言葉の色が見える私には、追放された冷徹魔術師様の溺愛がダダ漏れです~黒い暴言の裏に隠された、金色の真実と甘い本音~

黒崎隼人

文字の大きさ
5 / 15

第4話「古代文字が紡ぐ、二人の時間」

 あの日、アレンさんから初めて金色の感謝の言葉をもらってから、私たちの関係は少しだけ変わった。
 相変わらず彼は無愛想だし、彼の言葉は黒を基調としている。けれど、カウンターで交わす言葉が、ほんの少しだけ増えたのだ。

「この文献、記述に矛盾がある。著者は素人か」
「あら、でもその著者は、実際に古代遺跡を旅した冒険家だったそうですよ。現場の視点ならではの発見もあるかもしれません」
「……ふん、どうだかな」

 こんな風に、本の感想を言い合ったりするようになった。彼の言葉は皮肉っぽい黒色だけれど、その中に含まれる興味を示す黄色や、知的好奇心を表す青緑色が、以前よりもずっと増えていた。
 私も、彼の博識ぶりには毎日驚かされていた。私が何気なく口にした本の情報にも、彼は「それは〇〇時代の文献にある記述だな」とか「その説はすでに別の学者が論破している」とか、的確な補足を返してくる。宮廷魔術師だった頃の彼がいかに優秀だったか、その片鱗に触れるたびに、私は感心すると同時に、彼の現状を少しだけ切なく思った。
 そんなある日、私が古い羊皮紙の修復作業をしていると、アレンさんが珍しく書庫から出てきて、私の手元を覗き込んできた。

「何をしている?」

「こんにちは、アレンさん。これは、この図書館ができた頃の蔵書目録なんですけど、虫食いがひどくて。読める部分だけでも書き写しておこうと思って」

 私がそう言うと、彼は羊皮紙に書かれた文字を一瞥して、眉をひそめた。

「これは……古代シルヴィア文字か。しかも、かなり古い地方訛りの書体だ。君に読めるのか?」

 彼の言葉には、純粋な疑問を示す青色が混じっていた。私を馬鹿にしているわけじゃないのが分かる。

「いえ、全部は……。ところどころ、分からない単語があって、そこで手が止まってしまうんです」

 私は困ったように微笑んで、書きかけの紙を見せた。そこには、いくつも空白の箇所がある。
 すると、アレンさんは私の隣の椅子にどさりと腰を下ろした。え、と私が驚いていると、彼は私の手から羽根ペンをひょいと取り上げる。

「……貸してみろ。俺が読んでやる」

「えっ、でも……」

「いいから」

 有無を言わせない、彼の黒い言葉。でも、その黒はとても力強くて、どこか頼もしく感じられた。
 それから、私たちの奇妙な共同作業が始まった。
 アレンさんが、羊皮紙に書かれた古代文字を、すらすらと現代語に訳していく。私がそれを、新しい紙に書き写していく。

「……次、『星詠みの塔より飛来せし、銀翼の知識』。この『銀翼』は、比喩表現だな。おそらくは王家からの使者を指している」

「なるほど……」

「その次、『深き森の賢者の、苔むした言葉』……これはエルフ族との交流記録だろう。続きは……」

 彼の低い声が、静かな図書館に心地よく響く。私は彼の言葉を一言も聞き漏らすまいと、必死にペンを走らせた。
 時々、私が書き間違えたりすると、「違う、そこの綴りは『L』じゃなくて『R』だ」なんていう鋭い指摘が飛んでくる。彼の言葉は厳しい黒色だけれど、その奥に、教えることへの喜びを示すオレンジ色の光がちらついているのが見えた。

(この人、本当は、誰かに知識を伝えるのが好きなのかもしれない)

 宮廷では、きっと多くの弟子を育てていたのだろう。そんな彼の過去に、少しだけ思いを馳せる。

***

 何時間そうしていただろう。気づけば、窓の外はすっかり夕焼け色に染まっていた。最後の文字を書き終えた時、私たちはどちらからともなく、ふう、と大きなため息をついた。

「……終わった」

「ありがとうございます、アレンさん。あなたがいなかったら、あと一ヶ月はかかってました」

 私が心からの感謝を伝えると、彼の言葉は、今までで一番大きな、輝かしい金色になった。

「別に、君のためじゃない。この貴重な文献が失われるのが惜しかっただけだ」

 彼の口から出たのは、いつもの黒い言葉。でも、それはもう、私の心をちっとも傷つけなかった。だって、彼の本心の色が見えているから。これは、彼の精一杯の照れ隠しなのだ。

「ふふ、そうですね」

 私が笑うと、アレンさんは少しだけばつの悪そうな顔をして、立ち上がった。

「……喉が渇いた。何か飲むものはないのか」

「え? あ、はい! えっと、お茶なら……」

「それでいい」

 私は慌てて席を立ち、司書室の奥にある小さな給湯室でお茶を淹れた。お茶請けに、今朝焼いたクッキーも添えて。
 カウンターに戻ると、アレンさんは私たちが書き写したばかりの新しい目録を、真剣な眼差しで読んでいた。その横顔は、とても穏やかに見える。

「どうぞ」

 お茶とクッキーを差し出すと、彼は一瞬驚いたように目を見開いた。

「……クッキー?」

「口に合うか分かりませんが……。頭を使うと、甘いものが欲しくなるでしょう?」

 私の言葉は、親しみを込めた暖かなオレンジ色。
 アレンさんは、しばらくクッキーと私の顔を交互に見ていたけれど、やがて諦めたように一つ手に取った。そして、小さな口でそれをかじる。

「……悪くない」

 彼の短い感想は、満足を示す、穏やかな緑色をしていた。
 私たちはそれから、閉館時間になるまで、並んでお茶を飲んだ。会話はほとんどなかったけれど、気まずさは全くない。むしろ、今日一日、同じ目標に向かって協力したことで生まれた、確かな一体感がそこにはあった。
 古代文字が紡いでくれた、二人だけの特別な時間。
 この日を境に、アレンさんは時々、私の仕事を手伝ってくれるようになった。もちろん、「君の仕事が遅いから、見ていられないだけだ」なんていう黒い言葉を添えるのを忘れずに。
 でも、私にはもう分かっている。彼の不器用な優しさが、どんな色をしているのかを。
 彼の心の書庫の扉は、きっともう、半開きくらいにはなっているのかもしれない。そう思うと、私の心にも、暖かい金色の光が灯るのだった。

あなたにおすすめの小説

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

偽聖女と蔑まれた私、冷酷と噂の氷の公爵様に「見つけ出した、私の運命」と囚われました 〜荒れ果てた領地を力で満たしたら、とろけるほど溺愛されて

放浪人
恋愛
「君は偽物の聖女だ」——その一言で、私、リリアーナの人生は転落した。 持っていたのは「植物を少しだけ元気にする」という地味な力。華やかな治癒魔法を使う本物の聖女イザベラ様の登場で、私は偽物として王都から追放されることになった。 行き場もなく絶望する私の前に現れたのは、「氷の公爵」と人々から恐れられるアレクシス様。 冷たく美しい彼は、なぜか私を自身の領地へ連れて行くと言う。 たどり着いたのは、呪われていると噂されるほど荒れ果てた土地。 でも、私は諦めなかった。私にできる、たった一つの力で、この地を緑で満たしてみせる。 ひたむきに頑張るうち、氷のように冷たかったはずのアレクシス様が、少しずつ私にだけ優しさを見せてくれるように。 「リリアーナ、君は私のものだ」 ——彼の瞳に宿る熱い独占欲に気づいた時、私たちの運命は大きく動き出す。

役立たずと追放された令嬢ですが、極寒の森で【伝説の聖獣】になつかれました〜モフモフの獣人姿になった聖獣に、毎日甘く愛されています〜

腐ったバナナ
恋愛
「魔力なしの役立たず」と家族と婚約者に見捨てられ、極寒の魔獣の森に追放された公爵令嬢アリア。 絶望の淵で彼女が出会ったのは、致命傷を負った伝説の聖獣だった。アリアは、微弱な生命力操作の能力と薬学知識で彼を救い、その巨大な銀色のモフモフに癒やしを見いだす。 しかし、銀狼は夜になると冷酷無比な辺境領主シルヴァンへと変身! 「俺の命を救ったのだから、君は俺の永遠の所有物だ」 シルヴァンとの契約結婚を受け入れたアリアは、彼の強大な力を後ろ盾に、冷徹な知性で王都の裏切り者たちを周到に追い詰めていく。

【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜

遠野エン
恋愛
セレスティア伯爵家の長女フィーナは、生まれつき強大すぎる魔力を制御できず、常に体から生命力ごと魔力が漏れ出すという原因不明の症状に苦しんでいた。そのせいで慢性的な体調不良に陥り『幽霊令嬢』『出来損ない』と蔑まれ、父、母、そして聖女と謳われる妹イリス、さらには専属侍女からも虐げられる日々を送っていた。 晩餐会で婚約者であるエリオット王国・王太子アッシュから「欠陥品」と罵られ、公衆の面前で婚約を破棄される。アッシュは新たな婚約者に妹イリスを選び、フィーナを魔力の枯渇した不毛の大地『グランフェルド』へ追放することを宣言する。しかし、死地へ送られるフィーナは絶望しなかった。むしろ長年の苦しみから解放されたように晴れやかな気持ちで追放を受け入れる。 グランフェルドへ向かう道中、あれほど彼女を苦しめていた体調不良が嘘のように快復していくことに気づく。追放先で出会った青年ロイエルと共に土地を蘇らせようと奮闘する一方で、王国では異変が次々と起き始め………。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈
恋愛
ベルン皇国の辺境伯ソラティスが求めたのは、麗しき皇都の子爵令嬢レイアだった。 しかし、彼の元へ届けられたのは、身代わりに仕立て上げられた妹のラシーヌ。 容姿も性格も全く違う姉妹。 ​拒絶を覚悟したラシーヌだったが、ソラティスは緋色の瞳を向けて一つの「契約」を持ち掛けた。 その契約とは──? ソラティスの結婚の理由、街を守る加護の力。そして、芽生える一つの恋。それに怯える拙い拒み。 ※一部加筆修正済みです。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

婚約破棄された枯葉令嬢は、車椅子王子に溺愛される

夏生 羽都
恋愛
地味な伯爵令嬢のフィリアには美しい婚約者がいる。 第三王子のランドルフがフィリアの婚約者なのだが、ランドルフは髪と瞳が茶色のフィリアに不満を持っている。 婚約者同士の交流のために設けられたお茶会で、いつもランドルフはフィリアへの不満を罵詈雑言として浴びせている。 伯爵家が裕福だったので、王家から願われた婚約だっだのだが、フィリアの容姿が気に入らないランドルフは、隣に美しい公爵令嬢を侍らせながら言い放つのだった。 「フィリア・ポナー、貴様との汚らわしい婚約は真実の愛に敗れたのだ!今日ここで婚約を破棄する!」 ランドルフとの婚約期間中にすっかり自信を無くしてしまったフィリア。 しかし、すぐにランドルフの異母兄である第二王子と新たな婚約が結ばれる。 初めての顔合せに行くと、彼は車椅子に座っていた。 ※完結まで予約投稿済みです