商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【アンヌ編】

第7話 花咲く中に嵐が来る ~中編~

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 数か月が過ぎようというところで、事態は急変することになる。
 始まりは東部へと『行速』道路を伸ばす現場に立つカロスタークの許へ、宰相からの急使が訪れたことだった。


 「王都へ戻れ?」
 「火急の用、是が非でも連れ帰れと厳命にて。ご同行願いたい」
 切羽詰まった使者の様子を訝しく見たカロスタークだったが、答えは決まっている。

 「わかりました。宰相閣下がそこまで急いでおられるのであれば否やもない。帰りましょう」


 最寄りの教会から『早馬』で王都へ戻り、宰相府へと向かう。
 『早馬』は金がかかるため、同行するのはセザールだけだ。


 「来たか」
 宰相の執務室へ通されると、宰相は難しい顔で何かを見ていた。

 「急ぎの用とのことですが、何事でしょうか?」
 「まぁ、座れ」
 いつものソファを勧められ、カロスタークも腰を下ろした。
 自然、眼下に広げられたものに目が落ちる。

 「地図ですね」
 ローテーブルに広げられていたのは、王国の西を中心とした地図だった。
 ただし、カロスタークが毎日のように見ている王国内の地図ではない。
 隣国についても記されている世界地図だ。

 国家機密級の代物である。
 安全保障の観点から、閲覧に制限のあるA級文書指定されるもの。

 「わ、私が目にしてよいものではないようですが?」
 慌てて目と顔を逸らして、カロスタークは確認をとった。
 見ただけで斬首とは言われないと思いたいが、ないとも言えない。
 全身から汗が噴き出している。

 「かまわん。どのみち、いやでも見てもらうことになる。おそらくだがな」
 「それはどういうことでしょうか?」
 「帝国に軍事侵攻の気配がある」
 「帝国が?!」
 
 軍事侵攻。
 それはつまり、王国へ攻め込んでくるということ。

 「間違いないのですか?」
 誤報ではないかと、わずかな可能性を口にしてみるが、カロスタークもわかっている。
 間違いではないのだと。
 
 宰相の下にまで話が来ていて、カロスタークを呼び寄せているのだ。
 裏取りは十二分にされていると見ていい。

 「まだ準備段階だとの分析が軍務省から届けられている。いまいま攻めてくることもなかろうが、いずれは来るであろう」
 「外交上の駆け引きということはないのですか?」
 戦争をする姿勢を見せておいて、王国に何らかの譲歩を求める。
 そんな可能性はないのだろうか?

 「現状、帝国との間で政治的な駆け引きが発生するような案件はない。帝国が攻め込んでくるのなら、それは領土の拡大を目的としていると見るほかないのだ」
 一縷の望みも絶たれた。
 戦争が始まる。
 
 「モンモラシー男爵領かミヌミエーラ男爵領になるのでしょうね」
 帝国と最も広く接しているのが、この二つなのである。
 狙われるとしたら、このどちらか、または両方だ。

 「おそらくはな。そこで、子爵には防衛策を考えておいてもらいたい。侵攻があっても、多少なりと足止めができるようにな」
 ムチャいうな!
 こっちは商人だぞ!
 そう言いたい。
 しかし、言えるわけがなかった。
 
 カロスタークも今や子爵なのだから。
 『準男爵』ではないのだから。

 「王国軍は動いてくださるのですよね?」
 「むろんだ。だが、現実に侵攻があってからの話となる。事前に動くことはできん」
 「クッ!」
 やはりか! そんな思いがある。
 カロスタークは拳を握り締めた。

 外交問題になりかねないから、先に兵を動かすわけにはいかないのはわかる。
 わかるのだが、理性ではなく感情が納得しない。

 「わ、わかりました。なにか策を考えてみます」
 「頼む。この地図は持って行け。なにかの役には立つだろう」
 「ありがとうございます」
 地図を受け取り、カロスタークは宰相府を辞した。
 
 とんでもないことが起ころうとしている。
 暗鬱たる気持ちで、歩き出した。
 後ろに、外で待っていたセザールが付く。

 「フランソワと共に、モンモラシー男爵領とミヌミエーラ男爵領の防衛設備の点検を行ってくれ」
 「防衛? まさか?!」
 「そのまさからしい。頼むぞ」
 「すぐに取り掛かります!」
 有能な副官の顔で敬礼して見せるセザールを見送る。
 すっかり副官が板についているようだ。


 「さて、どうするかな?」
 セザールとフランソワは、すぐにでも現地に赴くだろうし、戻ったらすぐに結果を知りたいカロスタークとしては、工事現場に行くわけにもいかない。
 行動を迷いもする。

 「とりあえず、コーヒーでも飲むか」
 重い情報を聞かされて、精神的な疲労感がある。
 一息入れるべきだった。

 「着替えを用意するべきだったな」
 自分を見下ろして溜息を吐く。
 宰相府に入るため、貴族の正装を着ているのだ。

 この服装で入れる店となると、かなり限定されてしまう。
 貴族相手に商売をしている店にしか行けないが、そういう店は王都といえども多くはない。
 まして、昼を過ぎたばかりとなるとなおの事少なくなる。

 かといって、工事現場で着ていた服となると、作業服。
 入れる店は格段に増えるが、質は格段に下がってしまう。
 
 「仕方ないか」
 貴族なのは事実なのだ。
 振舞も合わせるべきだろう。

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