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ねつこ草
和解案
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その後は、単純な流れだった。
お茶を準備しながら、どうやって断ろうかと悶々と考え込んでいたら、半鐘が落ちるような けたたましい音と、怒鳴り声が耳を劈いた。
飛び上がり見ると、お行儀良く座っていたはずの光雅が、土間に転がり落ち、立てかけてあったクワやらホウキやらが散乱する中、長治が足を振り上げているではないか!
今度は、絹を引き裂く悲鳴が響き渡り、長屋の住民が飛び出して、皆の知るところとなった。
「博打から帰ってきた兄は、酔っておりました。後々聞き及んだ話では、賭場で噂を聞いたらしいのです。私が男に付きまとわれている……と」
「噂を知っていたのは理解できますが、確認もせず、上がり込んでいた男を殴ったのですか? 」
「ええ、酒の勢いでしょう。光雅様の襟首を掴み、土間に引き倒し、殴る蹴る」
「それで光雅君は、抵抗もせず? 」
「抵抗もなにも……突然、引き倒されたんだよ? 成す術もなくやられたよ」
「そうですか。それでは、これからの話をします」
惟前は、この件が裁判になるかもしれないことを伝えた。
「裁判? いいよ、僕は悪くないからね。あんなろくでもない兄なんぞ、刑務所に入ればいいんだ。侯爵家の従五位を殺害しようとしたと、大審院にでもかけてやれ」
鼻を鳴らし事も無げに言うが、身寄りがない紫は「困ります! 」と、叫ぶ。
ろくでもない兄に必死になる形相、目敏い惟前は、一件落着の兆しを見、畳み掛ける。
「紫さん。現実的な話をすれば、このままで終われないのは事実です。裁判になれば久我家が勝ちます。例え、光雅君に乱暴を働かれたと君が虚偽の証言をしてもです。何故? と思われるかもしれませんが、世の中そんなものです」
もしもの時は、尾山の弁護士申請を突っぱねるのだ。弁護人がいない長治に、こちらが手を回した者をつけてしまえば簡単に覆せる。
ろくでもない方法だが、実際に光雅は乱暴をしていない。
「虚偽を申すつもりなどありません。ただ、刑務所は……」
「それでは、折れてくれませんか? 正直に申します。このままでは、互いに良いことはないでしょう。円満な和解が何よりだと理解して頂きたい」
「和解? どのような? 」
「光雅君は、骨接ぎが無事に終われば、ほとぼりが冷めるまで湯治に出ましょう。紫さんは、付き添ってください」
「「え!? 」」
二人の声が揃うが、顔は真逆だ。
ギョッとしている紫に対して、光雅は嬉しそうだ。
「光雅君……妙な関係にならないで下さいよ? 後々揉め事になるような事は、湯治の間は止めてください。紫さん、お詫びだと思ってください。これで長治の無礼は流しましょう。久我家へのゴシップを避ける湯治です。ここに紫さんを伴うことで、乱暴を働いたなどという不名誉な噂は消えるでしょう。ただし光雅君、これ幸いと手を出したり、無理強いをしてはいけません。湯治中は、結婚のけの字も出さないで下さい。これは君への罰です、久我家の跡継ぎ問題は、君の体調次第になるでしょう。戻り次第、職務を全う出来るのか判断することになるでしょうが、それはその時……どうです? 」
どうです? と、尋ねる形だが有無を言わさない言葉の強さだ。案の定、光雅は頷いた。
「紫さん、後々ご結婚する意志が芽生えれば、侯爵に口添えをします。その気がなく芸者に戻るのならば、女将に口添えをします。また、どちらでもなく良き相手と身を固めたいと思われる場合は、その方面で力になります。全て任せてください。だから、今回は条件を飲んでいただきたい」
青アザが残る顔をしかめる光雅は、最後の下りが気に入らなかったのだろうが、紫は間を置きつつも了承した。
お茶を準備しながら、どうやって断ろうかと悶々と考え込んでいたら、半鐘が落ちるような けたたましい音と、怒鳴り声が耳を劈いた。
飛び上がり見ると、お行儀良く座っていたはずの光雅が、土間に転がり落ち、立てかけてあったクワやらホウキやらが散乱する中、長治が足を振り上げているではないか!
今度は、絹を引き裂く悲鳴が響き渡り、長屋の住民が飛び出して、皆の知るところとなった。
「博打から帰ってきた兄は、酔っておりました。後々聞き及んだ話では、賭場で噂を聞いたらしいのです。私が男に付きまとわれている……と」
「噂を知っていたのは理解できますが、確認もせず、上がり込んでいた男を殴ったのですか? 」
「ええ、酒の勢いでしょう。光雅様の襟首を掴み、土間に引き倒し、殴る蹴る」
「それで光雅君は、抵抗もせず? 」
「抵抗もなにも……突然、引き倒されたんだよ? 成す術もなくやられたよ」
「そうですか。それでは、これからの話をします」
惟前は、この件が裁判になるかもしれないことを伝えた。
「裁判? いいよ、僕は悪くないからね。あんなろくでもない兄なんぞ、刑務所に入ればいいんだ。侯爵家の従五位を殺害しようとしたと、大審院にでもかけてやれ」
鼻を鳴らし事も無げに言うが、身寄りがない紫は「困ります! 」と、叫ぶ。
ろくでもない兄に必死になる形相、目敏い惟前は、一件落着の兆しを見、畳み掛ける。
「紫さん。現実的な話をすれば、このままで終われないのは事実です。裁判になれば久我家が勝ちます。例え、光雅君に乱暴を働かれたと君が虚偽の証言をしてもです。何故? と思われるかもしれませんが、世の中そんなものです」
もしもの時は、尾山の弁護士申請を突っぱねるのだ。弁護人がいない長治に、こちらが手を回した者をつけてしまえば簡単に覆せる。
ろくでもない方法だが、実際に光雅は乱暴をしていない。
「虚偽を申すつもりなどありません。ただ、刑務所は……」
「それでは、折れてくれませんか? 正直に申します。このままでは、互いに良いことはないでしょう。円満な和解が何よりだと理解して頂きたい」
「和解? どのような? 」
「光雅君は、骨接ぎが無事に終われば、ほとぼりが冷めるまで湯治に出ましょう。紫さんは、付き添ってください」
「「え!? 」」
二人の声が揃うが、顔は真逆だ。
ギョッとしている紫に対して、光雅は嬉しそうだ。
「光雅君……妙な関係にならないで下さいよ? 後々揉め事になるような事は、湯治の間は止めてください。紫さん、お詫びだと思ってください。これで長治の無礼は流しましょう。久我家へのゴシップを避ける湯治です。ここに紫さんを伴うことで、乱暴を働いたなどという不名誉な噂は消えるでしょう。ただし光雅君、これ幸いと手を出したり、無理強いをしてはいけません。湯治中は、結婚のけの字も出さないで下さい。これは君への罰です、久我家の跡継ぎ問題は、君の体調次第になるでしょう。戻り次第、職務を全う出来るのか判断することになるでしょうが、それはその時……どうです? 」
どうです? と、尋ねる形だが有無を言わさない言葉の強さだ。案の定、光雅は頷いた。
「紫さん、後々ご結婚する意志が芽生えれば、侯爵に口添えをします。その気がなく芸者に戻るのならば、女将に口添えをします。また、どちらでもなく良き相手と身を固めたいと思われる場合は、その方面で力になります。全て任せてください。だから、今回は条件を飲んでいただきたい」
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