異世界探偵は魔法を論破する~科学知識で挑む王城の密室殺人~

黒崎隼人

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第1話:論理の探求者、異世界へ

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 古書の放つ独特の匂いが、水無月優馬(みなづき ゆうま)の鼻腔をくすぐっていた。
 神保町の古書店街。その片隅にひっそりと佇む店内で、彼は宝探しに夢中になる子供のように書架を眺めていた。彼の夢は探偵になることだ。そのためには古今東西の知識、特に人間の心理や歴史に精通する必要があると考えていた。

 ふと、一冊の本が彼の目に留まった。
 革張りの古びた装丁。タイトルはなく、表紙には複雑で幾何学的な紋様が描かれているだけだった。まるで宇宙か、あるいは未知の回路図のようにも見える。興味を惹かれ、そっと手に取った。
 指先が紋様に触れた、その瞬間だった。

「うっ……!」

 視界がぐにゃりと歪み、全身から力が抜けていく。本から溢れ出したのか、目も眩むほどの白い光が優馬の意識を飲み込んでいった。
 最後に聞こえたのは、書店の主人が驚く声だったろうか。それすらも、すぐに遠くなった。

 ***

 意識がゆっくりと浮上してくる。
 重い瞼をこじ開けると、目に飛び込んできたのは見慣れた木製の天井ではなかった。精巧な彫刻が施された、石造りのアーチ状の高い天井。ひんやりとした空気が肌を撫で、どこからか微かに香油のような甘い匂いが漂ってくる。

「……どこだ、ここ」

 混乱する頭で身を起こすと、そこは明らかに日本の、いや、彼が知るどの国の様式とも違う重厚な部屋だった。蝋燭の炎が壁で揺らめき、豪華な調度品がきらびやかな光を鈍く反射している。

「気が付きましたか」

 鈴を転がすような、凛とした声がした。
 声のした方へ顔を向けると、そこに一人の少女が立っていた。窓から差し込む月光を浴びてきらきらと輝く銀色の髪、夜空の星を閉じ込めたような深い蒼色の瞳。およそ現実の人間とは思えないほどの美しさに、優馬は一瞬、言葉を失った。
 彼女は高価そうなシルクのドレスを身に纏い、その立ち居振る舞いには気品が満ち溢れていた。

「あなたは?」

 かろうじてそれだけを絞り出すと、少女はわずかに眉を寄せ、しかし落ち着いた声で答えた。

「私はリリアナ。このエクリア王国の王女です」

 エクリア王国。王女。
 優馬の頭の中で、知らない単語が反響する。夢を見ているのだろうか。そうでなければ、手の込んだドッキリか何かだ。

「状況が飲み込めないようですね。無理もありません。あなたは突然、この部屋に……光と共に現れたのですから」

 リリアナと名乗る少女は淡々と告げる。
 優馬は自分の服装を確認した。古書店に行くときのまま、ジーンズにTシャツ、そして薄手のジャケット。この豪奢な部屋には、あまりにも不釣り合いだ。

「ここは……」

「エクリア王城。ですが、今は呪われた城、と呼ぶ者の方が多いかもしれません」

 リリアナの瞳に、ふと暗い影が落ちた。その言葉の意味を優馬が問い返そうとした、その時だった。

 バタン!

 重々しい扉が乱暴に開け放たれ、鎧を身に着けた兵士が息を切らして駆け込んできた。その表情は恐怖と混乱に染まっている。

「リリアナ様! 大変です!」

「落ち着きなさい。何があったのです」

 リリアナは動揺を見せず、冷静に兵士を促す。兵士は震える声で、信じがたい事実を口にした。

「国王陛下が……! ご自身の寝室で……お亡くなりに……!」

「何ですって!?」

 さすがのリリアナも目を見開き、その顔から血の気が引いていく。

「死因は? 誰かに襲われたのですか!」

「それが……部屋は内側から鍵と閂が掛けられた完全な密室で、誰かが侵入した形跡は一切ありません! 窓も全て施錠されておりました! まるで……まるで、見えざる何者かに命を奪われたかのようで……!」

 兵士はそこまで言うと、ごくりと唾を飲み込み、囁くように続けた。

「皆、噂しております……。ついに、王城の呪いが陛下のお命を奪ったのだ、と……」

 呪い。密室。謎の死。
 優馬の頭の中で、最悪のキーワードが組み合わさっていく。夢やドッキリなどという甘い考えは吹き飛んだ。これは、現実だ。
 訳も分からず迷い込んだ異世界で、彼は今、探偵になるという夢を遥かに超えた、不可解な事件の現場に立たされている。
 論理の探求者、水無月優馬に、最初の悲劇が突きつけられた瞬間だった。
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