無臭の公爵様は香りの令嬢を手放さない~契約婚約のはずが、私の香りで極甘に覚醒しました!?~

黒崎隼人

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第7話「忍び寄る影と叔父の仮面」

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「リリィ、最近、根を詰めすぎではないか?」

 夕食の席で、エリオットが心配そうにリリィの顔をのぞき込んだ。彼女が書庫と工房に籠もりきりになっているのを、彼は気づいていた。

「だ、大丈夫です。少し、気になることがあって……」

 リリィは、銀の月見草のことをエリオットに打ち明けるべきか迷っていた。確たる証拠もないのに、彼の唯一の肉親である叔父を疑うようなことを言ってもいいのだろうか。彼を傷つけてしまうのではないか。
 そんなリリィの葛藤を見透かしたように、エリオットは静かに言った。

「何か、悩みがあるなら話してほしい。俺たちは、協力者だろう」

 その言葉に、リリィは心を決めた。

「……エリオット様。あなたの体質は、もしかしたら、病や呪いではないのかもしれません」

 リリィは、バルタザール卿が幼いエリオットに薬を飲ませていたこと、そして銀の月見草という毒草の存在について、慎重に言葉を選びながら説明した。
 エリオットは黙ってリリィの話を聞いていた。その表情は鉄仮面のように変わらないが、握りしめられた拳が、かすかに震えている。
 すべてを話し終えると、重い沈黙が部屋を支配した。

「……叔父上が、俺を?」

 エリオットの声は、かろうじて平静を保っているように聞こえた。

「まだ、そうと決まったわけではありません。私の、ただの推測です。でも……」

「いや」

 エリオットはリリィの言葉を遮った。

「思い当たる節が、ないわけではない」

 彼は静かに過去を語り始めた。
 両親が亡くなった後、バルタザール卿は後見人として、甲斐甲斐しくエリオットの世話を焼いてくれた。毎日のように、滋養強壮だと言って、甘いハーブティーを飲ませてくれたこと。その頃から、彼の症状は徐々に悪化していったような気がすること。
 そして、彼が成人し、公爵位を継いだ途端、バルタザール卿はぱったりと、あのハーブティーを勧めなくなったこと。

「あの時は、俺が当主になったから、もう子供扱いするのはやめたのだとしか思わなかった。だが……君の話を聞いて、点と点がつながった気がする」

 エリオットの声には、裏切られたことへの怒りよりも、深い悲しみがこもっていた。信じていた肉親に、長年、毒を盛られていたかもしれない。その衝撃は、いかばかりか。

「エリオット様……」

「リリィ。この件は、二人だけの秘密だ。叔父上を刺激しないよう、慎重に証拠を探す」

 彼の瞳には、いつになく鋭い光が宿っていた。それは、守るべきものができた男の目だった。

「私も、協力します。銀の月見草の毒を中和する、解毒薬……いえ、解毒の香りを作ってみせます」

 リリィもまた、強い決意を瞳に込めて言った。二人の間には、偽りの婚約者としてではない、真の共犯者としての固い絆が生まれていた。

***

 その日から、二人の密やかな調査が始まった。
 エリオットは、公爵家の古い記録を調べ、バルタザール卿の金の流れや、彼が屋敷に出入りさせていた薬師について調べ始めた。
 リリィは、温室で解毒作用のあるハーブの研究に没頭した。銀の月見草の毒は、長年かけて体内に蓄積されたものだ。それを浄化するには、強力で、かつ身体に負担をかけない、特別な香りが必要だった。
 しかし、彼らの動きは、すでにバルタザール卿に察知されていた。
 ある日、リリィが工房で研究をしていると、不意にバルタザール卿が現れた。

「やあ、リリアーナ嬢。熱心だね」

「ば、バルタザール様……!」

 リリィは心臓が跳ねるのを感じた。なぜ、彼がここに?

「甥の体質は、少しは良くなったかね? 君が来てから、エリオットの奴、少し雰囲気が柔らかくなった気がするよ」

 彼はにこやかに言うと、リリィが調合しているハーブの小瓶を手に取った。

「ふむ……これは、デトックス効果のあるハーブばかりだね。一体、何の『毒』を抜こうとしているのかな?」

 その目は、笑っていなかった。探るような、鋭い光がリリィを射抜く。
 リリィは背筋に冷たいものを感じながらも、平静を装って答えた。

「体内に溜まった老廃物を排出して、体質改善を促すためのものですわ。エリオット様の健康を思ってのことです」

「ほう、そうか。それは感心だ」

 バルタザール卿は小瓶を置くと、満足げに頷いた。

「これからも、甥のことを頼むよ。君は、我々クロフォード家にとって、大切な『未来の公爵夫人』なのだからね」

 彼はそう言って、優雅な仕草で去っていった。

***

 嵐が去った後、リリィはしばらくその場に立ち尽くしていた。

(今の言葉……。あれは、警告だ)

 私のやっていることに、気づいている。そして、「余計なことをするな」と、暗に釘を刺しに来たのだ。
 叔父の仮面の下に隠された、底知れぬ悪意。リリィは、自分がとてつもなく危険な闇に足を踏み入れてしまったことを、改めて実感した。
 恐怖で、体が震える。でも、ここで怯むわけにはいかない。
 愛するエリオットを、あの男の魔の手から救い出す。その一心だけが、リリィを支えていた。
 忍び寄る影は、確実に二人のすぐ側まで迫ってきていた。
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