追放された悪役令嬢は、辺境の地で『豊穣の聖女』と呼ばれています~慰謝料代わりの土地を前世知識で穀倉地帯に変えたら、辺境伯様が溺愛してきます~

黒崎隼人

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第8章:辺境伯様の過保護と、初めての嫉妬

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 市場の成功は、ローゼンベルク領に富をもたらしただけでなく、アレン・フォン・ローゼンベルクという男を別人へと変貌させた。いや、正確に言えば、彼が元来持っていた性質を、極端な形で増幅させたと言うべきだろう。
 それは、私、リリアーナに対する『過保護』と『溺愛』だった。
 例えば、私が少しでも畑仕事で無理をしようものなら、どこからともなく現れて、「リリアーナ、休め。これは領主命令だ」と真顔で言い放ち、私から鍬を取り上げてしまう。
 農作業で私の手に土がつけば、彼は眉一つ動かさずにハンカチを取り出し、自らの手で丁寧にその汚れを拭うのだ。その度に、周りの領民たちは生温かい視線を私たちに向ける。
 市場で、私が商人と少し長く立ち話をしていようものなら、いつの間にか背後に仁王立ちになり、鋭い眼光で相手を威圧する。その無言の圧力に耐えきれず、商人は皆、すごすごと退散していくのだった。
「アレン様、わたくしは子供ではございませんのよ?」
「分かっている。だが、君は少し無防備すぎる」
 そう言って、彼は私の頬についた土埃を、ごく自然な仕草で指で拭う。その真剣な眼差しと、不意に触れる指先の熱に、私の心臓はいつも大きく跳ねてしまう。彼の不器用で、しかし真っ直ぐすぎる愛情表現は、困惑させられることも多いが、それ以上に私の心を温かいもので満たしていくのだった。私もまた、彼のそんな姿に惹かれていることを、はっきりと自覚していた。
 そんなある日のこと。市場に、ひときわ目を引く一団が訪れた。隣国の大きな街で成功しているという、若き商会長だった。彼は私の噂を聞きつけ、自ら視察にやってきたのだという。
「これは素晴らしい! リリアーナ様、あなたの発想と手腕には感服いたしました!」
 商会長は、年の頃はアレンと同じくらいだろうか。しかし、アレンとは対照的に、非常に口が達者で、人当たりが良い。彼は私の特産品開発や市場の仕組みを絶賛し、熱烈にビジネスパートナーとしての提携を申し込んできた。
「是非とも、我が商会と大々的な取引を! あなたの作る品を、大陸中に広めてみせましょう!」
 そう言って、彼は芝居がかった仕草で私の手を取り、その甲に口づけをしようとした。
「まあ、光栄ですわ」
 私がにこやかに応対し、社交辞令としてその手を取った、まさにその瞬間だった。
 突如、二人の間に影が差し、私の腕がぐいっと強く引かれた。
「――っ!」
 見ると、そこには鬼のような形相をしたアレンが立っていた。彼は私の手を取っていた商会長の手を、まるで汚いものでも払いのけるかのように乱暴に振り払い、無言のまま私をぐいと背後にかばう。
「……失礼。彼女との話は、まず領主である私を通してもらおう」
 地を這うような低い声。その瞳には、今まで見たこともないほど激しい、燃えるような感情が渦巻いていた。それは、自分の宝物を奪おうとする侵入者に向けられる、容赦のない敵意と――嫉妬の炎だった。
 あまりの剣幕に、敏腕で知られるはずの商会長も、完全に気圧されて言葉を失っている。
「アレン様、お客様に対して失礼ですわ!」
 私が慌てて彼を諌めようとするが、アレンは聞く耳を持たない。彼は私の腕を掴むと、「来るんだ」とだけ短く言い、有無を言わさずその場から私を連れ去ってしまった。
 強引に腕を引かれ、辿り着いたのは辺境伯の屋敷にある彼自身の執務室だった。彼は乱暴に扉を閉めると、私を壁際に追い詰めた。ドン、と彼の手が私の顔の横の壁を叩く。いわゆる、壁ドンというやつだ。しかし、少女漫画のような甘い雰囲気はまるでない。
「……なぜだ」
 絞り出すような、掠れた声。
「なぜ、あんな男に笑顔を向け、安易に手を取らせる」
 彼の灰色の瞳が、苦しげに揺れていた。その表情を見て、私はようやく彼の感情の正体をはっきりと理解した。
(この方、嫉妬してくださっているの……?)
 私のために。そう思った瞬間、自分の胸が、きゅうっと甘く締め付けられるのを感じた。怒っているはずの彼が、なぜかとても愛おしく思える。
「……あんな男と、二度と親しげにするな」
 それは命令であり、懇願でもあった。私のすべてを自分だけのものにしたいという、彼の剥き出しの独占欲。
 私は、彼の激情を恐ろしいとは思わなかった。むしろ、その不器用な愛情が嬉しくて、たまらなかった。
「……はい、アレン様」
 私が素直に頷くと、彼の険しい表情が少しだけ和らぐ。そして彼は、まるで壊れ物に触れるかのように、そっと私の頬に手を伸ばした。
 この日を境に、二人の関係は新たな段階へと進むことになる。堅物な辺境伯が初めて見せた激しい嫉妬は、私の中に眠っていた彼への恋心を、決定的に目覚めさせたのだった。
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