商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

文字の大きさ
83 / 261
【エルザ編】

第5話 目に映るもの、映らないもの ~後編~

しおりを挟む
 

 「ちょっと話をしたい」
 わかってしまったからには、知らないふりもできない。
 カロスタークはそんなに器用な男ではない自覚がある。

 本人に直接問い質そうと、夜に話し合いの場を設けた。
 場所は警戒されないよう、小さめのサロンとしてある。
 プライベートな話になるので、使用人には近づかないよう厳命して人払いも済ませてある。
 
 
 「どのようなお話でしょうか?」
 優雅な仕草で首を傾げるエルザ。
 完璧な淑女だ。
 感心するが騙されてはいけない。

 「私たちは婚約している。だけど、君はどうやら別の男性のことが心に残っているように見える」
 「わたしもこの歳まで誰とも会わずに生きてきたわけではありませんもの。気にかけた男性もいますわよ」
 「それはわかる。だけど、その男性を私に重ねて見てはいないだろうか?」
 日々の生活の中でチラホラとその男性と比較し、カロスタークをその人のように扱うのはいかがなものか。
 その懸念を伝えた。

 「あらあら、拗ねていますの?」
 「いや、拗ねるとかじゃなくてね」
 これから、二人の生活を構築していこうというときに、お互いをちゃんと見れないというのは困る。
 いつまでも、かつて気に掛けたという男性の影を追われては、生活が成り立たない。
 カロスタークを見てもらわなくてはならないのだ。
 過去にいた男性の影ではなく。

 「過去に思いを寄せていた方への嫉妬ですか?」
 正気?
 そんなニュアンスで笑われた。

 いや、正気? はこっちが言いたいセリフだ!
 カロスタークはそう思ったが、寸でのところで声を荒げるのは回避できた。

 「人としての器の大きさが問われますわよ」
 カロスタークは器が小さいと言いたいらしい。

「嫉妬ではなくてですね。結婚して共に生きていく相手よりも、過去の想いを優先させるのはおかしいという話です」
 「結婚するかはまだわかりませんでしょう?」
 「は?」
 「婚約したからと言って、結婚するとは限りません。正式な婚礼までに、わたしをさらいに来てくだされば結婚はあの方とすることになります。ならば、それまでの時間をあの方のために過ごすことは間違っていませんわ」
 
 「は?」
 本気で意味が分からなくなった。
 いや、言葉の意味は分かる。
 
 『あの方』とやらがエルザを迎えに来たらそちらと結婚する。
 そのための準備としてカロスタークと暮らしている。
 そう言われているのだ。

 本命がいて、つなぎでしかないということか。
 違和感があるのも当然だ。

 「私と『あの方』が結ばれなかったのは、どこかの泥棒猫が先に『婚約』したからにすぎませんの。家同士の結びつきで断れなかっただけなのですわ。ですけど、最近になって『あの方』は一族の中でも抜きんでた功績を上げられました。今なら、自分の気持ちに素直になれるはず。きっと私を迎えに来てくださいますわ」
 「っ・・・。なら、どうして私と婚約を?」
 「『あの方』へのメッセージですわ。このままだと、私が他の男性のモノになってしまいますわよ。急いで迎えに来てくださいな、とのね。話しを聞けばきっと重い腰を上げて吹っ切れてくださいますわ」
 
 婚約したと聞いたら焦るはず!
 ようはそう言いたいわけだ。

 「ああ。そうですか。もういいです」
 ダメだ、これは。
 カロスタークは話し合う気力を失くした。
 どう考えても、まともな話し合いは望むべくもない。
 その証拠に・・・。

 「おやすみなさいませ」
 悪びれることもなく、エルザは寝室へと去っていった。
 カロスタークの気持ちや考えなどどうでもいいのだろう。

 一人になったサロンで、カロスタークは天井を見上げて溜息を吐いた。
 こちらは婚約者として接しているのに、相手はカモフラージュあるいは噛ませ犬としか見ていなかったのだ。
 考えてみれば、会って最初の会話にも、それが窺える表現があったことを思い出す。


 『私の首をご所望ですか?』と訊ねたのに対しての答えだ。
 彼女は何と答えたか?
 
 『しばらくは肩にのせていていい』と言ったのだ。
 このしばらくとは、自分が本命のところへ行けるようになるまでということだったわけだ。

 そして『未来の子爵様』という表現。
 あれも、本来ならば『未来の旦那様』となるべきだったはずである。
 このちょっとした食い違いが違和感の正体だったというわけだ。
 
 頭がおかしい。
 完全にこじらせている。
 カロスタークは頭を抱えた。

 

 翌日からエルザは生活リズムをズラした。
 カロスタークと顔を合わせないようにしたのだ。

 何とも思っていないように見えたが、一応はマズいことになったとはわかったらしい。
 もしくは、そばに相談相手でもいるのだろう。
 いつもそばにいる年配のメイドあたりが怪しいかな。
 まぁ、そんなことはいい。

 会ったりしたら気まずくてどうしたものかと思っていたので、カロスタークからしたらホッとする対応だった。
 問題を先送りしているだけと言えばそうなので、何も解決はしていないが、静かに考える時間をもてるだけありがたい。

 「とはいえ、どうすりゃいいんだ?」
 考えてみるが、時を置かず諦めることになる。

 頭がおかしい人の行動は読めない。
 読めないモノは策も立てようがないのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ
恋愛
ノブルス子爵家の長女マーガレットは、幼い頃から頭の回転が早く、それでいて勉強を怠らない努力家。さらに、まだ少しも磨かれていないサファイアの原石を彷彿とさせる、深い美しさを秘めていた。 婚約者も決まっており、相手はなんと遥か格上の侯爵家。それも長男である。さらに加えて、王都で噂されるほどの美貌の持ち主らしい。田舎貴族のノブルス子爵家にとって、奇跡に等しい縁談であった。 そして二人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ……と、なればよかったのだが。 新婚旅行の当日、マーガレットは何者かに殺されてしまった。 しかし、その数日後、マーガレットは生き返ることになる。 全財産を使い、蘇りの秘薬を購入した人物が現れたのだ。 信頼できる仲間と共に復讐を誓い、マーガレットは王国のさらなる闇に踏み込んでいく。 ******** 展開遅めですが、最後までお付き合いいただければ、びっくりしてもらえるはず!

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

乙女ゲームに転生するつもりが神々の悪戯で牧場生活ゲームに転生したので満喫することにします

森 湖春
恋愛
長年の夢である世界旅行に出掛けた叔父から、寂れた牧場を譲り受けた少女、イーヴィン。 彼女は畑を耕す最中、うっかり破壊途中の岩に頭を打って倒れた。 そして、彼女は気付くーーここが、『ハーモニーハーベスト』という牧場生活シミュレーションゲームの世界だということを。自分が、転生者だということも。 どうやら、神々の悪戯で転生を失敗したらしい。最近流行りの乙女ゲームの悪役令嬢に転生出来なかったのは残念だけれど、これはこれで悪くない。 近くの村には婿候補がいるし、乙女ゲームと言えなくもない。ならば、楽しもうじゃないか。 婿候補は獣医、大工、異国の王子様。 うっかりしてたら男主人公の嫁候補と婿候補が結婚してしまうのに、女神と妖精のフォローで微妙チートな少女は牧場ライフ満喫中! 同居中の過保護な妖精の目を掻い潜り、果たして彼女は誰を婿にするのか⁈ 神々の悪戯から始まる、まったり牧場恋愛物語。 ※この作品は『小説家になろう』様にも掲載しています。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

靴を落としたらシンデレラになれるらしい

犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。 突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー) 私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし… 断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して… 関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!? 「私には関係ありませんから!!!」 「私ではありません」 階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。 否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息… そしてなんとなく気になる年上警備員… (注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。 読みにくいのでご注意下さい。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...