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第6話「想いの形」
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季節は冬へと足を進めていた。
朝の冷え込みが厳しくなり、吐く息が白くなる。しかし、チョコレート作りにとって、この寒さは味方だ。テンパリング(温度調整)がしやすく、固まるのも早い。
甜菜の収穫も終わり、精製した砂糖のストックも十分だ。僕は毎日のように小屋にこもり、マルセルへの納品分を製造していた。
作業場のテーブルには、切り分けられた長方形のチョコレートが積み上がっている。
それを一つずつ、油紙で包んでいく。
単調な作業だ。
ふと、手伝いに来ていたミナの手が止まった。
「ねえ、ルカ」
「ん? どうしたの?」
手を休めずに問い返す。
「これってさ、味はすごく美味しいけど、見た目がちょっと寂しくない?」
ミナは包み終わったチョコを指先でつついた。
「マルセルさんにも言われたよね。華がないって。私もそう思うの。自分で食べるならいいけど、誰かにあげるなら、もっとこう……可愛い方がいいなって」
彼女の言葉に、僕は手を止めた。
確かにその通りだ。今の形状は、効率を重視しただけのただの板だ。
前世のバレンタイン商戦を思い出す。
ハート型、動物型、宝石のようなボンボンショコラ。箱を開けた瞬間のときめきこそが、チョコレートの価値の半分を占めていたと言っても過言ではない。
「……そうだね。何かいいアイデアある?」
「うん! 私ね、ちょっと考えてたの」
ミナはポケットから一枚の紙を取り出した。そこには、拙いけれど可愛らしい絵が描かれている。
花びらの形。星の形。そして、シンプルな丸型。
「型を変えるだけで、全然違うと思うの。たとえばこのお花の形、プレゼントされたら嬉しくない?」
僕はその絵を見つめた。
単純な型なら、木を彫って作れるかもしれない。
問題は、型から綺麗に外せるかだが、しっかりテンパリングして収縮させればいけるはずだ。
「やってみようか」
僕はナイフと、端材の木片を手に取った。
ミナのデザインを元に、木を削っていく。
彫刻刀などはないから、小刀で少しずつ、丁寧に掘り進める。
選んだのは、五枚の花弁を持つシンプルな花の形だ。この村に咲く、春を告げる小花をイメージしている。
ミナは横でじっとその様子を見守っていた。
「ルカって、本当に手先が器用だよね」
「そうかな? 好きだからやってるだけだよ」
一時間ほどかけて、一つの木型が完成した。
表面を紙やすりの代わりになるザラザラした葉で磨き、油を塗り込む。
「よし、試してみよう」
湯煎で溶かしたチョコレートを、型に流し込む。
トントンと空気を抜き、外の冷気で冷やす。
固まるのを待つ間、僕はミナに尋ねた。
「ミナはさ、もし好きな人がいたら、こういうお菓子をあげたいと思う?」
「えっ!?」
ミナは急に顔を赤くして、慌てたように手を振った。
「な、なによ急に! べ、別に好きな人なんていないけど!」
「いや、あくまで例え話だよ。僕の故郷……じゃない、遠い国の話なんだけどさ。ある冬の日に、女の子が好きな男の子に、想いを込めてチョコレートを贈る日があったんだ」
「……へえ、そんな日があるんだ」
ミナは少し落ち着きを取り戻し、興味深そうに身を乗り出した。
「素敵だね、それ。言葉で言うのは恥ずかしいけど、お菓子なら渡せるかも」
「だろ? チョコレートには、そういう力があると思うんだ。甘くて、苦くて、溶けて消えてしまうけど、記憶にはずっと残る」
そう語りながら、僕は型からチョコを外した。
コロン。
テーブルの上に落ちたのは、艶やかな黒曜石のような花だった。
花弁の一枚一枚が光を反射し、真ん中には窪みを作って、そこに砕いたナッツを少し乗せてある。
「わあ……っ!」
ミナが小さな歓声を上げた。
「きれい……まるで宝石みたい」
彼女はそっとそれを手に取り、光にかざした。
「これなら、誰にあげても恥ずかしくないわ。ううん、むしろ自慢したくなる」
「よかった。これが、僕たちの新しい武器だね」
単なる食品ではなく、感情を伝える媒体としてのチョコレート。
そのコンセプトが、僕の中で明確に固まった瞬間だった。
「ねえルカ。このお花チョコ、一番最初に私が貰ってもいい?」
ミナが上目遣いで聞いてくる。
「もちろん。ミナのアイデアだもん」
「えへへ、やった! 大事に食べるね」
彼女は嬉しそうに、花のチョコをハンカチに包んだ。
その笑顔を見ていると、僕の胸の奥も、じんわりと温かくなるのを感じた。
そうか。
僕が作りたかったのは、ただの美味しいお菓子じゃなくて、この笑顔だったんだ。
パティシエとしての誇りと、ルカとしての感情が、一つに溶け合っていくような気がした。
翌日、完成した花のショコラを数枚混ぜて、僕はマルセルの元へ納品に向かった。
箱を開けたマルセルの反応は劇的だった。
「……素晴らしい」
彼は花のチョコを指でつまみ、あらゆる角度から眺め回した。
「板チョコも悪くないが、これは別格だ。女性客の心をわしづかみにするぞ。特に、贈り物としての需要が見込める」
マルセルの商人の勘が、鋭く反応している。
「ルカ、次の注文だ。この花の型で、五百個作れ。冬の祭りに合わせて売り出す」
「ご、五百個!?」
「できるか?」
「……やってみせます」
断る理由はない。これはチャンスだ。
僕の、そしてミナの想いが詰まったこの形を、街中の人々に届けるのだ。
帰り道、僕は早速大工道具屋に寄り、彫刻刀のセットを購入した。
これから毎晩、木型作りとチョコ作りで寝不足の日々が続くだろう。
けれど、足取りは軽かった。
空からは、白い雪がチラチラと舞い降りてきていた。
この世界で初めての『バレンタイン』のような冬が、もうすぐそこまで来ていた。
朝の冷え込みが厳しくなり、吐く息が白くなる。しかし、チョコレート作りにとって、この寒さは味方だ。テンパリング(温度調整)がしやすく、固まるのも早い。
甜菜の収穫も終わり、精製した砂糖のストックも十分だ。僕は毎日のように小屋にこもり、マルセルへの納品分を製造していた。
作業場のテーブルには、切り分けられた長方形のチョコレートが積み上がっている。
それを一つずつ、油紙で包んでいく。
単調な作業だ。
ふと、手伝いに来ていたミナの手が止まった。
「ねえ、ルカ」
「ん? どうしたの?」
手を休めずに問い返す。
「これってさ、味はすごく美味しいけど、見た目がちょっと寂しくない?」
ミナは包み終わったチョコを指先でつついた。
「マルセルさんにも言われたよね。華がないって。私もそう思うの。自分で食べるならいいけど、誰かにあげるなら、もっとこう……可愛い方がいいなって」
彼女の言葉に、僕は手を止めた。
確かにその通りだ。今の形状は、効率を重視しただけのただの板だ。
前世のバレンタイン商戦を思い出す。
ハート型、動物型、宝石のようなボンボンショコラ。箱を開けた瞬間のときめきこそが、チョコレートの価値の半分を占めていたと言っても過言ではない。
「……そうだね。何かいいアイデアある?」
「うん! 私ね、ちょっと考えてたの」
ミナはポケットから一枚の紙を取り出した。そこには、拙いけれど可愛らしい絵が描かれている。
花びらの形。星の形。そして、シンプルな丸型。
「型を変えるだけで、全然違うと思うの。たとえばこのお花の形、プレゼントされたら嬉しくない?」
僕はその絵を見つめた。
単純な型なら、木を彫って作れるかもしれない。
問題は、型から綺麗に外せるかだが、しっかりテンパリングして収縮させればいけるはずだ。
「やってみようか」
僕はナイフと、端材の木片を手に取った。
ミナのデザインを元に、木を削っていく。
彫刻刀などはないから、小刀で少しずつ、丁寧に掘り進める。
選んだのは、五枚の花弁を持つシンプルな花の形だ。この村に咲く、春を告げる小花をイメージしている。
ミナは横でじっとその様子を見守っていた。
「ルカって、本当に手先が器用だよね」
「そうかな? 好きだからやってるだけだよ」
一時間ほどかけて、一つの木型が完成した。
表面を紙やすりの代わりになるザラザラした葉で磨き、油を塗り込む。
「よし、試してみよう」
湯煎で溶かしたチョコレートを、型に流し込む。
トントンと空気を抜き、外の冷気で冷やす。
固まるのを待つ間、僕はミナに尋ねた。
「ミナはさ、もし好きな人がいたら、こういうお菓子をあげたいと思う?」
「えっ!?」
ミナは急に顔を赤くして、慌てたように手を振った。
「な、なによ急に! べ、別に好きな人なんていないけど!」
「いや、あくまで例え話だよ。僕の故郷……じゃない、遠い国の話なんだけどさ。ある冬の日に、女の子が好きな男の子に、想いを込めてチョコレートを贈る日があったんだ」
「……へえ、そんな日があるんだ」
ミナは少し落ち着きを取り戻し、興味深そうに身を乗り出した。
「素敵だね、それ。言葉で言うのは恥ずかしいけど、お菓子なら渡せるかも」
「だろ? チョコレートには、そういう力があると思うんだ。甘くて、苦くて、溶けて消えてしまうけど、記憶にはずっと残る」
そう語りながら、僕は型からチョコを外した。
コロン。
テーブルの上に落ちたのは、艶やかな黒曜石のような花だった。
花弁の一枚一枚が光を反射し、真ん中には窪みを作って、そこに砕いたナッツを少し乗せてある。
「わあ……っ!」
ミナが小さな歓声を上げた。
「きれい……まるで宝石みたい」
彼女はそっとそれを手に取り、光にかざした。
「これなら、誰にあげても恥ずかしくないわ。ううん、むしろ自慢したくなる」
「よかった。これが、僕たちの新しい武器だね」
単なる食品ではなく、感情を伝える媒体としてのチョコレート。
そのコンセプトが、僕の中で明確に固まった瞬間だった。
「ねえルカ。このお花チョコ、一番最初に私が貰ってもいい?」
ミナが上目遣いで聞いてくる。
「もちろん。ミナのアイデアだもん」
「えへへ、やった! 大事に食べるね」
彼女は嬉しそうに、花のチョコをハンカチに包んだ。
その笑顔を見ていると、僕の胸の奥も、じんわりと温かくなるのを感じた。
そうか。
僕が作りたかったのは、ただの美味しいお菓子じゃなくて、この笑顔だったんだ。
パティシエとしての誇りと、ルカとしての感情が、一つに溶け合っていくような気がした。
翌日、完成した花のショコラを数枚混ぜて、僕はマルセルの元へ納品に向かった。
箱を開けたマルセルの反応は劇的だった。
「……素晴らしい」
彼は花のチョコを指でつまみ、あらゆる角度から眺め回した。
「板チョコも悪くないが、これは別格だ。女性客の心をわしづかみにするぞ。特に、贈り物としての需要が見込める」
マルセルの商人の勘が、鋭く反応している。
「ルカ、次の注文だ。この花の型で、五百個作れ。冬の祭りに合わせて売り出す」
「ご、五百個!?」
「できるか?」
「……やってみせます」
断る理由はない。これはチャンスだ。
僕の、そしてミナの想いが詰まったこの形を、街中の人々に届けるのだ。
帰り道、僕は早速大工道具屋に寄り、彫刻刀のセットを購入した。
これから毎晩、木型作りとチョコ作りで寝不足の日々が続くだろう。
けれど、足取りは軽かった。
空からは、白い雪がチラチラと舞い降りてきていた。
この世界で初めての『バレンタイン』のような冬が、もうすぐそこまで来ていた。
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