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(R18)ファタール用改稿版
第19話 予兆
しおりを挟む怪物はよろめき、後退。
反撃する力も残っていない——
だが、終わっていなかった。
怪物は、残された力を振り絞って跳躍する。
狙いは——マルコ。
「わっ!」
怪物の鈎爪がマルコに振り下ろされる——「マルコっ!!」
アモールとシレーネの声が重なった。
その瞬間、二人の身体は、まるで同じ意志に動かされるように走り出していた。
アモールは剣を構え、シレーネは風を切るように駆ける。
互いに言葉はなかった。
けれど、どちらがどう動くか、わかっていた。
マルコが身を翻し、鈎爪を躱す。
その隙を逃さず、アモールが斬りかかる。
怪物の動きが止まった瞬間、シレーネが氷の破片を蹴り上げ、視界を奪う。
一瞬の連携。
それは、訓練された戦士のようなものではなかった。
ただ、互いの存在を信じていたからこそ、できた動きだった。
アモールが斬り込む。
シレーネが横から支える。
言葉はない。でも、心はつながっていた。
(……あの夜、あたしは確かに触れた)
(この人の温もりも、痛みも、迷いも)
(そして今、またこうして——)
シレーネの目が、アモールの背中を追う。
その背中は、もう遠くなかった。
寒さの中でも、確かにそこにある温もりだった。
アモールもまた、斬撃の合間に一瞬だけ振り返る。
シレーネの姿を確認し、わずかに頷く。
それだけで、十分だった。
二人の間には、言葉よりも確かな『何か』があった。
それは、夜の静けさの中で交わされたもの。
そして今、氷の上でもなお、消えずに残っているものだった。
怪物は、マルコを狙った跳躍のあと、アモールの斬撃を受けてよろめいた。
だが、反撃はなかった。
代わりに——
その異形の目が、シレーネを見た。
ほんの一瞬。
けれど、その視線は、まるで彼女の奥底を覗き込むようだった。
(……え?)
シレーネは、動けなかった。
その目に射抜かれた瞬間、身体の奥で何かが揺れた。
怪物は、それ以上何もせず、氷の中へと音もなく潜っていった。
まるで、最初からそこにいなかったかのように。
静寂が戻る。
風が、再び吹き始める。
けれど、シレーネの胸の奥には、冷たい何かが沈んでいた。
それは、恐怖でも怒りでもない。
もっと曖昧で、もっと気味の悪い感覚。
(……あれは、何を“見た”の?)
怪物の視線が、彼女の中の『何か』を確かめたように思えた。
それが何なのかは、わからない。
でも、確かに何かが触れられた。
そして、その瞬間に生まれた感情——それは、嫌悪と、ほんのわずかな『期待』だった。
理由を知りたくない気持ちと、知りたい気持ちが同時に湧いたけれど、あの目に見つめられたとき、どこかで、何かが『応えよう』としていた。
(……なんで、こんな……)
シレーネは、胸元を押さえた。
胸の奥の白い火が、かすかに疼いた。
冷たい風が吹き抜ける中で、その感覚だけが、じんわりと熱を持っていた。
「マルコ、無事か!?」
アモールが駆け寄り、立ち上がろうとするマルコに手を貸す。
その手は、まだ戦いの熱を帯びていた。
「うん、かすっただけだよ」
マルコは笑おうとした。
けれど、その声は少しだけ震えていた。
アモールは、ほっと息をつきかけて——その瞬間、思わず手を離しそうになった。
「マ、マルコ……おまえ……!」
「えっ……あっ……!」
裂けた服の隙間から、わずかに覗いた膨らみかけの小さな胸。
それは、隠していたはずのもの。
誰にも見せるつもりのなかった、もうひとつの『自分』。
「お、おまえ……女だったのか?」
言葉を探すように口を開きかけて、閉じた。
アモールの声は、驚きと戸惑いに満ちていた。
マルコは答えなかった。
うつむいたまま、目を合わせようとしない。
肩が、わずかに震えていた。
それは寒さのせいではなかった。
(……見られた)
胸の奥が、きゅっと縮こまる。
ずっと隠してきた。
女の子として見られるのが怖かった。
弱いと思われるのが嫌だった。 でも——
(……でも、どこかで、気づいてほしかったのかもしれない)
気づかれたくなかった。でも、気づかれたことが、どこかで救いにも思えた
その思いが、さらに胸を締めつける。
怒り、戸惑い、哀しみ。
そして、ほんのわずかな“期待”。
『女の子』として見られることが、こんなにも怖くて、 こんなにも、心を揺らすなんて。
風が再び吹き始めた。
冷たい潮の香りが、三人の間をすり抜けていく。
誰も、言葉を発さなかった。
けれど、氷の道の先に、まだ見ぬ答えがあることだけは、三人とも感じていた。
マルコは、そっと胸元を押さえた。
その手のひらに残る温もりが、今の自分を、少しだけ肯定してくれる気がした。
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