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第6話「癒しの薬草と不器用な贈り物」
エルナが育てた作物は、村人たちの飢えを満たしただけではなかった。生命力に満ちたそれらを食べ続けるうち、長年の栄養不足で弱っていた人々の体調が目に見えて改善されていったのだ。顔色に血の気が戻り、子供たちの乾いた咳もいつしか聞こえなくなった。
「聖女様の作物は腹を満たすだけじゃねえ。まるで薬だ」
村人たちは口々にそう噂した。その言葉に、エルナは新たな可能性を見出す。
『薬……そうだわ。この力を使えば、もっと直接的に人々を癒せる薬草も育てられるかもしれない』
王都にいた頃、書物で読んだ知識が蘇る。極寒の地でしか育たないとされる幻の薬草、どんな病にも効くとされる伝説のハーブ。それらはあまりに育成が困難なため、今ではほとんど市場に出回ることはない。しかし、エルナの「育成」の力があれば、あるいは。
彼女はさっそくガイオンに相談した。
「この辺りの山に、薬草に詳しい方はいないでしょうか? 古文書に載っていた薬草を育ててみたいのです」
「薬草か……」
ガイオンは少し考え込むと、「心当たりがある」と言った。彼がエルナを連れて行ったのは、村から少し離れた森の奥深く、ひっそりと立つ一軒の小屋だった。そこに住んでいたのはレーナと名乗る老婆。彼女はこの辺境の地で代々薬師として生きてきた一族の末裔だという。
最初は王都から来たエルナを警戒していたレーナだったが、エルナが持つ薬草の知識の深さと、何より彼女の力で瀕死の薬草があっという間に元気を取り戻すのを目の当たりにして、驚きと共に心を開いた。
「信じられん……これはまさに神の御業(みわざ)じゃ」
レーナの協力のもと、エルナの薬草栽培は本格的に始まった。レーナが保管していた貴重な種を譲り受け、エルナが聖なる力で発芽させ、育てる。レーナはその薬草を使い、様々な薬を調合した。
完成した薬の効果は絶大だった。なかなか治らなかった怪我は数日で癒え、老人たちを長年苦しめてきた持病も和らいだ。エルナとレーナが作る薬は「聖女様の奇跡の薬」と呼ばれ、村人たちにとってなくてはならない宝となった。
エルナは毎日、畑と薬草園を行き来し、土と緑に触れる生活を送っていた。その表情は、王都にいた頃とは比べ物にならないほど明るく穏やかだった。
そんなある日、エルナが薬草を摘んでいるとガイオンがやってきた。彼はいつも通り少し離れた場所からエルナの仕事ぶりを眺めていたが、やがて意を決したように近づいてきた。
「……これを」
ぶっきらぼうに差し出されたのは、一輪の白い花だった。この極寒の地では見たこともない、可憐で美しい花だ。花びらは雪のように白く、中心は淡い金色に輝いている。
「まあ、綺麗……何というお花ですか?」
エルナが驚いて尋ねると、ガイオンは少し気まずそうに視線をそらした。
「……『氷雪花』。騎士団の遠征中に、崖の奥深くで一輪だけ咲いているのを見つけた」
氷雪花。それは真冬の最も寒い時期に、万年雪に覆われた山頂でしか咲かないと言われる幻の花。凍傷に効く薬の材料にもなるが、あまりに希少なためその存在自体が伝説と化していた。そんな貴重な花を、自分のために?
「君に、似合うと思った」
ぽつりと呟かれた言葉に、エルナの心臓が大きく跳ねた。彼の灰色の瞳が、真っ直ぐに自分を見つめている。その瞳に宿る熱に、エルナは顔が燃えるように熱くなるのを感じた。
「あ……ありがとうございます。嬉しいです」
花を受け取ると、ガイオンの無骨な指先がエルナの指に触れた。その瞬間、お互いにびくりと体を震わせ、慌てて手を離す。気まずい沈黙が流れた。
「……仕事の邪魔をしたな」
ガイオンはそれだけ言うと、そそくさと背を向けて去っていこうとする。
「待ってください、ガイオン様!」
エルナは思わず彼の背中を呼び止めた。
「あの、もしよろしければ……今夜、夕食をご一緒しませんか? 新しく収穫したジャガイモで、シチューを作ろうと思っていたんです」
振り返ったガイオンの顔が、驚きに見開かれる。彼が誰かと食事を共にすることはほとんどないと聞いていた。断られるかもしれない。それでも、エルナは勇気を出して誘った。彼への感謝の気持ちを、どうにかして伝えたかったのだ。
しばらくの沈黙の後、ガイオンは小さく、しかしはっきりとこう答えた。
「……ああ」
その短い返事に、エルナの心は温かい光で満たされた。不器用な騎士からの贈り物は、エルナとガイオンの距離をまた一歩、確かに縮めてくれたのだった。
「聖女様の作物は腹を満たすだけじゃねえ。まるで薬だ」
村人たちは口々にそう噂した。その言葉に、エルナは新たな可能性を見出す。
『薬……そうだわ。この力を使えば、もっと直接的に人々を癒せる薬草も育てられるかもしれない』
王都にいた頃、書物で読んだ知識が蘇る。極寒の地でしか育たないとされる幻の薬草、どんな病にも効くとされる伝説のハーブ。それらはあまりに育成が困難なため、今ではほとんど市場に出回ることはない。しかし、エルナの「育成」の力があれば、あるいは。
彼女はさっそくガイオンに相談した。
「この辺りの山に、薬草に詳しい方はいないでしょうか? 古文書に載っていた薬草を育ててみたいのです」
「薬草か……」
ガイオンは少し考え込むと、「心当たりがある」と言った。彼がエルナを連れて行ったのは、村から少し離れた森の奥深く、ひっそりと立つ一軒の小屋だった。そこに住んでいたのはレーナと名乗る老婆。彼女はこの辺境の地で代々薬師として生きてきた一族の末裔だという。
最初は王都から来たエルナを警戒していたレーナだったが、エルナが持つ薬草の知識の深さと、何より彼女の力で瀕死の薬草があっという間に元気を取り戻すのを目の当たりにして、驚きと共に心を開いた。
「信じられん……これはまさに神の御業(みわざ)じゃ」
レーナの協力のもと、エルナの薬草栽培は本格的に始まった。レーナが保管していた貴重な種を譲り受け、エルナが聖なる力で発芽させ、育てる。レーナはその薬草を使い、様々な薬を調合した。
完成した薬の効果は絶大だった。なかなか治らなかった怪我は数日で癒え、老人たちを長年苦しめてきた持病も和らいだ。エルナとレーナが作る薬は「聖女様の奇跡の薬」と呼ばれ、村人たちにとってなくてはならない宝となった。
エルナは毎日、畑と薬草園を行き来し、土と緑に触れる生活を送っていた。その表情は、王都にいた頃とは比べ物にならないほど明るく穏やかだった。
そんなある日、エルナが薬草を摘んでいるとガイオンがやってきた。彼はいつも通り少し離れた場所からエルナの仕事ぶりを眺めていたが、やがて意を決したように近づいてきた。
「……これを」
ぶっきらぼうに差し出されたのは、一輪の白い花だった。この極寒の地では見たこともない、可憐で美しい花だ。花びらは雪のように白く、中心は淡い金色に輝いている。
「まあ、綺麗……何というお花ですか?」
エルナが驚いて尋ねると、ガイオンは少し気まずそうに視線をそらした。
「……『氷雪花』。騎士団の遠征中に、崖の奥深くで一輪だけ咲いているのを見つけた」
氷雪花。それは真冬の最も寒い時期に、万年雪に覆われた山頂でしか咲かないと言われる幻の花。凍傷に効く薬の材料にもなるが、あまりに希少なためその存在自体が伝説と化していた。そんな貴重な花を、自分のために?
「君に、似合うと思った」
ぽつりと呟かれた言葉に、エルナの心臓が大きく跳ねた。彼の灰色の瞳が、真っ直ぐに自分を見つめている。その瞳に宿る熱に、エルナは顔が燃えるように熱くなるのを感じた。
「あ……ありがとうございます。嬉しいです」
花を受け取ると、ガイオンの無骨な指先がエルナの指に触れた。その瞬間、お互いにびくりと体を震わせ、慌てて手を離す。気まずい沈黙が流れた。
「……仕事の邪魔をしたな」
ガイオンはそれだけ言うと、そそくさと背を向けて去っていこうとする。
「待ってください、ガイオン様!」
エルナは思わず彼の背中を呼び止めた。
「あの、もしよろしければ……今夜、夕食をご一緒しませんか? 新しく収穫したジャガイモで、シチューを作ろうと思っていたんです」
振り返ったガイオンの顔が、驚きに見開かれる。彼が誰かと食事を共にすることはほとんどないと聞いていた。断られるかもしれない。それでも、エルナは勇気を出して誘った。彼への感謝の気持ちを、どうにかして伝えたかったのだ。
しばらくの沈黙の後、ガイオンは小さく、しかしはっきりとこう答えた。
「……ああ」
その短い返事に、エルナの心は温かい光で満たされた。不器用な騎士からの贈り物は、エルナとガイオンの距離をまた一歩、確かに縮めてくれたのだった。
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