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【アンヌ編】
第4話 花は時期を待って咲く 2 ~前編~
しおりを挟む「ねぇ? カロスターク様?」
そんなカロスタークの許へ、先ほどの女性がにじり寄ってきていた。
かなり酒が進んでいそうだ。
「な、なんでしょうか?」
無視するわけにもいかず、向き合うカロスターク。
「せっかくの婚礼ですもの。この場で第二夫人との婚礼もするのはいかが?」
「は?」
第二夫人?
なにを言っている?
困惑するカロスタークの前で、ムダにクネクネする女。
それで察する。
自分を第二夫人に売り込むつもりなのだと。
「私なら、いつでもよくってよ?」
流し目に、ウインク。
思い切り媚の入った甘いだけの声。
正直、ダッシュで逃げたいと思いつつ、カロスタークは笑顔を絶やさない。
引き攣りつつも耐えた。
「女の扱い方を教えてあげるわ」
ウフフ、などと笑って腕を絡めようとしてくる。
寸でのところで避けたが、カロスタークの顔にはっきりと嫌悪が浮かんだ。
完璧な『営業スマイル』にヒビが入り、額に青筋が浮いて瞬時に消えた。
怒りに激高しそうになったのを、瞬時に収めたのだ。
長年の修練の賜物である。
「いえいえ。本日は妻アンヌのために開かれた婚礼の場。そのようなことは致しかねます」
丁寧な物腰ながら、酔客の戯言を撥ね退ける。
その額に汗が垂れた。
隣に立つアンヌの眉間にシワが寄りそうになっている。
こんなに近くに居ては、聞こえないふりも難しいのだ。
メイクを崩してなるものかと、気合で笑顔をキープしているアンヌがちょっと怖い。
「優等生のお答えですこと」
不満そうな口調と態度。
それでいながら、口許に笑いを湛えて、女が離れていく。
色を失くしたアンヌの顔を見たことで気が済んだのだろうと予想できた。
悪意があっての振舞とわかっているが、追い出すわけにもいかない。
周囲も彼女のことは敬遠しているらしいってことが幸いだ。
だからと言って助けてもくれないわけだけども。
この時間が早く終わってくれることを、カロスタークは切に願うのだった。
叶うことはなかったけれど。
婚礼も終盤に差し掛かった頃、あの女が再びフラリとカロスタークの側に寄ってきていた。
何人か警戒していた者もいる中をすり抜けて。
「縁もたけなわ。盛り上げてくださいましな」
「盛り上げる?」
思わず聞き返したカロスタークに、女はニタァッと笑んで見せた。
「ええ。余興に楽器の演奏などいかが?」
そう言って押し付けるのはヴァイオリンだ。
会場内で演奏している楽団員から借りてきたらしい。
許可を取ってなのか、無断かは知らないが。
「弾いてくださいな。花嫁に捧げる演奏。感動の場面。一生の思い出となることでしょう」
歌い上げるように、高らかに。
女の声は会場中に届いた。
「それはよい趣向だ」
「聞かせていただきたいものですわね」
あちらこちらから賛同する声が上がった。
貴族であれば、誰であれ嗜んでいて当たり前のヴァイオリン。
それを花嫁のために弾いて見せる。
確かに。
物語のワンシーンであれば、感動を呼ぶ最高の演出と言えるだろう。
カロスタークにしても、一列席者なら賛同したかもしれない。
だが、自分が演奏するとなると、話が違う。
たじろいだ。
「ただの余興ですわ。軽い気持ちで一曲御披露くださいませ」
そんな風には絶対に考えていない顔で、ヴァイオリンを押し付けてくる女。
悪意のあるなしはともかく、期待顔の列席者たち。
「っ・・・」
瞳を閉じたカロスタークは、唇を震わせてヴァイオリンを見た。
これを手にしたら、もう後戻りはできなくなる。
何とか場を収めようにも、全体の空気がそれを許しそうにない。
カロスタークの手が、震えながらヴァイオリンを受け取った。
「それでこそ子爵様ですわ」
無責任にも囃し立てる女。
疎ましく思いつつも、カロスタークはヴァイオリンを構え、そして奏で始めた。
この場に相応しい、妻への愛の賛歌を。
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