実家を追放された地味令嬢、呪われた『氷の騎士』様の元へ身代わり婚。枯れた庭を癒やしていたら、旦那様の呪いも解いてしまい溺愛ルート突入です!

黒崎隼人

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第07話「王都への旅立ちと不穏な招待状」

 王都への出発は、慌ただしく決まった。
 オーギュストの報告により、国王から直々にリゼットとギルバートへの召喚状が届いたからだ。表向きは「黒枯病対策の報告」となっていたが、その実、リゼットという「新たな希望」の品定めに他ならなかった。

「寂しくなりますなぁ」
「リゼット様、お気をつけて」

 出発の朝、屋敷の使用人たちが総出で見送りに来てくれた。
 執事のセバスチャンは目頭をハンカチで押さえ、庭師見習いの少年はリゼットが手入れした花壇の花束を手渡してくれた。
 わずかな期間だったが、リゼットがこの屋敷に残した温もりは、彼らの心にしっかりと根付いていたのだ。

「行ってきます。お庭のこと、お願いしますね」

 リゼットは笑顔で手を振り、ギルバートのエスコートで馬車に乗り込んだ。
 今回は来るときのような粗末な馬車ではない。アスター侯爵家の紋章が輝く、最高級の四頭立て馬車だ。
 向かいの席にはギルバートが座り、護衛の騎士たちが馬車の周囲を固めている。さらに、オーギュストも同乗していた。

「やれやれ、こんなむさ苦しい男二人と一緒で、お嬢さんも気の毒に」

 オーギュストが軽口を叩くが、ギルバートは無視して窓の外を警戒している。

「オーギュスト、王都の状況はどうだ」

「芳しくないね。黒枯病の影響で食料価格が高騰し、民の不安は限界に近い。そこへ来て、隣国との緊張も高まっている。……まあ、君の帰還は、軍部にとっては朗報だろうが」

「俺は呪い持ちの半端者だ。期待などされていない」

 ギルバートは自嘲気味に言い、頬の痣に手を触れた。
 リゼットの浄化の光を受けて以来、痣の痛みは和らぎ、色も薄くなっていたが、完全に消えたわけではなかった。

「そんなことありません!」

 リゼットは思わず声を上げた。

「ギルバート様は、立派な騎士様です。領地の人々を守り、こうして国のために動こうとしている……誰よりも強い方です」

 真っすぐな瞳で訴えるリゼットに、ギルバートは一瞬呆気にとられ、それからふっと相好を崩した。

「……お前には敵わんな」

「お熱いねぇ。見てるこっちが恥ずかしくなるよ」

 オーギュストが冷やかすと、ギルバートは咳払いをして再び窓の外へ視線を逃がした。その耳が赤いのは、もう見慣れた光景だった。

 数日間の旅を経て、馬車は王都の城門をくぐった。
 リゼットにとって、王都は苦い思い出の場所だ。実家であるベルヴァーン伯爵邸があり、自分を蔑んだ家族がいる。
 馬車の窓から見える街並みは、以前よりも活気がなく、行き交う人々の表情も暗かった。路地裏には物乞いの姿も目立つ。

「……酷い」

「これが今の王国の現状だ。だからこそ、君の力が必要とされている」

 オーギュストの言葉に、リゼットは身を引き締めた。

 王城に到着すると、すぐに謁見の間へと通された。
 豪華な絨毯の上を歩きながら、リゼットの心臓は破裂しそうだった。
 両脇には居並ぶ貴族たち。その中には、見覚えのある顔――父であるベルヴァーン伯爵の姿もあった。彼は驚愕の表情で、ギルバートの隣を歩くリゼットを見つめていた。

 玉座には、老齢の国王が座していた。

「面を上げよ」

 威厳のある声に、リゼットたちは顔を上げる。

「オーギュストより報告は聞いている。『生命賦与』の力を持つ娘とは、そなたか」

「は、はい。リゼット・ベルヴァーンと申します」

「ベルヴァーン家の娘か……。伯爵、そなたの娘だそうだな?」

 王に問われ、列から進み出た父は、脂汗を浮かべながら答えた。

「は、はい! 我が家の自慢の娘でございます! まさかこのような大いなる力を秘めていたとは、親としても鼻が高い限りで……」

 よくもまあ、ぬけぬけと。
 リゼットは呆れるのを通り越して、冷めた気持ちになった。厄介払いした娘が英雄になりそうだと知るや否や、掌を返す。それがこの父親という人間なのだ。

「……ふむ」

 王は父の言葉を鵜呑みにしたわけではなさそうだったが、深く追求はしなかった。

「リゼットよ。そなたの力が真物であれば、我が国を救う希望となる。宮廷魔術師団の協力のもと、黒枯病の浄化に尽力せよ。アスター侯爵、そなたには彼女の護衛を命じる」

「はっ! 謹んでお受けいたします」

 ギルバートが力強く答える。
 こうして、リゼットは正式に国の保護下に入り、ギルバートと共に王都での生活を始めることになった。

 謁見が終わった後、父が慌てて駆け寄ってきた。

「リゼット! おお、よくぞ戻った! アスター侯爵の屋敷では苦労しただろう。さあ、実家へ戻りなさい。マリアンヌも母さんも待っているぞ」

 猫撫で声で肩に手を置こうとする父を、ギルバートがスッと間に割って入り、遮った。

「お言葉ですが伯爵。リゼット嬢は王命により、私の管理下にあるアスター家の別邸で保護することになっています。警備上の理由からも、他家への滞在は認められません」

「な、なんだと!? 実の親から娘を引き離すというのか!」

「引き離したのは、貴殿の方では?」

 ギルバートの氷のような眼差しに、父は言葉を詰まらせた。
 かつての「厄介払い」の事実を突きつけられ、顔を赤くしたり青くしたりしている。

「……リゼット、行こう」

 ギルバートはリゼットの背中を優しく押し、父を一瞥もせずに歩き出した。
 リゼットは一度だけ振り返り、立ち尽くす父の姿を見た。
 以前なら、父の言葉に従っていただろう。でも、今は違う。
 隣には、本当に自分を大切にしてくれる人がいるから。

 リゼットは前を向き、ギルバートの隣をしっかりと歩いた。

 しかし、その夜。
 アスター家の別邸に落ち着いたリゼットの元に、一通の招待状が届いた。
 差出人は「マリアンヌ・ベルヴァーン」。
 明晩、ベルヴァーン邸で開かれる夜会への招待状だった。

「……あの一家、かなり追い詰められているようだぞ」

 ギルバートが招待状を苦々しげに見つめながら言った。

「調べさせたところ、ベルヴァーン家は事業の失敗と浪費で莫大な借金を抱えている。この夜会は、お前の妹マリアンヌを王太子や高位貴族に売り込み、支援を取り付けるための起死回生の策らしい。……お前を呼んだのも、話題の『緑の聖女』の姉として、客寄せパンダにするつもりだろう」

 あまりにも身勝手で、浅ましい理由だった。けれど、だからこそ終わらせなければならない。

「……どうする?」

 ギルバートが心配そうに尋ねる。

「行きます」

 リゼットは招待状を握りしめた。

「逃げてばかりではいられません。きちんと、家族と向き合って……決別するために」

 それは、過去の自分へのサヨナラを告げるための、必要な儀式だった。

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