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第五章:鉄血騎士の来訪
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辺境でのスローライフが軌道に乗り、村が活気を取り戻し始めたある日のこと。領地の見回りをしていた私の前に、一人の騎士が現れた。
全身を黒い甲冑で固め、腰には見事な長剣。馬から降り立った彼は、鋭い切れ長の青い瞳で、私と、私の足元で不思議そうに首を傾げているフェンをじっと見つめている。
ただ者ではない空気に、私はごくりと喉を鳴らした。
「失礼。この地の領主にお会いしたいのだが」
低く、よく通る声。その声には、有無を言わせぬ威圧感があった。
「……私が、この地の領主、エリアーナ・フォン・ラピスです。あなたは?」
私が名乗ると、彼は少しだけ驚いたように目を見開き、そして厳格な騎士の礼をした。
「これは失礼いたしました。私は隣国アイゼンリッター王国の騎士団長、クラウス・フォン・アイゼンリッターと申します」
隣国の騎士団長。そんな大物が、なぜこんな辺境の地に?
彼の名前には聞き覚えがあった。「鉄血騎士」の異名で知られ、その武勇は近隣諸国にまで轟いている。敵には一切の情けをかけない冷徹な指揮官だと聞いていた。
「隣国の騎士団長様が、私の領地に何かご用でしょうか」
警戒を隠さずに問うと、クラウス様は真剣な眼差しで、周囲の豊かに実る畑を見渡した。
「……エリアーナ様。単刀直入にお聞きします。この土地の異常なまでの生命力は、一体何なのですか?」
彼の口から語られたのは、衝撃的な事実だった。
近年、私が元いたクライス王国全土で、原因不明の勢いで土地が痩せ細っていく「土地枯渇病」が深刻化しているという。作物は育たず、森は枯れ、川は淀んでいく。それは、隣国である彼の国にも、少しずつ影響を及ぼし始めているらしかった。
「私は、王の極秘命令を受け、この現象の原因を調査しているのです。魔法的な痕跡を追ってたどり着いたのが、このありえないほど生命力に満ちた地でした」
彼の青い瞳が、私を射抜く。まるで、全てを見透かされているようだ。
嘘をついても無駄だろう。私は覚悟を決め、正直に話すことにした。
「……それは、私のスキルによるものです」
「スキル?」
「はい。【土壌改良】という、ただ土を豊かにするだけの地味なスキルです」
私の言葉に、クラウス様は信じられないという顔をした。無理もない。ただの個人スキルで、これほど広範囲の土地を劇的に変えるなど、常識では考えられないことだ。
私は彼を、村人たちが「奇跡の畑」と呼ぶ場所に案内した。そこでは、信じられないほど大きく、色鮮やかな野菜たちが、太陽の光を浴びて輝いている。
クラウス様は、無言でカブを一つ引き抜くと、その大きさと重さに絶句していた。
「……信じがたい。これが、本当にあなたの力だけで?」
「はい。そして、私の野菜には、食べたものを元気にする力もあるようなのです」
私は彼を家に招き、先日作ったばかりの野菜スープを振る舞った。最初は警戒していたクラウス様だったが、スープの滋味深い香りに、おそるおそるスプーンを口に運ぶ。
そして、彼の青い瞳が、驚きに見開かれた。
「……美味い」
ポツリと漏らされた感想は、心からのものだと分かった。鉄血騎士の仮面が、少しだけ剥がれた瞬間だった。
彼はスープを飲み干すと、ふぅ、と長い息を吐いた。長旅の疲れが、少しだけ癒えたように見える。
「エリアーナ様。あなたの力は、『地味』などという言葉で片付けられるものではない。これは……あるいは、世界を救う力やもしれません」
クラウス様は、真摯な瞳で私を見つめた。
初めは警戒の対象でしかなかった私を、彼は一人の人間として、その力を正当に評価してくれた。それは、私がずっと求めていたものだった。
「あなたのことを、もう少し知りたい。しばらく、この地に滞在させていただいても?」
彼の申し出に、私は頷いた。
この冷静沈着な騎士との出会いが、私の穏やかな日常に、新たな風を吹き込むことになる。それは、心地よい風なのか、それとも嵐を呼ぶ風なのか。まだ、私には予測もつかなかった。
全身を黒い甲冑で固め、腰には見事な長剣。馬から降り立った彼は、鋭い切れ長の青い瞳で、私と、私の足元で不思議そうに首を傾げているフェンをじっと見つめている。
ただ者ではない空気に、私はごくりと喉を鳴らした。
「失礼。この地の領主にお会いしたいのだが」
低く、よく通る声。その声には、有無を言わせぬ威圧感があった。
「……私が、この地の領主、エリアーナ・フォン・ラピスです。あなたは?」
私が名乗ると、彼は少しだけ驚いたように目を見開き、そして厳格な騎士の礼をした。
「これは失礼いたしました。私は隣国アイゼンリッター王国の騎士団長、クラウス・フォン・アイゼンリッターと申します」
隣国の騎士団長。そんな大物が、なぜこんな辺境の地に?
彼の名前には聞き覚えがあった。「鉄血騎士」の異名で知られ、その武勇は近隣諸国にまで轟いている。敵には一切の情けをかけない冷徹な指揮官だと聞いていた。
「隣国の騎士団長様が、私の領地に何かご用でしょうか」
警戒を隠さずに問うと、クラウス様は真剣な眼差しで、周囲の豊かに実る畑を見渡した。
「……エリアーナ様。単刀直入にお聞きします。この土地の異常なまでの生命力は、一体何なのですか?」
彼の口から語られたのは、衝撃的な事実だった。
近年、私が元いたクライス王国全土で、原因不明の勢いで土地が痩せ細っていく「土地枯渇病」が深刻化しているという。作物は育たず、森は枯れ、川は淀んでいく。それは、隣国である彼の国にも、少しずつ影響を及ぼし始めているらしかった。
「私は、王の極秘命令を受け、この現象の原因を調査しているのです。魔法的な痕跡を追ってたどり着いたのが、このありえないほど生命力に満ちた地でした」
彼の青い瞳が、私を射抜く。まるで、全てを見透かされているようだ。
嘘をついても無駄だろう。私は覚悟を決め、正直に話すことにした。
「……それは、私のスキルによるものです」
「スキル?」
「はい。【土壌改良】という、ただ土を豊かにするだけの地味なスキルです」
私の言葉に、クラウス様は信じられないという顔をした。無理もない。ただの個人スキルで、これほど広範囲の土地を劇的に変えるなど、常識では考えられないことだ。
私は彼を、村人たちが「奇跡の畑」と呼ぶ場所に案内した。そこでは、信じられないほど大きく、色鮮やかな野菜たちが、太陽の光を浴びて輝いている。
クラウス様は、無言でカブを一つ引き抜くと、その大きさと重さに絶句していた。
「……信じがたい。これが、本当にあなたの力だけで?」
「はい。そして、私の野菜には、食べたものを元気にする力もあるようなのです」
私は彼を家に招き、先日作ったばかりの野菜スープを振る舞った。最初は警戒していたクラウス様だったが、スープの滋味深い香りに、おそるおそるスプーンを口に運ぶ。
そして、彼の青い瞳が、驚きに見開かれた。
「……美味い」
ポツリと漏らされた感想は、心からのものだと分かった。鉄血騎士の仮面が、少しだけ剥がれた瞬間だった。
彼はスープを飲み干すと、ふぅ、と長い息を吐いた。長旅の疲れが、少しだけ癒えたように見える。
「エリアーナ様。あなたの力は、『地味』などという言葉で片付けられるものではない。これは……あるいは、世界を救う力やもしれません」
クラウス様は、真摯な瞳で私を見つめた。
初めは警戒の対象でしかなかった私を、彼は一人の人間として、その力を正当に評価してくれた。それは、私がずっと求めていたものだった。
「あなたのことを、もう少し知りたい。しばらく、この地に滞在させていただいても?」
彼の申し出に、私は頷いた。
この冷静沈着な騎士との出会いが、私の穏やかな日常に、新たな風を吹き込むことになる。それは、心地よい風なのか、それとも嵐を呼ぶ風なのか。まだ、私には予測もつかなかった。
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