10 / 18
第八章:平和を脅かす使者
しおりを挟む
辺境領に、王都からの使者が訪れたのは、収穫祭の準備で村中が活気づいている、そんな穏やかな日のことだった。
使者としてやってきたのは、派手な装飾の甲冑を身に着けた、いかにも尊大な態度の貴族騎士だった。彼は、私と、私の隣に立つクラウス様を値踏みするような目で見ると、胸を反らしてアルベルト王子からの親書を読み上げた。
「元公爵令嬢エリアーナ・フォン・ラピスに告ぐ。汝の辺境での働き、見事である。よって、これまでの罪を許し、特別に王都への帰還を許可する。直ちに王都へ戻り、その力を王国のために捧げるのだ。これは、アルベルト王子殿下からの、寛大なる命令である!」
命令。その言葉に、私はもちろん、周りで聞いていた村人たちの顔色も変わった。
要するに、「お前の作り上げた楽園と手柄を、そっくりそのまま国王家に明け渡せ」ということだ。あまりに傲慢で、虫のいい話だった。
私が追放された時のこと、嘲笑された日のことを、彼らはもう忘れてしまったのだろうか。
「……お断りいたします」
私は、静かに、しかしはっきりとそう告げた。
使者の騎士は、信じられないという顔で私を見る。
「なっ、断るだと!? これは王子殿下直々のご命令だぞ! 一介の追放者が、逆らうというのか!」
「私は、この地の領主です。そして、ここに住む民を守る責任があります。この平和な場所を捨てて、今更王都に戻る気はありません」
私の毅然とした態度に、後ろに控えていた村長や村人たちが「そうだ、そうだ!」「領主様を渡してたまるか!」と声を上げる。みんなが、私の味方だった。
クラウス様も、静かに私の前に一歩進み出ると、冷たい声で言った。
「失礼だが、使者殿。エリアーナ様は、もはや貴国だけの人間ではない。彼女の力は、この世界の土地枯渇病を救う鍵となるやもしれん。我がアイゼンリッター王国としても、彼女の身柄と、この領地の安全を保証する」
「なっ……隣国の騎士団長が、なぜここに……!?」
クラウス様の存在に、使者はようやく気づいたように狼狽えた。ただの追放された令嬢だと思っていた相手に、強大な隣国の後ろ盾がある。これは、彼の想定を遥かに超える事態だった。
「よ、よろしいのか! 王子殿下のご命令に背くということは、王国に弓を引くのと同じことだぞ! 後悔しても知らんからな!」
使者は、捨て台詞を吐いて、慌ただしく馬上の人となり去っていった。
嵐の前の静けさ。使者が去った後、領地には重い沈黙が流れた。
「エリアーナ様、すまない。俺がいたことで、余計に事を荒立ててしまったかもしれん」
クラウス様が、申し訳なさそうに言う。
「いいえ、そんなことはありません。クラウス様がいてくださって、心強かったです。ありがとうございます」
私は彼に微笑みかけた。一人では、きっと心が折れていたかもしれない。でも、今は違う。私を信じてくれる人がいる。守りたい民がいる。
「私は、戦います。この大切な居場所と、みんなの笑顔を守るために」
私の言葉に、クラウス様は力強く頷いた。
「無論だ。俺も、我が騎士団も、君と共に戦おう。君の作る未来を、俺も見てみたい」
彼の青い瞳には、固い決意が宿っていた。
王都は、きっと実力行使に出てくるだろう。平和なスローライフは、終わりを告げたのかもしれない。
けれど、後悔はない。
自らの手で掴み取った幸せを、誰にも奪わせはしない。
私は、豊かに実る麦畑を渡る風を感じながら、来るべき戦いに備え、心を固めたのだった。
使者としてやってきたのは、派手な装飾の甲冑を身に着けた、いかにも尊大な態度の貴族騎士だった。彼は、私と、私の隣に立つクラウス様を値踏みするような目で見ると、胸を反らしてアルベルト王子からの親書を読み上げた。
「元公爵令嬢エリアーナ・フォン・ラピスに告ぐ。汝の辺境での働き、見事である。よって、これまでの罪を許し、特別に王都への帰還を許可する。直ちに王都へ戻り、その力を王国のために捧げるのだ。これは、アルベルト王子殿下からの、寛大なる命令である!」
命令。その言葉に、私はもちろん、周りで聞いていた村人たちの顔色も変わった。
要するに、「お前の作り上げた楽園と手柄を、そっくりそのまま国王家に明け渡せ」ということだ。あまりに傲慢で、虫のいい話だった。
私が追放された時のこと、嘲笑された日のことを、彼らはもう忘れてしまったのだろうか。
「……お断りいたします」
私は、静かに、しかしはっきりとそう告げた。
使者の騎士は、信じられないという顔で私を見る。
「なっ、断るだと!? これは王子殿下直々のご命令だぞ! 一介の追放者が、逆らうというのか!」
「私は、この地の領主です。そして、ここに住む民を守る責任があります。この平和な場所を捨てて、今更王都に戻る気はありません」
私の毅然とした態度に、後ろに控えていた村長や村人たちが「そうだ、そうだ!」「領主様を渡してたまるか!」と声を上げる。みんなが、私の味方だった。
クラウス様も、静かに私の前に一歩進み出ると、冷たい声で言った。
「失礼だが、使者殿。エリアーナ様は、もはや貴国だけの人間ではない。彼女の力は、この世界の土地枯渇病を救う鍵となるやもしれん。我がアイゼンリッター王国としても、彼女の身柄と、この領地の安全を保証する」
「なっ……隣国の騎士団長が、なぜここに……!?」
クラウス様の存在に、使者はようやく気づいたように狼狽えた。ただの追放された令嬢だと思っていた相手に、強大な隣国の後ろ盾がある。これは、彼の想定を遥かに超える事態だった。
「よ、よろしいのか! 王子殿下のご命令に背くということは、王国に弓を引くのと同じことだぞ! 後悔しても知らんからな!」
使者は、捨て台詞を吐いて、慌ただしく馬上の人となり去っていった。
嵐の前の静けさ。使者が去った後、領地には重い沈黙が流れた。
「エリアーナ様、すまない。俺がいたことで、余計に事を荒立ててしまったかもしれん」
クラウス様が、申し訳なさそうに言う。
「いいえ、そんなことはありません。クラウス様がいてくださって、心強かったです。ありがとうございます」
私は彼に微笑みかけた。一人では、きっと心が折れていたかもしれない。でも、今は違う。私を信じてくれる人がいる。守りたい民がいる。
「私は、戦います。この大切な居場所と、みんなの笑顔を守るために」
私の言葉に、クラウス様は力強く頷いた。
「無論だ。俺も、我が騎士団も、君と共に戦おう。君の作る未来を、俺も見てみたい」
彼の青い瞳には、固い決意が宿っていた。
王都は、きっと実力行使に出てくるだろう。平和なスローライフは、終わりを告げたのかもしれない。
けれど、後悔はない。
自らの手で掴み取った幸せを、誰にも奪わせはしない。
私は、豊かに実る麦畑を渡る風を感じながら、来るべき戦いに備え、心を固めたのだった。
63
あなたにおすすめの小説
聖女を辞めたら、辺境で最高のスローライフが待っていました
YY
恋愛
その身を削る「奇跡」の治癒魔法を、国のために使い潰されるだけの人生に絶望した聖女エリアーナ。彼女は、自らの死を偽装し、すべてを捨てて辺境の町で薬師「エリア」として生きることを選ぶ。
そこで彼女を待っていたのは、名もなき薬師として人々に寄り添う、穏やかで充実した日々。そして、無骨だが誰よりも彼女自身を気遣ってくれる、警備隊長ギデオンとの温かい出会いだった。
しかし、彼女を失った王都が原因不明の疫病に襲われた時、過去が再び彼女を追ってくる。
これは、自己犠牲の運命から逃れた聖女が、地道な「知識」と大切な人との「絆」を手に、本当の意味での救済と自分自身の幸せを見つけ出す、癒しと再生のスローライフ・ラブストーリー。
GEMINIを使用しています。
【完結】王太子に婚約破棄され、父親に修道院行きを命じられた公爵令嬢、もふもふ聖獣に溺愛される〜王太子が謝罪したいと思ったときには手遅れでした
まほりろ
恋愛
【完結済み】
公爵令嬢のアリーゼ・バイスは一学年の終わりの進級パーティーで、六年間婚約していた王太子から婚約破棄される。
壇上に立つ王太子の腕の中には桃色の髪と瞳の|庇護《ひご》欲をそそる愛らしい少女、男爵令嬢のレニ・ミュルべがいた。
アリーゼは男爵令嬢をいじめた|冤罪《えんざい》を着せられ、男爵令嬢の取り巻きの令息たちにののしられ、卵やジュースを投げつけられ、屈辱を味わいながらパーティー会場をあとにした。
家に帰ったアリーゼは父親から、貴族社会に向いてないと言われ修道院行きを命じられる。
修道院には人懐っこい仔猫がいて……アリーゼは仔猫の愛らしさにメロメロになる。
しかし仔猫の正体は聖獣で……。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
・ざまぁ有り(死ネタ有り)・ざまぁ回には「ざまぁ」と明記します。
・婚約破棄、アホ王子、モフモフ、猫耳、聖獣、溺愛。
2021/11/27HOTランキング3位、28日HOTランキング2位に入りました! 読んで下さった皆様、ありがとうございます!
誤字報告ありがとうございます! 大変助かっております!!
アルファポリスに先行投稿しています。他サイトにもアップしています。
貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~
みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。
何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。
第一部(領地でスローライフ)
5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。
お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。
しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。
貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。
第二部(学園無双)
貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。
貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。
だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。
そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。
ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・
学園無双の痛快コメディ
カクヨムで240万PV頂いています。
悪役令嬢扱いで国外追放?なら辺境で自由に生きます
タマ マコト
ファンタジー
王太子の婚約者として正しさを求め続けた侯爵令嬢セラフィナ・アルヴェインは、
妹と王太子の“真実の愛”を妨げた悪役令嬢として国外追放される。
家族にも見捨てられ、たった一人の侍女アイリスと共に辿り着いたのは、
何もなく、誰にも期待されない北方辺境。
そこで彼女は初めて、役割でも評価でもない「自分の人生」を生き直す決意をする。
『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』
ふわふわ
恋愛
了解です。
では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。
(本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です)
---
内容紹介
婚約破棄を告げられたとき、
ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。
それは政略結婚。
家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。
貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。
――だから、その後の人生は自由に生きることにした。
捨て猫を拾い、
行き倒れの孤児の少女を保護し、
「収容するだけではない」孤児院を作る。
教育を施し、働く力を与え、
やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。
しかしその制度は、
貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。
反発、批判、正論という名の圧力。
それでもノエリアは感情を振り回さず、
ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。
ざまぁは叫ばれない。
断罪も復讐もない。
あるのは、
「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、
彼女がいなくても回り続ける世界。
これは、
恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、
静かに国を変えていく物語。
---
併せておすすめタグ(参考)
婚約破棄
女主人公
貴族令嬢
孤児院
内政
知的ヒロイン
スローざまぁ
日常系
猫
追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。
緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。
前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。
これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!
リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~
汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。
――というのは表向きの話。
婚約破棄大成功! 追放万歳!!
辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19)
第四王子の元許嫁で転生者。
悪女のうわさを流されて、王都から去る
×
アル(24)
街でリリィを助けてくれたなぞの剣士
三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
「さすが稀代の悪女様だな」
「手玉に取ってもらおうか」
「お手並み拝見だな」
「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」
**********
※他サイトからの転載。
※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。
絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間
夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。
卒業パーティーまで、残り時間は24時間!!
果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる