37 / 65
神楽坂gimmick
接吻
しおりを挟む
離された唇の代わりに寄せられた頬。
その熱はどちらのものなのか? 惟前には見当が付かなかった。
しかし、早鐘を打つ心臓は、間違いなく自分の胸にある。宮津子の予想だにしない行動の理由は、安堵から来た抱擁か? 世間一般では情愛を示すとされる男女のソレは、誤って触れたものなのか?熱もさることながら、全てが理解出来なかった。
まるで幻夢のような光景を目の当たりにした眼は呆然と身開かれ、栗の巻き毛流れる肩を見つめる。
黙っていても答えは出ない、尋ねるべきだが時もない。そもそも何と声をかけるべきか? 思わぬ事態を引き起こしたのは自身の失態だ。
男の声に驚き、大きく払われようとする薄物を目にすれば、正体を打ち明けるより先にすることが、何であるかは明白である。
悲鳴が上がってしまえば、集まった人々が何を連想するか想像に難くない。
夜這いにしくじった男――
不名誉極まりない称号が浮かんだ途端、蚊帳を払い上げた惟前は、言い方は妙だが半身を起こしかけた宮津子を押し倒すことに成功した。
だが、状況は悪い方へ転がったのかも知れない。もし、そうならば少しでも良い方へ軌道修正する必要がある。
「声を小さく……」
肩に埋もれる首が小さく縦に振られたのを感じると、もう一度声をかける「離れましょう」と。今度は、横に振られた。
「このままでは不味いのです。わかるでしょう? 明日、また伺いますので一端、これで……」
「嬉しいのです! 私、嬉しい」
「嬉しい? 何が? 」
「これがお答えなのでしょう? お返事……」
―― 何のことだ?
返事に窮していると、華やぐ声がヒソヒソと耳を撫でる。幼い頃「惟前さん、あのね……」と、秘密を打ち明けたのに似ているが、絡む腕も柔らかい身体も幼女とは違うし、惟前自身も違う。
灯りがなくて良かった、心底そう思った。
「夕刻、大人げない行動をとり、謝罪しなければと考えておりましたが……まさか、このような思いきったことをされるとは……」
ギュッとしがみつく腕は、まだまだ緩みそうもない。間近で見る瞳は、後を追ってきた少女と変わりなく、キラキラと輝くそれは、星のような煌めきを宿し、動揺を隠す双眸を真っ直ぐに射抜く。
相手が遊女なら絡み合い、倒れ込んでいるだろうが、久我侯爵令嬢相手ならば理性が勝つというもの。グッと唇を引き結ぶ。
「お母様が苦情の電話を差し上げたとか……きっと子爵家ではお怒りでしょう。わかっております、まともに求婚しても、上手く進まないと思われたのでしょう? だから、このような……夜這いなど……」
「!? 」
恥じらい、消え入る声に度肝を抜かれた。
違うと叫びたいが、ここで否定しても話は終わらないだろう。
ふたつ、みつつ、よつつ、と質問攻めにあうはずだ。それは大いに困る!
心臓の高鳴りが別の意味に変わると、自分自身に落ち着くように言い聞かせながら、静かな声を作る。
「宮津子さん、私が浅はかでした。後生ですので今宵は、このままお別れしましょう」
「何故? 」
「よくお考え下さい」
「……わからないわ。でも、どうでも良いでしょう? 」
「いやいやいや、良くないです。本当に考えて! 」
チラリと、乳母が眠る方へ視線を向けた。振り返る視線を追う宮津子は「あ……」と、小さく声を上げると深く頷く。
「そうですわね。閨事をおこなうのに、ばあやがいては……ということですわね?」
「何という破廉恥な……いやいや、ここは説教をしている場合ではないですね。そういう意味ではありませんが、もう どうでもいいです。離れに暫く滞在しますので、今後のことはよく話し合いましょう。とりあえず、明日 帰宅したら、ね? 」
嫌と言われたら、どうしょうか?
そんな考えが過ったが、杞憂のようで恥じらい俯く 白いうなじが、微かに縦に振られた。
そっと部屋を抜け出し、長い廊下を早足で駆ける。足音が響かないのは、母の指導の賜物。
夫人は、神経質なタチで無駄な物音に敏感であった。
その為、口うるさく叱られた足音は、他の者より静かであり、かくれんぼの鬼をやると潜む者を大層、驚かせる。
「夜這いに使えるわね」軽口を叩き、笑った衍子の声が思い起こされたが、誤解の場合どうすればいいのだろうか?
何事にも順序というものがある。
人の夫となるには、それなりの資質も必要と思っている。しかも相手は、久我家の一人娘だ。
今ならもれなく、欲しくもない侯爵家までついてくる。
可愛い――、大切――、こんな感情があるからと、飛び付くほど子供ではない。
だから尚更、狭い蚊帳の中での秘め事は、恐ろしいことのように思えた。
その熱はどちらのものなのか? 惟前には見当が付かなかった。
しかし、早鐘を打つ心臓は、間違いなく自分の胸にある。宮津子の予想だにしない行動の理由は、安堵から来た抱擁か? 世間一般では情愛を示すとされる男女のソレは、誤って触れたものなのか?熱もさることながら、全てが理解出来なかった。
まるで幻夢のような光景を目の当たりにした眼は呆然と身開かれ、栗の巻き毛流れる肩を見つめる。
黙っていても答えは出ない、尋ねるべきだが時もない。そもそも何と声をかけるべきか? 思わぬ事態を引き起こしたのは自身の失態だ。
男の声に驚き、大きく払われようとする薄物を目にすれば、正体を打ち明けるより先にすることが、何であるかは明白である。
悲鳴が上がってしまえば、集まった人々が何を連想するか想像に難くない。
夜這いにしくじった男――
不名誉極まりない称号が浮かんだ途端、蚊帳を払い上げた惟前は、言い方は妙だが半身を起こしかけた宮津子を押し倒すことに成功した。
だが、状況は悪い方へ転がったのかも知れない。もし、そうならば少しでも良い方へ軌道修正する必要がある。
「声を小さく……」
肩に埋もれる首が小さく縦に振られたのを感じると、もう一度声をかける「離れましょう」と。今度は、横に振られた。
「このままでは不味いのです。わかるでしょう? 明日、また伺いますので一端、これで……」
「嬉しいのです! 私、嬉しい」
「嬉しい? 何が? 」
「これがお答えなのでしょう? お返事……」
―― 何のことだ?
返事に窮していると、華やぐ声がヒソヒソと耳を撫でる。幼い頃「惟前さん、あのね……」と、秘密を打ち明けたのに似ているが、絡む腕も柔らかい身体も幼女とは違うし、惟前自身も違う。
灯りがなくて良かった、心底そう思った。
「夕刻、大人げない行動をとり、謝罪しなければと考えておりましたが……まさか、このような思いきったことをされるとは……」
ギュッとしがみつく腕は、まだまだ緩みそうもない。間近で見る瞳は、後を追ってきた少女と変わりなく、キラキラと輝くそれは、星のような煌めきを宿し、動揺を隠す双眸を真っ直ぐに射抜く。
相手が遊女なら絡み合い、倒れ込んでいるだろうが、久我侯爵令嬢相手ならば理性が勝つというもの。グッと唇を引き結ぶ。
「お母様が苦情の電話を差し上げたとか……きっと子爵家ではお怒りでしょう。わかっております、まともに求婚しても、上手く進まないと思われたのでしょう? だから、このような……夜這いなど……」
「!? 」
恥じらい、消え入る声に度肝を抜かれた。
違うと叫びたいが、ここで否定しても話は終わらないだろう。
ふたつ、みつつ、よつつ、と質問攻めにあうはずだ。それは大いに困る!
心臓の高鳴りが別の意味に変わると、自分自身に落ち着くように言い聞かせながら、静かな声を作る。
「宮津子さん、私が浅はかでした。後生ですので今宵は、このままお別れしましょう」
「何故? 」
「よくお考え下さい」
「……わからないわ。でも、どうでも良いでしょう? 」
「いやいやいや、良くないです。本当に考えて! 」
チラリと、乳母が眠る方へ視線を向けた。振り返る視線を追う宮津子は「あ……」と、小さく声を上げると深く頷く。
「そうですわね。閨事をおこなうのに、ばあやがいては……ということですわね?」
「何という破廉恥な……いやいや、ここは説教をしている場合ではないですね。そういう意味ではありませんが、もう どうでもいいです。離れに暫く滞在しますので、今後のことはよく話し合いましょう。とりあえず、明日 帰宅したら、ね? 」
嫌と言われたら、どうしょうか?
そんな考えが過ったが、杞憂のようで恥じらい俯く 白いうなじが、微かに縦に振られた。
そっと部屋を抜け出し、長い廊下を早足で駆ける。足音が響かないのは、母の指導の賜物。
夫人は、神経質なタチで無駄な物音に敏感であった。
その為、口うるさく叱られた足音は、他の者より静かであり、かくれんぼの鬼をやると潜む者を大層、驚かせる。
「夜這いに使えるわね」軽口を叩き、笑った衍子の声が思い起こされたが、誤解の場合どうすればいいのだろうか?
何事にも順序というものがある。
人の夫となるには、それなりの資質も必要と思っている。しかも相手は、久我家の一人娘だ。
今ならもれなく、欲しくもない侯爵家までついてくる。
可愛い――、大切――、こんな感情があるからと、飛び付くほど子供ではない。
だから尚更、狭い蚊帳の中での秘め事は、恐ろしいことのように思えた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
Pomegranate I
Uta Katagi
恋愛
婚約者の彼が突然この世を去った。絶望のどん底にいた詩に届いた彼からの謎のメッセージ。クラウド上に残されたファイルのパスワードと貸金庫の暗証番号のミステリーを解いた後に、詩が手に入れたものは?世代を超えて永遠の愛を誓った彼が遺したこの世界の驚愕の真理とは?詩は本当に彼と再会できるのか?
古代から伝承されたこの世界の秘密が遂に解き明かされる。最新の量子力学という現代科学の視点で古代ミステリーを暴いた長編ラブロマンス。これはもはや、ファンタジーの域を越えた究極の愛の物語。恋愛に憧れ愛の本質に悩み戸惑う人々に真実の愛とは何かを伝える作者渾身の超大作。
*本作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる