「肉を焼くだけの男は不要」と追放された宮廷料理人、辺境で食堂を開く。伝説の魔獣を餌付けした俺の肉は、最強のバフ飯でした

黒崎隼人

文字の大きさ
2 / 16

第1話「追放された料理人と、最後の晩餐」

しおりを挟む
 じゅう、と分厚い鉄板の上で、赤身の塊が産声を上げた。

 白く美しい脂の筋――サシが網の目のように走る極上のリブロースだ。熱された鉄に触れた瞬間、肉の表面は瞬く間に褐色へと色を変え、香ばしい煙を立ち昇らせる。

 ぱちぱち、と脂がはぜる音は、まるで拍手のようだ。

 俺、ガンツ・アイアンサイドは、愛用の鉄板を見つめながら、静かに息を吐いた。

 これが、この王宮の調理場で焼く、最後の肉になる。

 窓の外は冷たい雨が降っていた。王都の空は、今の俺の心と同じように灰色で、重たい。

「ガンツ、荷物はまとまったか」

 調理場の入り口に、かつての同僚が気まずそうに立っていた。白いコックコートを着た彼は、俺と目を合わせようとしない。

「ああ。これで終わりだ」

 俺は短く答え、手元の肉に意識を戻した。

 誰に食べさせるわけでもない。これは俺自身への、けじめの一皿だ。

 先代の王は、俺の焼くステーキを愛してくれた。飾り気などいらない。ただ最高の素材を、最高の火加減で焼き、塩と胡椒だけで食らう。それが至高だと笑ってくれた。

 だが、新しい王は違った。

「野蛮だ」

 昨日、謁見の間で吐き捨てられた言葉が、まだ耳の奥に残っている。

「皿からはみ出るような肉など、品がない。これからは見た目も美しい、繊細な蒸し料理や野菜を中心とした宮廷料理に変える。お前のような、ただ肉を焼くだけの男は不要だ」

 退職金代わりのわずかな金貨と、使い古したナイフ。それだけを持って、俺はここを追い出される。

 38歳。料理一筋20年。
 職も、住む場所も、すべて失った。

 普通なら絶望して、酒に溺れるのかもしれない。だが、不思議と俺の腹は減っていた。悲しくても、腹は減る。それが人間という生き物だ。

 俺はトングを使わず、金串を肉の中心に突き刺した。
 指先に伝わる温度と弾力。それだけで、中の焼き加減が手に取るようにわかる。

 今だ。

 鉄板から肉を引き上げ、まな板の上で数分休ませる。すぐに切っては駄目だ。肉汁が落ち着くまで待つこの数分が、味の明暗を分ける。

 じっと肉を見つめる俺の背中は、きっと寂しそうに見えているのだろうか。

「……うまいか?」

 同僚が恐る恐る聞いてくる。

「まだだ。焦るな」

 俺は静かに首を振った。

 余熱が肉の芯まで優しく熱を伝える。赤身の色が、生々しい赤から、美しい薔薇色へと変わっていく瞬間を想像する。

 時が来た。

 俺はナイフを入れた。
 抵抗なく、すうっと刃が吸い込まれる。
 断面からは、透明な肉汁があふれ出し、キラキラと厨房の明かりを反射した。

 一切れを口に運ぶ。

 カリッと焼けた表面の香ばしさ。その直後に訪れる、爆発的な肉の旨み。
 噛みしめるたびに、濃厚な脂の甘みが舌の上で溶け出し、赤身のほどよい酸味が全体を引き締める。

 美味い。
 やっぱり、肉は裏切らない。

 王に見捨てられようと、時代遅れと言われようと、俺はこの味が好きだ。
 この暴力的なまでの満足感こそが、生きる力そのものだと俺は信じている。

「……行くよ」

 最後の一切れを胃袋に収め、俺は大きな背嚢を背負った。
 愛用の包丁セットと、解体用のナタ。それから、ひそかに開発していた数種類のスパイスが入った小瓶。

 これさえあれば、どこでだって生きていける。

「元気でな、ガンツ」

 同僚の声には、少しの同情と、安堵が混ざっていた。自分はクビにならなくてよかった、という安堵だ。責めるつもりはない。

 俺は勝手口から外へ出た。
 冷たい雨が、熱を持った頬を濡らす。

 王都を出よう。
 繊細な味付けばかり求めるこの街は、俺には窮屈すぎた。

 もっと、本能のままに肉を食らい、笑い合える場所へ。
 北へ向えば、魔物が多い代わりに、手つかずの自然が残る辺境があるという。

 そこなら、俺の腕を必要としてくれる場所があるかもしれない。

 俺はフードを深くかぶり直し、重い足取りで歩き出した。

 これが、俺の第二の人生の始まりだった。
 まさかその道中で、とんでもない相棒と出会うことになるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

「洗い場のシミ落とし」と追放された元宮廷魔術師。辺境で洗濯屋を開いたら、聖なる浄化の力に目覚め、呪いも穢れも洗い流して成り上がる

黒崎隼人
ファンタジー
「銀閃」と謳われたエリート魔術師、アルク・レンフィールド。彼は五年前、国家の最重要儀式で犯した一つの失敗により、全てを失った。誇りを砕かれ、「洗い場のシミ落とし」と嘲笑された彼は、王都を追われ辺境の村でひっそりと洗濯屋を営む。 過去の「恥」に心を閉ざし、ひまわり畑を眺めるだけの日々。そんな彼の前に現れたのは、体に呪いの痣を持つ少女ヒマリ。彼女の「恥」に触れた時、アルクの中に眠る失われたはずの力が目覚める。それは、あらゆる汚れ、呪い、穢れさえも洗い流す奇跡の力――「聖濯術」。 これは、一度は全てを失った男が、一枚の洗濯物から人々の心に染みついた悲しみを洗い流し、自らの「恥」をも乗り越えていく、ささやかで温かい再生の物語。ひまわりの咲く丘で、世界で一番優しい洗濯が、今始まる。

【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~

Lihito
ファンタジー
過労死したシステムエンジニアは、異世界の辺境伯家に転生した。 三男。継承権は遠い。期待もされない。 ——最高じゃないか。 「今度こそ、のんびり生きよう」 兄たちの継承争いに巻き込まれないよう、誰も欲しがらない荒れ地を引き受けた。 静かに暮らすつもりだった。 だが、彼には「構造把握」という能力があった。 物事の問題点が、図解のように見える力。 井戸が枯れた。見て見ぬふりができなかった。 作物が育たない。見て見ぬふりができなかった。 気づけば——領地が勝手に発展していた。 「俺ののんびりライフ、どこ行った……」 これは、静かに暮らしたかった男が、なぜか成り上がっていく物語。

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される

黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」 無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!? 自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。 窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!

処理中です...