つきが、領内の他のどの村よりも明るく、活気に満ちている。
「……これが、本当にあの灰色の谷なのか」
辺境伯が呆然と呟く。やがて、彼の視線の先に、噂の元凶である人物の姿が見えた。
畑の中で、数人の村人たちに囲まれ、身振り手振りを交えて何かを教えている女性がいた。高価なドレスではなく、動きやすいシンプルなワンピースを着こなし、その手は土で汚れている。だが、その立ち姿には、紛れもない気品と、人々を惹きつける指導者の風格が備わっていた。ロゼリア・フォン・ヴェルフェンだ。
辺境伯の来訪に気づいたロゼリアは、村人たちに一言断ると、彼の元へと歩み寄ってきた。その隣には、鋭い目つきの青年、カイが寄り添っている。
「これはこれは、バルトロ辺境伯様。わざわざこのような辺鄙な場所まで、ようこそおいでくださいました」
ロゼリアは、優雅にカーテシーで迎えた。その堂々とした態度に、辺境伯はゴクリと唾を飲む。目の前の女性は、追放されてきた惨めな令嬢などではない。確固たる自信と実績に裏打ちされた、一人の優れた為政者だった。
「……ロゼリア嬢。単刀直入に聞こう。一体、何をしたのだ?」
辺境伯の問いに、ロゼリアは穏やかに微笑んだ。
「特別なことは何もしておりません。ただ、この土地の声を聞き、土が求めるものを与え、人々が望む未来を、ほんの少しお手伝いしただけですわ」
彼女は辺境伯を案内し、堆肥場を見せ、ポタトの畑を歩き、薬草の加工場を説明した。その全てが合理的で、地に足の着いた、努力と知恵の結晶だった。黒魔術でもなければ、詐欺でもない。ただひたすらに、真摯な努力が積み重ねられていただけだ。
全てを見終えた後、バルトロ辺境伯は、ロゼリアの前に深く、深く頭を下げた。
「……ロゼリア様。わしは、己の不明を恥じている。貴女様のような偉大な方を、厄介者扱いしていたとは。このバルトロ、一生の不覚だ。どうか、この無礼をお許しいただきたい」
武骨な辺境伯が見せた、心からの敬意だった。
「顔をお上げください、辺境伯。私はもう、ただのロゼリアです」
「いや、貴女様は、この辺境の地に現れた希望の光だ!」
辺境伯は顔を上げると、熱のこもった目でロゼリアに懇願した。
「どうか、ロゼリア様。そのお力を、この灰色の谷だけでなく、わしの領地全体のために貸してはいただけまいか! わしは、貴女様の最大の協力者になることを誓う!」
それは、ロゼリアの活動が、一個人のささやかな挑戦から、領地全体の未来を左右する巨大なプロジェクトへとスケールアップする瞬間だった。
ロゼリアは、隣に立つカイの顔を見た。カイは、力強く頷いた。
「お受けいたします、辺境伯様。この土地を、王国で最も豊かな場所にしてみせましょう」
その言葉は、もはや夢物語ではなかった。確かな未来を見据えた、力強い宣言だった。バルトロ辺境伯という最大の支援者を得て、ロゼリアの物語は、新たな章へと進んでいく。
バルトロ辺境伯は、叩き上げの武人であり、現実主義者だ。彼にとって、王都から追放されてきた公爵令嬢など、厄介事の種でしかなかった。当初は、大人しく館に引きこもっているのなら、それで良いと考えていた。しかし、彼の元に届く報告は、日に日に信じがたいものになっていく。
「痩せた土地が蘇り、見たこともない作物が豊作?」
「村人たちが、あの元令嬢を『女神』と崇めている?」
「薬草を加工して、行商人に高く売っているだと?」
にわかには信じがたい話だった。何か黒魔術のようなものを使っているのか、あるいは、村人たちを騙して何か良からぬことを企んでいるのではないか。バルトロ辺境伯は深刻な警戒心を抱き、自らの目で真偽を確かめるため、少数の供だけを連れて灰色の谷へと視察に訪れることを決意した。
辺境伯一行が谷の入り口に足を踏み入れた瞬間、彼は息を呑んだ。報告は、決して大げさなものではなかった。むしろ、控えめなくらいだ。
かつて自身も匙を投げていた、あの不毛で陰鬱な谷は、どこにもない。どこまでも広がる畑には青々とした作物が風にそよぎ、整備された水路がきらきらと輝いている。家々は修繕され、道端には花が植えられていた。そして何より、すれ違う村人たちの顔つきが、領内の他のどの村よりも明るく、活気に満ちている。
「……これが、本当にあの灰色の谷なのか」
辺境伯が呆然と呟く。やがて、彼の視線の先に、噂の元凶である人物の姿が見えた。
畑の中で、数人の村人たちに囲まれ、身振り手振りを交えて何かを教えている女性がいた。高価なドレスではなく、動きやすいシンプルなワンピースを着こなし、その手は土で汚れている。だが、その立ち姿には、紛れもない気品と、人々を惹きつける指導者の風格が備わっていた。ロゼリア・フォン・ヴェルフェンだ。
辺境伯の来訪に気づいたロゼリアは、村人たちに一言断ると、彼の元へと歩み寄ってきた。その隣には、鋭い目つきの青年、カイが寄り添っている。
「これはこれは、バルトロ辺境伯様。わざわざこのような辺鄙な場所まで、ようこそおいでくださいました」
ロゼリアは、優雅にカーテシーで迎えた。その堂々とした態度に、辺境伯はゴクリと唾を飲む。目の前の女性は、追放されてきた惨めな令嬢などではない。確固たる自信と実績に裏打ちされた、一人の優れた為政者だった。
「……ロゼリア嬢。単刀直入に聞こう。一体、何をしたのだ?」
辺境伯の問いに、ロゼリアは穏やかに微笑んだ。
「特別なことは何もしておりません。ただ、この土地の声を聞き、土が求めるものを与え、人々が望む未来を、ほんの少しお手伝いしただけですわ」
彼女は辺境伯を案内し、堆肥場を見せ、ポタトの畑を歩き、薬草の加工場を説明した。その全てが合理的で、地に足の着いた、努力と知恵の結晶だった。黒魔術でもなければ、詐欺でもない。ただひたすらに、真摯な努力が積み重ねられていただけだ。
全てを見終えた後、バルトロ辺境伯は、ロゼリアの前に深く、深く頭を下げた。
「……ロゼリア様。わしは、己の不明を恥じている。貴女様のような偉大な方を、厄介者扱いしていたとは。このバルトロ、一生の不覚だ。どうか、この無礼をお許しいただきたい」
武骨な辺境伯が見せた、心からの敬意だった。
「顔をお上げください、辺境伯。私はもう、ただのロゼリアです」
「いや、貴女様は、この辺境の地に現れた希望の光だ!」
辺境伯は顔を上げると、熱のこもった目でロゼリアに懇願した。
「どうか、ロゼリア様。そのお力を、この灰色の谷だけでなく、わしの領地全体のために貸してはいただけまいか! わしは、貴女様の最大の協力者になることを誓う!」
それは、ロゼリアの活動が、一個人のささやかな挑戦から、領地全体の未来を左右する巨大なプロジェクトへとスケールアップする瞬間だった。
ロゼリアは、隣に立つカイの顔を見た。カイは、力強く頷いた。
「お受けいたします、辺境伯様。この土地を、王国で最も豊かな場所にしてみせましょう」
その言葉は、もはや夢物語ではなかった。確かな未来を見据えた、力強い宣言だった。バルトロ辺境伯という最大の支援者を得て、ロゼリアの物語は、新たな章へと進んでいく。
31
あなたにおすすめの小説
追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!
六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。
家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能!
「ここなら、自由に生きられるかもしれない」
活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。
「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、国の経済を掌握しました
鍛高譚
恋愛
「経済を握る者こそ、世界を動かす――」
前世、日本の証券会社で働いていた**瑞穂紗羅(みずほ さら)**は、異世界に転生し、サラ・レティシア伯爵令嬢として生まれ変わった。
貴族社会のしがらみや婚姻政策に巻き込まれながらも、彼女はひそかに動き始める。
「まずは資金を確保しなくちゃね」
異世界の為替市場(FX)を利用し、通貨の価値変動を読み、巨額の富を得るサラ。
次に狙うは株式投資――貴族の商会やギルドに出資し、国の経済に食い込んでいく。
気づけば彼女は、両替所ネットワークと金融システムを構築し、王国の経済を裏から支配する影の実力者となっていた。
そんな中、彼女に公爵令息との婚約話が舞い込む。
しかし、公爵令息は「格下の伯爵令嬢なんて興味がない」と、一方的に婚約破棄。
それを知った公爵は激怒する――
「お前は何も分かっていない……! あの女は、この国の経済を支配する者だぞ! 世界すら掌握しかねないのだ!」
サラの金融帝国の成長は止まらない。
貴族たちは彼女にひれ伏し、国王は頼り、王太子は取り込もうとし、帝国は彼女の影響力に戦慄する。
果たしてサラは、異世界経済の頂点に立ち、さらなる世界の覇権を握るのか――?
婚約破棄された宮廷薬師、辺境を救い次期領主様に溺愛される
希羽
恋愛
宮廷薬師のアイリスは、あらゆる料理を薬学と栄養学に基づき、完璧な「薬膳」へと昇華させる類稀なる才能の持ち主。
しかし、その完璧すぎる「効率」は、婚約者である騎士団の副団長オスカーに「君の料理には心がない」と断じられ、公衆の面前で婚約を破棄される原因となってしまう。
全てを失ったアイリスが新たな道として選んだのは、王都から遠く離れた、貧しく厳しい北の辺境領フロスラントだった。そこで彼女を待っていたのは、謎の奇病に苦しむ領民たちと、無骨だが誰よりも民を想う代理領主のレオン。
王都で否定された彼女の知識と論理は、この切実な問題を解決する唯一の鍵となる。領民を救う中で、アイリスは自らの価値を正当に評価してくれるレオンと、固い絆を結んでいく。
だが、ようやく見つけた安住の地に、王都から一通の召喚状が届く。
トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……
王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。
【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ
O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。
それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。
ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。
彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。
剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。
そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……
その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜
みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。
魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。
目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた?
国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる