商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【エルザ編】

第3話 町転がし ~後編~

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「で?」

 一瞬の沈黙を挟んで、カロスタークは慎重に口を開いた。

「それだけではないですよね? まだ何かあるのでしょう?」

 経済と政治は切っても切れない。
 だが、ここまであからさまな好条件を提示されると、裏を疑いたくもなる。
 銀貨で済むところに金貨を出して、「釣りをよこせ」と言われるようなものだ。

 経済的には損はない。
 だが、政治が絡めば話は別。
 問題は、その『釣り』に何を求められるかだ。

「『貴族院』議長、シエルアージュ侯爵の娘さんには婚約者がいないの。容姿も家柄も申し分ないのに、『なぜか』ね」

 ……容姿も家柄も完璧で婚約者がいない?
 それってつまり、性格に難ありってことじゃないのか?

 そんな言葉がカロスタークの脳裏をかすめたが、深くは考えない。
 意味がないからだ。
 もともと貴族に恋愛結婚など存在しない。
 結婚式当日に初対面なんて、よくある話だ。

 それを思えば、婚約期間があるだけマシとも言える。
 しかも相手は侯爵家、それも貴族院議長の娘。
 断る理由など、どこにもない。

「わかりました。一か月後を目途に引き継ぎを終わらせるとしましょう」

「決まりね」

 第二夫人は、貴族家の夫人らしからぬ豪快な笑みで手を差し出してきた。
 ニカッと笑いながらの、少し痛い握手。
 緊張していたのか、それとも素なのか。
 どちらにせよ、カロスタークはその勢いに少しだけ圧倒された。

「話を進めておくから、楽しみにしていてちょうだい」

「わかりました。よろしくお願いいたします」



「というわけで、とうとう『縁談』が持ち上がったよ」

 王都に戻ったカロスタークは、セザールと、たまたま来ていたフランソワに報告した。

「……は?」

 セザールが手にしていた書類を落とす。

「え、え、え? 誰と? どこの家の? えっ、なんで? えっ?」

 フランソワは目を白黒させながら、壊れた水車のように首をぐるぐる回している。

「落ち着いて。まだ決まったわけじゃない。ただ、話が出ただけ」

「『ただ』じゃないよ! 誰との話なの!?」

「『貴族院』議長の娘さんだってさ」

「……はあああああああああああああああああ!?!?!?!?」

 フランソワが椅子から転げ落ちた。

「ちょ、ちょっと待って。あの『シエルアージュ侯爵』の!? え、え、え、え、え!?」

「……セザール、何か知ってる?」

「……いや、知らない。知らないけど、知りたくない気もする……」

 パニック状態のフランソワを横目に、カロスタークはまだ冷静なセザールに話を振る。

「いつかは来るとわかってはいたけど……」

「唐突すぎですよー」

「まあ、こういうのは、そういうもんだろ?」

 カロスタークは苦笑する。
 自分でも驚いているのだ。
 だが、驚いてばかりもいられない。

「とにかく、町の管理権は一か月後に返す。その間に引き継ぎを済ませるよ」

「……で、婚約は?」

「会ってから考える。断れるかどうかは、会ってみないとわからないしね」

「ふーん……」

 セザールがじっとカロスタークを見つめる。

「何?」

「いや、なんか……大人になったなって思って」

「やめてよ、そういうの」

「うん、でもちょっとカッコよかった」
「そうかな?」
「貴族っぽい」
「・・・なんだろ? 褒められている気がしないぞ?」
 貴族らしくなるって、人としてどうなのか。
 だが、セザールは巧に視線を外してのける。

「……フランソワ、なんか言ってよ」
 同じ側女に話を振った。

「え? あ、ごめん。まだ『侯爵家の娘と婚約』ってワードが脳内でループしてて……」

 頭を振るフランソワ。

「……」

 無言で見つめるセザール。

「――わかってて聞くのはずるい」

 ぷくっ。
 フランソワがむくれた。

「もう少し、正妻候補の登場で動転する女――をやりたかったのに――」
 そういう役柄を演じていた、ということか。

「長すぎ!」

「はぁ……んーと、有名な話だよね。家柄も容姿もいいのに、なぜか相手が決まらないって――同性が好きだとか、年齢差にあこがれてるとか言われてたんじゃなかった?」

「私も、そう聞いたわ――つまり、新しい情報はなしか。カロスタークの言うように、会ってみないとわからないってことね。ま、がんばって」

 最後の一言は、カロスタークに向けられた。

「かるっ!」

 思わず叫ぶカロスターク。

「結局決めるのはあなただからね」

「そうそう。私たちは、その結果を受け止めるだけだよ。それがどんなものであったとしても」

「そうか――。ありがとう」

 二人の反応に、カロスタークは少しだけ肩の力を抜いた。
 この二人がいてくれる限り、どんな流れがきても乗りこなせる気がした。

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