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第1話「死の荒野と雑草魂」
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冷たい風が頬を打ち付ける。
視界の端から端まで広がるのは、ひび割れた赤茶色の大地と、枯れ果てた低木だけだ。
生き物の気配なんてものは、これっぽっちも感じられない。
俺、カイ・アルトは、荷馬車から放り出された粗末な荷物を見下ろして、深くため息をついた。
「本当に、何もないな」
口から出た白い息が、乾いた風にさらわれてすぐに消える。
ここはガルディア王国の最北端。
通称「死の荒野」。
魔獣すら寄り付かないといわれる、魔素が枯渇した不毛の地だ。
そして今日からここが、俺の領地であり、墓場になる予定の場所だった。
「おい、さっさと降りろ無能」
御者台から吐き捨てられた言葉に、俺は視線を上げる。
そこには、俺の異母兄であるガルドが、憐れみと嘲りが入り混じった歪んだ笑みを浮かべて見下ろしていた。
豪華な毛皮のコートを纏った彼は、寒さに震える俺を見て鼻を鳴らす。
「父上も甘い方だ。貴様のような『土いじり』しかできない出来損ないに、こうして領地を与えてくださるのだからな」
「……感謝していますよ、兄上」
俺は努めて冷静に答えた。
ここで感情的になっても意味がない。
俺のスキルは「植物魔法」。
派手な火球を放つことも、剣を強化することもできない、農民以下の外れスキルだと判定された。
貴族社会において、戦闘能力のない男は存在価値がない。
だからこそ、成人を迎えたその日に、体よくこの死地へと追放されたのだ。
「ふん。せいぜい野垂れ死なないように泥でも啜るんだな。二度と家の敷居を跨げると思うなよ」
ガルドは御者に合図を送る。
馬車は砂煙を上げて反転し、南の方角へと走り去っていった。
遠ざかる馬車の音だけが、この荒涼とした世界に残された唯一の人工的な響きだった。
俺は一人、取り残された。
手元にあるのは、錆びついたクワ一本と、わずかな食料、そして何種類かの種が入った小袋だけ。
普通の人間なら、絶望して泣き叫ぶか、自ら命を絶つことを考える状況だろう。
だが。
俺の胸の奥で燃えていたのは、絶望感とは程遠い、奇妙な高揚感だった。
「やっと、静かになった」
俺は誰に遠慮することなく、大きく背筋を伸ばした。
前世の記憶。
日本という国で、農業高校に通っていた頃の記憶。
それが俺の人格のベースにある。
土に触れ、種を蒔き、生命が芽吹く瞬間を見守る喜び。
それを貴族という窮屈な立場はずっと邪魔してきた。
手が汚れると叱られ、土臭いと蔑まれ、俺の情熱は常に抑圧されてきたのだ。
「ここなら、誰にも文句は言われない」
俺は足元の乾いた土を手に取る。
さらさらと指の隙間からこぼれ落ちる砂。
水分も栄養分も、魔力さえも感じられない死んだ土だ。
農業には最悪の環境。
ハードモードなんて言葉じゃ生温い。
だが、だからこそ燃える。
「見せてやるよ。俺の『品種改良』の力を」
俺はクワを握りしめた。
植物魔法の真髄は、ただ植物を操ることじゃない。
その性質を理解し、環境に合わせて書き換えることにある。
俺は一歩を踏み出し、地面にクワを振り下ろした。
カキン、と硬い音が響き、火花が散る。
岩盤のように硬い地面。
腕に走る痺れに顔をしかめながらも、俺はニヤリと笑った。
まずは土壌改良からだ。
俺の魔力を、この渇いた大地に叩き込んでやる。
「やってやる。ここを世界一の農園にしてやる」
誰にも聞こえない宣言が、荒野の風に乗って消えていく。
俺の第二の人生、農家としての戦いが、今ここから始まった。
最初の作業は、生きるための拠点を確保することでも、食料を探すことでもなかった。
畑を作ることだ。
俺にとってはそれが生きるということと同義だった。
日が傾きかけるまで、俺は無心でクワを振るった。
手のひらの皮がめくれ、血が滲んでも止まらない。
魔力を込めてクワを振るうたびに、わずかずつだが地面がほぐれていく。
「植物魔法・土壌活性」
俺は魔力を練り上げ、クワの切っ先から土へと流し込む。
通常、この魔法は土の栄養分を活性化させるものだが、この荒野には活性化させるべき栄養そのものがない。
だから俺は、イメージを変える。
俺自身の魔力を、土の栄養代わりにするのだ。
魔力を肥料として定着させ、微生物の代わりとして機能させる。
常識外れの魔力操作。
だが、この体には膨大な魔力が眠っていることを俺は知っていた。
攻撃魔法には適性がないから使えないだけで、魔力の総量だけなら、あの兄貴の何倍もあるはずだ。
ドクン、と心臓が脈打つたびに、青白い光が土に染み込んでいく。
赤茶色だった土が、わずかに黒みを帯びて湿り気を持ち始めた。
「はあ、はあ……よし、これならいける」
畳二畳分ほどの小さなスペースだが、なんとか「畑」と呼べる場所ができた。
日はすでに沈みかけ、気温が急激に下がってくる。
夜の荒野は氷点下になることもあると聞いていた。
俺は荷物の中から、一番丈夫そうな種を取り出した。
「アイアン・ポテト」。
皮が鉄のように硬く、味も悪いが、生命力だけは強いとされる救荒作物だ。
普通に育てても、食べられるようになるまで三ヶ月はかかる。
だが、今の俺にはそんな悠長な時間はない。
「頼むぞ、お前が最初の相棒だ」
種芋を土に埋める。
そして両手を土の上に置き、全神経を集中させた。
スキル発動。
『品種改良』。
対象はアイアン・ポテト。
環境適応、極寒耐性、そして成長速度の超大幅な強化。
代償として、味や見た目は二の次にする。
いや、味は……少しでもマシになってくれ。
俺の体からごっそりと魔力が抜けていく感覚。
頭がふらつき、視界が明滅する。
だが、土の中の種芋が、俺の魔力を貪欲に吸い上げ、脈動するのが分かった。
「育て……育てッ!」
最後の力を振り絞り、魔力を注ぎ込む。
土が盛り上がり、ひび割れた。
そこから緑色の芽が勢いよく飛び出し、見る見るうちに葉を広げていく。
異常な成長速度。
数分もしないうちに、俺の膝丈ほどの高さまで茎が伸び、そして紫色の小さな花を咲かせた。
「成功、か……?」
俺はその場に尻餅をついた。
全身から汗が噴き出し、指一本動かせないほどの疲労感。
だが、目の前には確かに生命が息づいている。
枯れた大地に、鮮やかな緑色が揺れていた。
俺は震える手で土を掘り返す。
そこには、赤ん坊の頭ほどもある巨大なジャガイモが、ゴロゴロと実っていた。
「でか……」
あまりの大きさに唖然とする。
これが、魔力を直接肥料にした結果なのか。
俺は泥を払うのももどかしく、その一つにかぶりついた。
ガリッという音ではなく、シャクッという瑞々しい音がした。
生なのに、まるで果物のような甘い汁が口いっぱいに広がる。
「う……うまいッ!」
空腹の胃袋に、濃厚な味が染み渡る。
そして次の瞬間、胃の底からカッと熱いものが湧き上がってきた。
疲労で鉛のように重かった体が、内側から満たされていく。
力がみなぎり、視界がクリアになる。
「なんだこれ……魔力が、回復してる?」
いや、回復どころじゃない。
以前よりも魔力の通りが良くなり、総量が増えているような感覚だ。
俺は食べかけのイモをまじまじと見つめた。
俺はとんでもないものを作ってしまったのかもしれない。
これはただの食料じゃない。
魔力の塊そのものだ。
この荒野で生き抜くための、最強の武器を手に入れたのかもしれない。
冷たい夜風の中で、俺は武者震いにも似た興奮を噛み締めながら、二口目を頬張った。
視界の端から端まで広がるのは、ひび割れた赤茶色の大地と、枯れ果てた低木だけだ。
生き物の気配なんてものは、これっぽっちも感じられない。
俺、カイ・アルトは、荷馬車から放り出された粗末な荷物を見下ろして、深くため息をついた。
「本当に、何もないな」
口から出た白い息が、乾いた風にさらわれてすぐに消える。
ここはガルディア王国の最北端。
通称「死の荒野」。
魔獣すら寄り付かないといわれる、魔素が枯渇した不毛の地だ。
そして今日からここが、俺の領地であり、墓場になる予定の場所だった。
「おい、さっさと降りろ無能」
御者台から吐き捨てられた言葉に、俺は視線を上げる。
そこには、俺の異母兄であるガルドが、憐れみと嘲りが入り混じった歪んだ笑みを浮かべて見下ろしていた。
豪華な毛皮のコートを纏った彼は、寒さに震える俺を見て鼻を鳴らす。
「父上も甘い方だ。貴様のような『土いじり』しかできない出来損ないに、こうして領地を与えてくださるのだからな」
「……感謝していますよ、兄上」
俺は努めて冷静に答えた。
ここで感情的になっても意味がない。
俺のスキルは「植物魔法」。
派手な火球を放つことも、剣を強化することもできない、農民以下の外れスキルだと判定された。
貴族社会において、戦闘能力のない男は存在価値がない。
だからこそ、成人を迎えたその日に、体よくこの死地へと追放されたのだ。
「ふん。せいぜい野垂れ死なないように泥でも啜るんだな。二度と家の敷居を跨げると思うなよ」
ガルドは御者に合図を送る。
馬車は砂煙を上げて反転し、南の方角へと走り去っていった。
遠ざかる馬車の音だけが、この荒涼とした世界に残された唯一の人工的な響きだった。
俺は一人、取り残された。
手元にあるのは、錆びついたクワ一本と、わずかな食料、そして何種類かの種が入った小袋だけ。
普通の人間なら、絶望して泣き叫ぶか、自ら命を絶つことを考える状況だろう。
だが。
俺の胸の奥で燃えていたのは、絶望感とは程遠い、奇妙な高揚感だった。
「やっと、静かになった」
俺は誰に遠慮することなく、大きく背筋を伸ばした。
前世の記憶。
日本という国で、農業高校に通っていた頃の記憶。
それが俺の人格のベースにある。
土に触れ、種を蒔き、生命が芽吹く瞬間を見守る喜び。
それを貴族という窮屈な立場はずっと邪魔してきた。
手が汚れると叱られ、土臭いと蔑まれ、俺の情熱は常に抑圧されてきたのだ。
「ここなら、誰にも文句は言われない」
俺は足元の乾いた土を手に取る。
さらさらと指の隙間からこぼれ落ちる砂。
水分も栄養分も、魔力さえも感じられない死んだ土だ。
農業には最悪の環境。
ハードモードなんて言葉じゃ生温い。
だが、だからこそ燃える。
「見せてやるよ。俺の『品種改良』の力を」
俺はクワを握りしめた。
植物魔法の真髄は、ただ植物を操ることじゃない。
その性質を理解し、環境に合わせて書き換えることにある。
俺は一歩を踏み出し、地面にクワを振り下ろした。
カキン、と硬い音が響き、火花が散る。
岩盤のように硬い地面。
腕に走る痺れに顔をしかめながらも、俺はニヤリと笑った。
まずは土壌改良からだ。
俺の魔力を、この渇いた大地に叩き込んでやる。
「やってやる。ここを世界一の農園にしてやる」
誰にも聞こえない宣言が、荒野の風に乗って消えていく。
俺の第二の人生、農家としての戦いが、今ここから始まった。
最初の作業は、生きるための拠点を確保することでも、食料を探すことでもなかった。
畑を作ることだ。
俺にとってはそれが生きるということと同義だった。
日が傾きかけるまで、俺は無心でクワを振るった。
手のひらの皮がめくれ、血が滲んでも止まらない。
魔力を込めてクワを振るうたびに、わずかずつだが地面がほぐれていく。
「植物魔法・土壌活性」
俺は魔力を練り上げ、クワの切っ先から土へと流し込む。
通常、この魔法は土の栄養分を活性化させるものだが、この荒野には活性化させるべき栄養そのものがない。
だから俺は、イメージを変える。
俺自身の魔力を、土の栄養代わりにするのだ。
魔力を肥料として定着させ、微生物の代わりとして機能させる。
常識外れの魔力操作。
だが、この体には膨大な魔力が眠っていることを俺は知っていた。
攻撃魔法には適性がないから使えないだけで、魔力の総量だけなら、あの兄貴の何倍もあるはずだ。
ドクン、と心臓が脈打つたびに、青白い光が土に染み込んでいく。
赤茶色だった土が、わずかに黒みを帯びて湿り気を持ち始めた。
「はあ、はあ……よし、これならいける」
畳二畳分ほどの小さなスペースだが、なんとか「畑」と呼べる場所ができた。
日はすでに沈みかけ、気温が急激に下がってくる。
夜の荒野は氷点下になることもあると聞いていた。
俺は荷物の中から、一番丈夫そうな種を取り出した。
「アイアン・ポテト」。
皮が鉄のように硬く、味も悪いが、生命力だけは強いとされる救荒作物だ。
普通に育てても、食べられるようになるまで三ヶ月はかかる。
だが、今の俺にはそんな悠長な時間はない。
「頼むぞ、お前が最初の相棒だ」
種芋を土に埋める。
そして両手を土の上に置き、全神経を集中させた。
スキル発動。
『品種改良』。
対象はアイアン・ポテト。
環境適応、極寒耐性、そして成長速度の超大幅な強化。
代償として、味や見た目は二の次にする。
いや、味は……少しでもマシになってくれ。
俺の体からごっそりと魔力が抜けていく感覚。
頭がふらつき、視界が明滅する。
だが、土の中の種芋が、俺の魔力を貪欲に吸い上げ、脈動するのが分かった。
「育て……育てッ!」
最後の力を振り絞り、魔力を注ぎ込む。
土が盛り上がり、ひび割れた。
そこから緑色の芽が勢いよく飛び出し、見る見るうちに葉を広げていく。
異常な成長速度。
数分もしないうちに、俺の膝丈ほどの高さまで茎が伸び、そして紫色の小さな花を咲かせた。
「成功、か……?」
俺はその場に尻餅をついた。
全身から汗が噴き出し、指一本動かせないほどの疲労感。
だが、目の前には確かに生命が息づいている。
枯れた大地に、鮮やかな緑色が揺れていた。
俺は震える手で土を掘り返す。
そこには、赤ん坊の頭ほどもある巨大なジャガイモが、ゴロゴロと実っていた。
「でか……」
あまりの大きさに唖然とする。
これが、魔力を直接肥料にした結果なのか。
俺は泥を払うのももどかしく、その一つにかぶりついた。
ガリッという音ではなく、シャクッという瑞々しい音がした。
生なのに、まるで果物のような甘い汁が口いっぱいに広がる。
「う……うまいッ!」
空腹の胃袋に、濃厚な味が染み渡る。
そして次の瞬間、胃の底からカッと熱いものが湧き上がってきた。
疲労で鉛のように重かった体が、内側から満たされていく。
力がみなぎり、視界がクリアになる。
「なんだこれ……魔力が、回復してる?」
いや、回復どころじゃない。
以前よりも魔力の通りが良くなり、総量が増えているような感覚だ。
俺は食べかけのイモをまじまじと見つめた。
俺はとんでもないものを作ってしまったのかもしれない。
これはただの食料じゃない。
魔力の塊そのものだ。
この荒野で生き抜くための、最強の武器を手に入れたのかもしれない。
冷たい夜風の中で、俺は武者震いにも似た興奮を噛み締めながら、二口目を頬張った。
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