商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【セザール編】

第12話 オルトレオーネ子爵家 ~後編~

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 子爵家の執事長は、その日のうちに相手方との交渉に漕ぎつけた。
 場所はモンモラシー男爵家の応接室だ。
 カロスタークは学生で、王都には家を持っていない。
 市井の喫茶店でというわけにもいかない以上、最も無難な交渉場所と言える。


 「この度は、大変失礼をいたしました」
 顔合わせが済むと、執事長は直角に頭を下げ無礼を詫びた。
 60も半ばの紳士が、14の子供へである。
 しかも、この子供は爵位すらない商家の息子。
 
 かなり屈辱的な状況だが、執事長は平静そうだ。
 家のためには頭を下げる程度、なんでもない。
 そう信じて疑っていない態度だ。

 「いえ。失礼なのはシャルルとセザールです。オルトレオーネ子爵家に隔意は持っていせんよ」
 穏やかに微笑み、カロスタークは執事長にも座るよう促した。

 「ありがたき仰せ、感謝申し上げる」
 座った状態から、いま一度頭が下げられた。
 これはもう、体に染みついているのではないだろうかと思わせる
 子爵家のため、いろいろな場所で謝罪と感謝を伝えてきたのだろう。


 「まず、始めにお伝えしておきたいのは、モンモラシー男爵家からの『慰謝料請求』についても、交渉を私に一任されています。私との交渉で二つとも片付くとお考え下さい」
 「左様ですか。速やかな解決を望んでおりますので、こちらに異存はございません」
 
 こうして始まった『交渉』だが、その展開はカロスタークの予想と違っていた。
 まず、前提となる基準が高く設定されていて驚かされることになる。

 執事長が出してきた『慰謝料』の額が破格だったのだ。
 この手の『慰謝料』における最大額を、さらに超えた金額が記載されていたのである。
 『速やかな解決』というところに重きを置いているのが如実に表れていた。

 額で争う気はない。
 この額でサインしてほしい、そういう意思表示がされている。

 最初は安く提示、徐々に値上げして折り合いをつける。
 そういう戦法で来るものと思っていたので、出鼻を挫かれた感があった。

 「ご納得、いただけませんでしょうか?」
 カロスタークが困惑していると、これ以上を望むのかと眼光を鋭くして執事長が問いかけた。
 これでもかなりの無理をして出した金額であった。

 なんとしても、一発で終わらせる。
 交渉を長引かせない。
 そのための策だったのだ。
 足元を見るつもりかと、警戒したくもなる。

 「えーと。ですね」
 カロスタークは、すっかり予定の狂った交渉をどうしたものかと頭を抱えたくなっていた。

 「始めに申し上げましたが、私共が『慰謝料請求』する主体はシャルルであって、オルトレオーネ子爵家にではないのです。ですので、額が問題なのではなく出してくださる相手方の問題なのです」
 「と、申しますと。第三夫人に支払わせたいとのお考えなのでしょうか?」
 「シャルルの母親の実家は、オルトレオーネ子爵領内にある町の領主だと聞きましたが間違いありませんか?」
 「間違いはございません。確かに、領内南部にある町の領主をしております。人口2000の中規模な町ですので、この金額を出すことは容易ではないと思われますが、よろしいので?」
 それで納得していただけるのかと、執事長は訝しんでいる。
 
 「どうでしょうか。その町の管理権を私に譲っていただくというのは?」
 「管理権を、ですか」
 「こう言っては何ですが、今回の件。まともな教育を受けた貴族なら絶対にやらないことです。なのに起きてしまっている。これはシャルル——ひいてはその母親や祖父母も含む——の教育がなっていないからではないでしょうか?」
 「それは——。同意できる部分が多いようです」
 ですよね、カロスタークは笑顔で大きく頷いた。

 「シャルルとその母親、祖父母を子爵家本邸に集めて、再教育をしてはいかがですか? その間の領地管理は私が受け待ちますよ? 『慰謝料』はそこからいただきましょう」
 「そういうこと、ですか」
 執事長は急いで考えを巡らせた。
 この提案は、子爵家にとってプラスなのかマイナスなのか。

 メリットはある。
 多額の金を支払わなくて済むだけでもありがたかった。
 子爵家だからと言って、金が有り余っているわけではないのだ。
 大金を動かすのは、できれば避けたい。
 
 責任を負うのはあくまで第三夫人の一族ということになれば、世間からの子爵家に対する評価が下がるのをある程度食い止められる可能性もある。
 それでも管理責任は問われるだろうが、子爵家全体に冷たい目を向けられるよりはいい。

 第三夫人の派閥への牽制にもなる。
 正妻——嫡子——のところへ力を集中させる好機だった。

 デメリットは、領内に余所の人間が管理する町ができること。
 だが、第三夫人の実家が領主をしている町は領内でも端にある。
 これといった特産品もない。
 正直、オルトレオーネ子爵家への影響はないに等しいと思われる。

 「子爵家への税の支払いはこれまで通りにしていただけますか?」
 「もちろんです。収支報告も付けて、三か月に一度届けさせましょう」
 「正確な期間設定はできますでしょうか?」
 「そうですねー・・・。先ほど提示していただけた額を回収し終えたら、でいかがですか?」
 
 わるくない。
 執事長はそう判断した。

 「では、そういうことで」
 「よろしく」
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