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ねつこ草
法律第七号
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閉じた瞼の裏に冬の風景が見えた。
乾ききった木の葉が、絨毯のように土を覆う。
『パリパリと鳴る、軽快な音が好きなのに』
朝露で湿った葉に笑う女は、肌を刺す冷たい風に頬を上気させた。
『惟前さん、貴方は簡単に海を渡るのね』
「……」
不意に甦った記憶に、小さく頭を振りつつ、代言人に向き直る。
「……まあ、久我の者が不在で進める話ではありません。仕切り直しは当然として、ひとつ良いですか? 」
「なにかね? 」
「尾山さんのお名前は? 相手方の代言人を知らないとあっては、久我侯爵に叱られてしまいます」
「ああ、尾山喜之介といいます」
「ありがとうございます。私は、近藤惟前と申します」
「ははは! 別に書生の名前なんてどうでもいいよ! 」
豪快に笑う男に、満面の笑みで頷く。
「そうですね、尾山喜之助さん。覚えました」
「大袈裟だな、まあいい。で、仕切り直しはいつにする? 」
「そうですね、どうせ北海道に赴くにしても今は、まだ雪深く旅路は危険です。だからと、夏までは待てません。久我様の意向を確認する必要がありますが、目安として一月後は、どうです? 」
「いいよ、こっちは明日でも、明後日でも」
「それでは前倒しにする場合、長治さんに連絡すればいいですか? 」
「それで結構待っているよ……あ! そうそう」
太く短い指を突きだし、惟前の鼻先でグルグルと円を描きだした。さながら蜻蛉と戯れるように。
「時を稼ぐつもりなら無駄だよ。代言人組合には所属しているがね、いくら久我様のご命令でも、分厚い帳面から私を探し、住みかを押さえる真似なんて、組合もやらないよ」
「そのような真似しませんよ」
「そうかい、それなら良いが。ははは! ま、仲介料は弾んでくれよ! 」
「残念ながら、それはあり得ません。貴方は、長治さんから受け取った端金、そして長治さんは開拓地へ行ってもらいます」
「あとで吠え面かくなよ! 貧乏書生さん! 」
「かくのは貴方ですよ、三百代言さん」
「なに!? 」
「それでは、さようなら」
にこりと笑い、軽やかに手を振るが、当の尾山は、会釈するどころか鼻息荒く背を向け、長治は跡を追いかける。
引き止める気もない惟前の頭にあるのは、次の段階だ。尾山を押さえつけるモノを如何に手にするか――
当てはある。
現在司法省は、猫の手も借りたいほどの忙しさだ。それは、来月公布される法律第七号。
御名御璽と呼ばれる天皇陛下の署名と印が押された公的なものだ。
内閣総理大臣である伊藤博文、司法大臣である山縣有朋の署名まで入る弁護士法。
これにより代言人は消え去り、弁護士という名に変わるのだが、弁護士になれるのは帝大や法科を出た者。
しかし、代言人は期日までに申請し、司法省の許可が下りればなれる。
そう、許可が下りれば――。
背後を振り返る惟前の顔には、ハッキリ書かれていた。
清浦閣下、頼みますよ――と。
それを受け、煙草を浮かせた司法次官は、口笛を鳴らす。
「然るべく」と、言っているように聞こえたのは、気のせいではないと思いたい。
期日は、一月。
モタモタしている場合ではない。特に女――、桔梗の身柄を押さえる必要があった。
どうにもならなくなったら、弁護士資格をチラつかせることも念頭に置く。
裁判は避けたいが、他言無用で済ませたくない、ついでに尾山の案なんて以ての外。
従五位を、あんな目に合わせた輩に金を払うことになったと、どの面下げて侯爵に報告出来るというのか。
しかし、裁判で女が襲われたと発言し、それを夫が撃退したとなったら、酌量の余地があるとなり、逆に光雅は、宗秩寮審議会に掛けられるだろう。
除族の可能性が出てくるとなると、宮津子の縁談にも差し障る。
それは困ると、惟前は頭を抱えた。
乾ききった木の葉が、絨毯のように土を覆う。
『パリパリと鳴る、軽快な音が好きなのに』
朝露で湿った葉に笑う女は、肌を刺す冷たい風に頬を上気させた。
『惟前さん、貴方は簡単に海を渡るのね』
「……」
不意に甦った記憶に、小さく頭を振りつつ、代言人に向き直る。
「……まあ、久我の者が不在で進める話ではありません。仕切り直しは当然として、ひとつ良いですか? 」
「なにかね? 」
「尾山さんのお名前は? 相手方の代言人を知らないとあっては、久我侯爵に叱られてしまいます」
「ああ、尾山喜之介といいます」
「ありがとうございます。私は、近藤惟前と申します」
「ははは! 別に書生の名前なんてどうでもいいよ! 」
豪快に笑う男に、満面の笑みで頷く。
「そうですね、尾山喜之助さん。覚えました」
「大袈裟だな、まあいい。で、仕切り直しはいつにする? 」
「そうですね、どうせ北海道に赴くにしても今は、まだ雪深く旅路は危険です。だからと、夏までは待てません。久我様の意向を確認する必要がありますが、目安として一月後は、どうです? 」
「いいよ、こっちは明日でも、明後日でも」
「それでは前倒しにする場合、長治さんに連絡すればいいですか? 」
「それで結構待っているよ……あ! そうそう」
太く短い指を突きだし、惟前の鼻先でグルグルと円を描きだした。さながら蜻蛉と戯れるように。
「時を稼ぐつもりなら無駄だよ。代言人組合には所属しているがね、いくら久我様のご命令でも、分厚い帳面から私を探し、住みかを押さえる真似なんて、組合もやらないよ」
「そのような真似しませんよ」
「そうかい、それなら良いが。ははは! ま、仲介料は弾んでくれよ! 」
「残念ながら、それはあり得ません。貴方は、長治さんから受け取った端金、そして長治さんは開拓地へ行ってもらいます」
「あとで吠え面かくなよ! 貧乏書生さん! 」
「かくのは貴方ですよ、三百代言さん」
「なに!? 」
「それでは、さようなら」
にこりと笑い、軽やかに手を振るが、当の尾山は、会釈するどころか鼻息荒く背を向け、長治は跡を追いかける。
引き止める気もない惟前の頭にあるのは、次の段階だ。尾山を押さえつけるモノを如何に手にするか――
当てはある。
現在司法省は、猫の手も借りたいほどの忙しさだ。それは、来月公布される法律第七号。
御名御璽と呼ばれる天皇陛下の署名と印が押された公的なものだ。
内閣総理大臣である伊藤博文、司法大臣である山縣有朋の署名まで入る弁護士法。
これにより代言人は消え去り、弁護士という名に変わるのだが、弁護士になれるのは帝大や法科を出た者。
しかし、代言人は期日までに申請し、司法省の許可が下りればなれる。
そう、許可が下りれば――。
背後を振り返る惟前の顔には、ハッキリ書かれていた。
清浦閣下、頼みますよ――と。
それを受け、煙草を浮かせた司法次官は、口笛を鳴らす。
「然るべく」と、言っているように聞こえたのは、気のせいではないと思いたい。
期日は、一月。
モタモタしている場合ではない。特に女――、桔梗の身柄を押さえる必要があった。
どうにもならなくなったら、弁護士資格をチラつかせることも念頭に置く。
裁判は避けたいが、他言無用で済ませたくない、ついでに尾山の案なんて以ての外。
従五位を、あんな目に合わせた輩に金を払うことになったと、どの面下げて侯爵に報告出来るというのか。
しかし、裁判で女が襲われたと発言し、それを夫が撃退したとなったら、酌量の余地があるとなり、逆に光雅は、宗秩寮審議会に掛けられるだろう。
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それは困ると、惟前は頭を抱えた。
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