石女と捨てられた欠陥オメガの私、北の怪物辺境伯様に買われ溺愛される~実は発情期が来ないのは最強の聖女の証でした~

黒崎隼人

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第7話「獣と理性」

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 逃げなければ。
 本能が警鐘を鳴らす。発情したオメガとアルファが密室にいれば、理屈抜きで結ばれてしまう。それは生物としての絶対的な法則だ。
 けれど、こんな形で彼と結ばれたくなかった。本能に支配され、ただの欲望の捌け口として扱われるのは嫌だ。
 私は温室の奥へと逃げようとしたが、熱に浮かされた足は思うように動かない。
 背後から、重い足音が近づいてくる。
「リリアーナ……」
 呼ばれた名前。その声色は、いつもの冷徹なものではなく、熱を帯びた、焦がれるような響きを持っていた。
 彼の腕が背後から伸び、私の体を捕らえる。
 抗う間もなく、私はその逞しい体に押し付けられた。
「きゃっ……!」
 背中に感じる彼の体温の高さに、私の体も呼応してさらに熱くなる。
 首筋に、彼の熱い息がかかる。彼は私の項(うなじ)に鼻を埋め、深く息を吸い込んだ。
「なんて……いい匂いだ……」
 彼のつぶやきに、背筋がゾクゾクと粟立つ。
「いや……放して……ヴォルフガング様……!」
 私が弱々しく抵抗すると、彼はハッとしたように動きを止めた。
 締め付けられていた腕の力がわずかに緩む。
 彼は荒い息を吐きながら、私の肩に額を押し付けた。全身の筋肉が強張っているのが分かる。彼は今、凄まじい意志の力で本能と戦っているのだ。
「……すまない。怖がらせたな」
 苦しげな声だった。
 彼は私を乱暴に犯すことはしなかった。その代わり、自分の軍服の上着を脱ぐと、頭から私に被せた。
 彼の匂いが染み付いた上着に包まれると、不思議と暴走していた私のフェロモンが少し落ち着くのを感じた。これは「マーキング」の一種だ。より強いアルファの匂いで包むことで、他のアルファを寄せ付けない効果がある。
「抑制剤は?」
「……割れて、しまいました」
「そうか」
 彼は私を横抱きに抱え上げた。
「暴れるなよ。俺も限界に近い」
 彼の瞳は金色に輝き、首筋には太い血管が浮き出ている。それでも彼は、私を宝物のように慎重に抱えてくれた。
 温室を出て、彼は誰もいない裏ルートを通って私の部屋へと急ぐ。すれ違う使用人がいなくて幸運だった。もし他のアルファに遭遇していたら、間違いなく殺し合いになっていただろう。

 部屋に着くと、彼は私をベッドに下ろした。
 そして、すぐに背を向け、扉の方へと向かう。
「ヴォルフガング様……?」
「……俺は出る。医者を呼ぶが、それまでは鍵をかけて誰も入れるな」
 彼はドアノブに手をかけ、振り返らずに言った。
「俺がここにいたら、お前を傷つけるかもしれない。……お前が望まない形では、抱きたくない」
 その言葉に、胸が締め付けられるように痛んだ。
 彼はどこまでも高潔だった。獣の本能に飲み込まれそうになりながらも、私の意思を尊重してくれている。
「待ってください……!」
 私は思わず手を伸ばした。
「行かないで……一人にしないで……」
 それはヒートによる甘えなのか、それとも私の本心なのか。
 彼が出ていってしまったら、この燃えるような熱に一人で耐えなければならない。それよりも何よりも、彼にそばにいてほしいと思ってしまったのだ。
 ヴォルフガングは動きを止めた。
 長い沈黙の後、彼はゆっくりと振り返った。その顔は、欲望と愛おしさが入り混じった、泣き出しそうなほど切ない表情をしていた。
「……後悔するぞ」
「しません。貴方なら」
 私の言葉を聞いて、彼は観念したようにため息をつき、ベッドの傍らに戻ってきた。
 そして、私の額に落ちた汗を優しく指でぬぐい、唇を寄せた。
 触れるだけの、誓いのような口づけ。
「愛している、リリアーナ。……もう、理性は期待するな」
 彼の熱い瞳に見つめられ、私は全てを彼に委ねる覚悟を決めた。
 オメガの「欠陥」も、アルファの「傲慢」も、ここにはない。
 ただ、惹かれ合う一組の男女がいるだけだった。
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