カレシテスト

ユカ子

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カレシテスト

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 好きです
  付き合ってください
  もしOKなら
  放課後
  桜の木の下で待ってます


 達筆で書かれたその文字を目にした途端、吉川翠はその手紙をびりびりに破り捨てた。
「絶対、空はやらん!!」
 学校の玄関で声を荒げて怒り狂う兄を、ニコニコ笑顔で、吉川空は見ていた。止める気は更々なく、むしろ、自分に言い寄る輩をこれまで何度も成敗してきた兄に、礼を言う。
「ありがとう、お兄ちゃん。そんなに空の事を想ってくれて、空は幸せ者ね!」
 ツインテールの髪を振り回して、空は翠の腕に手を回すと、翠は嬉しそうに自分の坊主頭を掻いた。
 この兄にしてこの妹ありで、吉川兄妹の仲の良さを知らない者は、ここ御塩高校では、いない。
「とすると、相手は転校生か・・・」
  ぼそりと呟いたのは、彼らの後ろにいた、幼馴染の吉敷千尋だった。ツンツン尖った頭をがりがり掻く仕草は、翠の影響だ。
「だろうな。フン、丁度退屈していた所だ。どこまで空に本気か、試してやるか」
 翠は余裕を見せて、胸を張る。彼の言葉を聞いて、少し不安を覚える千尋だった。なんせ、このシスコンは限度と言うものを知らない。 
  今年四月、入学してすぐに、空は学校中で話題になった。小さな顔にボリュームのあるツインテールが似合っていて、くりくりの大きな目や、つんと高い鼻は人形みたいで、ほっそりとした体に豊かなバストは、アイドルにひけをとらないプロポーションだ。同級生だけでなく、上級生もわざわざ一年生のクラスに見に来る程に噂になったが、まもなく彼らは一掃される事となった。
  空の兄・翠が彼らを許さなかった。上級生だろうが躊躇わず、剣道2段の得意の竹刀を振り回して、空に求愛する男は、残らず潰していったのだ。
 それを空も喜んだ為、空に近づく男が居なくなったのだった。
  美少女・吉川空に手を出す奴は翠に殺される・・・と言うのが、暗黙に知れ渡ったルールである。だから、千尋の推理は当たっている。
  
  
  放課後になって早速、クラブに行く前に準備運動がてら、翠は裏庭の桜の木に向かった。
 山の上にある御塩高校には、校内のあちこちに桜の木が植えられているが、中でも一際大きなしだれ桜が裏庭にある。通常、御塩の生徒が桜の木を指す場合は、このしだれ桜の木だ。
  季節的に、桜は既に散っていて、木には青々とした葉が沢山ついており、風でわさわさ揺れていた。
  そこには誰もいなかった。翠はきょろきょろ、辺りを見回す。裏庭には人気は無く、風が音を立てるばかり。
  翠はチッと舌打ちして、竹刀を肩に乗せる。
「野郎。逃げたか・・・」
 自分の噂を聞いて、怖気づいて現れなかったのだろう。意気地の無い男だと、気がそがれた翠に、上から声が降ってきた。
「あの、もしかして空ちゃんのお兄さんですか?」
 ハッと驚いて翠が上を見上げると、桜の木が大きく揺れたかと思ったら、上から何か大きな物体が落ちてきた。咄嗟に翠はそれを竹刀で弾く。
  竹刀に当たって、大きな袋から飛び出てきたのは、熊のぬいぐるみだった。耳に『DEDDY』と記されたタグがついている。
「これは・・・空が集めているデディ・ベア・・・」
 落ちてきたぬいぐるみを翠が拾い上げると、続いて上から、翠の後ろへ、一人の男子生徒が飛び降りてきた。
  大した音も立てず、軽やかに降り立った彼に、翠が唖然としていると、振り返り、その男子は爽やかな笑顔を向けた。
「俺、三池大一と言います。お兄さんの噂は聞いてます。でも、俺は空ちゃんを諦める気はありません」
 前分けになったブルネットの髪が桜の葉のようにひらひら揺れ、白い歯をむき出しにして笑う好青年の声は、凛としていて、自信に溢れている。
  翠の噂を知って尚、恋文を寄越した挙句、本人を前にして堂々と宣告する辺り、肝が据わっている。どれもこれも気に入らないが、最も不愉快だったのは最初の言葉だ。
「誰が『お兄さん』だ!俺は貴様の兄になんぞ、ならんぞ!!!」
  妹以外が自分の事を『兄』と呼ぶ。それが、翠の怒りを買った。片手でぬいぐるみを持ったまま、翠は竹刀を構えた。
「俺を前にして宣戦布告とは、良い度胸だ!貴様、この竹刀の錆にしてくれる!」
「はぁ?!」
 怒髪天を衝く勢いで竹刀を振り下ろされ、咄嗟に大一はその一刀を避けた。
 メシッと竹刀が地面を叩く嫌な音が、耳に届く。大一はギョッとして、体を強張らせた。
「避けるな!バカタレ!」
「バカはアンタでしょう!当たったら危ないじゃないスか!」
 翠の気迫に負けじと大一が怒鳴り返す。  
「当てる気だったんだ!冗談だとでも思ったか!じっとしてろ!」
 スッともう一度竹刀を振り上げられ、やはりじっとしていられない大一は、降りてくる竹刀を素早くつかんで、押し留めた。
「お兄さん。ちょっと落ち着いて下さいよ!まともに話も出来ないんスか、アンタは!」
「だから、お兄さんと呼ぶなと言ってる!」
 力で押し切ろうとしたが、大一も負けてはいなかった。竹刀を両手でしっかり握ると、大一は竹刀を押し返しながら体を横にずらし、手を上に回してから、サッと竹刀から離れた。
  突然、抵抗がなくなって、竹刀もろとも前のめりに倒れそうになった翠は、足を出して踏み止まる。その姿勢から、ギロリと大一を見上げた。
「貴様・・・。俺の竹刀をかわしたな」
「当たり前でしょう。俺は剣道なんてした事ねぇんだから。マジ、噂通りの強烈な人スね」
 呆れたような、半ば感心しているような声で、大一は言った。その少し余裕のある態度が翠の癇に障る。
  すぐに襲い掛かったのでは、さっきと同じだと、翠が三度目のタイミングを見計らっていると、大一が切り出した。
「えーーと、用件はラブレターに書きましたが、改めて言わせて下さい。どうか、空ちゃんとのお付き合い、許して下さい」
「断る!」
 即答だった。当然だ。その為に、ここに来たのだ。
 噂を知っている大一としても、その答えは予測していた。すぐに頭を上げ、反発する。
「待って下さいよ。アンタは俺の何を知って、拒絶してんスか?もしかしたら、俺が空ちゃんの運命の男かもしれないんスよ」
「運命なんぞ無い。貴様は今時恋文などと言う古めかしい手段に出たばかりか、プレゼントを投げて寄越し、あまつさえ俺の魂の一刀を二度もかわした。よって、断る」
 言いがかりに等しくも、一応翠なりに断る理由が十分にあったのだが、大一はそれで引き下がる男ではなかった。シスコンの兄がいると知っていて告白してきたのだから、覚悟は出来ているようだ。
「そんな理由で諦められません。空ちゃんの口から嫌だって聞くまでは、俺は下がりませんよ。たとえお兄さんがなんと言おうと・・・」
「お兄さんと呼ぶなと言ってるだろうが!」
 ブンッと、勢いをつけて翠は竹刀を振り下ろした。その一刀を、今度は大一はかわさなかった。グッと歯を食いしばり、目を閉じる。
「・・・!」
 ぶつかる寸前、翠は竹刀を止める。大一の鼻すれすれに、剣先がある。
「・・・何故、避けん」
「断る理由が一つ減るから」
 目を開け、ちらりと翠の様子を伺うと、難しい顔をして固まっている翠に、ヘラリと笑いかけた。ハッとなって、翠は大一の鼻を軽く竹刀で小突いた。
「ふざけるな!」
「いてっ」
 鼻を庇って手で押さえ、大一はまたもや言い返す。
「ふざけてません!俺は空ちゃんに、交際を申し込ませてもらうまでは、一歩も引きませんよ」
「そこまで言うなら、テストする!」
 どうあっても引く気もなく、翠に臆せず言い返してくる大一に、とうとう翠も最終手段に出た。
「テスト?なんスか、それ」
「貴様が空に相応しい男かどうか、俺が試してやる!」
 傍から聞けば頓珍漢な話だが、翠は本気だ。
彼の発案が信じ難く、大一は呆れて聞き返す。
「マジで言ってんスか?」
「生まれてこの方、冗談なんぞ言った事はない!」
 それは実社会を生きる上では不便で不都合ではないかと、危うく正論を口にしてしまいそうになったが、なんとか吐かずに留め、大一は翠を睨み返した。気迫で負けてなるものか。
  噂でも、翠が頑固で言い出したら聞かないと、教えてもらっている。これは本気なのだと、大一も判断すると、改めて問うた。
「・・・そのテストとやらに合格したら、空ちゃんとつき合わせてもらえるんですか?」
「うぬぼれるなよ、若造。最後に決めるのは空だ」
 一歳しか離れていないのに、大した言い様だ。この間違った方向に真っ直ぐなせいで、翠に友人が少ないのは言わずもがな、指摘する人物は殆どいない。千尋ぐらいだ。
 テストがどんな内容か分からないが、どちらにしろ、この兄を納得させなければ空にチャンスももらえない。
  大一は決めた。
「分かりました!お兄さんに俺を認めてもらいましょう!」
「お兄さんと呼ぶな!」
 パシンッ!
  竹刀が地面を叩く音が響く。
  かくして、カレシテストは始まった。
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