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第5話「頑固なドワーフと至高の農具」
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リリアナに案内されて俺がやってきたのは、街の外れにある、煤けた石造りの工房だった。
入り口の扉には「ロックハンマー工房」と、無骨な文字が刻まれた看板が掲げられている。
「ここよ。気難しいお爺さんだから、失礼のないようにね」
リリアナに釘を刺され、俺は緊張しながら扉を叩いた。
しばらくして、中から地の底から響くような、不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「誰だ!今は取り込み中だ!」
「ガルガン爺さん、私よ、リリアナ!ちょっと紹介したい人がいるの!」
リリアナがそう叫ぶと、重々しい音を立てて扉が開き、中から屈強なドワーフの老人が顔を覗かせた。
身の丈は低いが、その肩幅は広く、樽のような胴体をしている。見事に編み込まれた白髭が、胸元まで垂れ下がっていた。
彼が、ガルガン・ロックハンマー。この辺りで右に出る者はいないと言われる、伝説の鍛冶師だ。
「なんだ、リリアナの小娘か。また厄介ごとか?それに、後ろのひょろっとしたのが、お前の言う『紹介したい奴』か」
ガルガンは、俺を頭のてっぺんからつま先まで嘗め回すように見ると、フンと鼻を鳴らした。
「こんな若造に、ワシに何の用だ。剣か?鎧か?どっちにしろ、今のワシはそんなチャラチャラしたものを作る気はねえ。帰った帰った」
そう言って、ガルガンは扉を閉めようとする。
慌てて俺は、その隙間に足を突っ込んだ。
「待ってください、ガルガンさん!俺が作ってほしいのは、剣でも鎧でもありません!」
「ほう?なら何だと言うんだ」
俺はガルガンの目をまっすぐに見つめ、はっきりと告げた。
「最高の『農具』を作ってほしいんです!」
その言葉を聞いた瞬間、ガルガンの動きがぴたりと止まった。
彼は信じられないものを見るような目で俺を見つめ、やがて腹の底から豪快に笑い出した。
「がっはっはっは!農具だと!?このワシに、畑を耕す棒きれを作れと言うのか、小僧!面白い冗談を言う!」
「冗談じゃありません!俺は本気です!」
俺は真剣な表情で訴える。
しかし、ガルガンは全く取り合おうとしない。
「土なんぞ、適当な鉄くずで掘り返しておけばいいんだ。そんなものに、ワシの魂を込めた槌を振るう価値などないわ」
「土は、そんな単純なものじゃありません!」
俺は思わず声を荒らげた。
「土は生きています!その土地の土質、水はけ、含まれる養分、そのすべてを理解し、それに合わせた最適な道具を使わなければ、最高の作物は育たないんです!俺は、あなたの力で、その土地のポテンシャルを最大限に引き出すための、至高の農具が欲しいんです!」
俺の熱弁に、ガルガンは少しだけ目を見開いた。
しかし、彼はまだ懐疑的な表情を崩さない。
「……口だけは達者なようだな、小僧。だが、お前のような若造に、土の何がわかるというんだ」
「わかるさ。俺は、毎日土と話をしているからな」
「なに?」
俺の発言に、ガルガンと、隣にいたリリアナも怪訝な顔をする。
俺は構わず続けた。
「ここの土は、表層は乾燥しているけど、少し掘れば湿り気のある粘土層に行き着く。だから、ただ耕すだけじゃダメだ。深く、そして土の層をかき混ぜるように耕せる、特殊な形状のスキが必要です。そして、水はけを良くするための溝を掘るには、細く、鋭い刃先を持ったクワが……」
俺は、前世の知識と、この枯れ谷の植物たちから聞いた情報を元に、必要な農具の具体的な形状や材質について、夢中で語った。
俺のあまりの熱量と、その専門的な知識に、ガルガンは次第に引き込まれていくのがわかった。
彼の表情から、嘲りの色が消え、職人としての興味の色が浮かび上がってくる。
俺が一通り話し終えると、工房には沈黙が流れた。
やがて、ガルガンは重々しく口を開いた。
「……面白い。そこまで土に情熱を燃やす人間は、初めて見たわ」
彼は腕を組み、しばらく何かを考えていたが、やがてニヤリと口の端を吊り上げた。
「よかろう、小僧。お前のその情熱、気に入った。お前がそこまで言うのなら、ワシの生涯最高傑作となる農具を、作ってやろうじゃないか」
「本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
ガルガンは、人差し指を立てる。
「ワシが満足いく農具を作るには、最高の素材が必要だ。この近くの鉱山にしか産出しない、『星屑鉄』という幻の鉱石がある。それを、お前自身が採ってくれば、作ってやらんでもない」
『星屑鉄』。
それは、夜空の星のように輝き、鋼よりも硬く、しかし羽のように軽いという伝説の金属だ。
「そんな無茶な……!あの鉱山は、ゴブリンの巣窟になってるって話じゃないですか!」
リリアナが慌てて声を上げる。
だが、俺の答えは決まっていた。
「やります。必ず、その星屑鉄を採ってきます」
最高の農具のためなら、危険を冒す価値は十分にある。
俺の即答に、ガルガンは満足そうにうなずいた。
「言ったな、小僧。では、待っているぞ。せいぜい、ゴブリンの餌にならんようにな。がっはっは!」
高笑いを残し、ガルガンは今度こそ扉を閉めてしまった。
残された俺とリリアナは、顔を見合わせる。
「……どうするのよ、アレン。本当にゴブリンの鉱山に行く気?」
「もちろんだ。リリアナ、悪いけど、街で一番頑丈なツルハシと、たいまつをいくつか買ってきてくれないか?それと、護身用のナイフも」
「本気なのね……わかったわ。無茶はしないでよ」
リリアナは呆れたように肩をすくめながらも、すぐに街へと走り出してくれた。
俺は空を見上げ、深く息を吸い込む。
ゴブリンの巣くう鉱山。正直、怖い。戦闘経験なんて皆無の俺が、無事に帰ってこられる保証はない。
だが、やらなければならない。
最高の農具は、俺の領地を発展させるための、絶対に必要なピースなのだから。
『待ってろよ、ガルガンさん。最高の素材で、最高の職人に、最高の農具を作ってもらう。そして、俺は最高の作物を作ってみせる』
俺は決意を新たに、リリアナが戻ってくるのを待った。
数時間後、準備を整えた俺は、一人、ゴブリンが巣くうという薄暗い鉱山へと足を踏み入れていくのだった。
この挑戦が、俺の運命をさらに大きく動かすことになるなど、まだ知る由もなかった。
入り口の扉には「ロックハンマー工房」と、無骨な文字が刻まれた看板が掲げられている。
「ここよ。気難しいお爺さんだから、失礼のないようにね」
リリアナに釘を刺され、俺は緊張しながら扉を叩いた。
しばらくして、中から地の底から響くような、不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「誰だ!今は取り込み中だ!」
「ガルガン爺さん、私よ、リリアナ!ちょっと紹介したい人がいるの!」
リリアナがそう叫ぶと、重々しい音を立てて扉が開き、中から屈強なドワーフの老人が顔を覗かせた。
身の丈は低いが、その肩幅は広く、樽のような胴体をしている。見事に編み込まれた白髭が、胸元まで垂れ下がっていた。
彼が、ガルガン・ロックハンマー。この辺りで右に出る者はいないと言われる、伝説の鍛冶師だ。
「なんだ、リリアナの小娘か。また厄介ごとか?それに、後ろのひょろっとしたのが、お前の言う『紹介したい奴』か」
ガルガンは、俺を頭のてっぺんからつま先まで嘗め回すように見ると、フンと鼻を鳴らした。
「こんな若造に、ワシに何の用だ。剣か?鎧か?どっちにしろ、今のワシはそんなチャラチャラしたものを作る気はねえ。帰った帰った」
そう言って、ガルガンは扉を閉めようとする。
慌てて俺は、その隙間に足を突っ込んだ。
「待ってください、ガルガンさん!俺が作ってほしいのは、剣でも鎧でもありません!」
「ほう?なら何だと言うんだ」
俺はガルガンの目をまっすぐに見つめ、はっきりと告げた。
「最高の『農具』を作ってほしいんです!」
その言葉を聞いた瞬間、ガルガンの動きがぴたりと止まった。
彼は信じられないものを見るような目で俺を見つめ、やがて腹の底から豪快に笑い出した。
「がっはっはっは!農具だと!?このワシに、畑を耕す棒きれを作れと言うのか、小僧!面白い冗談を言う!」
「冗談じゃありません!俺は本気です!」
俺は真剣な表情で訴える。
しかし、ガルガンは全く取り合おうとしない。
「土なんぞ、適当な鉄くずで掘り返しておけばいいんだ。そんなものに、ワシの魂を込めた槌を振るう価値などないわ」
「土は、そんな単純なものじゃありません!」
俺は思わず声を荒らげた。
「土は生きています!その土地の土質、水はけ、含まれる養分、そのすべてを理解し、それに合わせた最適な道具を使わなければ、最高の作物は育たないんです!俺は、あなたの力で、その土地のポテンシャルを最大限に引き出すための、至高の農具が欲しいんです!」
俺の熱弁に、ガルガンは少しだけ目を見開いた。
しかし、彼はまだ懐疑的な表情を崩さない。
「……口だけは達者なようだな、小僧。だが、お前のような若造に、土の何がわかるというんだ」
「わかるさ。俺は、毎日土と話をしているからな」
「なに?」
俺の発言に、ガルガンと、隣にいたリリアナも怪訝な顔をする。
俺は構わず続けた。
「ここの土は、表層は乾燥しているけど、少し掘れば湿り気のある粘土層に行き着く。だから、ただ耕すだけじゃダメだ。深く、そして土の層をかき混ぜるように耕せる、特殊な形状のスキが必要です。そして、水はけを良くするための溝を掘るには、細く、鋭い刃先を持ったクワが……」
俺は、前世の知識と、この枯れ谷の植物たちから聞いた情報を元に、必要な農具の具体的な形状や材質について、夢中で語った。
俺のあまりの熱量と、その専門的な知識に、ガルガンは次第に引き込まれていくのがわかった。
彼の表情から、嘲りの色が消え、職人としての興味の色が浮かび上がってくる。
俺が一通り話し終えると、工房には沈黙が流れた。
やがて、ガルガンは重々しく口を開いた。
「……面白い。そこまで土に情熱を燃やす人間は、初めて見たわ」
彼は腕を組み、しばらく何かを考えていたが、やがてニヤリと口の端を吊り上げた。
「よかろう、小僧。お前のその情熱、気に入った。お前がそこまで言うのなら、ワシの生涯最高傑作となる農具を、作ってやろうじゃないか」
「本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
ガルガンは、人差し指を立てる。
「ワシが満足いく農具を作るには、最高の素材が必要だ。この近くの鉱山にしか産出しない、『星屑鉄』という幻の鉱石がある。それを、お前自身が採ってくれば、作ってやらんでもない」
『星屑鉄』。
それは、夜空の星のように輝き、鋼よりも硬く、しかし羽のように軽いという伝説の金属だ。
「そんな無茶な……!あの鉱山は、ゴブリンの巣窟になってるって話じゃないですか!」
リリアナが慌てて声を上げる。
だが、俺の答えは決まっていた。
「やります。必ず、その星屑鉄を採ってきます」
最高の農具のためなら、危険を冒す価値は十分にある。
俺の即答に、ガルガンは満足そうにうなずいた。
「言ったな、小僧。では、待っているぞ。せいぜい、ゴブリンの餌にならんようにな。がっはっは!」
高笑いを残し、ガルガンは今度こそ扉を閉めてしまった。
残された俺とリリアナは、顔を見合わせる。
「……どうするのよ、アレン。本当にゴブリンの鉱山に行く気?」
「もちろんだ。リリアナ、悪いけど、街で一番頑丈なツルハシと、たいまつをいくつか買ってきてくれないか?それと、護身用のナイフも」
「本気なのね……わかったわ。無茶はしないでよ」
リリアナは呆れたように肩をすくめながらも、すぐに街へと走り出してくれた。
俺は空を見上げ、深く息を吸い込む。
ゴブリンの巣くう鉱山。正直、怖い。戦闘経験なんて皆無の俺が、無事に帰ってこられる保証はない。
だが、やらなければならない。
最高の農具は、俺の領地を発展させるための、絶対に必要なピースなのだから。
『待ってろよ、ガルガンさん。最高の素材で、最高の職人に、最高の農具を作ってもらう。そして、俺は最高の作物を作ってみせる』
俺は決意を新たに、リリアナが戻ってくるのを待った。
数時間後、準備を整えた俺は、一人、ゴブリンが巣くうという薄暗い鉱山へと足を踏み入れていくのだった。
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