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第二章:淀殿流交渉術、慰謝料は領地で
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婚約破棄の宣言から数日後。王城の一室で、国王陛下、ユリウス王子、そしてクレスメント公爵である父を前に、公式な話し合いの場が設けられた。重苦しい雰囲気の中、国王陛下がため息混じりに口を開く。
「ユリウスの独断とはいえ、王家からの婚約破棄だ。クレスメント公爵家には多大な迷惑をかけた。望むだけの慰謝料を支払おう」
国王陛下としては、有力なクレスメント公爵家との関係をこじらせたくないのだろう。父は苦虫を噛み潰したような顔で黙っている。彼の計画が、娘である私のせいで頓挫したのだから無理もない。
ユリウス王子は、隣で反省の色もなく、どこか得意げだ。これでようやく、愛するマリーと結ばれると信じているのだろう。
「ありがたき幸せにございます、陛下」
私は静かに頭を下げた。そして、この日のために用意してきた要求を口にする。
「それでは、慰謝料といたしまして、王家直轄領である『ヴァイス辺境伯領』を、わたくしに賜りたく存じます」
その瞬間、室内の空気が凍り付いた。
国王も、ユリウスも、そして父までもが、信じられないという顔で私を見ている。
ヴァイス辺境伯領。それは、王国内で誰もが知る厄介な土地。国土の北東に位置し、大半が泥濘地で、まともに作物が育たない。税収は無きに等しく、おまけに森には魔物が出ると噂され、流刑地同然に扱われている場所だ。そんな土地を、慰謝料として要求する貴族など、今まで一人もいなかっただろう。
「……シャーロット、本気か?金銀や他の荘園ではなく、あの役立たずの土地を望むと?」
国王が訝しげに尋ねる。
「はい、陛下。わたくしは、王都の喧騒から離れ、静かに暮らしたいのです。そのためには、あの地が最適かと」
私はあくまでも殊勝な態度を崩さない。
これこそが、私の狙いだった。
私の前世、淀殿として生きた記憶の中には、夫、豊臣秀吉が、そして豊臣家がいかにして莫大な富を築いたかの知識が詰まっている。その根幹こそが「治水」と「新田開発」。
当時の大坂が、いかに湿地帯であったか。それを秀吉は、卓越した治水技術で豊かな土地に変え、商いの中心地として栄えさせた。水利を制する者が土地を制する。それは、この世界でも変わらぬ真理のはず。
泥濘地。それは見方を変えれば、水資源が豊富な土地ということ。私にとって、ヴァイス辺境伯領は不毛の地ではなく、無限の可能性を秘めた宝の山に見えていた。
「ふむ……」国王は腕を組む。「ユリウス、お前はそれで良いか?」
「はい、父上!彼女が望むなら!むしろ、それくらいで済むのであれば、安いものです!」
ユリウスは喜色満面だ。厄介払いができて好都合とばかりに、二つ返事で了承する。彼は私がその土地で惨めに朽ち果てていく姿を想像しているのかもしれない。
「承知した。では、ヴァイス辺境伯領を、シャーロット・フォン・クレスメントに譲渡し、彼女を一代限りの『辺境伯』に叙する。これで、よろしいかな」
「もったいなきお言葉にございます」
私は用意していた羊皮紙の束――この世界の簡単な測量図と、私が記憶を頼りに書き起こした治水計画の初歩的な概略図(もちろん、本当の計画はもっと壮大だが)――をテーブルに広げた。
「陛下、殿下。この地に赴くにあたり、ささやかながら、このような計画を立てております。まずは小さな水路を整備し、細々とでも畑を耕し、自給自足の生活を送る所存です」
淡々と、しかし理路整然と語る私の姿に、その場にいた誰もが虚を突かれていた。公爵令嬢がお飾りの計画書を用意してきた、くらいにしか思っていないのだろう。その油断が、私にはありがたい。
彼らは知らない。目の前にいる女が、かつては諸大名を相手に渡り合い、巨大な豊臣家を内から差配してきた女の記憶を持つことを。
この交渉、私の完全な勝利だ。
父の落胆した視線も、ユリウスの嘲るような視線も、今の私にはどうでもよかった。
手に入れた。私だけの城の、礎となる土地を。
「ユリウスの独断とはいえ、王家からの婚約破棄だ。クレスメント公爵家には多大な迷惑をかけた。望むだけの慰謝料を支払おう」
国王陛下としては、有力なクレスメント公爵家との関係をこじらせたくないのだろう。父は苦虫を噛み潰したような顔で黙っている。彼の計画が、娘である私のせいで頓挫したのだから無理もない。
ユリウス王子は、隣で反省の色もなく、どこか得意げだ。これでようやく、愛するマリーと結ばれると信じているのだろう。
「ありがたき幸せにございます、陛下」
私は静かに頭を下げた。そして、この日のために用意してきた要求を口にする。
「それでは、慰謝料といたしまして、王家直轄領である『ヴァイス辺境伯領』を、わたくしに賜りたく存じます」
その瞬間、室内の空気が凍り付いた。
国王も、ユリウスも、そして父までもが、信じられないという顔で私を見ている。
ヴァイス辺境伯領。それは、王国内で誰もが知る厄介な土地。国土の北東に位置し、大半が泥濘地で、まともに作物が育たない。税収は無きに等しく、おまけに森には魔物が出ると噂され、流刑地同然に扱われている場所だ。そんな土地を、慰謝料として要求する貴族など、今まで一人もいなかっただろう。
「……シャーロット、本気か?金銀や他の荘園ではなく、あの役立たずの土地を望むと?」
国王が訝しげに尋ねる。
「はい、陛下。わたくしは、王都の喧騒から離れ、静かに暮らしたいのです。そのためには、あの地が最適かと」
私はあくまでも殊勝な態度を崩さない。
これこそが、私の狙いだった。
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「はい、父上!彼女が望むなら!むしろ、それくらいで済むのであれば、安いものです!」
ユリウスは喜色満面だ。厄介払いができて好都合とばかりに、二つ返事で了承する。彼は私がその土地で惨めに朽ち果てていく姿を想像しているのかもしれない。
「承知した。では、ヴァイス辺境伯領を、シャーロット・フォン・クレスメントに譲渡し、彼女を一代限りの『辺境伯』に叙する。これで、よろしいかな」
「もったいなきお言葉にございます」
私は用意していた羊皮紙の束――この世界の簡単な測量図と、私が記憶を頼りに書き起こした治水計画の初歩的な概略図(もちろん、本当の計画はもっと壮大だが)――をテーブルに広げた。
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手に入れた。私だけの城の、礎となる土地を。
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