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第12章:永遠に続く麦畑の歌
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歳月は穏やかに流れ、私たちが築き上げたグリーンヴァレーは、王国随一の農業地帯として、その名を知らぬ者はいないほどの存在となっていた。私たちの農場と学校を合わせた「グリーンヴァレー・コンソーシアム」は、王国最大の農業事業体となり、人々は私のことを畏敬の念を込めて「農業界の女王」と呼んだ。
けれど、私の日常は昔と何ら変わりはなかった。朝はエドワードと共に畑に出て土の状態を確かめ、昼は学校の経営に目を配り、夜は愛する家族と食卓を囲む。息子のアランは父の背中を追って農業の道に強い興味を示し、娘のクロエは私に似てか、本を読むのが好きな聡明な子に育った。
エドワードとの関係は、時を重ねるごとに深く、穏やかなものになっていった。私たちは夫婦であり、同志であり、親友だった。新しい農法の開発に共に頭を悩ませ、事業の成功を共に喜び、子どもの成長に共に涙する。言葉を交わさずとも、互いの考えていることが分かる。そんな安らぎに満ちた絆が、私たちの間にはあった。
かつて私を陥れたエリザベスは、私たちの農場で黙々と働き続け、今ではハーブ園の管理を任されるまでになっていた。彼女は土に触れることで、かつての驕りや嫉妬を洗い流し、穏やかな心を取り戻していた。私たちは時折、ハーブティーを飲みながら、静かに言葉を交わす。それはもはや、被害者と加害者ではなく、同じ大地で生きる、一人の女性同士の語らいだった。
ある晴れた日の午後、私は一人、小高い丘の上に立っていた。見渡す限り広がる、黄金色の麦畑。風が吹き抜けるたびに、麦の穂がさざ波のように揺れる。それは、まるで大地が奏でる、豊穣の歌のようだった。
「ここで、何を?」
背後から優しい声がして、振り返るとエドワードが立っていた。彼の隣に並び、同じ景色を眺める。
「昔のことを、少しだけ思い出していたの。私が初めてここに来た日のことを」
「あの頃は、痩せた荒れ地だったな」
「ええ。でも、あの時から、私の本当の人生が始まったのよ。あなたと、この土地に出会って」
私は、エドワードの手をそっと握った。節くれだった、土の匂いがする大きな手。この手が、私に生きる喜びを教えてくれた。この手が、私の涙を何度も拭ってくれた。
「私は幸せよ、エドワード。悪役令嬢と呼ばれた私が、こんなにも幸せになっていいのかしらと思うくらいに」
「当たり前だ。これは全部、あんたが自分の力で掴み取った幸せだ」
彼はそう言って、私の体を優しく引き寄せ、抱きしめてくれた。彼の胸に顔をうずめると、太陽と土の、懐かしい匂いがした。
遠くから、アランとクロエが「お母様ー!お父様ー!」と呼びながら、丘を駆け上がってくるのが見えた。二人の手には、野の花で作った小さな花束が握られている。
家族と共に、この美しい夕日を見つめる。きらきらと輝く麦畑は、私たちの愛と努力の結晶だ。かつての悪役令嬢は、もういない。ここにいるのは、愛する人々に囲まれ、心からの笑顔で自分の人生を誇る、一人の女性セリーナ・グリーンフィールド。
私の物語は、政略結婚の終わりから始まった。けれどそれは、絶望ではなく、希望への扉だったのだ。この麦畑が黄金色の輝きを失わない限り、私たちの幸せな物語は、これからも永遠に続いていく。私は、家族の温もりに包まれながら、風に揺れる麦の歌に、静かに耳を傾けていた。
けれど、私の日常は昔と何ら変わりはなかった。朝はエドワードと共に畑に出て土の状態を確かめ、昼は学校の経営に目を配り、夜は愛する家族と食卓を囲む。息子のアランは父の背中を追って農業の道に強い興味を示し、娘のクロエは私に似てか、本を読むのが好きな聡明な子に育った。
エドワードとの関係は、時を重ねるごとに深く、穏やかなものになっていった。私たちは夫婦であり、同志であり、親友だった。新しい農法の開発に共に頭を悩ませ、事業の成功を共に喜び、子どもの成長に共に涙する。言葉を交わさずとも、互いの考えていることが分かる。そんな安らぎに満ちた絆が、私たちの間にはあった。
かつて私を陥れたエリザベスは、私たちの農場で黙々と働き続け、今ではハーブ園の管理を任されるまでになっていた。彼女は土に触れることで、かつての驕りや嫉妬を洗い流し、穏やかな心を取り戻していた。私たちは時折、ハーブティーを飲みながら、静かに言葉を交わす。それはもはや、被害者と加害者ではなく、同じ大地で生きる、一人の女性同士の語らいだった。
ある晴れた日の午後、私は一人、小高い丘の上に立っていた。見渡す限り広がる、黄金色の麦畑。風が吹き抜けるたびに、麦の穂がさざ波のように揺れる。それは、まるで大地が奏でる、豊穣の歌のようだった。
「ここで、何を?」
背後から優しい声がして、振り返るとエドワードが立っていた。彼の隣に並び、同じ景色を眺める。
「昔のことを、少しだけ思い出していたの。私が初めてここに来た日のことを」
「あの頃は、痩せた荒れ地だったな」
「ええ。でも、あの時から、私の本当の人生が始まったのよ。あなたと、この土地に出会って」
私は、エドワードの手をそっと握った。節くれだった、土の匂いがする大きな手。この手が、私に生きる喜びを教えてくれた。この手が、私の涙を何度も拭ってくれた。
「私は幸せよ、エドワード。悪役令嬢と呼ばれた私が、こんなにも幸せになっていいのかしらと思うくらいに」
「当たり前だ。これは全部、あんたが自分の力で掴み取った幸せだ」
彼はそう言って、私の体を優しく引き寄せ、抱きしめてくれた。彼の胸に顔をうずめると、太陽と土の、懐かしい匂いがした。
遠くから、アランとクロエが「お母様ー!お父様ー!」と呼びながら、丘を駆け上がってくるのが見えた。二人の手には、野の花で作った小さな花束が握られている。
家族と共に、この美しい夕日を見つめる。きらきらと輝く麦畑は、私たちの愛と努力の結晶だ。かつての悪役令嬢は、もういない。ここにいるのは、愛する人々に囲まれ、心からの笑顔で自分の人生を誇る、一人の女性セリーナ・グリーンフィールド。
私の物語は、政略結婚の終わりから始まった。けれどそれは、絶望ではなく、希望への扉だったのだ。この麦畑が黄金色の輝きを失わない限り、私たちの幸せな物語は、これからも永遠に続いていく。私は、家族の温もりに包まれながら、風に揺れる麦の歌に、静かに耳を傾けていた。
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