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第9話「王都への旅路、重ねる手と覚悟」
王都へ向かう。
そう決めてからの私たちの行動は、早かった。
アレンさんは地図を広げ、王都までの最短ルートと、追っ手を警戒する必要のない裏道を書き出していく。その手際は、さすが元宮廷魔術師というべきか、非常に的確で無駄がなかった。
私は、旅に必要な食料や薬草を準備しながら、図書館の留守をどうするか頭を悩ませていた。幸い、隣町に住む元司書の老婦人が、事情を話すと快く代役を引き受けてくれた。もちろん、本当の目的は伏せて、「親戚の急病で、しばらく王都に帰ることになった」とだけ伝えた。
優しい老婦人の言葉は、心配の色を示す柔らかなピンク色だった。嘘をついていることに胸が少しだけ痛んだけど、これは仕方のないことだ。
出発の日の早朝。
私たちは、誰にも見つからないよう、町の裏手から森へと入った。朝霧が立ち込める中、アレンさんは私の荷物の半分を黙って自分の肩に背負ってくれた。
「……重いだろう」
「これくらい、平気です」
「強がるな。君が途中で倒れたら、計画がすべて狂う」
彼の言葉はぶっきらぼうな黒色。でも、その奥に隠された優しさは、もう私には手に取るように分かる。
「ありがとうございます」
素直に感謝を告げると、彼はふいっと顔をそむけた。その仕草が、もうすっかりお馴染みになっていて、私は思わず笑みをこぼした。
旅は、決して楽なものではなかった。
獣道のような険しい山道を越え、時には冷たい川を渡った。私は司書の仕事で体力が落ちていたのか、すぐに息が上がってしまう。
「はあ、はあ……。す、すみません、アレンさん。少しだけ、休ませて……」
「情けないな。これだから都会育ちは」
彼はそう言って私を馬鹿にするけれど、必ず私が追いつくまで待っていてくれた。そして、私が差し出した水筒の水を、黙って受け取ってくれるのだ。
夜は、洞窟や森の木陰で野宿をした。アレンさんが手際よく焚き火をおこし、私が簡単なスープを作る。火を囲みながら、私たちは色々な話をした。
彼が宮廷魔術師だった頃の活躍。私が司書を目指したきっかけ。好きな本のジャンルや、苦手な食べ物のことまで。
彼の言葉は、もうほとんど黒い色をしていなかった。昔を懐かしむセピア色、未来への不安を示す灰色、そして、私と話す時の、穏やかな緑色。彼の心が、少しずつ本来の色を取り戻していくのを、私はすぐ側で感じていた。
「……君は、なぜ司書になろうと思ったんだ?」
ある晩、彼は焚き火の炎を見つめながら、静かに尋ねた。
「昔から、本が好きだったんです。でも、それだけじゃなくて……。私には、言葉の色が見えるでしょう?」
「ああ」
「だから、人の悪意に満ちた黒い言葉が、とても苦手で……怖かったんです。でも、図書館は、そんな言葉から私を守ってくれる場所でした。ここには、たくさんの物語があって、たくさんの知識があって、悪意なんて入り込む隙間がない。だから、私もこの場所で、本と、そして本を愛する人たちのために生きていきたいって思ったんです」
私の言葉は、静かな決意を示す、澄んだ青色だった。
アレンさんは、黙って私の話を聞いていた。そして、ぽつりと言った。
「……そうか。君にとって、図書館は聖域なんだな」
彼の言葉には、深い理解を示す、優しい光が灯っていた。
「君の聖域を、俺のような奴が汚してしまったな」
「そんなことありません!」
私は、彼の自嘲的な灰色の言葉を、強い言葉で打ち消した。
「アレンさんが来てくれてから、私の図書館は、もっと色鮮やかで、素敵な場所になりました。あなたが来てくれて、よかった」
私の言葉は、嘘偽りのない、真実の金色。
アレンさんは、驚いたように目を見開いた。そして、今まで見たこともないくらい、優しい顔で微笑んだ。
「……ありがとう、リリアナ」
初めて、彼が私の名前を呼んだ。
それは、宝石みたいにきらきらと輝く、純粋な感謝の言葉だった。私の心臓が、大きく、高鳴る。
その時、森の奥で、ガサリ、と大きな物音がした。
「……!」
アレンさんが、素早く立ち上がり、私を背後にかばう。彼の表情は、一瞬で宮廷魔術師のそれに変わっていた。
暗闇から現れたのは、巨大な牙を持つ、一頭の魔獣だった。涎を垂らし、飢えた赤い目で私たちを睨みつけている。
「くそっ、こんな時に……!」
アレンさんは舌打ちをし、懐から小さな杖を取り出した。しかし、彼の魔力はほとんどが封じられている。この魔獣を相手にするのは、あまりにも無謀だ。
「リリアナ、俺がこいつの気を引く。その隙に逃げろ!」
彼の言葉は、私を守ろうとする、決死の覚悟を示す真っ赤な色をしていた。
「嫌です! 一緒に逃げましょう!」
「馬鹿を言うな! 二人では逃げ切れない!」
魔獣が、唸り声を上げて、こちらに飛びかかってくる。
もうダメだ、と思った瞬間。
アレンさんは、私の手を強く握った。
「……信じろ」
彼の短い言葉は、不思議な力を持つ、力強い青色だった。
彼は私をぐっと引き寄せると、何か呪文を唱え始めた。それは、彼の専門である古代魔術とは違う、もっと原始的で、力強い響きを持つ言葉だった。
すると、私たちの周りの木々が、まるで生きているかのようにざわめき、枝を伸ばして魔獣の行く手を阻んだ。魔獣が怯んだ、その一瞬の隙。
「今だ、走れ!」
アレンさんは私の手を引いて、闇雲に走り出した。後ろから、魔獣の怒りの咆哮が聞こえる。
私たちは、夢中で走った。どれくらい走っただろうか。気づけば、魔獣の気配は消えていた。
私たちは、大きな木の根元に倒れ込むようにして、荒い息を整えた。
「はあ、はあ……。助かった……」
「……今の、何だったんですか?」
私が尋ねると、アレンさんはばつが悪そうに答えた。
「……昔、少しだけかじった、自然魔法だ。魔力をほとんど使わない代わりに、成功率が低い。ただの気休めだったが、運が良かった」
彼の言葉は謙遜の茶色だったけれど、彼が私を守るために、持てる力のすべてを尽くしてくれたことは、痛いほど伝わってきた。
私たちは、しばらく無言で寄り添っていた。彼の握る手は、まだ少し震えている。私の手も、同じように震えていた。
恐怖と、そして、安堵。
でも、それ以上に、私の心を占めていたのは、彼への強い、強い想いだった。
この人の隣にいたい。この人を、支えたい。
私は、握られていた彼の手を、そっと握り返した。
アレンさんの肩が、ぴくりと震える。彼は何も言わなかったけれど、私の手を振り払うこともしなかった。
重ねた手から伝わる温もりが、私たちの覚悟を、そして心を、固く一つに結びつけていく。
王都は、もうすぐそこだ。
私たちの戦いは、これから始まるのだ。
そう決めてからの私たちの行動は、早かった。
アレンさんは地図を広げ、王都までの最短ルートと、追っ手を警戒する必要のない裏道を書き出していく。その手際は、さすが元宮廷魔術師というべきか、非常に的確で無駄がなかった。
私は、旅に必要な食料や薬草を準備しながら、図書館の留守をどうするか頭を悩ませていた。幸い、隣町に住む元司書の老婦人が、事情を話すと快く代役を引き受けてくれた。もちろん、本当の目的は伏せて、「親戚の急病で、しばらく王都に帰ることになった」とだけ伝えた。
優しい老婦人の言葉は、心配の色を示す柔らかなピンク色だった。嘘をついていることに胸が少しだけ痛んだけど、これは仕方のないことだ。
出発の日の早朝。
私たちは、誰にも見つからないよう、町の裏手から森へと入った。朝霧が立ち込める中、アレンさんは私の荷物の半分を黙って自分の肩に背負ってくれた。
「……重いだろう」
「これくらい、平気です」
「強がるな。君が途中で倒れたら、計画がすべて狂う」
彼の言葉はぶっきらぼうな黒色。でも、その奥に隠された優しさは、もう私には手に取るように分かる。
「ありがとうございます」
素直に感謝を告げると、彼はふいっと顔をそむけた。その仕草が、もうすっかりお馴染みになっていて、私は思わず笑みをこぼした。
旅は、決して楽なものではなかった。
獣道のような険しい山道を越え、時には冷たい川を渡った。私は司書の仕事で体力が落ちていたのか、すぐに息が上がってしまう。
「はあ、はあ……。す、すみません、アレンさん。少しだけ、休ませて……」
「情けないな。これだから都会育ちは」
彼はそう言って私を馬鹿にするけれど、必ず私が追いつくまで待っていてくれた。そして、私が差し出した水筒の水を、黙って受け取ってくれるのだ。
夜は、洞窟や森の木陰で野宿をした。アレンさんが手際よく焚き火をおこし、私が簡単なスープを作る。火を囲みながら、私たちは色々な話をした。
彼が宮廷魔術師だった頃の活躍。私が司書を目指したきっかけ。好きな本のジャンルや、苦手な食べ物のことまで。
彼の言葉は、もうほとんど黒い色をしていなかった。昔を懐かしむセピア色、未来への不安を示す灰色、そして、私と話す時の、穏やかな緑色。彼の心が、少しずつ本来の色を取り戻していくのを、私はすぐ側で感じていた。
「……君は、なぜ司書になろうと思ったんだ?」
ある晩、彼は焚き火の炎を見つめながら、静かに尋ねた。
「昔から、本が好きだったんです。でも、それだけじゃなくて……。私には、言葉の色が見えるでしょう?」
「ああ」
「だから、人の悪意に満ちた黒い言葉が、とても苦手で……怖かったんです。でも、図書館は、そんな言葉から私を守ってくれる場所でした。ここには、たくさんの物語があって、たくさんの知識があって、悪意なんて入り込む隙間がない。だから、私もこの場所で、本と、そして本を愛する人たちのために生きていきたいって思ったんです」
私の言葉は、静かな決意を示す、澄んだ青色だった。
アレンさんは、黙って私の話を聞いていた。そして、ぽつりと言った。
「……そうか。君にとって、図書館は聖域なんだな」
彼の言葉には、深い理解を示す、優しい光が灯っていた。
「君の聖域を、俺のような奴が汚してしまったな」
「そんなことありません!」
私は、彼の自嘲的な灰色の言葉を、強い言葉で打ち消した。
「アレンさんが来てくれてから、私の図書館は、もっと色鮮やかで、素敵な場所になりました。あなたが来てくれて、よかった」
私の言葉は、嘘偽りのない、真実の金色。
アレンさんは、驚いたように目を見開いた。そして、今まで見たこともないくらい、優しい顔で微笑んだ。
「……ありがとう、リリアナ」
初めて、彼が私の名前を呼んだ。
それは、宝石みたいにきらきらと輝く、純粋な感謝の言葉だった。私の心臓が、大きく、高鳴る。
その時、森の奥で、ガサリ、と大きな物音がした。
「……!」
アレンさんが、素早く立ち上がり、私を背後にかばう。彼の表情は、一瞬で宮廷魔術師のそれに変わっていた。
暗闇から現れたのは、巨大な牙を持つ、一頭の魔獣だった。涎を垂らし、飢えた赤い目で私たちを睨みつけている。
「くそっ、こんな時に……!」
アレンさんは舌打ちをし、懐から小さな杖を取り出した。しかし、彼の魔力はほとんどが封じられている。この魔獣を相手にするのは、あまりにも無謀だ。
「リリアナ、俺がこいつの気を引く。その隙に逃げろ!」
彼の言葉は、私を守ろうとする、決死の覚悟を示す真っ赤な色をしていた。
「嫌です! 一緒に逃げましょう!」
「馬鹿を言うな! 二人では逃げ切れない!」
魔獣が、唸り声を上げて、こちらに飛びかかってくる。
もうダメだ、と思った瞬間。
アレンさんは、私の手を強く握った。
「……信じろ」
彼の短い言葉は、不思議な力を持つ、力強い青色だった。
彼は私をぐっと引き寄せると、何か呪文を唱え始めた。それは、彼の専門である古代魔術とは違う、もっと原始的で、力強い響きを持つ言葉だった。
すると、私たちの周りの木々が、まるで生きているかのようにざわめき、枝を伸ばして魔獣の行く手を阻んだ。魔獣が怯んだ、その一瞬の隙。
「今だ、走れ!」
アレンさんは私の手を引いて、闇雲に走り出した。後ろから、魔獣の怒りの咆哮が聞こえる。
私たちは、夢中で走った。どれくらい走っただろうか。気づけば、魔獣の気配は消えていた。
私たちは、大きな木の根元に倒れ込むようにして、荒い息を整えた。
「はあ、はあ……。助かった……」
「……今の、何だったんですか?」
私が尋ねると、アレンさんはばつが悪そうに答えた。
「……昔、少しだけかじった、自然魔法だ。魔力をほとんど使わない代わりに、成功率が低い。ただの気休めだったが、運が良かった」
彼の言葉は謙遜の茶色だったけれど、彼が私を守るために、持てる力のすべてを尽くしてくれたことは、痛いほど伝わってきた。
私たちは、しばらく無言で寄り添っていた。彼の握る手は、まだ少し震えている。私の手も、同じように震えていた。
恐怖と、そして、安堵。
でも、それ以上に、私の心を占めていたのは、彼への強い、強い想いだった。
この人の隣にいたい。この人を、支えたい。
私は、握られていた彼の手を、そっと握り返した。
アレンさんの肩が、ぴくりと震える。彼は何も言わなかったけれど、私の手を振り払うこともしなかった。
重ねた手から伝わる温もりが、私たちの覚悟を、そして心を、固く一つに結びつけていく。
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