追放されたので、心置きなく発酵ライフ始めます〜外れスキル【万能発酵】で荒野を極上の美食国家に作り変えてたら、いつの間にか独立してました〜

黒崎隼人

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第01話「追放されたので、心置きなく発酵ライフ始めます」

「カイ・マクガバン。本日をもって、貴様の籍をマクガバン家より除名する」
 謁見の間。父であるマクガバン男爵の冷徹な声が、しんと静まり返った空間に響き渡った。大理石の床に片膝をついたまま、僕は静かにその言葉を受け止める。視線を上げれば、玉座に座る父の隣で、二人の兄が侮蔑の笑みを浮かべていた。
「成人を迎えてなお、剣も魔法も三流以下。授かったスキルは【万能発酵】……ただ物を腐らせるだけの、聞くに堪えない外れスキル。我が家の恥だ」
 父の言葉は、まるで切れ味の悪いナイフのようにじくじくと心を抉ってくる。まあ、今さらもう痛みも感じないけれど。
 この世界では、十五歳になると教会で神からスキルを授かる。長男は【火炎魔法】、次男は【聖騎士】。どちらも戦闘に特化した、いかにも貴族らしい輝かしいスキルだ。それに比べて、三男である僕の【万能発酵】は、確かに地味で、使い道が分からないと思われても仕方ない。
 熟成肉を作ろうとしたら腐らせてしまったり、ワインを醸造しようとしたら酸っぱい酢にしてしまったり。最初の頃は失敗も多かった。その度に、家族や使用人たちから向けられる憐れみと嘲笑の視線が、僕の心を静かに蝕んでいった。
「幸い、貴様にもわずかながら貴族の血が流れている。追放するにあたり、領地を与えてやろう」
 父の言葉に、兄たちが含み笑いを浮かべる。嫌な予感しかしない。
「我がマクガバン領の北の果て、『嘆きの荒野』だ。あそこならば、貴様が何を腐らせようと誰の迷惑にもなるまい。もはや我らの前に姿を現すな」
 嘆きの荒野。その名を聞いただけで、周囲に控えていた家臣たちが息をのむのが分かった。
 そこは岩と枯れ草ばかりで、作物はおろか、まともな飲み水さえ乏しいと言われる正真正銘の不毛の地。かつては罪人の流刑地として使われていた、呪われた土地だ。事実上の、死刑宣告と変わらない。
「……ありがたき幸せ。謹んで拝命いたします」
 僕は感情を押し殺し、深く頭を垂れた。
『やった! やった! やったあああああ!』
 しかし、僕の心の中は、歓喜の嵐が吹き荒れていた。
 追放? 上等だ!
 不毛の地? 大歓迎だ!
 これでようやく、あの息苦しい家から解放される。誰にも文句を言われず、好きなだけ僕の研究に没頭できるんだ!
【万能発酵】。物を腐らせるだけのスキル? とんでもない。
 発酵とは、微生物の働きによって物質が人間にとって有益に変化する現象。腐敗とは、有益でないものに変化する現象。その境界は、人間側の都合でしかない。
 僕のスキルは、その微生物、つまりあらゆる菌を自在に活性化させ、コントロールできるというとんでもないチートスキルなのだ。
 前世の僕は、日本の発酵食品メーカーで働く研究員だった。来る日も来る日も菌と向き合い、新しい食品開発に明け暮れ……最終的に過労で命を落とした、いわゆる菌オタクだ。
 そんな僕にとって、このスキルは宝の山以外の何物でもない。
 この世界の人間は、発酵という現象を理解していない。だから、僕のスキルの本当の価値に誰も気づかない。それが、僕にとっては幸運だった。
「では、これにて。……さらばだ、カイ」
 父はそう言い捨て、さっさと玉座から立ち去っていく。兄たちも、最後に僕に汚物でも見るような視線を投げかけて、父の後に続いた。
 こうして、僕はたった一人、最低限の荷物とわずかな金銭だけを持たされ、嘆きの荒野へと送り出された。
 屋敷から荒野までは、オンボロの馬車で数日。御者は荒野の入り口で僕を降ろすと、一刻も早く立ち去りたいというように、慌てて馬首を返していった。
 後に残されたのは、僕一人。そして目の前に広がるのは、見渡す限りの荒涼とした大地だった。
 ごつごつとした岩が地表を覆い、乾いた風が砂塵を巻き上げる。まばらに生えているのは、枯れて茶色く変色した雑草ばかり。生命の気配が、絶望的なまでに希薄だ。
「はは……」
 思わず、乾いた笑いがこぼれた。
「はははは! 最高じゃないか!」
 僕は両手を広げ、天を仰いだ。
 誰にも邪魔されない、広大な実験場。前世で夢にまで見た理想の環境が、今、目の前にある。
『これから何をしよう? まずは住む場所の確保だな。それから食料。いや、その前にやるべきことがある』
 僕は意識を集中させ、自らのステータスを確認する。頭の中に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。

 名前:カイ・マクガバン
 スキル:【万能発酵】
 ・対象内の微生物(菌類、細菌類、古細菌など)の活動を任意に促進・抑制・変質させることが可能。
 ・分解、合成、増殖、死滅を自在にコントロールできる。
 ・発酵プロセスを極端に短縮、または遅延させることが可能。

 これだ。これさえあれば、何でもできる。
 僕は足元の枯れ草をひとつかみ、むしり取った。そして、近くに落ちていた、おそらくは小型の魔物のものであろう乾燥したフンを拾い集める。
「まずは土作りからだ。最高の土壌さえあれば、最高の作物が育つ」
 前世の知識が、脳裏で次々と化学反応を起こしていく。
 堆肥作り、土壌の団粒化、有用微生物の散布。やるべきことは山ほどある。
 嘆きの荒野。誰もがそう呼んで見捨てた土地。
 今日からここが、僕の楽園になる。
 僕は荒野に吹く乾いた風を胸いっぱいに吸い込むと、これから始まる新しい生活に、心を躍らせるのだった。

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