商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【アンヌ編】

第12話 枯れ花から種を得る

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 「申し訳ありませんでした」
 
 シエルアージュ侯爵別邸では、アンヌの謝罪で迎えられた。
 床に膝をつき、膝の前に置かれた指は三本が奇麗に揃っている。
 いわゆる『三つ指をつく』の姿勢だ。
 
 古い時代ならともかく、今日ではしきたりを重んじる家の女性が『嫁いり時の挨拶』ですることがあるくらい。
 そう考えて、カロスタークは少し笑ってしまった。
 笑えるような場面ではないから、真顔で耐えているが顔の筋肉が痙攣濾しそうなほど震えている。
 頭を下げているアンヌには見えないのが救いだ。

 アンヌの背後にいる人物には丸見えで、少し呆れられてしまっている。
 セザールとフランソワが、アンヌを今にも絞め殺そうかという雰囲気で立っているのだ。
 左右後方から睨みを利かせている。

 肉体的な責めはしていないと思うが、精神的には相当に追い込んでいるように見えた。
 自分たちが就くはずだった立場に就けたにもかかわらず、この失態。
 許せるものではないのだ。
 

 「なにが悪かったと思う?」
 なにについて謝罪しているつもりなのか。
 まずは確認だ。

 「嫁いだ身でありながら、旦那様を蔑ろにして友人との交流を優先したことです。結果、よからぬ遊びに引き込まれてしまいました」
 スラスラと言葉が出てくる。
 セザールとフランソワによる尋問で、繰り返し口にしているのだろう。

 「お仕えすべきは、何より優先すべきは旦那様だと遅まきながら気が付きました。これからは何事であろうとも旦那様を、カロスターク様を中心に行動してまいります」
 「まだ、妻でいられるつもりなのか?」
 それが前提になっていないかと指摘してやる。
 宰相府での話は知らないはずだから、まだ彼女の中には『離縁』の目も残っている状態なのだ。

 「今後は、この身の全てにかけてカロスターク様に尽くしてまいります。何卒、御慈悲をいただけますようお願いいたしたく」
 額が床につくほど、いや、押しつけてまで頭を下げている。
 奇麗に揃っていた指が崩れて、プルプルと震えていた。
 このあとの返答しだいで、自分と実家の運命が決まることを理解しているのだ。
 
 正直、『ふざけるな。他人の手垢がついた女なんていらん!』とでも言って頭を踏みたい気持ちもあった。
 手垢どころか、別のモノでも汚されているに違いない。
 外のみならず、中も。

 そう考えると嫌悪感が湧き上がりもする。
 だが、この女のおかげで伯爵になれると思えば多少は治まらなくもない。

 「はぁ」

 カロスタークは溜息を吐いた。
 下げられたままの後頭部を見下ろして声をかける。

 「もういい。顔を上げて立て」
 
 ビクリ!

 アンヌの全身が震えた。
 『実家へ帰れ』。
 そう言われるかと怯えているのだ。

 「アンヌ・カロ・レッドルア伯爵第三夫人」
 非公式ながら定まった、彼女の新たな名前を呼んでやる。
 腐っても貴族家令嬢なら、これだけで裏の意味を理解できるだろう。

 「あ——」
 理解できたようで、ようやく顔を上げた。
 赤くなった額がちょっと痛々しい。

 「三か月の間。修道院での奉仕活動を命じる。心身を清めてこい」
 のろのろと立ち上がるアンヌに、冷たく罰を言い渡した。
 
 「は、はい。温情に感謝いたします」
 深々と頭が下げられる。
 声は涙で濡れ震えていた。
 アンヌとの関係は帰ってから、再構築となるだろう。

 「ああ。一応聞いておくが、なぜ三か月という期間なのかはわかるか?」
 通常であれば、一月が相場なのだ。
 修道院での奉仕活動というのは。

 「い、いいえ。愚かな私には考えつきません」
 「そうだな。それがわからないほど愚かだから、『遊び』と言えるのだろうからな」
 「え?」
 本当に分かっていないらしい。
 赤い目を彷徨わせている。

 「妊娠でもしていたら困るからだよ」

 「ぁ!」
 目を見開いて、仰け反った。
 慌てて下腹部に手を置いている。

 「こ、こど、子供—————」
 絶句した。
 家を、家系を、血筋を重んじる貴族家での『非嫡子』。
 絶対にありえない。
 十数年前まで不義密通が死罪だった理由である。

 「万が一、妊娠していたら最悪は堕胎させるからそのつもりでいるように」
 「っ、はい」
 カロスタークの子供という可能性も否定できないから『最悪』は、だ。
 
 産まれてから『嫡出判定』の魔法で父親を確定させる必要が出る。
 そこで、父親がカロスタークではないとなれば・・・どうするか。
 産まれてから考えることになるだろう。
 その結果で『誰』が父親と出るかにもよるからだ。


 「おめでとう」
「おめでとうございます」
 真っ青な顔をしたアンヌを自室に下がらせると、セザールとフランソワが祝辞を述べた。
 伯爵内定を察してのものだ。

 「第一夫人だったアンヌの、最初で最後の功績だな」
 暗に『離縁』ではなく『再構築』である理由を伝えておく。

 「ああ」
 「そういうことですか」
 わかったようだ。
 納得の声を上げている。
 
 そのあとは、二人とささやかな祝宴を開いて盛り上がった。




 3カ月後。
 カロスタークはレッドルア伯爵となった。
 領地も増え——モンモラシー男爵領とミヌミエーラ男爵領を合わせれば——王国北西部は実質的にカロスタークの手中へと収まることとなる。
 
 さすがに今回は国王からも宰相からも、『働け』は出なかった。
 どちらも、少々バツが悪そうにしていただけだ。
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