言葉の色が見える私には、追放された冷徹魔術師様の溺愛がダダ漏れです~黒い暴言の裏に隠された、金色の真実と甘い本音~

黒崎隼人

文字の大きさ
2 / 15

第1話「棘だらけの言葉と、その奥の小さな光」

 私の世界は、音と、色と、重さでできている。
 普通の人が「聞く」だけの言葉を、私は「見て」、そして「感じる」ことができるのだ。
 例えば、今カウンターの向こうで井戸端会議に花を咲かせているおばさまたちの言葉。

「うちの旦那ったら、昨日も酔って帰ってきてねえ」

 その言葉は、呆れを意味するくすんだ黄色に、親愛を示す柔らかなピンク色が混じり合って、マシュマロみたいにふわりと軽い。本当に嫌っているわけじゃない、ただののろけ話。

「まあ大変」「男の人ってどうしてそうなのかしら」

 共感を示す言葉は、澄んだ水色。穏やかな午後の日差しに溶けて、きらきらと舞っている。
 これが私の生まれ持った、ささやかな秘密。言葉に込められた感情が、色と重さになって見えるのだ。だから私は、この静かな図書館が大好きだった。ここでは、悪意に満ちたどす黒く重い言葉が飛び交うことなんて、滅多にないから。
 そう、滅多に、ない。
 カラン、とドアベルが乾いた音を立てた。入ってきたのは、見慣れない一人の男性だった。背が高く、着古された旅装に身を包んでいるけれど、その立ち姿にはどこか人を寄せ付けない気品が漂っている。長く艶やかな黒髪が、彼の端正な顔立ちに影を落としていた。

(……わ、なんだかすごい人)

 圧倒されていると、彼は真っ直ぐカウンターまで歩いてきて、私を値踏みするように一瞥した。

「ここが王立図書館の分館か。想像通りの寂れ具合だな」

 その声と共に放たれた言葉は、私の目に鋭く突き刺さった。
 漆黒。まるで墨を流したような、光を一切通さない黒。一つ一つの単語がガラスの破片みたいに鋭く尖っていて、ずしりと重い。悪意や侮蔑の色だ。普通なら、私はその重さに気分が悪くなってしまう。
 けれど、彼の言葉には奇妙なものが混じっていた。
 黒い棘の隙間から、ほんの僅かに、ちか、と瞬く小さな光。それは、澄んだ金色。そして、言葉全体の底のほうに、ずっしりと沈んだ鈍い灰色が澱のように溜まっている。

(黒いのに、金色と灰色……? 侮蔑と、それから……後悔?)

 こんな複雑な色をした言葉は、初めて見た。私が呆然と彼を見つめていると、男性は不機嫌そうに眉をひそめた。

「おい、聞いているのか。古代魔術に関する文献を探しているんだが」

「は、はい! もちろんです。どのような分野の……」

 慌てて立ち上がり、笑顔を作ろうとするけれど、顔が引きつるのが自分でも分かる。彼の次の言葉も、やはり黒くて棘だらけだった。けれど、その奥にはやっぱり、小さな金色の光と、重い灰色が揺らめいている。まるで、本心とは違う言葉を無理やり吐き出しているみたいに。

「専門的なものだ。君のような田舎の司書に説明しても分かるまい。書庫の場所だけ教えてくれればいい」

 うっ、と胸が詰まる。確かに私は王都の中央図書館に比べれば、ただのしがない司書だ。でも、「田舎の司書」なんて言われ方をしたら、普通に傷つく。
 私の心から、悲しみを表す淡い青色の言葉が生まれそうになるのを、ぐっと飲み込んだ。ここで感情的な言葉を返したら、きっと彼の黒い言葉とぶつかって、嫌な空気が生まれてしまう。
 深呼吸を一つ。私は、いつも通りを心がけた。

「……かしこまりました。専門書庫は2階の奥にございます。ご案内しますね」

 私が紡いだ言葉は、いつもと同じ、穏やかで澄んだ水色。重さもなく、さらさらと流れていく。
 その言葉を目にしたのか、彼は一瞬、虚を突かれたように目を見開いた。ほんの一瞬だけ、彼の瞳に浮かんだのは、驚き、だろうか。
 すぐに彼はふいと顔をそむけ、「ああ」と短く答えた。

***

 彼を案内しながら、私は彼のことを考えていた。一体、何があったんだろう。あんなに美しい金色の光を心の奥に持っているのに、どうしてそれを黒い棘で隠してしまうんだろう。後悔の色である灰色は、まるで鉛みたいに重く彼の言葉に絡みついていた。
 書庫に着くと、彼は私のことなどもう目に入らないというように、貪欲な目で書棚を眺め始めた。その横顔は、先ほどの刺々しい雰囲気が嘘のように真摯で、知的な光を宿している。本が、本当に好きなのかもしれない。

「ごゆっくりどうぞ。何かお探しの本が見つからない時は、お声がけください」

 私はそう言って、静かにお辞儀をした。彼は返事もしなかったけれど、それでよかった。
 カウンターに戻り、貸し出し記録の整理をしながらも、私の意識は2階の書庫にいる彼に向いていた。しばらくして、彼は数冊の分厚い専門書を抱えて階段を降りてきた。どれもこれも、解読が非常に困難な古代文字で書かれた稀覯書ばかりだ。

(この人、もしかして、すごい学者さん……?)

 彼は無言で本をカウンターに置く。貸し出し手続きのために、私は利用証の提示をお願いした。彼は舌打ちでもしそうな顔で、懐から一枚のカードを取り出す。そこに記された名前を見て、私は息を呑んだ。
 アレン・クロフォード。
 その名前を知らない者は、この国にはいないだろう。数年前まで「王国の至宝」と謳われた、史上最年少の宮廷魔術師。しかし、彼は王太子殿下への失言が原因で、その地位と魔力のほとんどを奪われ、表舞台から姿を消したと聞いていた。
 追放された天才魔術師。彼が、こんな辺境の町に……。
 彼の言葉が、黒く、重く、そして悲しい色をしていた理由が、少しだけ分かった気がした。

「……何か問題でも?」

 私の手が止まっていることに気づいたアレンさんが、低い声で尋ねる。彼の言葉は、警戒心を示す暗い紫色を帯びていた。自分の正体がバレたことで、壁を厚くしようとしている。

「い、いえ! 何もありません」

 私は慌てて首を横に振った。そして、できるだけ優しい、暖かい色の言葉を紡ぐことを意識する。

「クロフォード様。この本はどれも素晴らしいものばかりですね。特にこの『古代ルーン文字の変遷』は、私も以前読んで、とても感銘を受けました」

 私の言葉は、柔らかな若草色に、ほんの少しの尊敬を示す金色の光を混ぜて、彼へと飛んでいく。
 アレンさんは、また、あの驚いたような顔をした。彼の周りに渦巻いていた黒い棘が、ほんの少しだけ、その鋭さを失ったように見えた。

「……そうか」

 彼は短くそれだけ言うと、本を受け取って踵を返す。その背中は、来た時よりも少しだけ、小さく見えた。
 一人になった図書館で、私は彼の残していった言葉の残滓を眺めていた。黒くて、重くて、棘だらけ。でも、その奥には確かに、小さな、小さな金色の光が隠れていた。
 アレン・クロフォード。
 彼がこれからどんな本を借りに来るのか、そして、彼の言葉の色がどう変わっていくのか。
 私の退屈だった司書生活は、今日、少しだけ色鮮やかに、そして少しだけ重みを増して、新しい頁が開かれたのかもしれない。

あなたにおすすめの小説

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

偽聖女と蔑まれた私、冷酷と噂の氷の公爵様に「見つけ出した、私の運命」と囚われました 〜荒れ果てた領地を力で満たしたら、とろけるほど溺愛されて

放浪人
恋愛
「君は偽物の聖女だ」——その一言で、私、リリアーナの人生は転落した。 持っていたのは「植物を少しだけ元気にする」という地味な力。華やかな治癒魔法を使う本物の聖女イザベラ様の登場で、私は偽物として王都から追放されることになった。 行き場もなく絶望する私の前に現れたのは、「氷の公爵」と人々から恐れられるアレクシス様。 冷たく美しい彼は、なぜか私を自身の領地へ連れて行くと言う。 たどり着いたのは、呪われていると噂されるほど荒れ果てた土地。 でも、私は諦めなかった。私にできる、たった一つの力で、この地を緑で満たしてみせる。 ひたむきに頑張るうち、氷のように冷たかったはずのアレクシス様が、少しずつ私にだけ優しさを見せてくれるように。 「リリアーナ、君は私のものだ」 ——彼の瞳に宿る熱い独占欲に気づいた時、私たちの運命は大きく動き出す。

役立たずと追放された令嬢ですが、極寒の森で【伝説の聖獣】になつかれました〜モフモフの獣人姿になった聖獣に、毎日甘く愛されています〜

腐ったバナナ
恋愛
「魔力なしの役立たず」と家族と婚約者に見捨てられ、極寒の魔獣の森に追放された公爵令嬢アリア。 絶望の淵で彼女が出会ったのは、致命傷を負った伝説の聖獣だった。アリアは、微弱な生命力操作の能力と薬学知識で彼を救い、その巨大な銀色のモフモフに癒やしを見いだす。 しかし、銀狼は夜になると冷酷無比な辺境領主シルヴァンへと変身! 「俺の命を救ったのだから、君は俺の永遠の所有物だ」 シルヴァンとの契約結婚を受け入れたアリアは、彼の強大な力を後ろ盾に、冷徹な知性で王都の裏切り者たちを周到に追い詰めていく。

【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜

遠野エン
恋愛
セレスティア伯爵家の長女フィーナは、生まれつき強大すぎる魔力を制御できず、常に体から生命力ごと魔力が漏れ出すという原因不明の症状に苦しんでいた。そのせいで慢性的な体調不良に陥り『幽霊令嬢』『出来損ない』と蔑まれ、父、母、そして聖女と謳われる妹イリス、さらには専属侍女からも虐げられる日々を送っていた。 晩餐会で婚約者であるエリオット王国・王太子アッシュから「欠陥品」と罵られ、公衆の面前で婚約を破棄される。アッシュは新たな婚約者に妹イリスを選び、フィーナを魔力の枯渇した不毛の大地『グランフェルド』へ追放することを宣言する。しかし、死地へ送られるフィーナは絶望しなかった。むしろ長年の苦しみから解放されたように晴れやかな気持ちで追放を受け入れる。 グランフェルドへ向かう道中、あれほど彼女を苦しめていた体調不良が嘘のように快復していくことに気づく。追放先で出会った青年ロイエルと共に土地を蘇らせようと奮闘する一方で、王国では異変が次々と起き始め………。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈
恋愛
ベルン皇国の辺境伯ソラティスが求めたのは、麗しき皇都の子爵令嬢レイアだった。 しかし、彼の元へ届けられたのは、身代わりに仕立て上げられた妹のラシーヌ。 容姿も性格も全く違う姉妹。 ​拒絶を覚悟したラシーヌだったが、ソラティスは緋色の瞳を向けて一つの「契約」を持ち掛けた。 その契約とは──? ソラティスの結婚の理由、街を守る加護の力。そして、芽生える一つの恋。それに怯える拙い拒み。 ※一部加筆修正済みです。

婚約破棄された枯葉令嬢は、車椅子王子に溺愛される

夏生 羽都
恋愛
地味な伯爵令嬢のフィリアには美しい婚約者がいる。 第三王子のランドルフがフィリアの婚約者なのだが、ランドルフは髪と瞳が茶色のフィリアに不満を持っている。 婚約者同士の交流のために設けられたお茶会で、いつもランドルフはフィリアへの不満を罵詈雑言として浴びせている。 伯爵家が裕福だったので、王家から願われた婚約だっだのだが、フィリアの容姿が気に入らないランドルフは、隣に美しい公爵令嬢を侍らせながら言い放つのだった。 「フィリア・ポナー、貴様との汚らわしい婚約は真実の愛に敗れたのだ!今日ここで婚約を破棄する!」 ランドルフとの婚約期間中にすっかり自信を無くしてしまったフィリア。 しかし、すぐにランドルフの異母兄である第二王子と新たな婚約が結ばれる。 初めての顔合せに行くと、彼は車椅子に座っていた。 ※完結まで予約投稿済みです