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ねつこ草
示談提案
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◆◆◆◆
「火遊びか、本気か知りませんが、馬鹿な女に入れ揚げたものです」
門前まで見送りに出た宮津子は、カランカランと、下駄を鳴らす背に呟いた。
振り返る惟前に、苦しさを馴染ませる声は、微かながらも届く。
「それでも……兄にとっては、大切な人だったのでしょう」
「恋とは、厄介なものですね」
「ままならぬのは、間違いありませんね」
身に覚えがあるのか、失笑に似た笑みを溢す。
「ねぇ、惟前さん? 兄は、これからも女を想うのかしら? 居場所を突き止めても、実を結ぶことはないでしょうに……」
「きちんと終わることができれば、時が忘れさせます。何なら気立ての優しい者でもあてがってしまえばいい」
「現実的ですわね、貴方らしい……」
諦めを浮かべた白い顔が、訴えかける眼差しを向けてくることに、痺れるような錯覚を覚え、惟前は目を逸らすことが出来なかった。
翌朝、登庁し清浦と顔を合わせたが、何も尋ねてはこない。
結果を重視する次官にとって、途中経過などどうでも良いのだろう。惟前にとっても好都合だ。
いち早く刃傷沙汰を解決する必要があるのに、一々報告するのは効率が悪い。
侯爵家のスキャンダルは、婿養子候補を躊躇させる威力があるのだから、秘密裏に進める必要もあった。それ故に見つからないだろうと思いつつも、下男に長屋周辺の捜索を申しつけたのだが、軽い気持ちだったソレが思わぬ収穫を得た。
「久我家のお使いが来られていますよ」
弁当を使っていた惟前に、雇員が伝えてきたのは、昼食が終わる頃。
表へ出ると帽子を取り、ペコリと頭を下げた下男が、ヒソヒソと耳打ちする。
「長治は、同じ長屋で匿われていました」
「本当ですか⁉︎ 」
灯台下暗し! 運が良いと喜んだのは、言うまでもない。急ぎ取って返すと着物に替え、省を飛び出した。
大通りから外れた湿っぽい土地に、想像以上のボロ長屋。腐りかけた軒先の長椅子に、これまた想像もしていない人物が腰をかけていた。
「え、いや……何やってるんですか? 清浦閣下」
「たまたま通りかかって、一休み」
嘘に決まっているが、揉めてる場合でもない。
公にしたくない問題に、次官が関わるのは少々困る。そんな考えを見抜いたのだろう。
「口出ししないよ? 恐れ多くも侯爵家の問題だからね、ピュ~♪ 」
「いえ、お帰り下さ……」
甲高い口笛を吹く上官を追い返そうとした時、背後の戸が開く音がした。
「ホラ、来なさった」
清浦の声に振り返ると、家の中から人が出てきた。真っ青な顔をした男と小綺麗な形をした小太りの男が、一斉にこちらを見る。
「おやおや、こちらは侯爵家の書生さんかね? 」
小馬鹿にするように肩をすくめたのは、小太りの男。袴姿の惟前を書生と勘違いしたようだ。
着替えてきて良かったと、心底思う。
司法省まで動いていると知ったら、本当に取り逃してしまうだろう。
「はい、近藤と申します。侯爵様の代弁者として参りました。単刀直入に言います、あまり長引くのは、互いにヨシとしないでしょう? そこで久我家としては、警察に突き出すことはしません……長治さん? 」
「へ、へい! 」
顔を上げたのは小汚い方。
笑顔を浮かべたことから楽観視したようだ。
「――が、このまま放っておくことも出来ません。貴方には、北海道の開拓へ赴いて欲しい」
二人の男は、目を丸くし顔を見合わせた。
清浦に至っては、煙草に火をつける。
「提案はそれだけ。ただ、悪いことばかりではありません。官は、開拓に力を入れております。御一新のあと仙台や、会津といった士族を中心に行い、今では三十万人程。集団移住もあれば、個人もおります。何、身一つで放り出すことはしません。北海道庁には政府の上役からくれぐれも頼むと、言い添えて頂きます。他の移住者達と同じく、旅費、支度金を与えます。住む場所、給与はもちろん、三年間は米や塩菜料などを支給します。その上で、団体の規律のもと開墾、営農に励んで下さい。まあ、大変とは思いますが一生とは言いません」
三本の指を突きだした。
「三年、どうです? 米など支給される間と考えれば、それほど辛くはないでしょう? これに合わせて、口外するべからず。以上」
一方的に語り尽くすと、懐から紙を取り出した。
「今、話した内容が書かれています。北海道が辛いか、監獄がつらいか……簡単でしょう? 逃げようなどと思わぬように。直ぐ様、東京湾に浮かぶことになりますよ」
ハッタリにしても、恐ろしいことを口にするものだが、のうのうと東京で暮らせるなどと、虫の良い考えを持たせるつもりもない。
一切の妥協を許すつもりはなかった。
「火遊びか、本気か知りませんが、馬鹿な女に入れ揚げたものです」
門前まで見送りに出た宮津子は、カランカランと、下駄を鳴らす背に呟いた。
振り返る惟前に、苦しさを馴染ませる声は、微かながらも届く。
「それでも……兄にとっては、大切な人だったのでしょう」
「恋とは、厄介なものですね」
「ままならぬのは、間違いありませんね」
身に覚えがあるのか、失笑に似た笑みを溢す。
「ねぇ、惟前さん? 兄は、これからも女を想うのかしら? 居場所を突き止めても、実を結ぶことはないでしょうに……」
「きちんと終わることができれば、時が忘れさせます。何なら気立ての優しい者でもあてがってしまえばいい」
「現実的ですわね、貴方らしい……」
諦めを浮かべた白い顔が、訴えかける眼差しを向けてくることに、痺れるような錯覚を覚え、惟前は目を逸らすことが出来なかった。
翌朝、登庁し清浦と顔を合わせたが、何も尋ねてはこない。
結果を重視する次官にとって、途中経過などどうでも良いのだろう。惟前にとっても好都合だ。
いち早く刃傷沙汰を解決する必要があるのに、一々報告するのは効率が悪い。
侯爵家のスキャンダルは、婿養子候補を躊躇させる威力があるのだから、秘密裏に進める必要もあった。それ故に見つからないだろうと思いつつも、下男に長屋周辺の捜索を申しつけたのだが、軽い気持ちだったソレが思わぬ収穫を得た。
「久我家のお使いが来られていますよ」
弁当を使っていた惟前に、雇員が伝えてきたのは、昼食が終わる頃。
表へ出ると帽子を取り、ペコリと頭を下げた下男が、ヒソヒソと耳打ちする。
「長治は、同じ長屋で匿われていました」
「本当ですか⁉︎ 」
灯台下暗し! 運が良いと喜んだのは、言うまでもない。急ぎ取って返すと着物に替え、省を飛び出した。
大通りから外れた湿っぽい土地に、想像以上のボロ長屋。腐りかけた軒先の長椅子に、これまた想像もしていない人物が腰をかけていた。
「え、いや……何やってるんですか? 清浦閣下」
「たまたま通りかかって、一休み」
嘘に決まっているが、揉めてる場合でもない。
公にしたくない問題に、次官が関わるのは少々困る。そんな考えを見抜いたのだろう。
「口出ししないよ? 恐れ多くも侯爵家の問題だからね、ピュ~♪ 」
「いえ、お帰り下さ……」
甲高い口笛を吹く上官を追い返そうとした時、背後の戸が開く音がした。
「ホラ、来なさった」
清浦の声に振り返ると、家の中から人が出てきた。真っ青な顔をした男と小綺麗な形をした小太りの男が、一斉にこちらを見る。
「おやおや、こちらは侯爵家の書生さんかね? 」
小馬鹿にするように肩をすくめたのは、小太りの男。袴姿の惟前を書生と勘違いしたようだ。
着替えてきて良かったと、心底思う。
司法省まで動いていると知ったら、本当に取り逃してしまうだろう。
「はい、近藤と申します。侯爵様の代弁者として参りました。単刀直入に言います、あまり長引くのは、互いにヨシとしないでしょう? そこで久我家としては、警察に突き出すことはしません……長治さん? 」
「へ、へい! 」
顔を上げたのは小汚い方。
笑顔を浮かべたことから楽観視したようだ。
「――が、このまま放っておくことも出来ません。貴方には、北海道の開拓へ赴いて欲しい」
二人の男は、目を丸くし顔を見合わせた。
清浦に至っては、煙草に火をつける。
「提案はそれだけ。ただ、悪いことばかりではありません。官は、開拓に力を入れております。御一新のあと仙台や、会津といった士族を中心に行い、今では三十万人程。集団移住もあれば、個人もおります。何、身一つで放り出すことはしません。北海道庁には政府の上役からくれぐれも頼むと、言い添えて頂きます。他の移住者達と同じく、旅費、支度金を与えます。住む場所、給与はもちろん、三年間は米や塩菜料などを支給します。その上で、団体の規律のもと開墾、営農に励んで下さい。まあ、大変とは思いますが一生とは言いません」
三本の指を突きだした。
「三年、どうです? 米など支給される間と考えれば、それほど辛くはないでしょう? これに合わせて、口外するべからず。以上」
一方的に語り尽くすと、懐から紙を取り出した。
「今、話した内容が書かれています。北海道が辛いか、監獄がつらいか……簡単でしょう? 逃げようなどと思わぬように。直ぐ様、東京湾に浮かぶことになりますよ」
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