9 / 21
第8章:辺境伯様の過保護と、初めての嫉妬
しおりを挟む
市場の成功は、ローゼンベルク領に富をもたらしただけでなく、アレン・フォン・ローゼンベルクという男を別人へと変貌させた。いや、正確に言えば、彼が元来持っていた性質を、極端な形で増幅させたと言うべきだろう。
それは、私、リリアーナに対する『過保護』と『溺愛』だった。
例えば、私が少しでも畑仕事で無理をしようものなら、どこからともなく現れて、「リリアーナ、休め。これは領主命令だ」と真顔で言い放ち、私から鍬を取り上げてしまう。
農作業で私の手に土がつけば、彼は眉一つ動かさずにハンカチを取り出し、自らの手で丁寧にその汚れを拭うのだ。その度に、周りの領民たちは生温かい視線を私たちに向ける。
市場で、私が商人と少し長く立ち話をしていようものなら、いつの間にか背後に仁王立ちになり、鋭い眼光で相手を威圧する。その無言の圧力に耐えきれず、商人は皆、すごすごと退散していくのだった。
「アレン様、わたくしは子供ではございませんのよ?」
「分かっている。だが、君は少し無防備すぎる」
そう言って、彼は私の頬についた土埃を、ごく自然な仕草で指で拭う。その真剣な眼差しと、不意に触れる指先の熱に、私の心臓はいつも大きく跳ねてしまう。彼の不器用で、しかし真っ直ぐすぎる愛情表現は、困惑させられることも多いが、それ以上に私の心を温かいもので満たしていくのだった。私もまた、彼のそんな姿に惹かれていることを、はっきりと自覚していた。
そんなある日のこと。市場に、ひときわ目を引く一団が訪れた。隣国の大きな街で成功しているという、若き商会長だった。彼は私の噂を聞きつけ、自ら視察にやってきたのだという。
「これは素晴らしい! リリアーナ様、あなたの発想と手腕には感服いたしました!」
商会長は、年の頃はアレンと同じくらいだろうか。しかし、アレンとは対照的に、非常に口が達者で、人当たりが良い。彼は私の特産品開発や市場の仕組みを絶賛し、熱烈にビジネスパートナーとしての提携を申し込んできた。
「是非とも、我が商会と大々的な取引を! あなたの作る品を、大陸中に広めてみせましょう!」
そう言って、彼は芝居がかった仕草で私の手を取り、その甲に口づけをしようとした。
「まあ、光栄ですわ」
私がにこやかに応対し、社交辞令としてその手を取った、まさにその瞬間だった。
突如、二人の間に影が差し、私の腕がぐいっと強く引かれた。
「――っ!」
見ると、そこには鬼のような形相をしたアレンが立っていた。彼は私の手を取っていた商会長の手を、まるで汚いものでも払いのけるかのように乱暴に振り払い、無言のまま私をぐいと背後にかばう。
「……失礼。彼女との話は、まず領主である私を通してもらおう」
地を這うような低い声。その瞳には、今まで見たこともないほど激しい、燃えるような感情が渦巻いていた。それは、自分の宝物を奪おうとする侵入者に向けられる、容赦のない敵意と――嫉妬の炎だった。
あまりの剣幕に、敏腕で知られるはずの商会長も、完全に気圧されて言葉を失っている。
「アレン様、お客様に対して失礼ですわ!」
私が慌てて彼を諌めようとするが、アレンは聞く耳を持たない。彼は私の腕を掴むと、「来るんだ」とだけ短く言い、有無を言わさずその場から私を連れ去ってしまった。
強引に腕を引かれ、辿り着いたのは辺境伯の屋敷にある彼自身の執務室だった。彼は乱暴に扉を閉めると、私を壁際に追い詰めた。ドン、と彼の手が私の顔の横の壁を叩く。いわゆる、壁ドンというやつだ。しかし、少女漫画のような甘い雰囲気はまるでない。
「……なぜだ」
絞り出すような、掠れた声。
「なぜ、あんな男に笑顔を向け、安易に手を取らせる」
彼の灰色の瞳が、苦しげに揺れていた。その表情を見て、私はようやく彼の感情の正体をはっきりと理解した。
(この方、嫉妬してくださっているの……?)
私のために。そう思った瞬間、自分の胸が、きゅうっと甘く締め付けられるのを感じた。怒っているはずの彼が、なぜかとても愛おしく思える。
「……あんな男と、二度と親しげにするな」
それは命令であり、懇願でもあった。私のすべてを自分だけのものにしたいという、彼の剥き出しの独占欲。
私は、彼の激情を恐ろしいとは思わなかった。むしろ、その不器用な愛情が嬉しくて、たまらなかった。
「……はい、アレン様」
私が素直に頷くと、彼の険しい表情が少しだけ和らぐ。そして彼は、まるで壊れ物に触れるかのように、そっと私の頬に手を伸ばした。
この日を境に、二人の関係は新たな段階へと進むことになる。堅物な辺境伯が初めて見せた激しい嫉妬は、私の中に眠っていた彼への恋心を、決定的に目覚めさせたのだった。
それは、私、リリアーナに対する『過保護』と『溺愛』だった。
例えば、私が少しでも畑仕事で無理をしようものなら、どこからともなく現れて、「リリアーナ、休め。これは領主命令だ」と真顔で言い放ち、私から鍬を取り上げてしまう。
農作業で私の手に土がつけば、彼は眉一つ動かさずにハンカチを取り出し、自らの手で丁寧にその汚れを拭うのだ。その度に、周りの領民たちは生温かい視線を私たちに向ける。
市場で、私が商人と少し長く立ち話をしていようものなら、いつの間にか背後に仁王立ちになり、鋭い眼光で相手を威圧する。その無言の圧力に耐えきれず、商人は皆、すごすごと退散していくのだった。
「アレン様、わたくしは子供ではございませんのよ?」
「分かっている。だが、君は少し無防備すぎる」
そう言って、彼は私の頬についた土埃を、ごく自然な仕草で指で拭う。その真剣な眼差しと、不意に触れる指先の熱に、私の心臓はいつも大きく跳ねてしまう。彼の不器用で、しかし真っ直ぐすぎる愛情表現は、困惑させられることも多いが、それ以上に私の心を温かいもので満たしていくのだった。私もまた、彼のそんな姿に惹かれていることを、はっきりと自覚していた。
そんなある日のこと。市場に、ひときわ目を引く一団が訪れた。隣国の大きな街で成功しているという、若き商会長だった。彼は私の噂を聞きつけ、自ら視察にやってきたのだという。
「これは素晴らしい! リリアーナ様、あなたの発想と手腕には感服いたしました!」
商会長は、年の頃はアレンと同じくらいだろうか。しかし、アレンとは対照的に、非常に口が達者で、人当たりが良い。彼は私の特産品開発や市場の仕組みを絶賛し、熱烈にビジネスパートナーとしての提携を申し込んできた。
「是非とも、我が商会と大々的な取引を! あなたの作る品を、大陸中に広めてみせましょう!」
そう言って、彼は芝居がかった仕草で私の手を取り、その甲に口づけをしようとした。
「まあ、光栄ですわ」
私がにこやかに応対し、社交辞令としてその手を取った、まさにその瞬間だった。
突如、二人の間に影が差し、私の腕がぐいっと強く引かれた。
「――っ!」
見ると、そこには鬼のような形相をしたアレンが立っていた。彼は私の手を取っていた商会長の手を、まるで汚いものでも払いのけるかのように乱暴に振り払い、無言のまま私をぐいと背後にかばう。
「……失礼。彼女との話は、まず領主である私を通してもらおう」
地を這うような低い声。その瞳には、今まで見たこともないほど激しい、燃えるような感情が渦巻いていた。それは、自分の宝物を奪おうとする侵入者に向けられる、容赦のない敵意と――嫉妬の炎だった。
あまりの剣幕に、敏腕で知られるはずの商会長も、完全に気圧されて言葉を失っている。
「アレン様、お客様に対して失礼ですわ!」
私が慌てて彼を諌めようとするが、アレンは聞く耳を持たない。彼は私の腕を掴むと、「来るんだ」とだけ短く言い、有無を言わさずその場から私を連れ去ってしまった。
強引に腕を引かれ、辿り着いたのは辺境伯の屋敷にある彼自身の執務室だった。彼は乱暴に扉を閉めると、私を壁際に追い詰めた。ドン、と彼の手が私の顔の横の壁を叩く。いわゆる、壁ドンというやつだ。しかし、少女漫画のような甘い雰囲気はまるでない。
「……なぜだ」
絞り出すような、掠れた声。
「なぜ、あんな男に笑顔を向け、安易に手を取らせる」
彼の灰色の瞳が、苦しげに揺れていた。その表情を見て、私はようやく彼の感情の正体をはっきりと理解した。
(この方、嫉妬してくださっているの……?)
私のために。そう思った瞬間、自分の胸が、きゅうっと甘く締め付けられるのを感じた。怒っているはずの彼が、なぜかとても愛おしく思える。
「……あんな男と、二度と親しげにするな」
それは命令であり、懇願でもあった。私のすべてを自分だけのものにしたいという、彼の剥き出しの独占欲。
私は、彼の激情を恐ろしいとは思わなかった。むしろ、その不器用な愛情が嬉しくて、たまらなかった。
「……はい、アレン様」
私が素直に頷くと、彼の険しい表情が少しだけ和らぐ。そして彼は、まるで壊れ物に触れるかのように、そっと私の頬に手を伸ばした。
この日を境に、二人の関係は新たな段階へと進むことになる。堅物な辺境伯が初めて見せた激しい嫉妬は、私の中に眠っていた彼への恋心を、決定的に目覚めさせたのだった。
11
あなたにおすすめの小説
大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!
向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」
みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のリコリスは20歳。立派な嫁きおくれである。
というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。
なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。
そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。
何か裏がある――
相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするリコリス。
でも、非力なリコリスには何も手段がない。
しかし、そんな彼女にも救いの手が……?
婚約破棄は大歓迎! 悪役令嬢は辺境でぐうたらスローライフを送りたい ~二度寝を邪魔する奴は、王太子でも許しません~
小林 れい
ファンタジー
煌びやかな夜会で、婚約者であるジークフリート王太子から「婚約破棄」を突きつけられた公爵令嬢ユーラリア。 「身に覚えのない罪」で断罪される彼女に、周囲は同情の視線を向けるが——。
(((きたぁぁぁ! 自由だ! これで毎日、お昼過ぎまで寝られる!!)))
実は彼女、前世の記憶を持つ転生者。 過労死した前世の反省から、今世の目標は「絶対に働かないこと」。 王妃教育という名の地獄から解放されたユーラリアは、慰謝料として手に入れた北の果ての別荘へと意気揚々と旅立つ。
待っていたのは、フカフカの羽毛布団と、静かな森。 彼女はただ、お菓子を食べて、二度寝をして、ダラダラ過ごしたいだけだった。
しかし——。 「眩しいから」と魔法で空を曇らせれば、**『干ばつを救った聖女』と崇められ。 「動くのが面倒だから」と転移魔法でティーカップを寄せれば、『失伝した超魔法の使い手』**と驚愕される。
さらに、自分を捨てたはずの王太子が「君の愛が恋しい」と泣きつき、隣国の冷徹な軍事公爵までが「君の合理的な休息術に興味がある」と別荘に居座り始めて……!?
「お願いですから、私の睡眠を邪魔しないでいただけますか?」
勘違いと怠惰が加速する、最強ニート令嬢のスローライフ(?)物語!
婚約破棄が成立しない悪役令嬢~地理歴史は大事よ~
鷲原ほの
ファンタジー
舞踏会に備える侯爵令嬢と男爵令嬢、三人の異世界転生者が関わった婚約破棄騒動。
残念なことですが、わたくしとあなたの知る常識は全然違うものだったようですね。
《 完結 》
悪役令嬢の烙印を押され追放されましたが、辺境でたこ焼き屋を開業したら、氷血公爵様が常連になりました
緋村ルナ
ファンタジー
公爵令嬢オリヴィアは、身に覚えのない罪で「悪役令嬢」の烙印を押され、王太子である夫から離婚と追放を言い渡される。絶望の淵で彼女が思い出したのは、大阪出身のOLだった前世の記憶と、こよなく愛した「たこ焼き」の味だった!
「こんな茶番、付き合ってられるか!私は私の道を行く!」
追放先の極寒の辺境で、たくましく自給自足生活を始めた彼女は、未知の食材でたこ焼きの再現に奮闘する。そんな彼女の前に現れたのは、「氷血公爵」と恐れられる無愛想な領主レオニール。
外はカリッ、中はトロッ…渾身のたこ焼きは、氷の公爵様の胃袋と心をあっという間に溶かしてしまい!?
これは、理不尽に全てを奪われた令嬢が、一皿の料理から始まる奇跡で自らの幸せを掴み取り、最強の無愛想ヒーローに胃袋ごと愛される、痛快逆転グルメ・ラブストーリー!
追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。
緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。
前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。
これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!
婚約破棄された悪役令嬢、追放先の辺境で前世の農業知識を解放!美味しいごはんで胃袋を掴んでいたら国ができた
緋村ルナ
ファンタジー
婚約者である王太子に、身に覚えのない罪で断罪され、国外追放を言い渡された公爵令嬢アリーシャ。しかし、前世が日本の農学部女子大生だった彼女は、内心ガッツポーズ!「これで自由に土いじりができる!」
追放先の痩せた土地で、前世の知識を武器に土壌改良から始めるアリーシャ。彼女の作る美味しい作物と料理は、心を閉ざした元騎士や、貧しかった村人たちの心を温め、やがて辺境の地を大陸一豊かな国へと変えていく――。
これは、一人の女性が挫折から立ち上がり、最高の仲間たちと共に幸せを掴む、痛快な逆転成り上がりストーリー。あなたの心も、アリーシャの料理で温かくなるはず。
婚約破棄で追放された悪役令嬢、前世の便利屋スキルで辺境開拓はじめました~王太子が後悔してももう遅い。私は私のやり方で幸せになります~
黒崎隼人
ファンタジー
名門公爵令嬢クラリスは、王太子の身勝手な断罪により“悪役令嬢”の濡れ衣を着せられ、すべてを失い辺境へ追放された。
――だが、彼女は絶望しなかった。
なぜなら彼女には、前世で「何でも屋」として培った万能スキルと不屈の心があったから!
「王妃にはなれなかったけど、便利屋にはなれるわ」
これは、一人の追放令嬢が、その手腕ひとつで人々の信頼を勝ち取り、仲間と出会い、やがて国さえも動かしていく、痛快で心温まる逆転お仕事ファンタジー。
さあ、便利屋クラリスの最初の依頼は、一体なんだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる