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第11話「眠れる森の聖女と失墜する伯爵家」
リゼットが王都の地下での戦いで倒れてから、一週間が経過していた。
王都を覆っていた黒枯病の影は完全に消え去り、国中に再び緑と豊穣が戻り始めていた。人々は「緑の聖女」の奇跡を称え、広場にはリゼットの回復を祈るための祭壇が設けられ、連日多くの花々が手向けられていた。
しかし、その奇跡の張本人であるリゼットは、王城の一室で深い眠りについたままだった。
生命力の枯渇。オーギュストの見立てでは、彼女は自らの魂の限界を超えて力を使い果たし、命の火が消えかかっている状態だという。
「……リゼット」
ベッドの傍らで、ギルバートは彼女の手を握りしめていた。
彼の頬にあった呪いの痣は、あの戦いの後、完全に消滅していた。呪いに蝕まれていた体も回復し、本来の健康的な肌色と精悍さを取り戻している。
だが、彼の心は晴れるどころか、深い絶望の淵にあった。
「俺が……俺がもっと強ければ、お前をこんな目に合わせずに済んだのに」
彼は自分を責め続けていた。リゼットの犠牲の上に、今の自分がある。その事実が、彼を苛み続けていた。
その時、部屋の扉がノックされ、侍従が入ってきた。
「アスター侯爵閣下、謁見の間にて国王陛下がお待ちです。ベルヴァーン伯爵家の処遇についての沙汰が下されます」
ギルバートは静かに立ち上がり、リゼットの額にそっと口づけを落とした。
「行ってくる。……待っていてくれ」
謁見の間には、ベルヴァーン伯爵と、妻、そして妹のマリアンヌが、後ろ手に縛られひざまずかされていた。彼らの顔色は土気色で、ガタガタと震えている。
今回の事件の捜査過程で、ベルヴァーン伯爵家が裏でド・ブロイ一派と通じ、リゼットの情報を流していたことが発覚したのだ。「緑の聖女」の手柄を横取りし、あわよくばアスター家を失脚させてマリアンヌを王太子に近づけようという、浅はかな陰謀だった。
「顔を上げよ」
玉座の王が冷徹な声で告げる。
「ベルヴァーン伯爵。そなたは実の娘を虐げ、国難に乗じて私腹を肥やそうとしたばかりか、敵国に通じる反逆者と結託していた。その罪、万死に値する」
「お、お待ちください陛下! 私は脅されていたのです! 決して本意では……!」
父が必死に弁明するが、王は聞く耳を持たなかった。
「黙れ。そなたの屋敷から押収された証拠の数々が、全てを物語っている。……ベルヴァーン伯爵家を取り潰し、爵位と全財産を没収する。一族全員、北の鉱山への流刑に処す」
「い、嫌ぁぁっ! 私は何も知らないわ! お父様が勝手にやったことよ!」
マリアンヌが金切り声を上げて泣き叫ぶ。
「お姉様! リゼットお姉様なら私を許してくれるはずよ! あの人はそういう人だもの! 呼んできて! お姉様を呼んでぇぇっ!」
醜悪な命乞いだった。かつて姉を見下し、踏みにじってきた妹の成れの果てだ。
ギルバートは冷ややかな眼差しで彼らを見下ろし、静かに一歩進み出た。
「リゼットは来ない」
「ひっ……アスター侯爵様……」
「彼女は今、国のために命を懸けて戦い、眠り続けている。お前たちのような汚らわしい人間が、その名を口にすることすら許さん」
ギルバートの声は、かつての「氷の騎士」そのものだった。
「彼女がお前たちを許すかどうかは知らん。だが、俺は許さない。彼女が流した涙の分だけ、地獄で悔い改めるがいい」
ギルバートの気迫に圧され、マリアンヌは失禁し、その場に崩れ落ちた。
兵士たちによって引きずられていくベルヴァーン一家の悲鳴が、広間にこだまして消えていった。
ざまぁ、という感情よりも、ただ虚しさだけが残った。
どんなに彼らが罰せられても、リゼットの笑顔が戻らなければ意味がない。
謁見を終え、リゼットの部屋に戻る廊下で、オーギュストが待っていた。
「ギルバート。……少し、話がある」
彼の表情は真剣だった。
「リゼット嬢を目覚めさせる方法が、一つだけあるかもしれない」
ギルバートは弾かれたように顔を上げた。
「本当か!?」
「ああ。古文書にあった記述だ。『魂の共鳴』……彼女と深く心を通わせた者が、自らの生命力を分け与えることで、消えかけた灯火を再び燃え上がらせることができるかもしれない」
「俺の命でいいなら、全部やる」
即答だった。
「待て待て、早まるな。全部やったら君が死ぬ。それに、これは危険な賭けだ。もし共鳴に失敗すれば、君の精神も砕け散り、二人とも永遠に目覚めなくなる可能性がある」
オーギュストは警告したが、ギルバートの瞳に迷いはなかった。
「構わん。リゼットのいない世界で生きるくらいなら、共に眠る方がマシだ」
その揺るぎない覚悟に、オーギュストはため息をつき、そしてニヤリと笑った。
「やれやれ、恋する男は無敵だな。……わかった、準備をしよう」
希望の光が見えた。
ギルバートは拳を握りしめた。必ず、彼女を取り戻す。
王都を覆っていた黒枯病の影は完全に消え去り、国中に再び緑と豊穣が戻り始めていた。人々は「緑の聖女」の奇跡を称え、広場にはリゼットの回復を祈るための祭壇が設けられ、連日多くの花々が手向けられていた。
しかし、その奇跡の張本人であるリゼットは、王城の一室で深い眠りについたままだった。
生命力の枯渇。オーギュストの見立てでは、彼女は自らの魂の限界を超えて力を使い果たし、命の火が消えかかっている状態だという。
「……リゼット」
ベッドの傍らで、ギルバートは彼女の手を握りしめていた。
彼の頬にあった呪いの痣は、あの戦いの後、完全に消滅していた。呪いに蝕まれていた体も回復し、本来の健康的な肌色と精悍さを取り戻している。
だが、彼の心は晴れるどころか、深い絶望の淵にあった。
「俺が……俺がもっと強ければ、お前をこんな目に合わせずに済んだのに」
彼は自分を責め続けていた。リゼットの犠牲の上に、今の自分がある。その事実が、彼を苛み続けていた。
その時、部屋の扉がノックされ、侍従が入ってきた。
「アスター侯爵閣下、謁見の間にて国王陛下がお待ちです。ベルヴァーン伯爵家の処遇についての沙汰が下されます」
ギルバートは静かに立ち上がり、リゼットの額にそっと口づけを落とした。
「行ってくる。……待っていてくれ」
謁見の間には、ベルヴァーン伯爵と、妻、そして妹のマリアンヌが、後ろ手に縛られひざまずかされていた。彼らの顔色は土気色で、ガタガタと震えている。
今回の事件の捜査過程で、ベルヴァーン伯爵家が裏でド・ブロイ一派と通じ、リゼットの情報を流していたことが発覚したのだ。「緑の聖女」の手柄を横取りし、あわよくばアスター家を失脚させてマリアンヌを王太子に近づけようという、浅はかな陰謀だった。
「顔を上げよ」
玉座の王が冷徹な声で告げる。
「ベルヴァーン伯爵。そなたは実の娘を虐げ、国難に乗じて私腹を肥やそうとしたばかりか、敵国に通じる反逆者と結託していた。その罪、万死に値する」
「お、お待ちください陛下! 私は脅されていたのです! 決して本意では……!」
父が必死に弁明するが、王は聞く耳を持たなかった。
「黙れ。そなたの屋敷から押収された証拠の数々が、全てを物語っている。……ベルヴァーン伯爵家を取り潰し、爵位と全財産を没収する。一族全員、北の鉱山への流刑に処す」
「い、嫌ぁぁっ! 私は何も知らないわ! お父様が勝手にやったことよ!」
マリアンヌが金切り声を上げて泣き叫ぶ。
「お姉様! リゼットお姉様なら私を許してくれるはずよ! あの人はそういう人だもの! 呼んできて! お姉様を呼んでぇぇっ!」
醜悪な命乞いだった。かつて姉を見下し、踏みにじってきた妹の成れの果てだ。
ギルバートは冷ややかな眼差しで彼らを見下ろし、静かに一歩進み出た。
「リゼットは来ない」
「ひっ……アスター侯爵様……」
「彼女は今、国のために命を懸けて戦い、眠り続けている。お前たちのような汚らわしい人間が、その名を口にすることすら許さん」
ギルバートの声は、かつての「氷の騎士」そのものだった。
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ギルバートの気迫に圧され、マリアンヌは失禁し、その場に崩れ落ちた。
兵士たちによって引きずられていくベルヴァーン一家の悲鳴が、広間にこだまして消えていった。
ざまぁ、という感情よりも、ただ虚しさだけが残った。
どんなに彼らが罰せられても、リゼットの笑顔が戻らなければ意味がない。
謁見を終え、リゼットの部屋に戻る廊下で、オーギュストが待っていた。
「ギルバート。……少し、話がある」
彼の表情は真剣だった。
「リゼット嬢を目覚めさせる方法が、一つだけあるかもしれない」
ギルバートは弾かれたように顔を上げた。
「本当か!?」
「ああ。古文書にあった記述だ。『魂の共鳴』……彼女と深く心を通わせた者が、自らの生命力を分け与えることで、消えかけた灯火を再び燃え上がらせることができるかもしれない」
「俺の命でいいなら、全部やる」
即答だった。
「待て待て、早まるな。全部やったら君が死ぬ。それに、これは危険な賭けだ。もし共鳴に失敗すれば、君の精神も砕け散り、二人とも永遠に目覚めなくなる可能性がある」
オーギュストは警告したが、ギルバートの瞳に迷いはなかった。
「構わん。リゼットのいない世界で生きるくらいなら、共に眠る方がマシだ」
その揺るぎない覚悟に、オーギュストはため息をつき、そしてニヤリと笑った。
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