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【セザール編】
第9話:後ろ盾というものの意味~貴族の現実~
しおりを挟む「さて、と」
ホクホク顔の商人たちを見送り、カロスタークは男爵夫妻の前に立った。
「た、ターク君——あ、いや。カロスターク殿。その、なんだ。セザールの件、本当なのかね?
「ええ。これ以上ない完璧な『婚約破棄』でしたよ。私には内緒のサプライズで、証人はなんと全校生徒だ」
舞踏会の会場でのことだったと告げるカロスターク。
「なっ?!」
顎が外れたかのように口を開け、茫然とする男爵。
夫人もまた目を剥いて固まっていた。
「そんなわけですので、男爵様と私の実家が行った『契約』は無効となりました」
うんうんと、自分の言葉に頷いて見せる。
「ですが、私としても『お義父様、お義母様』と呼んだことのある方々を見捨てるのはしのびない」
個人的な『好意』ですよ?
「卒業時には、私も負債返済の一助になろうと資金も貯めていましたのでね。今回はそれを使ってお助けに参ったわけです」
そんな義務はないんですけどね。
「それは、ありがたい。だが、それほどの資金があったとは思わなかったな」
ホッとした様子の男爵が息を吐いた。
「もちろん、そんな大金ではありません。おそらく、このお屋敷の家財を売り払ったのと同程度でしょう。ですが、『私が、その額を提示すること』である条件が満たされるのです。結果、商人の方々を納得させることが可能となった」
「——条件?」
生気を失っていた男爵の目に、光が戻った。
まだなにかある。
呆けていてはマズい。
貴族の本能が、警戒心を刺激したのだ。
「わたしはご当家から『婚約破棄』されたのですよ?」
「そ、そうだな」
それはわかっていると、男爵は頷いた。
「しかも、『破棄の理由』が『他に好きな人ができてそっちと婚約したいから』です。事前の相談もなかった。多額の借金については、知っててした婚約なのでいいとしても、『破棄理由』として最悪のモノです」
「あ、ああ。そうだな。慰謝料を払うのが当然の状況だ」
「そうです。ですが、ご当家にはその財力がありません。ではどうするか?」
「な、何かあっただろうか? すまない、頭が混乱していて考えがまとまらないのだ。教えてほしい」
男爵は、とうとう音を上げた。
いろいろあり過ぎて思考力が低下していると自覚したためだ。
小出しにせず、結論をと願い出る。
「この場合の通例として、元婚約者——つまり私ですが——には男爵家の領地からの税収他、男爵家が持つ管理権全てを差し押さえる権利が生じるのですよ」
「ああ。それか」
それなら知っている。
男爵が息を吐いた。
それほど長い期間にはならないで終わる話との認識があったためだ。
貴族の『婚約破棄』に対する『慰謝料』なので、一般と比べれば高額にはなる。
しかし、領地全体から出る税収などと比べれば微々たるものだ。
どんなに多くても、2年あれば完済できる。
「私の場合、そこに『一本化した債務の返済を要求する権利』もあることをお忘れにならないでくださいよ?」
「あ・・・」
カロスタークが負債の金利を低くしつつ、返済額を減らしたのはこれがあってのことだ。
「というわけですので、当家の領地管理の全権を私に移譲していただく。そこから、返済分はいただきますのでね」
「しょ、承知した」
それ以外の返答はあり得ない。
ガクリと肩を落とす男爵。
「気を確かに。奥様?」
軽く微笑んで、カロスタークはへたり込んでいる夫人の手を取った。
ほんの数日前、セザールとのお茶会で会い『お義母様』と呼んだ相手である。
「え、ええ。娘がとんでもないことをしました。申し訳ありません」
微かに震えながら、先日には『ターク』と愛称で呼んでいた14歳の子供に頭を下げる夫人。
「いえいえ。私といたしましても、ご令嬢には幸せになっていただきたい。残念ではありましたが、謝罪には及びません」
完璧な笑顔を保って語り掛ける。
「ただ・・・」
「っ!」
びくっ、夫人の肩が跳ねた。
「事前に話して欲しかった。そうしていただければ、全校生徒の前で無様な姿をさらさなくて済んだでしょうに」
「くっ。も、も、もうし、わけなく」
ガタガタと震えて、夫人は言葉が出なくなった。
カロスタークの笑顔の裏に、憤怒の感情を見て震えあがっている。
「おやおや、こんなに震えて。少しお休みになられた方がよいのでは?」
親切ごかしの甘い囁きが、カロスタークの口から流れ出る。
夫人はもう顔を上げることもできなかった。
「ああ!」
「ひっ!」
突然上がったカロスタークの大きな声で、夫人はもう倒れそうになっている。
「そうでしたね。このお宅には家具がないのでした。大丈夫ですよ。家具はすぐに戻させますから。なに、ほんの少しお金がかかるだけのことです」
『その分もちゃんと上乗せしますからね』。
裏の声を、男爵と夫人は実際に言われたかのようにはっきりと聞き取った。
モンモラシー男爵夫妻は、無言のうちに理解した。
自分たちが、この者に娘を託したことは間違っていなかったのだ。
娘の夫として力を貸してもらえれば、モンモラシー男爵家は安泰だっただろうと。
そして、絶望する。
自分たちは、娘の育て方を間違えたと。
この間、丁稚のトマは使用人たちを集めて情報収集を行い。
報告をまとめていた。
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