過労死して転生したら地味な農業スキルだけだった。追放された辺境でスローライフを始めたら、規格外の作物が育ちすぎて気づけば国の英雄になっていた

黒崎隼人

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第八話「『王国のパンかご』と嫉妬の毒牙」

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 グランディス領が『王国のパンかご』として名声を高める一方で、王都では俺に対する不満と嫉妬の渦が巻いていた。

 特に古くから穀物取引で利益を上げてきた保守派の貴族たちにとって、俺の存在は目障り以外の何物でもなかった。安価で高品質なグランディス領の作物が市場に大量に流れ込んだことで、彼らの既得権益が脅かされ始めていたからだ。

「一介の平民が代官などと身の程をわきまえぬ!」

「あの男のやり方は我ら貴族社会の秩序を乱すものだ!」

 そうした不満はやがて具体的な妨害工作となって俺に襲いかかってきた。

 最初は些細な嫌がらせだった。グランディス領へ向かう物資の輸送が謎の遅延を起こしたり、俺に関する悪意のある噂が王都で流されたり。マルクスがその都度持ち前の交渉術や情報網で対処してくれていたが、敵のやり方は次第に悪質かつ大胆になっていった。

 ある夜、俺が領内の視察から館に戻る途中、待ち伏せていた数人の暗殺者に襲われた。護衛の兵士たちが応戦してくれたおかげで事なきを得たが、俺の喉元数センチまで刃が迫ったのは事実だった。もはや単なる嫌がらせの範疇を超えている。

「ダイチさん、これは明らかに連中の仕業です。もうなりふり構っていられませんな」

 マルクスは苦虫を噛み潰したような顔で言った。リリアはただ俺の無事を喜び震えていた。

 俺自身も命の危険を感じ、このままでは計画の遂行に支障が出ると判断せざるを得なかった。

 そんな絶体絶命の状況の中、救いの手を差し伸べてくれたのは王太子のアルフォンス殿下だった。

 俺が暗殺者に襲われたという報告を受けた彼は、すぐさま信頼できる側近だけを連れお忍びでグランディス領を訪れたのだ。

「すまない、ダイチ殿。私の配慮が足りなかった」

 アルフォンス殿下は俺の館を訪れるなり深く頭を下げた。一国の王太子が元平民の俺に対して見せたその誠実な態度に、俺は胸を打たれた。

「奴らの狙いは君を排除しグランディス領の利権を奪い取ることだ。そして君という改革の芽を摘み、この国を旧態依然とした腐敗の中に戻そうとしている」

 アルフォンス殿下の瞳には静かな怒りの炎が燃えていた。

「だがそうはさせない。君の行う『農業改革』はこの国の未来にとって必要不可欠なものだ。私が君の盾になろう」

 その言葉は何よりも心強かった。

 アルフォンス殿下は即座に行動を起こした。まず彼の直属の精鋭騎士団を俺の護衛として派遣し、身の安全を確保してくれた。さらに王都に戻ると彼は政治の場で巧みな駆け引きを見せた。

 彼は俺に敵対する貴族たちの不正の証拠を掴み、それを交渉材料に使って彼らの動きを牽制した。一方で中立派や改革を望む若手の貴族たちを味方につけ、俺の農業改革を支持する派閥を形成していった。

 そして彼は父である国王に進言し、ついに一つの大きな決定を下させた。

 それは俺がグランディス領で行っている農業改革を国策として正式に採用し、全国に広めるというものだった。

「国策……ですか?」

 王都に呼び出された俺はアルフォンス殿下の言葉に耳を疑った。

「そうだ。君にはグランディス領代官の任に加えて『王国農業顧問』の役職についてもらう。君の知識と技術をこの国すべての農民に広めてほしいのだ。もちろん反対する者もいるだろう。だが『国の政策』という大義名分があれば奴らも表立っては手出しできなくなる」

 アルフォンス殿下は俺を政治的な盾で守るだけでなく、俺の活動そのものを国の中心に据えようとしていた。彼の描く未来図は俺が考えていたよりもずっと壮大だった。

「私には夢があるんだ、ダイチ殿」

 アルフォンス殿下は窓の外に広がる王都の景色を見ながら静かに語った。

「この国から飢えをなくしたい。すべての民が明日の食事の心配をせずに眠れる国を作りたい。君の力はその夢を叶えるための鍵なのだ」

 彼の真摯な言葉に俺の心は熱くなった。

 一介のサラリーマンだった俺が今、一国の王太子と同じ夢を見ている。

「アルフォンス殿下。俺でよければいくらでも力になります」

「頼もしい言葉だ、友よ」

 俺たちは固い握手を交わした。身分も生まれも違う二人だったが、その瞬間俺たちの間には確かな絆が生まれた。

 王都の毒牙は確かに存在した。しかし俺にはアルフォンス殿下という最強の盾ができた。保守派貴族たちの妨害はなおも続くだろう。だがもはや俺は一人ではない。友と共に俺は国の未来を懸けた、さらなる大きな戦いに身を投じていくことになった。
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