異世界ショコラティエの甘い革命~チョコレートが存在しない世界でカカオを育ててバレンタインを流行らせます~

黒崎隼人

文字の大きさ
7 / 13

第6話「想いの形」

しおりを挟む
 季節は冬へと足を進めていた。

 朝の冷え込みが厳しくなり、吐く息が白くなる。しかし、チョコレート作りにとって、この寒さは味方だ。テンパリング(温度調整)がしやすく、固まるのも早い。

 甜菜の収穫も終わり、精製した砂糖のストックも十分だ。僕は毎日のように小屋にこもり、マルセルへの納品分を製造していた。

 作業場のテーブルには、切り分けられた長方形のチョコレートが積み上がっている。

 それを一つずつ、油紙で包んでいく。

 単調な作業だ。

 ふと、手伝いに来ていたミナの手が止まった。

「ねえ、ルカ」

「ん? どうしたの?」

 手を休めずに問い返す。

「これってさ、味はすごく美味しいけど、見た目がちょっと寂しくない?」

 ミナは包み終わったチョコを指先でつついた。

「マルセルさんにも言われたよね。華がないって。私もそう思うの。自分で食べるならいいけど、誰かにあげるなら、もっとこう……可愛い方がいいなって」

 彼女の言葉に、僕は手を止めた。

 確かにその通りだ。今の形状は、効率を重視しただけのただの板だ。

 前世のバレンタイン商戦を思い出す。

 ハート型、動物型、宝石のようなボンボンショコラ。箱を開けた瞬間のときめきこそが、チョコレートの価値の半分を占めていたと言っても過言ではない。

「……そうだね。何かいいアイデアある?」

「うん! 私ね、ちょっと考えてたの」

 ミナはポケットから一枚の紙を取り出した。そこには、拙いけれど可愛らしい絵が描かれている。

 花びらの形。星の形。そして、シンプルな丸型。

「型を変えるだけで、全然違うと思うの。たとえばこのお花の形、プレゼントされたら嬉しくない?」

 僕はその絵を見つめた。

 単純な型なら、木を彫って作れるかもしれない。

 問題は、型から綺麗に外せるかだが、しっかりテンパリングして収縮させればいけるはずだ。

「やってみようか」

 僕はナイフと、端材の木片を手に取った。

 ミナのデザインを元に、木を削っていく。

 彫刻刀などはないから、小刀で少しずつ、丁寧に掘り進める。

 選んだのは、五枚の花弁を持つシンプルな花の形だ。この村に咲く、春を告げる小花をイメージしている。

 ミナは横でじっとその様子を見守っていた。

「ルカって、本当に手先が器用だよね」

「そうかな? 好きだからやってるだけだよ」

 一時間ほどかけて、一つの木型が完成した。

 表面を紙やすりの代わりになるザラザラした葉で磨き、油を塗り込む。

「よし、試してみよう」

 湯煎で溶かしたチョコレートを、型に流し込む。

 トントンと空気を抜き、外の冷気で冷やす。

 固まるのを待つ間、僕はミナに尋ねた。

「ミナはさ、もし好きな人がいたら、こういうお菓子をあげたいと思う?」

「えっ!?」

 ミナは急に顔を赤くして、慌てたように手を振った。

「な、なによ急に! べ、別に好きな人なんていないけど!」

「いや、あくまで例え話だよ。僕の故郷……じゃない、遠い国の話なんだけどさ。ある冬の日に、女の子が好きな男の子に、想いを込めてチョコレートを贈る日があったんだ」

「……へえ、そんな日があるんだ」

 ミナは少し落ち着きを取り戻し、興味深そうに身を乗り出した。

「素敵だね、それ。言葉で言うのは恥ずかしいけど、お菓子なら渡せるかも」

「だろ? チョコレートには、そういう力があると思うんだ。甘くて、苦くて、溶けて消えてしまうけど、記憶にはずっと残る」

 そう語りながら、僕は型からチョコを外した。

 コロン。

 テーブルの上に落ちたのは、艶やかな黒曜石のような花だった。

 花弁の一枚一枚が光を反射し、真ん中には窪みを作って、そこに砕いたナッツを少し乗せてある。

「わあ……っ!」

 ミナが小さな歓声を上げた。

「きれい……まるで宝石みたい」

 彼女はそっとそれを手に取り、光にかざした。

「これなら、誰にあげても恥ずかしくないわ。ううん、むしろ自慢したくなる」

「よかった。これが、僕たちの新しい武器だね」

 単なる食品ではなく、感情を伝える媒体としてのチョコレート。

 そのコンセプトが、僕の中で明確に固まった瞬間だった。

「ねえルカ。このお花チョコ、一番最初に私が貰ってもいい?」

 ミナが上目遣いで聞いてくる。

「もちろん。ミナのアイデアだもん」

「えへへ、やった! 大事に食べるね」

 彼女は嬉しそうに、花のチョコをハンカチに包んだ。

 その笑顔を見ていると、僕の胸の奥も、じんわりと温かくなるのを感じた。

 そうか。

 僕が作りたかったのは、ただの美味しいお菓子じゃなくて、この笑顔だったんだ。

 パティシエとしての誇りと、ルカとしての感情が、一つに溶け合っていくような気がした。

 翌日、完成した花のショコラを数枚混ぜて、僕はマルセルの元へ納品に向かった。

 箱を開けたマルセルの反応は劇的だった。

「……素晴らしい」

 彼は花のチョコを指でつまみ、あらゆる角度から眺め回した。

「板チョコも悪くないが、これは別格だ。女性客の心をわしづかみにするぞ。特に、贈り物としての需要が見込める」

 マルセルの商人の勘が、鋭く反応している。

「ルカ、次の注文だ。この花の型で、五百個作れ。冬の祭りに合わせて売り出す」

「ご、五百個!?」

「できるか?」

「……やってみせます」

 断る理由はない。これはチャンスだ。

 僕の、そしてミナの想いが詰まったこの形を、街中の人々に届けるのだ。

 帰り道、僕は早速大工道具屋に寄り、彫刻刀のセットを購入した。

 これから毎晩、木型作りとチョコ作りで寝不足の日々が続くだろう。

 けれど、足取りは軽かった。

 空からは、白い雪がチラチラと舞い降りてきていた。

 この世界で初めての『バレンタイン』のような冬が、もうすぐそこまで来ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

運命の番より真実の愛が欲しい

サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。 ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。 しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。 運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。 それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が……王太子……のはずだったのに??

#Daki-Makura
ファンタジー
最愛と朝を迎えたら……城下が騒がしい……?? 一体……何が起きているのか……??

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

処理中です...