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第5話 プレゼント
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「いやぁ、食べた食べた! こんなに美味しい饅頭をたらふく食べたのは、生まれて初めてです!」
「ふふっ、それは良かったです。新作の饅頭も気に入ってくれましたか?」
「とっても美味しかったです!」
研修期間中の数少ない休日。
ユズハがリアムとリリィの饅頭屋に訪れていた。長椅子に座っているユズハの横には、当たり前のように、彼女の愛刀が立てかけられている。
「代金も安くしておきますね」
「あ、お構いなく。昨日、研修生の私たちにはちょっとした給料が出たんですよ」
研修とはいえ、仕事をしているため、研修生にも少ないが給料が出る。特に欲しいものがなく、その給料の使い道がなかったユズハは、せっかくだからと饅頭屋に足を運んだのだ。
「お兄ちゃんがいなくてごめんなさい。今、饅頭の材料の買い出しに行ってて」
「全くですよっ! この私が貴重な休日を消費して来てあげているのに!」
怒りを露わにしながら、既に大量の饅頭を食べたというのに、ユズハは新たな饅頭にかぶりつく。
今は、饅頭屋にユズハ以外の客はいないため、リリィはユズハに相手をする余裕があった。
「せっかくお兄ちゃんに会いに来ていただいたのに、すみませんでした」
「いえいえ、勘違いしないでください。私はリリィちゃんに会いたかったから来たんです! リアムなんかに会いに来ようとは思いませんとも!」
「私に会いに来てくれたのは嬉しいんですけど、本当ですか? 実はお兄ちゃんに会いに来たとかは?」
「ありえません。なんで私があいつなんかに……」
「じゃあ、ユズハさんは、お兄ちゃんのことが嫌いなんですか?」
「そ、そう聞かれると、困るというか……」
「嫌いなんですか?」
「……まぁ……そのですね……嫌いではないですよ、多分……」
しつこく質問をされ、答えるしかないユズハは声を小さくしながら答えた。
ユズハは思う、自分は今、どんな顔をしているのだろうかと。鏡を見なくても、リリィの表情を見れば分かる。リリィがにやにやしているということは、自分の顔は少し赤くなっているのだろう。
(ああ、私のバカ……これじゃあ、まるでリアムのことが好きみたいな反応じゃないですか)
数秒前の自分を恨みながら、ユズハはこれ以上リリィに勘違いされたくなく、弁明を図ろうとした。しかし、その前にリリィに衝撃の一言を告げられる。
「あのですね、リリィちゃん、私は別にーー」
「ちなみに、お兄ちゃんはユズハさんのことが好きと言ってましたよ」
「……………………へ?」
とても可愛らしい笑顔でこの子は何を言った? 何を暴露した?
リリィの言葉を理解できないユズハは混乱してしまう。
「ユズハさんには喋らないって約束で、前にお兄ちゃんに教えてもらったんですけどね。えへへ、言っちゃいました!」
「いやいやいやいや、え、な、なななにを、い、言っちゃってるんですか、この娘はっ!? そんなの冗談か何か、嘘に決まっているでしょう!!」
「はい、もちろん嘘です」
「…………え?」
言葉が出てこなかった。
リリィに騙された。いや、問題はそこじゃない。
自分は今、どんな顔をしているのだろうか。今度こそ鏡を見たい。いや、見ない方がいいかも。多分、自分の顔はさっきと比べ物にならないほど赤くなっているだろう。理由は分かっている。嘘だったとはいえ、リアムが自分のことを好きだと聞いて……
「ユズハさん、可愛いぃぃ!!」
リリィに抱きつかれる。リリィから見れば、慌てふためく自分はさぞ面白かっただろう。
(なんて恐ろしい子……! まさかおもちゃにされるなんて! リリィちゃんは天使だと思っていたのに! 正体は小悪魔でしたか!)
この数分のやり取りで、ユズハのリリィに対する印象が180度変わった。
ユズハに抱きついていたリリィは、満足したのか離れてユズハと正面で向かい合う。
「ふふっ、ごめんなさいね、ユズハさん。こんな意地悪をしてしまって」
「全くですよ、もう……」
ユズハが不満げに口を尖らせる。だが、これ以上リリィを責めることをしなかった。責めたところで、逆に自分が火傷する結果になりそうで怖かったからだ。これ以上はもう恥ずかしい目にあいたくなかった。
「でも、ユズハさんがお兄ちゃんを少なくとも嫌ってなくて良かったです。お兄ちゃん、あんな性格だから、友達を作るとか味方を作るとか苦手で。誤解されて嫌われることとかよくあったんですよ」
「それは、なんだか分かる気がします」
訓練学校でのリアムを見てきたユズハは、リリィの言っていることが正しいと思い、思わず笑ってしまう。
「お兄ちゃん、私に訓練学校のことを話してくれるんですけど、友達の話題とか少なくて。友達はいるって言うんですけど、それもなんだか強がっているように見えて」
「ふふっ、リアムらしいですね」
「でも、ユズハさんと一緒にいるお兄ちゃんはとても楽しそうでした。家族以外にあんな顔をしているお兄ちゃんを見たことがありません」
「そうなんですか……それは、まぁ、正直に言って嬉しいですね」
「だから、私、ユズハさんにお願いしたいことがあるんです」
「な、なんですか?」
さっき揶揄われたことから少し警戒をしてしまうユズハ。またリリィが何かしてくるのではないかと。
だがユズハの予想とは反対に、リリィは頭を下げて、ユズハに己の願いを述べた。
「ユズハさんはどんなことがあってもお兄ちゃんの味方でいてください」
兄を想っての願い。
そうか、と今までのリリィとのやり取りを理解した。彼女は、兄のことを頼めるかどうか見極めるために、リアムをどう思っているのかを知りたくて、あんな屈辱……訂正、あんな嘘をついたのだろう。
兄弟なんていなかったユズハは、ここまでリリィに想われているリアムを羨ましく思った。リリィがこうまでするのは兄妹だから……いや、少し違う。兄妹というより家族だからと言う方が正しいのだろう。
(家族……か)
もう家族がいないユズハは、暗い顔になってしまう。頭を下げているリリィはそれに気がつかない。
とにかくユズハはリリィに頭を上げてもらおうとしたら、リリィの手が少しだけ震えていることに気がついた。
(そっか……そうですよね……家族が死ぬかもしれないのは怖いですよね……)
自警団でも死人は出る。当然だ、自警団は凶悪な犯罪者を相手にすることが多い職業だから。
そんなリスクは自警団の団員全員が覚悟している。しかし、その家族までもが覚悟をしているとは限らないのだ。自分が遺されてしまうことなど簡単に覚悟できるものではない。
リリィの不安は、家族として至極当然と言える。だから、藁にもすがる思いでユズハに頭を下げているのだ。相棒のユズハだけはリアムのことを守ってくれと。
(そうだ、私が自警団に入ったのは、復讐のためだけじゃない。私みたいな人が、家族を奪われて悲しむ人が、これ以上増えないように。家族を奪われた私だからできることをするって決めたんだ)
リリィを自分と同じ存在にしてはいけない。ユズハはそう決意して、リリィの手を取る。そして、告げるのだ。誠心誠意で己の覚悟を。
「約束します。私はどんなことがあっても、彼の味方でいます」
リリィは思わずユズハの顔を見た。
ユズハの真剣な眼差し。リリィにユズハの言葉が本当かどうか確認する必要などなかった。
「ありがとう、ござい、ます……! 良かったです、ユズハさんみたいな人がお兄ちゃんと知り合いで」
リリィが心から安堵して笑顔になる。
この笑顔を守らなければいけない。そう思いながら、ユズハも彼女に笑いかえすのだった。
そして、次の日。
ユズハがリアムと共に町の見回りをしていた時のこと。
「ユズハ、相談したいことがある」
「はい? なんですか?」
ずっと無言で見回りをするわけじゃない。当然、雑談というものは生じる。今日も当たり前のように雑談をしていたら、リアムが相談を持ちかけてきたのだ。
ユズハが首を傾げる中、リアムは照れ隠しか頰をかきながら相談の内容を話していく。
「一昨日、俺たち給料貰っただろ?」
「ええ貰いましたね」
「その給料でリリィへのプレゼントを買おうと思うんだけど、何を買えばリリィって喜ぶと思う?」
「……。」
「な、なんだよ、その目は?」
「シスコンめ」
「シスコンで何が悪い」
「……はぁ」
昨日は妹が頼んできたと思えば、今日は兄の方が相談をしてきた。
ユズハは思わずため息をついてしまった。
(まったく、シスコンブラコン兄妹め。そんなに私に仲の良さを見せたいんですか)
この兄妹に呆れを抱いてしまう自分は悪くないはず。ユズハはそう思えども、リアムに対して助言をするのだった。
「何かを買ってあげる前に、饅頭屋の仕事を手伝ってあげたらどうです?」
「手伝ってるって。昨日だって材料の買い出しに行ってただろ」
「それじゃあ……リリィちゃんの喜ぶものかぁ。そんなの私より貴方の方が詳しいはずなんですけどね」
「それはそうだけど、やっぱり女の子の意見を聞きたいというか」
「いや、私にそれ聞きます? こんな刀を持ち歩いている私に?」
「……ごめん」
「そこで謝られるのもムカつきますね」
見回りの経路を歩きながら、ユズハは通りがかった店をふと見た。その店は文房具店だった。そして、ユズハが足を止める。
「どうした、ユズハ?」
「新作の饅頭……」
「新作の饅頭? そういや昨日、リリィが作ってたっけ。なんだ、また食いたいのか?」
「違いますよっ! あれです、あれ! あれをプレゼントにしたらどうです?」
「あれって、万年筆をか?」
ユズハが興奮気味に指をさしたのは、文房具屋に置かれている万年筆だった。
「ええ、そうです! リリィちゃんは新作の饅頭を作る時、必ず何かに材料や作り方を書き込んでいるはずです。そんな時に万年筆があれば便利だと思いませんか?」
「って、ユズハさんが言ったんでしょ?」
「おっしゃる通りです……」
ユズハのアドバイスに従って、リリィに万年筆をプレゼントしたリアム。しかし、リリィに、兄が万年筆を買うのを思いつくわけがないと怪しまれ、誰の考えか尋ねられた。
妹へのプレゼントを誰かに相談したことなど知られたくない。兄としてのプライドを守りたかったリアムだが、リリィの激しい追求の末、遂に口を割ってしまったのだ。
(さよなら、俺の兄の威厳……そもそも、そんなのがあったか怪しいけど)
今、リアムはリリィに正座をさせられている。兄の威厳など微塵もない。しかも、プレゼントを貰ったというのに、何故かリリィはぷんすかと怒っている。
「私にプレゼントしてくれたのは嬉しいですけど、私よりもプレゼントする相手がいたでしょ!」
「え? お前以外の誰にあげるんだよ」
「ユズハさんがいるでしょぉぉ!!」
「いてぇ!?」
渾身の叫びと共に、リリィの拳が飛んできた。グーパンである、ビンタではなく。
「なんで俺が! あいつな、んか、に……」
咄嗟に反論したリアムだったが、最後まで言葉を続けることができなかった。
リリィが凄い顔で睨んで迫ってきたからだ。リアムには、リリィの背後に灼熱のオーラがあるように見えた。
「貰った給料をまさか全部使ってないですよね!? もしも残ってなかったら!!」
「残ってる! 残ってるって!! だから、その拳はしまってくれ!!」
「だったら、すぐにそのお金でユズハさんへのプレゼントを買って来て下さい!」
「だから、なんで俺が……」
「早く買ってくる!!」
「は、はい……」
「どうせリリィちゃんがそう言ったんですね?」
「はい、その通りです……」
なんでこんなにすぐにバレるのだろう。
リアムは無性に泣きたくなった。
ユズハは貰った万年筆の入った箱をまじまじと見た後、それをリアムに差し出した。
「そこは、自分が考えたって嘘を貫くべきだとは思いますけどねー。なんだか貰うのも申し訳ないので、自分で使って下さい」
「いや、頼むから受け取ってくれ。相談に乗ってくれたお礼だとでも思って」
「いいんですか? あなたがそこまで言うなら、ありがたく頂きますが……」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「?」
ここでもしユズハから万年筆を返してもらったことがリリィにばれてもしたら、前回と比べ物にならないほど怒られるだろう。何故かそう感じたリアムは、ユズハから万年筆を返してもらうのを拒否する。
リリィへのプレゼントを思いついたことが、こんな思いがけない事態を引き起こし、リアムは思わず溜め息をついた。
(もうプレゼントを他人に相談するのはやめとこう……)
そんなバカなことを考えていたからだろう。リアムは気づくことができなかった。
「…………ふふっ」
万年筆の入った箱を大事そうに抱え、ユズハが頰を綻ばせたことを。
「ふふっ、それは良かったです。新作の饅頭も気に入ってくれましたか?」
「とっても美味しかったです!」
研修期間中の数少ない休日。
ユズハがリアムとリリィの饅頭屋に訪れていた。長椅子に座っているユズハの横には、当たり前のように、彼女の愛刀が立てかけられている。
「代金も安くしておきますね」
「あ、お構いなく。昨日、研修生の私たちにはちょっとした給料が出たんですよ」
研修とはいえ、仕事をしているため、研修生にも少ないが給料が出る。特に欲しいものがなく、その給料の使い道がなかったユズハは、せっかくだからと饅頭屋に足を運んだのだ。
「お兄ちゃんがいなくてごめんなさい。今、饅頭の材料の買い出しに行ってて」
「全くですよっ! この私が貴重な休日を消費して来てあげているのに!」
怒りを露わにしながら、既に大量の饅頭を食べたというのに、ユズハは新たな饅頭にかぶりつく。
今は、饅頭屋にユズハ以外の客はいないため、リリィはユズハに相手をする余裕があった。
「せっかくお兄ちゃんに会いに来ていただいたのに、すみませんでした」
「いえいえ、勘違いしないでください。私はリリィちゃんに会いたかったから来たんです! リアムなんかに会いに来ようとは思いませんとも!」
「私に会いに来てくれたのは嬉しいんですけど、本当ですか? 実はお兄ちゃんに会いに来たとかは?」
「ありえません。なんで私があいつなんかに……」
「じゃあ、ユズハさんは、お兄ちゃんのことが嫌いなんですか?」
「そ、そう聞かれると、困るというか……」
「嫌いなんですか?」
「……まぁ……そのですね……嫌いではないですよ、多分……」
しつこく質問をされ、答えるしかないユズハは声を小さくしながら答えた。
ユズハは思う、自分は今、どんな顔をしているのだろうかと。鏡を見なくても、リリィの表情を見れば分かる。リリィがにやにやしているということは、自分の顔は少し赤くなっているのだろう。
(ああ、私のバカ……これじゃあ、まるでリアムのことが好きみたいな反応じゃないですか)
数秒前の自分を恨みながら、ユズハはこれ以上リリィに勘違いされたくなく、弁明を図ろうとした。しかし、その前にリリィに衝撃の一言を告げられる。
「あのですね、リリィちゃん、私は別にーー」
「ちなみに、お兄ちゃんはユズハさんのことが好きと言ってましたよ」
「……………………へ?」
とても可愛らしい笑顔でこの子は何を言った? 何を暴露した?
リリィの言葉を理解できないユズハは混乱してしまう。
「ユズハさんには喋らないって約束で、前にお兄ちゃんに教えてもらったんですけどね。えへへ、言っちゃいました!」
「いやいやいやいや、え、な、なななにを、い、言っちゃってるんですか、この娘はっ!? そんなの冗談か何か、嘘に決まっているでしょう!!」
「はい、もちろん嘘です」
「…………え?」
言葉が出てこなかった。
リリィに騙された。いや、問題はそこじゃない。
自分は今、どんな顔をしているのだろうか。今度こそ鏡を見たい。いや、見ない方がいいかも。多分、自分の顔はさっきと比べ物にならないほど赤くなっているだろう。理由は分かっている。嘘だったとはいえ、リアムが自分のことを好きだと聞いて……
「ユズハさん、可愛いぃぃ!!」
リリィに抱きつかれる。リリィから見れば、慌てふためく自分はさぞ面白かっただろう。
(なんて恐ろしい子……! まさかおもちゃにされるなんて! リリィちゃんは天使だと思っていたのに! 正体は小悪魔でしたか!)
この数分のやり取りで、ユズハのリリィに対する印象が180度変わった。
ユズハに抱きついていたリリィは、満足したのか離れてユズハと正面で向かい合う。
「ふふっ、ごめんなさいね、ユズハさん。こんな意地悪をしてしまって」
「全くですよ、もう……」
ユズハが不満げに口を尖らせる。だが、これ以上リリィを責めることをしなかった。責めたところで、逆に自分が火傷する結果になりそうで怖かったからだ。これ以上はもう恥ずかしい目にあいたくなかった。
「でも、ユズハさんがお兄ちゃんを少なくとも嫌ってなくて良かったです。お兄ちゃん、あんな性格だから、友達を作るとか味方を作るとか苦手で。誤解されて嫌われることとかよくあったんですよ」
「それは、なんだか分かる気がします」
訓練学校でのリアムを見てきたユズハは、リリィの言っていることが正しいと思い、思わず笑ってしまう。
「お兄ちゃん、私に訓練学校のことを話してくれるんですけど、友達の話題とか少なくて。友達はいるって言うんですけど、それもなんだか強がっているように見えて」
「ふふっ、リアムらしいですね」
「でも、ユズハさんと一緒にいるお兄ちゃんはとても楽しそうでした。家族以外にあんな顔をしているお兄ちゃんを見たことがありません」
「そうなんですか……それは、まぁ、正直に言って嬉しいですね」
「だから、私、ユズハさんにお願いしたいことがあるんです」
「な、なんですか?」
さっき揶揄われたことから少し警戒をしてしまうユズハ。またリリィが何かしてくるのではないかと。
だがユズハの予想とは反対に、リリィは頭を下げて、ユズハに己の願いを述べた。
「ユズハさんはどんなことがあってもお兄ちゃんの味方でいてください」
兄を想っての願い。
そうか、と今までのリリィとのやり取りを理解した。彼女は、兄のことを頼めるかどうか見極めるために、リアムをどう思っているのかを知りたくて、あんな屈辱……訂正、あんな嘘をついたのだろう。
兄弟なんていなかったユズハは、ここまでリリィに想われているリアムを羨ましく思った。リリィがこうまでするのは兄妹だから……いや、少し違う。兄妹というより家族だからと言う方が正しいのだろう。
(家族……か)
もう家族がいないユズハは、暗い顔になってしまう。頭を下げているリリィはそれに気がつかない。
とにかくユズハはリリィに頭を上げてもらおうとしたら、リリィの手が少しだけ震えていることに気がついた。
(そっか……そうですよね……家族が死ぬかもしれないのは怖いですよね……)
自警団でも死人は出る。当然だ、自警団は凶悪な犯罪者を相手にすることが多い職業だから。
そんなリスクは自警団の団員全員が覚悟している。しかし、その家族までもが覚悟をしているとは限らないのだ。自分が遺されてしまうことなど簡単に覚悟できるものではない。
リリィの不安は、家族として至極当然と言える。だから、藁にもすがる思いでユズハに頭を下げているのだ。相棒のユズハだけはリアムのことを守ってくれと。
(そうだ、私が自警団に入ったのは、復讐のためだけじゃない。私みたいな人が、家族を奪われて悲しむ人が、これ以上増えないように。家族を奪われた私だからできることをするって決めたんだ)
リリィを自分と同じ存在にしてはいけない。ユズハはそう決意して、リリィの手を取る。そして、告げるのだ。誠心誠意で己の覚悟を。
「約束します。私はどんなことがあっても、彼の味方でいます」
リリィは思わずユズハの顔を見た。
ユズハの真剣な眼差し。リリィにユズハの言葉が本当かどうか確認する必要などなかった。
「ありがとう、ござい、ます……! 良かったです、ユズハさんみたいな人がお兄ちゃんと知り合いで」
リリィが心から安堵して笑顔になる。
この笑顔を守らなければいけない。そう思いながら、ユズハも彼女に笑いかえすのだった。
そして、次の日。
ユズハがリアムと共に町の見回りをしていた時のこと。
「ユズハ、相談したいことがある」
「はい? なんですか?」
ずっと無言で見回りをするわけじゃない。当然、雑談というものは生じる。今日も当たり前のように雑談をしていたら、リアムが相談を持ちかけてきたのだ。
ユズハが首を傾げる中、リアムは照れ隠しか頰をかきながら相談の内容を話していく。
「一昨日、俺たち給料貰っただろ?」
「ええ貰いましたね」
「その給料でリリィへのプレゼントを買おうと思うんだけど、何を買えばリリィって喜ぶと思う?」
「……。」
「な、なんだよ、その目は?」
「シスコンめ」
「シスコンで何が悪い」
「……はぁ」
昨日は妹が頼んできたと思えば、今日は兄の方が相談をしてきた。
ユズハは思わずため息をついてしまった。
(まったく、シスコンブラコン兄妹め。そんなに私に仲の良さを見せたいんですか)
この兄妹に呆れを抱いてしまう自分は悪くないはず。ユズハはそう思えども、リアムに対して助言をするのだった。
「何かを買ってあげる前に、饅頭屋の仕事を手伝ってあげたらどうです?」
「手伝ってるって。昨日だって材料の買い出しに行ってただろ」
「それじゃあ……リリィちゃんの喜ぶものかぁ。そんなの私より貴方の方が詳しいはずなんですけどね」
「それはそうだけど、やっぱり女の子の意見を聞きたいというか」
「いや、私にそれ聞きます? こんな刀を持ち歩いている私に?」
「……ごめん」
「そこで謝られるのもムカつきますね」
見回りの経路を歩きながら、ユズハは通りがかった店をふと見た。その店は文房具店だった。そして、ユズハが足を止める。
「どうした、ユズハ?」
「新作の饅頭……」
「新作の饅頭? そういや昨日、リリィが作ってたっけ。なんだ、また食いたいのか?」
「違いますよっ! あれです、あれ! あれをプレゼントにしたらどうです?」
「あれって、万年筆をか?」
ユズハが興奮気味に指をさしたのは、文房具屋に置かれている万年筆だった。
「ええ、そうです! リリィちゃんは新作の饅頭を作る時、必ず何かに材料や作り方を書き込んでいるはずです。そんな時に万年筆があれば便利だと思いませんか?」
「って、ユズハさんが言ったんでしょ?」
「おっしゃる通りです……」
ユズハのアドバイスに従って、リリィに万年筆をプレゼントしたリアム。しかし、リリィに、兄が万年筆を買うのを思いつくわけがないと怪しまれ、誰の考えか尋ねられた。
妹へのプレゼントを誰かに相談したことなど知られたくない。兄としてのプライドを守りたかったリアムだが、リリィの激しい追求の末、遂に口を割ってしまったのだ。
(さよなら、俺の兄の威厳……そもそも、そんなのがあったか怪しいけど)
今、リアムはリリィに正座をさせられている。兄の威厳など微塵もない。しかも、プレゼントを貰ったというのに、何故かリリィはぷんすかと怒っている。
「私にプレゼントしてくれたのは嬉しいですけど、私よりもプレゼントする相手がいたでしょ!」
「え? お前以外の誰にあげるんだよ」
「ユズハさんがいるでしょぉぉ!!」
「いてぇ!?」
渾身の叫びと共に、リリィの拳が飛んできた。グーパンである、ビンタではなく。
「なんで俺が! あいつな、んか、に……」
咄嗟に反論したリアムだったが、最後まで言葉を続けることができなかった。
リリィが凄い顔で睨んで迫ってきたからだ。リアムには、リリィの背後に灼熱のオーラがあるように見えた。
「貰った給料をまさか全部使ってないですよね!? もしも残ってなかったら!!」
「残ってる! 残ってるって!! だから、その拳はしまってくれ!!」
「だったら、すぐにそのお金でユズハさんへのプレゼントを買って来て下さい!」
「だから、なんで俺が……」
「早く買ってくる!!」
「は、はい……」
「どうせリリィちゃんがそう言ったんですね?」
「はい、その通りです……」
なんでこんなにすぐにバレるのだろう。
リアムは無性に泣きたくなった。
ユズハは貰った万年筆の入った箱をまじまじと見た後、それをリアムに差し出した。
「そこは、自分が考えたって嘘を貫くべきだとは思いますけどねー。なんだか貰うのも申し訳ないので、自分で使って下さい」
「いや、頼むから受け取ってくれ。相談に乗ってくれたお礼だとでも思って」
「いいんですか? あなたがそこまで言うなら、ありがたく頂きますが……」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「?」
ここでもしユズハから万年筆を返してもらったことがリリィにばれてもしたら、前回と比べ物にならないほど怒られるだろう。何故かそう感じたリアムは、ユズハから万年筆を返してもらうのを拒否する。
リリィへのプレゼントを思いついたことが、こんな思いがけない事態を引き起こし、リアムは思わず溜め息をついた。
(もうプレゼントを他人に相談するのはやめとこう……)
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第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
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