15 / 24
第14話:公爵令嬢の覚悟
しおりを挟む
王都への路線計画が貴族たちの猛反発にあい、暗礁に乗り上げていた頃、セレスティーナは一人、静かに覚悟を決めていた。
「アスター、私に王都へ行く時間をください。私が、お父様を…リリーエングランツ公爵を説得してみせます」
彼女の実家であるリリーエングランツ公爵家は、王国でも指折りの名門だ。もし公爵が計画の支持に回れば、反対派の貴族たちも、その動向を無視することはできない。風向きを変える、大きな一手になる可能性があった。
しかし、それは同時に大きな危険を伴うことでもあった。追放された身である彼女が、王都へ戻る。しかも、自分を切り捨てた父親と対峙するのだ。精神的な負担は計り知れない。
「セレス、無理はしないでくれ。君が辛い思いをするくらいなら…」
僕が案じると、彼女は穏やかに首を振った。
「ううん、行かせて。これは、私の戦いでもあるの。いつまでも、あなたに守られてばかりではいられないわ」
その瞳には、かつての気高い公爵令嬢としての輝きと、辺境での経験で得たしなやかな強さが宿っていた。僕は、彼女の決意を信じることにした。
数日後、セレスはたった一人で王都へと向かった。リリーエングランツ公爵家の壮麗な屋敷の扉は、しかし、彼女に固く閉ざされていた。
「お嬢様がお戻りになるなど、聞いておりません。お帰りください」
門番は、冷たく言い放つ。
それでも彼女は諦めなかった。何時間も、雨に打たれながら門の前に立ち続けた。その姿は、やがて屋敷中の使用人たちの知るところとなり、ついに父である公爵の耳にも届いた。
「…書斎へ通せ」
不機嫌極まりない声だった。
久しぶりに再会した父、リリーエングランツ公爵は、娘に労いの言葉一つかけることなく、冷たく言い放った。
「何の用だ、セレスティーナ。追放されたお前が、今更この家の敷居をまたぐとは。我が家の顔にこれ以上泥を塗るつもりか」
「お父様」
セレスは、父の冷たい視線をまっすぐに受け止め、深く頭を下げた。
「本日は、アステリア鉄道の建設計画について、お父様にご支援を賜りたく参上いたしました」
公爵は、鼻で笑った。
「鉄道だと? 聞いているぞ。あの没落貴族の男の、戯言だろう。そんなもののために、私がこのリリーエングランツ家を危険に晒すとでも思ったか。王子殿下や、多くの貴族が反対しているのだぞ」
「戯言ではございません!」
セレスは、顔を上げ、強い口調で反論した。「それは、この国の未来を創る偉大な事業です。辺境の村が、どれほど豊かになったかご存知ですか? 人々の生活が、どれほど向上したかご存知ですか?」
彼女は、辺境で見てきたこと、経験してきたことを、熱を込めて語った。アスターの夢、鉄道がもたらす革命、そしてそこに生きる人々の笑顔。
しかし、公爵の心は動かない。
「それがどうした。しょせんは辺境での話。伝統と秩序こそが、この王国を支えてきたのだ。アイゼンローデの男は、それを破壊しようとしている」
「彼こそが、王国の未来を創る方です!」
セレスの声が、書斎に響き渡った。
「お父様は、いつまで過去の栄光と、目先の利権に囚われているのですか! 時代は変わろうとしています! このままでは、リリーエングランツ家も、王国も、時代の流れに取り残されてしまいます!」
娘の、魂からの叫びだった。それは、かつて父親の言うことをただ聞いていただけの、従順な人形ではなかった。自分の意志で立ち、未来を見据える一人の人間としての、力強い言葉だった。
公爵は、娘のあまりの変貌ぶりに絶句していた。追放され、うちひしがれていると思っていた娘が、これほどまでに強く、そして鋭い慧眼を宿して帰ってくるとは、夢にも思わなかったのだ。
長い、重い沈黙が流れた。やがて、公爵は深く長い溜め息をつくと、疲れたように椅子に身を沈めた。
「…お前は、変わったな」
その声には、冷たさではなく、戸惑いと、ほんのわずかな賞賛の色が混じっていた。
「わかった。…考えておこう。だが、期待はするな」
それが、その日の父の最後の言葉だった。
部屋を後にしたセレスの頬を、一筋の涙が伝った。それは悔し涙ではなかった。自分の全てをぶつけ、父の心をわずかでも揺さぶることができた、確かな手応えを感じていた。
公爵令嬢の覚悟は、凝り固まった貴族社会という名の巨大な岩に、小さく、しかし確実な楔(くさび)を打ち込んだのだった。
「アスター、私に王都へ行く時間をください。私が、お父様を…リリーエングランツ公爵を説得してみせます」
彼女の実家であるリリーエングランツ公爵家は、王国でも指折りの名門だ。もし公爵が計画の支持に回れば、反対派の貴族たちも、その動向を無視することはできない。風向きを変える、大きな一手になる可能性があった。
しかし、それは同時に大きな危険を伴うことでもあった。追放された身である彼女が、王都へ戻る。しかも、自分を切り捨てた父親と対峙するのだ。精神的な負担は計り知れない。
「セレス、無理はしないでくれ。君が辛い思いをするくらいなら…」
僕が案じると、彼女は穏やかに首を振った。
「ううん、行かせて。これは、私の戦いでもあるの。いつまでも、あなたに守られてばかりではいられないわ」
その瞳には、かつての気高い公爵令嬢としての輝きと、辺境での経験で得たしなやかな強さが宿っていた。僕は、彼女の決意を信じることにした。
数日後、セレスはたった一人で王都へと向かった。リリーエングランツ公爵家の壮麗な屋敷の扉は、しかし、彼女に固く閉ざされていた。
「お嬢様がお戻りになるなど、聞いておりません。お帰りください」
門番は、冷たく言い放つ。
それでも彼女は諦めなかった。何時間も、雨に打たれながら門の前に立ち続けた。その姿は、やがて屋敷中の使用人たちの知るところとなり、ついに父である公爵の耳にも届いた。
「…書斎へ通せ」
不機嫌極まりない声だった。
久しぶりに再会した父、リリーエングランツ公爵は、娘に労いの言葉一つかけることなく、冷たく言い放った。
「何の用だ、セレスティーナ。追放されたお前が、今更この家の敷居をまたぐとは。我が家の顔にこれ以上泥を塗るつもりか」
「お父様」
セレスは、父の冷たい視線をまっすぐに受け止め、深く頭を下げた。
「本日は、アステリア鉄道の建設計画について、お父様にご支援を賜りたく参上いたしました」
公爵は、鼻で笑った。
「鉄道だと? 聞いているぞ。あの没落貴族の男の、戯言だろう。そんなもののために、私がこのリリーエングランツ家を危険に晒すとでも思ったか。王子殿下や、多くの貴族が反対しているのだぞ」
「戯言ではございません!」
セレスは、顔を上げ、強い口調で反論した。「それは、この国の未来を創る偉大な事業です。辺境の村が、どれほど豊かになったかご存知ですか? 人々の生活が、どれほど向上したかご存知ですか?」
彼女は、辺境で見てきたこと、経験してきたことを、熱を込めて語った。アスターの夢、鉄道がもたらす革命、そしてそこに生きる人々の笑顔。
しかし、公爵の心は動かない。
「それがどうした。しょせんは辺境での話。伝統と秩序こそが、この王国を支えてきたのだ。アイゼンローデの男は、それを破壊しようとしている」
「彼こそが、王国の未来を創る方です!」
セレスの声が、書斎に響き渡った。
「お父様は、いつまで過去の栄光と、目先の利権に囚われているのですか! 時代は変わろうとしています! このままでは、リリーエングランツ家も、王国も、時代の流れに取り残されてしまいます!」
娘の、魂からの叫びだった。それは、かつて父親の言うことをただ聞いていただけの、従順な人形ではなかった。自分の意志で立ち、未来を見据える一人の人間としての、力強い言葉だった。
公爵は、娘のあまりの変貌ぶりに絶句していた。追放され、うちひしがれていると思っていた娘が、これほどまでに強く、そして鋭い慧眼を宿して帰ってくるとは、夢にも思わなかったのだ。
長い、重い沈黙が流れた。やがて、公爵は深く長い溜め息をつくと、疲れたように椅子に身を沈めた。
「…お前は、変わったな」
その声には、冷たさではなく、戸惑いと、ほんのわずかな賞賛の色が混じっていた。
「わかった。…考えておこう。だが、期待はするな」
それが、その日の父の最後の言葉だった。
部屋を後にしたセレスの頬を、一筋の涙が伝った。それは悔し涙ではなかった。自分の全てをぶつけ、父の心をわずかでも揺さぶることができた、確かな手応えを感じていた。
公爵令嬢の覚悟は、凝り固まった貴族社会という名の巨大な岩に、小さく、しかし確実な楔(くさび)を打ち込んだのだった。
21
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~
黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」
皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。
悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。
――最高の農業パラダイスじゃない!
前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる!
美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!?
なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど!
「離婚から始まる、最高に輝く人生!」
農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!
追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜
たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。
だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。
契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。
農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。
そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。
戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!
絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間
夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。
卒業パーティーまで、残り時間は24時間!!
果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?
元悪役令嬢、偽聖女に婚約破棄され追放されたけど、前世の農業知識で辺境から成り上がって新しい国の母になりました
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢ロゼリアは、王太子から「悪役令嬢」の汚名を着せられ、大勢の貴族の前で婚約を破棄される。だが彼女は動じない。前世の記憶を持つ彼女は、法的に完璧な「離婚届」を叩きつけ、自ら自由を選ぶ!
追放された先は、人々が希望を失った「灰色の谷」。しかし、そこは彼女にとって、前世の農業知識を活かせる最高の「研究室」だった。
土を耕し、水路を拓き、新たな作物を育てる彼女の姿に、心を閉ざしていた村人たちも、ぶっきらぼうな謎の青年カイも、次第に心を動かされていく。
やがて「辺境の女神」と呼ばれるようになった彼女の奇跡は、一つの領地を、そして傾きかけた王国全体の運命をも揺るがすことに。
これは、一人の気高き令嬢が、逆境を乗り越え、最高の仲間たちと新しい国を築き、かけがえのない愛を見つけるまでの、壮大な逆転成り上がりストーリー!
勇者パーティを追放された地味な器用貧乏は、 魔王軍の女騎士とスローライフを送る
ちくわ食べます
ファンタジー
勇者パーティから「地味、英雄譚の汚点」と揶揄され追放された器用貧乏な裏方の僕。
帰る場所もなく死の森を彷徨っていたところ、偶然にも重傷を負った魔王軍四天王で最強の女騎士「黒鉄剣のリューシア」と遭遇する。
敵同士のはずなのに、なぜか彼女を放っておけなくて。治療し、世話をし、一緒に暮らすことになった僕。
これは追放された男と、敗北を重ね居場所を失った女の物語。
悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました
タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。
ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」
目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。
破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。
今度こそ、泣くのは私じゃない。
破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。
『レベルMAXの引退生活』 〜追放先でダラダラしていたら、いつの間にか世界最強の聖域になっていました〜
小林 れい
ファンタジー
「働いたら負け」と言って追放された最強聖女、成層圏で究極のニート生活を極める 〜神々がパシリで、寝顔が世界平和の象徴です〜
「お願いだから、私を一生寝かせておいて」
前世でブラック企業の社畜として命を削ったヒロイン・ユラリア。異世界に転生し、国を救う「聖女」として崇められるも、彼女の願いはただ一つ――「もう一歩も動きたくない」。
しかし、婚約者の第一王子からは「働かない聖女など不要だ!」と無情な婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。 「え、いいんですか? 本当に休んでいいんですね!?」
喜びに震えながら、ユラリアは人類未踏の死の荒野へと引きこもる。だが、彼女の「怠惰」を極めるための魔力は、いつしか世界の理(ことわり)さえも書き換えていった。
神龍王を巨大な「日除け」に。
料理の神を「おやつ担当の給食係」に。
妖精王を「全自動美容マシーン」に。
「面倒くさい」を原動力に開発された魔導家電や、異世界の娯楽(ゲーム)。挙句の果てには、地上を離れ、邸宅ごと空へと浮かび上がる!
地上の元婚約者が、聖女を失った王国の没落に泣きつこうとも、成層圏に住む彼女には豆粒ほどにも見えない。 神々さえもパシリにする史上最強のニート聖女が、夢の中でも二度寝を楽しむ、贅沢すぎる究極の休日が今、始まる!
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる