99 / 261
【アンヌ編】
第12話 枯れ花から種を得る
しおりを挟む「申し訳ありませんでした」
シエルアージュ侯爵別邸では、アンヌの謝罪で迎えられた。
床に膝をつき、膝の前に置かれた指は三本が奇麗に揃っている。
いわゆる『三つ指をつく』の姿勢だ。
古い時代ならともかく、今日ではしきたりを重んじる家の女性が『嫁いり時の挨拶』ですることがあるくらい。
そう考えて、カロスタークは少し笑ってしまった。
笑えるような場面ではないから、真顔で耐えているが顔の筋肉が痙攣濾しそうなほど震えている。
頭を下げているアンヌには見えないのが救いだ。
アンヌの背後にいる人物には丸見えで、少し呆れられてしまっている。
セザールとフランソワが、アンヌを今にも絞め殺そうかという雰囲気で立っているのだ。
左右後方から睨みを利かせている。
肉体的な責めはしていないと思うが、精神的には相当に追い込んでいるように見えた。
自分たちが就くはずだった立場に就けたにもかかわらず、この失態。
許せるものではないのだ。
「なにが悪かったと思う?」
なにについて謝罪しているつもりなのか。
まずは確認だ。
「嫁いだ身でありながら、旦那様を蔑ろにして友人との交流を優先したことです。結果、よからぬ遊びに引き込まれてしまいました」
スラスラと言葉が出てくる。
セザールとフランソワによる尋問で、繰り返し口にしているのだろう。
「お仕えすべきは、何より優先すべきは旦那様だと遅まきながら気が付きました。これからは何事であろうとも旦那様を、カロスターク様を中心に行動してまいります」
「まだ、妻でいられるつもりなのか?」
それが前提になっていないかと指摘してやる。
宰相府での話は知らないはずだから、まだ彼女の中には『離縁』の目も残っている状態なのだ。
「今後は、この身の全てにかけてカロスターク様に尽くしてまいります。何卒、御慈悲をいただけますようお願いいたしたく」
額が床につくほど、いや、押しつけてまで頭を下げている。
奇麗に揃っていた指が崩れて、プルプルと震えていた。
このあとの返答しだいで、自分と実家の運命が決まることを理解しているのだ。
正直、『ふざけるな。他人の手垢がついた女なんていらん!』とでも言って頭を踏みたい気持ちもあった。
手垢どころか、別のモノでも汚されているに違いない。
外のみならず、中も。
そう考えると嫌悪感が湧き上がりもする。
だが、この女のおかげで伯爵になれると思えば多少は治まらなくもない。
「はぁ」
カロスタークは溜息を吐いた。
下げられたままの後頭部を見下ろして声をかける。
「もういい。顔を上げて立て」
ビクリ!
アンヌの全身が震えた。
『実家へ帰れ』。
そう言われるかと怯えているのだ。
「アンヌ・カロ・レッドルア伯爵第三夫人」
非公式ながら定まった、彼女の新たな名前を呼んでやる。
腐っても貴族家令嬢なら、これだけで裏の意味を理解できるだろう。
「あ——」
理解できたようで、ようやく顔を上げた。
赤くなった額がちょっと痛々しい。
「三か月の間。修道院での奉仕活動を命じる。心身を清めてこい」
のろのろと立ち上がるアンヌに、冷たく罰を言い渡した。
「は、はい。温情に感謝いたします」
深々と頭が下げられる。
声は涙で濡れ震えていた。
アンヌとの関係は帰ってから、再構築となるだろう。
「ああ。一応聞いておくが、なぜ三か月という期間なのかはわかるか?」
通常であれば、一月が相場なのだ。
修道院での奉仕活動というのは。
「い、いいえ。愚かな私には考えつきません」
「そうだな。それがわからないほど愚かだから、『遊び』と言えるのだろうからな」
「え?」
本当に分かっていないらしい。
赤い目を彷徨わせている。
「妊娠でもしていたら困るからだよ」
「ぁ!」
目を見開いて、仰け反った。
慌てて下腹部に手を置いている。
「こ、こど、子供—————」
絶句した。
家を、家系を、血筋を重んじる貴族家での『非嫡子』。
絶対にありえない。
十数年前まで不義密通が死罪だった理由である。
「万が一、妊娠していたら最悪は堕胎させるからそのつもりでいるように」
「っ、はい」
カロスタークの子供という可能性も否定できないから『最悪』は、だ。
産まれてから『嫡出判定』の魔法で父親を確定させる必要が出る。
そこで、父親がカロスタークではないとなれば・・・どうするか。
産まれてから考えることになるだろう。
その結果で『誰』が父親と出るかにもよるからだ。
「おめでとう」
「おめでとうございます」
真っ青な顔をしたアンヌを自室に下がらせると、セザールとフランソワが祝辞を述べた。
伯爵内定を察してのものだ。
「第一夫人だったアンヌの、最初で最後の功績だな」
暗に『離縁』ではなく『再構築』である理由を伝えておく。
「ああ」
「そういうことですか」
わかったようだ。
納得の声を上げている。
そのあとは、二人とささやかな祝宴を開いて盛り上がった。
3カ月後。
カロスタークはレッドルア伯爵となった。
領地も増え——モンモラシー男爵領とミヌミエーラ男爵領を合わせれば——王国北西部は実質的にカロスタークの手中へと収まることとなる。
さすがに今回は国王からも宰相からも、『働け』は出なかった。
どちらも、少々バツが悪そうにしていただけだ。
0
あなたにおすすめの小説
老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~
ミィタソ
恋愛
ノブルス子爵家の長女マーガレットは、幼い頃から頭の回転が早く、それでいて勉強を怠らない努力家。さらに、まだ少しも磨かれていないサファイアの原石を彷彿とさせる、深い美しさを秘めていた。
婚約者も決まっており、相手はなんと遥か格上の侯爵家。それも長男である。さらに加えて、王都で噂されるほどの美貌の持ち主らしい。田舎貴族のノブルス子爵家にとって、奇跡に等しい縁談であった。
そして二人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ……と、なればよかったのだが。
新婚旅行の当日、マーガレットは何者かに殺されてしまった。
しかし、その数日後、マーガレットは生き返ることになる。
全財産を使い、蘇りの秘薬を購入した人物が現れたのだ。
信頼できる仲間と共に復讐を誓い、マーガレットは王国のさらなる闇に踏み込んでいく。
********
展開遅めですが、最後までお付き合いいただければ、びっくりしてもらえるはず!
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
乙女ゲームに転生するつもりが神々の悪戯で牧場生活ゲームに転生したので満喫することにします
森 湖春
恋愛
長年の夢である世界旅行に出掛けた叔父から、寂れた牧場を譲り受けた少女、イーヴィン。
彼女は畑を耕す最中、うっかり破壊途中の岩に頭を打って倒れた。
そして、彼女は気付くーーここが、『ハーモニーハーベスト』という牧場生活シミュレーションゲームの世界だということを。自分が、転生者だということも。
どうやら、神々の悪戯で転生を失敗したらしい。最近流行りの乙女ゲームの悪役令嬢に転生出来なかったのは残念だけれど、これはこれで悪くない。
近くの村には婿候補がいるし、乙女ゲームと言えなくもない。ならば、楽しもうじゃないか。
婿候補は獣医、大工、異国の王子様。
うっかりしてたら男主人公の嫁候補と婿候補が結婚してしまうのに、女神と妖精のフォローで微妙チートな少女は牧場ライフ満喫中!
同居中の過保護な妖精の目を掻い潜り、果たして彼女は誰を婿にするのか⁈
神々の悪戯から始まる、まったり牧場恋愛物語。
※この作品は『小説家になろう』様にも掲載しています。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
靴を落としたらシンデレラになれるらしい
犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。
突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー)
私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし…
断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して…
関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!?
「私には関係ありませんから!!!」
「私ではありません」
階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。
否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息…
そしてなんとなく気になる年上警備員…
(注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。
読みにくいのでご注意下さい。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる