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呪禁
暁僧正 漆
『そなたが勝てば? 』
「そうだなぁ……馬頭観音に封じ、これから向かう東北へ連れて参ろうか」
『東北に参るのか? 』
「高野山へ参る話もあったが気が乗らぬのだ。考えてみれば巡錫し、師の教えを伝えるのが性に合っておる」
『つまらぬ。我は そなたの襟首を掴み、都を引き回そう。四神、大臣らも震え慄くであろう……そなたは、両手を擦り合わせ、泣き咽びながら命乞いをするのじゃ。あぁ、楽しや! 我は、天空を舞い 金堂へ降り立ち、憎々しいその身を切り裂こう。美しき鈍色の袍は 破れ 散り散りとなり、噴き出す鮮血が屋根から滴り落ちれば、東寺を穢すことができる』
快楽に目を細め 喉を鳴らす道鏡が、石を叩きつければ、高坏灯台の灯りが ボッ――、高く上がった。
『あぁ、忘れておった。可愛い愛弟子の姿を空海にも見せてやらねばな。高野山には胴を投げ込もうか? 足は高雄山、腕は羅城門と朱雀門の鬼に与えよう。僧正の血肉ならば大層、あやかりて喰らうことであろう』
聞いているのか? 碁盤を睨む真済は、うんともすんとも言わず。ただ嘲笑う声に パチリ――、静かな跡をつける。
『首は……あぁ、そなたの愛しいあの女に。どのような顔をするか? 悲鳴を上げ卒倒するか? ハ、ハハ! 甘露、甘露。考えるだけで楽しきことじゃ』
「そうか? このような身で良ければ、そなたにやろう」
『負け惜しみか? 』
「そのようなことはない」
『可愛ゆうないな』
「可愛いらしかったら嫌であろう? 」
『まぁ、それはそうだが……つまらぬ。あぁ! そうだ、面白きことを思いついた! ハ、ハハ! 』
膝打ちて、乱暴に碁笥に手を突っ込む道鏡は、大いに笑う。宴でもこんなに笑う者は、いないのではないか?
真済は 胡乱な目を向ける。正直、道鏡がこんなにお喋りとは思わなかった。
「物の怪の分際で愉快な奴よ。ところで、ひとつ残っておるが食わぬのか? 」
『いらぬ』
拒否の声と共に、霞がかる指先から一手が打たれた。
パチリ――
『これでどうだ? 』
石を置く道鏡はニヤリ、裂けんばかりに唇を引き上げると赤黒き目は、禍々しい渦を巻く光を宿し、真済を睨む。
『その身で あの女の元へ参ろうか? 頬をすり寄せ「やはり離れ難き」などと宣えば、どう答えようか? そなたの手で青鈍の衣を肩から滑らせれば、どのようになるのか? 』
「ほう、女院を犯すか? 」
『そなたが、穢れる様を見てみたい』
「ふむ……」
他人事のように相槌を打つ真済は、高坏から最後の椿餅を摘み上げると、唇で葉を咥え「プッ」と吹いた。強く吐かれた息で、ヒラリ、ヒラリ落ちる葉を、赤黒い双眸が追う。
2、3返しながら 冷たい床に沿うた時、道鏡の下げた視線が、のろり上がった。
少々呆れ気味に不心得者を見れば、先程は 一口で平らげたものを今は、味わっているのか? 半分ほど手に残しているではないか。
『……』
「ふまぬ、とひを取り……ん、ん……」
喰む口を押さえ、白湯を煽り飲めば「は」と、苦しげに息をつき、胸を2、3叩いてみせる。
「すまぬ。歳を取り、呑み込みに手間取ることが多くてな? 」
『ふん、残りも喰ろうてしまえ』
「有難い」
そう言いつつ パチリ、手を動かす。
パチリ、パチリ、繰り返される音は、静寂に溶け込んでは消える。幾度返したか? 碁盤の境界が、ハッキリし出した。
「そなた、私が穢れればどうなるかと申したな?」
『申した』
「それは白き光のことか? 」
『左様、我のように消えさるのか……』
「ふむ……! 」
バチ! 真済の指から大きな音が放たれた。それを見た道鏡は 眉を寄せつつ、まじまじと碁盤を眺めると、そっぽを向く顔を覗き込んだ。
『そなた……何をやった? 』
「何のことやら。終いではないか? 」
『……むむ』
「どうした? 数を読むぞ」
『……足りぬ』
「何が? 」
『石が。その方、隠したであろう』
ギリギリと歯を鳴らす道鏡に、真済は失笑を漏らすと、両手をヒラヒラと振ってみせる。
「身ぐるみ剥いでみるか?知っておると思うが、碁笥の中身など皆、数えておらぬからな? 」
『おのれ! 八つ裂きにしてくれる‼︎ 』
ゴゥゥゥーーッ‼︎
突如、地鳴りが轟き、ガタガタと調度が揺れた。
思えば、帝がお隠れになった夜の天変地異同様、道鏡のもたらす災いは、真済にしか降り注がぬ。星降る夜と同じく、これも真済しか感じることの出来ないものだろう――と、落ちる影に目をやれば、それは6尺はあろうかと思える巨大なもので、その頭には そびえ立つ角、バラバラと振り乱す髪までハキと映る。
もはや道鏡の影とは言えぬ、似ても似つかぬソレは、柱にも負けぬ大きな腕を振り上げ、真済の頭上目掛けて叩きつけられようとしていた。
「そうだなぁ……馬頭観音に封じ、これから向かう東北へ連れて参ろうか」
『東北に参るのか? 』
「高野山へ参る話もあったが気が乗らぬのだ。考えてみれば巡錫し、師の教えを伝えるのが性に合っておる」
『つまらぬ。我は そなたの襟首を掴み、都を引き回そう。四神、大臣らも震え慄くであろう……そなたは、両手を擦り合わせ、泣き咽びながら命乞いをするのじゃ。あぁ、楽しや! 我は、天空を舞い 金堂へ降り立ち、憎々しいその身を切り裂こう。美しき鈍色の袍は 破れ 散り散りとなり、噴き出す鮮血が屋根から滴り落ちれば、東寺を穢すことができる』
快楽に目を細め 喉を鳴らす道鏡が、石を叩きつければ、高坏灯台の灯りが ボッ――、高く上がった。
『あぁ、忘れておった。可愛い愛弟子の姿を空海にも見せてやらねばな。高野山には胴を投げ込もうか? 足は高雄山、腕は羅城門と朱雀門の鬼に与えよう。僧正の血肉ならば大層、あやかりて喰らうことであろう』
聞いているのか? 碁盤を睨む真済は、うんともすんとも言わず。ただ嘲笑う声に パチリ――、静かな跡をつける。
『首は……あぁ、そなたの愛しいあの女に。どのような顔をするか? 悲鳴を上げ卒倒するか? ハ、ハハ! 甘露、甘露。考えるだけで楽しきことじゃ』
「そうか? このような身で良ければ、そなたにやろう」
『負け惜しみか? 』
「そのようなことはない」
『可愛ゆうないな』
「可愛いらしかったら嫌であろう? 」
『まぁ、それはそうだが……つまらぬ。あぁ! そうだ、面白きことを思いついた! ハ、ハハ! 』
膝打ちて、乱暴に碁笥に手を突っ込む道鏡は、大いに笑う。宴でもこんなに笑う者は、いないのではないか?
真済は 胡乱な目を向ける。正直、道鏡がこんなにお喋りとは思わなかった。
「物の怪の分際で愉快な奴よ。ところで、ひとつ残っておるが食わぬのか? 」
『いらぬ』
拒否の声と共に、霞がかる指先から一手が打たれた。
パチリ――
『これでどうだ? 』
石を置く道鏡はニヤリ、裂けんばかりに唇を引き上げると赤黒き目は、禍々しい渦を巻く光を宿し、真済を睨む。
『その身で あの女の元へ参ろうか? 頬をすり寄せ「やはり離れ難き」などと宣えば、どう答えようか? そなたの手で青鈍の衣を肩から滑らせれば、どのようになるのか? 』
「ほう、女院を犯すか? 」
『そなたが、穢れる様を見てみたい』
「ふむ……」
他人事のように相槌を打つ真済は、高坏から最後の椿餅を摘み上げると、唇で葉を咥え「プッ」と吹いた。強く吐かれた息で、ヒラリ、ヒラリ落ちる葉を、赤黒い双眸が追う。
2、3返しながら 冷たい床に沿うた時、道鏡の下げた視線が、のろり上がった。
少々呆れ気味に不心得者を見れば、先程は 一口で平らげたものを今は、味わっているのか? 半分ほど手に残しているではないか。
『……』
「ふまぬ、とひを取り……ん、ん……」
喰む口を押さえ、白湯を煽り飲めば「は」と、苦しげに息をつき、胸を2、3叩いてみせる。
「すまぬ。歳を取り、呑み込みに手間取ることが多くてな? 」
『ふん、残りも喰ろうてしまえ』
「有難い」
そう言いつつ パチリ、手を動かす。
パチリ、パチリ、繰り返される音は、静寂に溶け込んでは消える。幾度返したか? 碁盤の境界が、ハッキリし出した。
「そなた、私が穢れればどうなるかと申したな?」
『申した』
「それは白き光のことか? 」
『左様、我のように消えさるのか……』
「ふむ……! 」
バチ! 真済の指から大きな音が放たれた。それを見た道鏡は 眉を寄せつつ、まじまじと碁盤を眺めると、そっぽを向く顔を覗き込んだ。
『そなた……何をやった? 』
「何のことやら。終いではないか? 」
『……むむ』
「どうした? 数を読むぞ」
『……足りぬ』
「何が? 」
『石が。その方、隠したであろう』
ギリギリと歯を鳴らす道鏡に、真済は失笑を漏らすと、両手をヒラヒラと振ってみせる。
「身ぐるみ剥いでみるか?知っておると思うが、碁笥の中身など皆、数えておらぬからな? 」
『おのれ! 八つ裂きにしてくれる‼︎ 』
ゴゥゥゥーーッ‼︎
突如、地鳴りが轟き、ガタガタと調度が揺れた。
思えば、帝がお隠れになった夜の天変地異同様、道鏡のもたらす災いは、真済にしか降り注がぬ。星降る夜と同じく、これも真済しか感じることの出来ないものだろう――と、落ちる影に目をやれば、それは6尺はあろうかと思える巨大なもので、その頭には そびえ立つ角、バラバラと振り乱す髪までハキと映る。
もはや道鏡の影とは言えぬ、似ても似つかぬソレは、柱にも負けぬ大きな腕を振り上げ、真済の頭上目掛けて叩きつけられようとしていた。
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