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序章:転生令嬢とハズレスキル
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「ガコンッ」という鈍い音と共に、私の意識は途切れた。
最後の記憶は、鳴り響くクラクションと、トラックのヘッドライト。ああ、まただ。また、私は間に合わなかった。締め切りに追われ、三徹明けのふらふらな体で横断歩道に踏み出したのが間違いだったのだ。
前世の私、田中花奈は、どこにでもいるごく普通のOLだった。ブラックなデザイン会社に勤め、来る日も来る日も仕事に追われる毎日。唯一の癒しは、マンションの小さなベランダで育てていた家庭菜園の野菜たち。土に触れ、緑が育っていくのを見る時間だけが、すり減っていく心を繋ぎとめてくれていた。
(もっと、土いじりしたかったな……)
そんな未練を最後に、私の人生はあっけなく幕を閉じた――はずだった。
次に目覚めた時、私はふかふかのベビーベッドの中にいた。
目の前には、レースのカーテンが揺れる豪奢な天窓。見慣れない天井、そして自分のものではない、ぷにぷにとした小さな手。
混乱する頭で状況を把握するのに、それなりの時間を要した。どうやら私は、剣と魔法が存在するファンタジーな世界の公爵令嬢「エリアーナ・フォン・ラピス」として、二度目の生を受けたらしい。
記憶が戻ったのは、五歳の誕生日。この世界では、五歳になると神殿でスキルを授かる儀式がある。前世の記憶と共に、「公爵令嬢」という自分の立場を理解した私は、正直、胸を撫で下ろした。
(今度こそ、スローライフを送れるかもしれない!)
公爵令嬢なら、もうあくせく働く必要はない。庭の片隅で家庭菜園でもしながら、のんびり暮らそう。そんな甘い夢を描いていた。
けれど、現実はそう甘くはなかった。
儀式の日、私が神から授かったスキルは【土壌改良】。
その名が告げられた瞬間、両親の顔から笑顔が消えたのを、私は今でも鮮明に覚えている。
この世界で尊ばれるのは、国を守るための強力な攻撃魔法や、人を癒す神聖魔法。私の両親であるラピス公爵夫妻も、代々強力な「水魔法」の使い手として名を馳せてきた家系だ。当然、娘である私にも、それに連なる華々しいスキルを期待していたのだろう。
しかし、現実は【土壌改良】。攻撃もできなければ、治癒もできない。ただ、土を豊かにするだけの地味なスキル。貴族にとっては、何の役にも立たない「ハズレスキル」だった。
「よりにもよって、土いじりなど……平民の百姓が持つようなスキルではないか」
父はそう吐き捨て、母は扇で顔を隠してため息をついた。
その日から、私の扱いは一変した。
両親は私をいないものとして扱い、年の近い兄や姉は「百姓令嬢」「泥んこ姫」と嘲笑った。屋敷の使用人たちでさえ、私を見る目は憐れみと侮蔑に満ちていた。
誰も私のことを見てくれない。誰も、私の価値を認めてくれない。
孤独な日々の中で、私の唯一の心の支えとなったのは、皮肉にも、前世と同じ「土いじり」だった。
屋敷の隅にある、誰にも使われていない小さな花壇。私はそこに隠れるようにして、こっそりと野菜を育て始めた。スキルを使ってみると、カチカチだった土が嘘のようにふかふかになり、栄養満点な黒土へと変わっていく。
そこで育ったトマトは驚くほど甘く、キュウリは瑞々しかった。
誰にも褒められなくても、この土と野菜だけは、私を裏切らなかった。
このささやかな幸せが、いつまでも続けばいい。
そんな淡い期待を抱いていたけれど、運命は、私に更なる試練を用意していたのだった。
最後の記憶は、鳴り響くクラクションと、トラックのヘッドライト。ああ、まただ。また、私は間に合わなかった。締め切りに追われ、三徹明けのふらふらな体で横断歩道に踏み出したのが間違いだったのだ。
前世の私、田中花奈は、どこにでもいるごく普通のOLだった。ブラックなデザイン会社に勤め、来る日も来る日も仕事に追われる毎日。唯一の癒しは、マンションの小さなベランダで育てていた家庭菜園の野菜たち。土に触れ、緑が育っていくのを見る時間だけが、すり減っていく心を繋ぎとめてくれていた。
(もっと、土いじりしたかったな……)
そんな未練を最後に、私の人生はあっけなく幕を閉じた――はずだった。
次に目覚めた時、私はふかふかのベビーベッドの中にいた。
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記憶が戻ったのは、五歳の誕生日。この世界では、五歳になると神殿でスキルを授かる儀式がある。前世の記憶と共に、「公爵令嬢」という自分の立場を理解した私は、正直、胸を撫で下ろした。
(今度こそ、スローライフを送れるかもしれない!)
公爵令嬢なら、もうあくせく働く必要はない。庭の片隅で家庭菜園でもしながら、のんびり暮らそう。そんな甘い夢を描いていた。
けれど、現実はそう甘くはなかった。
儀式の日、私が神から授かったスキルは【土壌改良】。
その名が告げられた瞬間、両親の顔から笑顔が消えたのを、私は今でも鮮明に覚えている。
この世界で尊ばれるのは、国を守るための強力な攻撃魔法や、人を癒す神聖魔法。私の両親であるラピス公爵夫妻も、代々強力な「水魔法」の使い手として名を馳せてきた家系だ。当然、娘である私にも、それに連なる華々しいスキルを期待していたのだろう。
しかし、現実は【土壌改良】。攻撃もできなければ、治癒もできない。ただ、土を豊かにするだけの地味なスキル。貴族にとっては、何の役にも立たない「ハズレスキル」だった。
「よりにもよって、土いじりなど……平民の百姓が持つようなスキルではないか」
父はそう吐き捨て、母は扇で顔を隠してため息をついた。
その日から、私の扱いは一変した。
両親は私をいないものとして扱い、年の近い兄や姉は「百姓令嬢」「泥んこ姫」と嘲笑った。屋敷の使用人たちでさえ、私を見る目は憐れみと侮蔑に満ちていた。
誰も私のことを見てくれない。誰も、私の価値を認めてくれない。
孤独な日々の中で、私の唯一の心の支えとなったのは、皮肉にも、前世と同じ「土いじり」だった。
屋敷の隅にある、誰にも使われていない小さな花壇。私はそこに隠れるようにして、こっそりと野菜を育て始めた。スキルを使ってみると、カチカチだった土が嘘のようにふかふかになり、栄養満点な黒土へと変わっていく。
そこで育ったトマトは驚くほど甘く、キュウリは瑞々しかった。
誰にも褒められなくても、この土と野菜だけは、私を裏切らなかった。
このささやかな幸せが、いつまでも続けばいい。
そんな淡い期待を抱いていたけれど、運命は、私に更なる試練を用意していたのだった。
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