植物と話せる転生研究者は、不毛の領地を『恵みの谷』に変える!~規格外の作物で始める最強スローライフ~

黒崎隼人

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第1話「ブラック企業からの転生先は、不毛の領地でした」

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『ああ、ダメだ。意識が……』

 朦朧とする意識の中、最後に目にしたのは、積み上げられた実験データと、モニターに映し出された遺伝子配列の羅列だった。

 俺、佐山健二は、農業バイオ系のブラック企業に勤めるしがない研究者だった。連日の徹夜と過酷なノルマの果てに、あっけなくその生涯の幕を閉じたらしい。享年30歳。我ながら、あまりにも報われない人生だった。

 次に目を開けた時、俺はふかふかのベッドの上にいた。見知らぬ天井、嗅いだことのない木の匂い。そして、自分の体が驚くほど小さくなっていることに気づいた。

「アレン様、お目覚めですか!」

 可愛らしいメイド服を着た少女が、心配そうに俺の顔をのぞき込んでいる。

 アレン?誰のことだ?

 混乱する俺の頭に、まるで洪水のように別の誰かの記憶が流れ込んできた。

 アレン・クローバー。リーフランド王国に仕えるクローバー子爵家の三男。病弱で、ずっと部屋に引きこもっていた少年。それが、今の俺らしい。

『マジかよ、異世界転生ってやつか……』

 ラノベや漫画で散々見た展開だが、まさか自分の身に起こるとは。

 しかも貴族の家に転生とは、これは勝ち組ルートか?ブラック企業での社畜人生とはおさらばして、悠々自適のスローライフが送れるかもしれない!

 そんな淡い期待は、数日後、父である子爵に呼び出されたことで、木っ端みじんに打ち砕かれた。

 ***

 書斎に呼び出された俺を待っていたのは、見るからに厳格そうな父と、意地の悪そうな笑みを浮かべる二人の兄だった。

「アレンよ。お前ももう15歳。いつまでも病弱を理由に、家に引きこもっているわけにはいかん」

 父は冷たい声でそう切り出した。

「つきましては、お前に新たな領地を与えることにした。本日付で、あの『枯れ谷』の領主となれ」

「枯れ谷?」

 聞き慣れない地名に、俺は思わずオウム返しにつぶやく。

 その瞬間、二人の兄がこらえきれないといった様子で吹き出した。

「ぷっ、父上!病み上がりのアレンに、あの『枯れ谷』はあんまりではありませんか!」

「まったくだ。岩と雑草しか生えぬ不毛の地。税収はゼロどころかマイナス。歴代の誰もが統治を諦めた呪われた土地……まさに厄介払いにはうってつけですな!」

 兄たちの嘲笑混じりの言葉で、俺はすべてを察した。

 要するに、これだ。

 病弱で何の役にも立たない三男坊を、体よく家から追い出すための口実。それが、この領地下賜の真相だった。

 なるほど、異世界もブラックなことに変わりはないらしい。

 ***

 数日後、俺は一頭の痩せた馬と、最低限の荷物だけを持たされ、文字通り一人で『枯れ谷』へと送り出された。

 見送りに来たのは、最初に対応してくれたメイドの少女だけ。彼女は涙を浮かべながら、手作りのサンドイッチを俺に握らせてくれた。

「アレン様、どうかご無事で……」

 その優しさだけが、今の俺の唯一の救いだった。

 馬に揺られて半日。目の前に広がる光景に、俺は言葉を失った。

 枯れ谷。その名は、あまりにも的確だった。

 ごつごつとした岩肌が剥き出しになった大地。生命力を感じさせない、茶色く枯れた雑草。乾いた風がヒューヒューと吹き荒れ、砂埃を舞い上げる。

 これが、俺の領地。

 どこを見渡しても、畑になりそうな土地は見当たらない。人も住んでいる気配すらない。あるのは絶望的なまでの荒野だけだ。

「はは……こりゃひどい。ブラック企業の方がまだマシだったかもな……」

 乾いた笑いが漏れる。

 食料はメイドさんがくれたサンドイッチだけ。水も残りわずか。このままでは、過労死の次は餓死エンドが待っている。

 途方に暮れて、俺はその場にへたり込んだ。

『どうすりゃいいんだよ、こんな状況……』

 前世の知識が頭をよぎる。

 農業バイオの研究者として、俺はありとあらゆる植物の生態や土壌について学んできた。痩せた土地を蘇らせる技術だって知っている。

 だが、それはあくまで設備や資材があっての話だ。今の俺にあるのは、この体一つ。あまりにも無力だ。

 その時だった。

 ふと、足元の雑草に目が留まった。

 枯れているように見えて、よく見ると根元にほんの少しだけ緑色が残っている。必死に生きようとしている、小さな命。

『お前も、大変なんだな……』

 無意識に、そっと雑草に手を伸ばす。

 指先が触れた瞬間、脳内に直接、声が響いた。

『……水……みずが、ほしい……おなかが、すいた……』

「うおっ!?」

 あまりの驚きに、俺は飛び上がった。

 今のは何だ?幻聴か?

 恐る恐る、もう一度雑草に触れてみる。

『ひかり……もっと、おひさまのひかりが……』

 間違いない。この雑草が、俺に話しかけてきている。

 まさか。いや、でも。

 俺はゴクリと唾を飲み込み、おそるおそる心の中で問いかけた。

『お前、喋れるのか?』

『……?しゃべるって、なあに?でも、あったかい……きもちい……』

 通じた!

 なんだ、これ。なんだこの能力は!

 これが、異世界転生におけるチートスキルというやつか!?

 俺は興奮して、辺りの植物に片っ端から触れて回った。

 岩の隙間に生える、か細い草。枯れ木のように見える低木。そのすべてが、俺に話しかけてきた。

 彼らの声は、どれもか細く、苦しそうだった。水が足りない、栄養が足りない、土が硬い。悲痛な叫びが、俺の心に直接響いてくる。

『そうか……お前たちも、苦しんでたんだな』

 植物たちの声を聞いているうちに、不思議と心が落ち着いてきた。

 絶望的な状況は変わらない。だが、独りではない。この荒野で、必死に生きようとしている仲間たちがいる。

 そして、彼らの苦しみを取り除けるのは、世界でただ一人、俺だけなのかもしれない。

 俺の胸に、ふつふつと何かが込み上げてきた。

 それは、研究者としての探究心であり、前世では感じたことのなかった、使命感のようなものだった。

「よし」

 俺は立ち上がり、力強く拳を握った。

 枯れ谷、上等だ。

 不毛の地、望むところだ。

 俺の農業知識と、この『プランツ・ウィスパー』とでも名付けるべきスキルがあれば、きっとこの土地を蘇らせることができる。

 ブラック企業で培った知識と経験、そして異世界で手に入れたチート能力。

 それらを総動員して、この最悪の環境で、最高の農地を作り上げてやる。

 俺の異世界でのセカンドライフは、餓死寸前のどん底からのスタートとなった。

 だが、不思議と心は晴れやかだった。

 目の前に広がる荒野が、無限の可能性を秘めた実験場に見えてきたからだ。

「まずは……飲み水の確保と、寝床の確保だな」

 やるべきことは山積みだ。

 俺は空を見上げ、ニヤリと笑った。

 かつて「枯れ谷」と呼ばれたこの土地が、やがて王国中の人々から「恵みの谷」と呼ばれるようになる。

 そんな未来を、この時の俺はまだ知る由もなかった。
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