商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

文字の大きさ
153 / 261
【ラヴァル編】

第4話 食料の出どころと行先 ①

しおりを挟む
 

 レッドルア軍約九万は国境を越え、帝国国内へと逆進を果たしている。
 軍の総数が増えているのは、ヒルデガルド親衛隊と帝国兵站部隊も引き連れているからだ。
 これらの兵は帝国との戦いでは使えないので戦力ではない。
 しかし、直接的な戦闘以外では使えるので、実質的にレッドルア軍の戦力が増していることは確実だった。

「ここが、帝国東南端の州『リューイン』の穀倉地帯となります」
 案内役を務めるネルケが、そう告げる。

 カロスタークは今、その地を見下ろす丘に到着したところだった。
 鎧はつけず、帯剣すらしていない。
 戦装束でもないその風貌は、どう見ても行商人という出で立ちだ。

 馬だけは立派な軍馬で、後ろには完全武装の騎士や兵士が続く。
 場違い感が半端ないのだが、本人は全く気にしていなかった。
 動きやすいのが一番と信じて疑っていないのだ。

「ひどいな」
 カロスタークはそう呟いて首を振った。

「進みます」
 一言告げたネルケを先頭に、再び行軍を開始する。
 左右の光景を観察しながら進んだ。

 小麦畑は全て刈り取られていて、穂を実らせていた面影はない。
 隣接している野菜畑らしきものがあるが、こちらは空だ。
 黒い土だけが広がっている。

 本来黒い土というのは豊な土壌であることを示すものだ。
 肥沃さの表れである。

 だというのに野菜の一欠けらも見当たらない。
 小麦畑にしてもきれいすぎた。
 落ち穂が全くない、藁一本すら見られない。
 穀倉地帯と言うからには、本来豊かな土地なのであろうに畑は空っぽだ。

 その畑を掘り返している農民がいる。
 見える農民たちは瘦せこけ、目は落ち窪んでいる。

 こちらに気が付いたらしい様子はあるのに、動く様子がない。
 もはや、生きることを諦めているように見えた。

 物悲しくなって視線を逸らす。
 それで見えてしまった。

 カロスタークは、死体に気が付かないわけにはいかなかった。
 小麦畑へと向かおうという途中で倒れたものらしい。
 服装からして農民だ。

 カカシなどではなく、紛れもない死体。
 だというのに、カラスすらいない。
 ついばむ肉がないのだ。
 ブンブン飛び回る蠅が、ときおり渦を巻いて立ち上っている。

「愚かすぎる」
 こんな状態にして、本気で戦争に勝つ気があったのだろうか?

 状況は明白だ。
 帝国軍は敵国へ進行する前に自国で挑発という名の略奪を働いたのに違いない。
 畑が空なのは、時期に関わらず作物を全て徴収したからだ。
 農民が痩せこけ、生きる意思を失くしているのは全てを奪われたからだろう。
 カロスタークには信じがたい暴挙である。

 敵国と本国中央との間の土地がこれでは、ほんのわずかな戦況の変化で反乱を誘発しかねない。
 そうなれば、遠征軍は敵国内で孤立。
 各個撃破の餌食になるほかないというのに。

「これはその、我らが進軍中に——」
「収奪しすぎたのだろう?」
 見ればわかる。
 カロスタークの口調は淡泊だ。

 後ろに控えるセザールが、小さく身じろぎした。
 感情の起伏が感じられない時こそ、カロスタークの感情が荒れているときだと知っているからだ。
 危険な兆候である。

「荷物を下ろすとしよう」
 しばらく進んだところで、カロスタークは馬を止めてそう呟いた。

「え?」
 なんの話かと、先を進んでいたネルケが振り返る。
 周囲の者たちも何事かと顔を見合わせた。

「収奪されたすべての農村に対して、荷馬車を送れ。最低でも向こうひと月は飢えないで済むだけの食糧を配るのだ」
 こういった辺境の農村であれば、各村の人口は多くても数百人。
 全軍併せて25万にもなる大軍を数か月支えるだけの物資があれば、十分可能なはずだった。

 現状、レッドルア軍は10万に足りない。
 抱えている兵に対して、物資の量が多いのだ。
 分配は可能。
 元より、この辺りから奪った食料も入っているのだから当然である。

「運ぶのは帝国兵站部隊に任せよう。当然だが、王国軍も同道する。王国軍は誰にでもわかるよう王国の旗を掲げ、王国からの慈愛だと喧伝するように」
「『人心安定策』いえ、ここは『宣撫工作』と言うべきですか」
 小さくため息をついて、ネルケがカロスタークを見上げた。
 その顔に、敬愛の色が滲んだ。

 これらの行動・施策は占領地の治安維持や統治の安定化を目的とする。
 住民の生活環境の改善や、経済的支援を行うというものだ。
 占領地での反発を抑え、協力を得るために重要な役割を果たすことになる。

 誰もが知る策はであるが、実際に行う軍は少ない。
 むしろ皆無といった方が近いだろう。

『民衆へ媚びれば舐められる』。
 そんな発想をする者ばかりだというのに、カロスタークは気負う様子もなく自然にやろうとしている。
 その事実に、感動を覚えていた。

 比較対象が、『あの』ヒルデガルドなのだ。
 感慨もひとしおである。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ
恋愛
ノブルス子爵家の長女マーガレットは、幼い頃から頭の回転が早く、それでいて勉強を怠らない努力家。さらに、まだ少しも磨かれていないサファイアの原石を彷彿とさせる、深い美しさを秘めていた。 婚約者も決まっており、相手はなんと遥か格上の侯爵家。それも長男である。さらに加えて、王都で噂されるほどの美貌の持ち主らしい。田舎貴族のノブルス子爵家にとって、奇跡に等しい縁談であった。 そして二人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ……と、なればよかったのだが。 新婚旅行の当日、マーガレットは何者かに殺されてしまった。 しかし、その数日後、マーガレットは生き返ることになる。 全財産を使い、蘇りの秘薬を購入した人物が現れたのだ。 信頼できる仲間と共に復讐を誓い、マーガレットは王国のさらなる闇に踏み込んでいく。 ******** 展開遅めですが、最後までお付き合いいただければ、びっくりしてもらえるはず!

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

乙女ゲームに転生するつもりが神々の悪戯で牧場生活ゲームに転生したので満喫することにします

森 湖春
恋愛
長年の夢である世界旅行に出掛けた叔父から、寂れた牧場を譲り受けた少女、イーヴィン。 彼女は畑を耕す最中、うっかり破壊途中の岩に頭を打って倒れた。 そして、彼女は気付くーーここが、『ハーモニーハーベスト』という牧場生活シミュレーションゲームの世界だということを。自分が、転生者だということも。 どうやら、神々の悪戯で転生を失敗したらしい。最近流行りの乙女ゲームの悪役令嬢に転生出来なかったのは残念だけれど、これはこれで悪くない。 近くの村には婿候補がいるし、乙女ゲームと言えなくもない。ならば、楽しもうじゃないか。 婿候補は獣医、大工、異国の王子様。 うっかりしてたら男主人公の嫁候補と婿候補が結婚してしまうのに、女神と妖精のフォローで微妙チートな少女は牧場ライフ満喫中! 同居中の過保護な妖精の目を掻い潜り、果たして彼女は誰を婿にするのか⁈ 神々の悪戯から始まる、まったり牧場恋愛物語。 ※この作品は『小説家になろう』様にも掲載しています。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

靴を落としたらシンデレラになれるらしい

犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。 突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー) 私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし… 断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して… 関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!? 「私には関係ありませんから!!!」 「私ではありません」 階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。 否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息… そしてなんとなく気になる年上警備員… (注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。 読みにくいのでご注意下さい。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...