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第08話「王都からの急使と深まる愛」
レオニールの呪いが浄化され始めてから、辺境伯領の砦には春が訪れたような空気が流れていた。
実際に季節はまだ冬の只中であり、外は猛吹雪が吹き荒れているのだが、城の中は温かい。使用人たちの表情も明るく、何より城主であるレオニールの雰囲気が劇的に柔らかくなっていたからだ。
かつて「氷の悪竜」と恐れられた彼は今、暖炉の前のソファでアナベルを膝の上に乗せ、愛おしげにその銀色の髪を梳いている。
「……アナベル、髪が伸びたな」
「はい。レオニール様が毎日手入れしてくださるおかげで、とても艶やかになりました」
アナベルがはにかんで見上げると、レオニールは目を細めて彼女の頬に口づけを落とした。
これが最近の日常だった。呪いの痛みが消えたレオニールは、これまで抑え込んでいた感情を一気に爆発させたかのように、アナベルへのスキンシップを好むようになっていた。
アナベルも、最初は戸惑っていたものの、今では彼の体温が心地よく、安心できる場所になっていた。彼に触れられるたび、かつて呪いと忌み嫌われた自分の体が、愛されるべきものへと変わっていくような感覚を覚える。
「旦那様、奥様。失礼いたします」
甘い時間を遮るように、執事が神妙な面持ちで入ってきた。
「何だ。今は忙しい」
「……お取り込み中、大変恐縮ですが、王都より急使が参りました。王家紋章入りの馬車が、城門に到着しております」
王都という言葉に、アナベルの肩がびくりと跳ねた。レオニールの腕が、彼女を守るように強く回される。
「王都だと? 何の用だ」
「それが……勅命により、アナベル様を王都へ連れ戻す、と」
室内の空気が一瞬にして凍りついた。レオニールの瞳から甘い色が消え、鋭い剣のような銀色の光が宿る。
「……通せ。話を聞いてやる」
応接間に通されたのは、近衛騎士団の副団長を名乗る男だった。傲慢な態度を隠そうともせず、レオニールに対しても形式的な礼しかとらない。
「単刀直入に申し上げます。ラインハルト殿下、ならびに国王陛下の命により、アナベル・リヒトハイム嬢の身柄を拘束し、直ちに王都へ連行いたします」
「連行? 彼女は私の妻だ。罪人ではない」
レオニールの低い声が響く。だが、騎士は鼻で笑った。
「妻? 正式な婚姻の儀はまだでしょう。それに、彼女には国家反逆罪の疑いがかかっているのです。王都に蔓延する瘴気は、彼女が北から呪いを送っているせいだという情報があります」
アナベルは息を呑んだ。あまりにも理不尽な言いがかりだ。自分を追い出しておきながら、今度は災厄の元凶として呼び戻し、おそらくはスケープゴートにして処刑するつもりなのだろう。恐怖で指先が震える。
「……くだらん」
レオニールが吐き捨てるように言った。彼は立ち上がり、ゆっくりと騎士へと歩み寄る。一歩進むごとに、部屋の温度が下がっていくような威圧感が溢れ出る。
「そのような妄言のために、私の大事な妻を渡すと思うか? 帰れ。二度とこの地を踏むな」
騎士はレオニールの気迫に押され、後ずさった。だが、すぐに気を取り直して叫ぶ。
「こ、これは王命であるぞ! 逆らえばヴァルグレイブ家とて無事では済まない!」
「王命? 知ったことか。彼女を守れるなら、私は国を敵に回しても構わん」
レオニールの背後に、巨大な竜の幻影が揺らめいたように見えた。騎士は腰を抜かしそうになりながら、逃げるように走り去った。
静寂が戻った部屋で、レオニールは振り返り、震えるアナベルを抱きしめた。
「安心しろ。誰にも、お前を傷つけさせはしない」
その力強い言葉と体温に、アナベルは涙を流しながら頷いた。もう、かつての無力な自分ではない。愛してくれる人がいる。それが何よりの強さになると知ったから。
実際に季節はまだ冬の只中であり、外は猛吹雪が吹き荒れているのだが、城の中は温かい。使用人たちの表情も明るく、何より城主であるレオニールの雰囲気が劇的に柔らかくなっていたからだ。
かつて「氷の悪竜」と恐れられた彼は今、暖炉の前のソファでアナベルを膝の上に乗せ、愛おしげにその銀色の髪を梳いている。
「……アナベル、髪が伸びたな」
「はい。レオニール様が毎日手入れしてくださるおかげで、とても艶やかになりました」
アナベルがはにかんで見上げると、レオニールは目を細めて彼女の頬に口づけを落とした。
これが最近の日常だった。呪いの痛みが消えたレオニールは、これまで抑え込んでいた感情を一気に爆発させたかのように、アナベルへのスキンシップを好むようになっていた。
アナベルも、最初は戸惑っていたものの、今では彼の体温が心地よく、安心できる場所になっていた。彼に触れられるたび、かつて呪いと忌み嫌われた自分の体が、愛されるべきものへと変わっていくような感覚を覚える。
「旦那様、奥様。失礼いたします」
甘い時間を遮るように、執事が神妙な面持ちで入ってきた。
「何だ。今は忙しい」
「……お取り込み中、大変恐縮ですが、王都より急使が参りました。王家紋章入りの馬車が、城門に到着しております」
王都という言葉に、アナベルの肩がびくりと跳ねた。レオニールの腕が、彼女を守るように強く回される。
「王都だと? 何の用だ」
「それが……勅命により、アナベル様を王都へ連れ戻す、と」
室内の空気が一瞬にして凍りついた。レオニールの瞳から甘い色が消え、鋭い剣のような銀色の光が宿る。
「……通せ。話を聞いてやる」
応接間に通されたのは、近衛騎士団の副団長を名乗る男だった。傲慢な態度を隠そうともせず、レオニールに対しても形式的な礼しかとらない。
「単刀直入に申し上げます。ラインハルト殿下、ならびに国王陛下の命により、アナベル・リヒトハイム嬢の身柄を拘束し、直ちに王都へ連行いたします」
「連行? 彼女は私の妻だ。罪人ではない」
レオニールの低い声が響く。だが、騎士は鼻で笑った。
「妻? 正式な婚姻の儀はまだでしょう。それに、彼女には国家反逆罪の疑いがかかっているのです。王都に蔓延する瘴気は、彼女が北から呪いを送っているせいだという情報があります」
アナベルは息を呑んだ。あまりにも理不尽な言いがかりだ。自分を追い出しておきながら、今度は災厄の元凶として呼び戻し、おそらくはスケープゴートにして処刑するつもりなのだろう。恐怖で指先が震える。
「……くだらん」
レオニールが吐き捨てるように言った。彼は立ち上がり、ゆっくりと騎士へと歩み寄る。一歩進むごとに、部屋の温度が下がっていくような威圧感が溢れ出る。
「そのような妄言のために、私の大事な妻を渡すと思うか? 帰れ。二度とこの地を踏むな」
騎士はレオニールの気迫に押され、後ずさった。だが、すぐに気を取り直して叫ぶ。
「こ、これは王命であるぞ! 逆らえばヴァルグレイブ家とて無事では済まない!」
「王命? 知ったことか。彼女を守れるなら、私は国を敵に回しても構わん」
レオニールの背後に、巨大な竜の幻影が揺らめいたように見えた。騎士は腰を抜かしそうになりながら、逃げるように走り去った。
静寂が戻った部屋で、レオニールは振り返り、震えるアナベルを抱きしめた。
「安心しろ。誰にも、お前を傷つけさせはしない」
その力強い言葉と体温に、アナベルは涙を流しながら頷いた。もう、かつての無力な自分ではない。愛してくれる人がいる。それが何よりの強さになると知ったから。
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