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【レッドルア家の軌跡編】
第10話 日を遮れば影を産む ③
しおりを挟む広い中庭に面した部屋に、公爵がいた。
現国王の叔父ではあるが、現在は無位無官の身だ。
その彼が浮かない顔で庭を眺めている。
予想はできていたことだ。
商人出身の若造が自分と肩を並べる。
それだけでも屈辱的であった。
自分の身内が嫁ぐとしてもだ。
嫁ぎ方からして、異常とは言わないが尋常なものではない。
母娘揃ってなど、許されるか?
断じてあり得ない。
歴史的には散見されることではある。
しかし、認められない。
亡き妻一筋であった公爵には、吐き気を催すような汚らわしいことなのだ。
なのに、それは正式に決まってしまった。
自分が国王なら絶対にさせないことだ。
腹立たしかった。
王国と帝国への新公爵が持つ存在感と影響力は充分に理解している。
今となっては新公爵抜きに帝国との関係は語れない。
だが——。
現国王は「役に立つ」という理由だけでレッドルア商会の小倅を頼り過ぎた。
その結果が、商家出身の成り上がりを許すことになってしまったのだ。
「閣下」
老執事が部屋に入ってきた。
来客を告げる。
公爵は目を見開いた。
王国内にいるはずのない女が来客だった。
帝国の第二皇女エリザベートだ。
亡き妻の従妹の娘である。
最後に会ったのは10年も前、妻の葬儀の時だ。
彼女は当時10歳かそこらだったはずだ。
「ご無沙汰ですな、皇女殿下。このような老骨の下を御身自ら訪ねてこられるとは、望外の喜び。ご連絡いただければ、お迎えに参りましたものを」
「それには及びませんわ。叔父様。ご健勝の御様子、安心いたしました」
皇女殿下は優雅に頭を下げた。
身分という面で言えばほぼ対等な者同士だが、年長者を立てようとしているようだ。
または、何かをねだる気か?
公爵は意味を看破したが、驚きはしなかった。
むしろ、皇女という立場を考えれば好ましい強かさだ。
「噂では、辺境の商人が貴族となり、とうとう公爵を名乗るとか。王国という船はどこへ向かって進んでおりますので?」
その強かな女が、王国の先行きを揶揄した。
「それとも、大きな翼を得て空をも飛ぶようだと感嘆すべきでしょうか?」
そんなはずはあるまい。
突き刺さるように冷たい目がそう言っている。
「羅針盤をもたぬ船の行先は誰も知らず。鳥ならざるものが飛び上がれば落ちるであろう」
抽象的な言葉で現状を憂いた公爵に、皇女は小さく頷いた。
「本日参ったのは、お知恵をお借りするためでございます。王国とっても帝国にとっても、無視できぬものとなった人物の力を削る妙案はないものかと」
皇女が切り出した。
公爵は目を見張って、立ち位置を改めた。
やはり「おねだり」だった。
それも、生半可な「おねだり」ではない。
「それを、無位無官のわしに聞くか。意地が悪いな」
公爵はわざと明るく、大げさに声を高くしておどけて見せた。
「無位無官と申しましても、公爵です。もとより、『もう一つの公爵家』とは牽制し合う存在ではありませぬか?」
痛いところをついてくる。
その通りだ。
反駁し合うとまでは言わないが、互いにけん制し合い突出しすぎないようバランスをとること。
それが、王国における公爵の存在意義で伝統だった。
「是非、殿下のお力になりたいが。無位無官であることに違いはない。どうしたものか——」
公爵が言い出すと——。
「帝国第二皇女の名において、交渉役に叔父様を指名いたします。近いうちに帝都から招待する旨の書簡が国王のところへと届く手はずとなっています」
無位無官ではなくすということだ。
「交渉の中身は、帝国と王国の平和協定についてとなります。現に領地が接している者とでは諍いも起きる。公平な方をというわけです」
領地が隣り合い、なにより一度は剣を交えたレッドルア公爵ではない方がよい。
そうなれば、同じ公爵にして無位無官の人物が交渉役に相応しい。
理屈は通る。
「あとのことは、帝都におります宰相と話し合ってくださいませ」
自分は公爵を立たせるためだけに来た。
皇女はそう言って踵を返した。
長居は無用ということだ。
「ふふ。この老体を、あんな小娘が奮い立たせるか」
皇女が来たことは正しかった。
他の者では自分にここまでの熱情をもたせられない。
亡き妻の面影を持つ娘なればこそ、この胸の高鳴りがある。
使者や手紙では絶対に不可能だ。
「面白い!」
公爵は哄笑を轟かせた。
恐れを知らなかった10代、20代の頃のように。
妻がまだ、横で支えてくれていた頃のように。
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