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6章 「こはねちゃん改造計画」
80話 今日は朝からやらかして、ふて寝してた
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「僕は、男だぞ」
僕は主張する。
「ええ、肉体はともかく精神は男性です」
「僕は、兄だぞ」
「ええ、肉体はともかく精神は兄さんです」
僕は言い張る。
優花が肯定してくれる。
……けども。
「……男らしさって、兄らしさって……なんだろう……」
僕は、カーテンの向こうの青空を見上げる。
数年ぶりの、青空を。
「在り方だと思います」
優花の声で、羽ばたきかけた僕の魂が戻ってくる。
「在り方……」
「ええ」
優花が、なんだか抽象的な話をしている。
なんだか分からなくなってくる。
なんだかふわふわしてくる。
「……知らない人と目を合わせただけで吐いて、投げつけられたコメントでも吐いて、想像しても吐いて、泣いて、漏らしている僕の在り方が?」
「ええ」
精いっぱいの自虐も、それも込みで受け入れてくれると言う。
「コメント欄でも『はかなくてかよわいちいさきいきもの』とか言われてる僕が?」
「みなさんは……保護欲に目覚めただけです」
なんで。
なんで、僕なんかを。
「………………………………」
「………………………………」
ああ。
優花は、優しいんだ。
ただ、僕が数年先に産まれたってだけで、無条件に信頼してくれているんだから。
でも、情けない。
あまりにも、情けない。
「……ふぐっ……情けない……妹に配慮されるだなんて……」
「兄さん……」
僕はめそめそとしている。
一瞬で悲しくなって、目元が熱くなって、口がひん曲がって、すんすんしてくる。
片手でパーカーのポケットのところを、ぎゅっとする。
ああ。
僕は、はかなくてかよわいちいさきいきものなんだ。
「兄らしさ? 男らしさ? ……そんなもの、僕だったものに置いてきたよぉ……ぐす、ひぐっ……」
悲しさでいっぱいになる。
この体は、1回悲しくなるととことんに――泣きつかれるまで永遠に悲しくなるんだ。
「よしよし、嫌な夢でも見たんですか」
「違うぅ……うう゛ぇぇぇーん……」
優花が、優しく抱きしめてくれる。
目元をくしくししながら泣きじゃくっている僕を。
それが、僕は悲しい。
それが、僕は悲しいんだ。
「ぶしっ……ぶしっ……」
「大丈夫ですよ。げ――お医者様も言っていたじゃないですか。あくまで肉体のせい……小さな女の子の肉体と脳のせいで、普段の兄さんが私の何もかもを優しく包み込んでくれる器の大きさが――」
――その瞬間に僕は、「それ」を自覚する。
自覚した時点で制御不可能な――吐くときと同じく、泣くときと同じくに、
「……あ゛――――!!」
「に、兄さ……あっ……」
じわっ――しょわわわ。
「ひっぐ、漏ら、漏らすくらいっ……」
びちゃびちゃ。
ほかほか。
僕は、妹の前で粗相をしている。
兄なのに、男なのに。
「だ、大丈夫です! 今回は私には掛かっていません! 1歩前進です!」
「ごん゛な゛の゛ぉ゛ー……」
股の先、ぱんつ、ふともも、すね、足の甲――指。
もう慣れちゃった、この感覚――あまりにも情けない感覚。
「あ゛――――………………………………」
僕は、優花にすがりつく。
優花のあったかさ。
優花のやわらかさ。
優花のいいにおい。
「……ぁ゛――……」
……それに包まれてると「悲しい」が少しだけ消えるんだ。
「よしよし、よしよし……何があっても、兄さんは私の兄さんですからねー……」
そうして僕は、最近のいつものごとくに泣きやむまであやされ続けた。
◇
「……如月先生の言っていましたように、兄の状況は深刻です」
「ええ……完全に優花さんに依存してしまっていますね。いえ、当面はそれで問題ないと考えますが」
「あ、それは良いといいますか大歓迎といいますか眼福といいますかなので、私の個人的な趣味としては永遠にこのまますがりついていてほしいところなのですけど」
「……気持ちは分かりますが、愛でるのはほどほどにしましょうね……? 彼のメンタルのためにも……」
「共依存……素敵な関係です」
「お勧めはできませんが……」
朝――兄が「こはねさん」になってからの最近のように、小さな体に包まれて目が覚め、まるで恋人のように2人して枕に頭を乗せながら寝起きのピロートークをして。
……そして朝ごはんを食べ、さすがにそろそろ学校へ行かないと受験への影響は――むしろ模試で弱点分野の補強勉強や各科目の確認作業は、捗るどころか兄の世話をするために休んだ1週間をも上回る効率を叩き出している。
それを先生や同級生たちに驚かれ、『大切なお兄様の看病をしながら寝ずに勉強をされていた……!?』と誤解され、否定しようとしても事実として認識されるほどで。
つまり、綾瀬優花は――兄が引きこもって以来、最高のコンディションだった。
「お留守番は大丈夫そうですか?」
「泣きやんで寝てしまいましたので……それでも、何かの刺激で泣き始めるまでは落ち着いているので大丈夫かと」
「なるほど……つまりは作戦前に『こはねさん』として隠れていた状態は、メンタルさえ問題なければ成人男性としての思考と感情は維持できると……」
「ええ。如月先生の予測のとおりだと思います」
女医――如月なつみは、制服を着た優花から聞きとった言葉と考察をパソコンへタイプしていく。
病院の診察室。
放課後にやってきた彼の妹からの、この数日の報告を――彼が聞いたらきっとまた泣きじゃくって吐いてくれて漏らしてくれるはずの大変に貴重な機会を喪失――
「如月先生……」
「失礼しました」
あやうく汚れなき白衣を汚染しかけた鼻血を、すんでのところで栓をして回避する、如月なつみ。
彼女は、顔色と表情を一切変えずに興奮できるという特技を備えていた。
「ご両親との距離は?」
「……完全に。2人の前で……その、粗相をしてしまった1件のせいで、会いたくないと……」
「分かりました。当面は会わせない方向性が良さそうですね。必要があれば私に電話するようにお伝えください」
「ありがとうございます……母はともかく、父が相当に落ち込んでしまっているので……」
「父親は娘を前にしたらぽんこつになる宿命です。放っておきなさい。甘やかすだけ無駄です」
ばっさりと切られた、父。
父親とはかわいそうな存在だ。
本来なら、こはねからの好感度が最も高いはずの父は――もちろん、理由は同性というだけで――性別が反転してしまったせいで好感度が最低へと落ち込んでおり、『直羽にもこはねにも嫌われた……』と「息子である娘」から毛嫌いされたショックで円形脱毛症を引き起こしていた。
「それで、ひよりちゃん先生となら大丈夫なんですよね?」
「あ、はい。明日、勉強しにきてくれると」
「ふむ……」
如月は、しばし考える。
「……今のところ、こはねさんの肉体は『同性』である女性、かつ年下の存在へはストレスを覚えにくいようです」
彼女はマウスを数回操作し……あらたな「作戦」を提示する。
「では、介護班の中から次の人材として――この彼女は、いかがでしょう。ひよりさんとのコミュニケーションが問題ないのを観察してから……ですけれど」
◇
「えー! 良いなぁ良いなぁ、みなみちゃん良いなぁー!」
「ど、どうしよう、はるな……私、まさかいきなり……」
「みなみちゃん以外の子だったら、うっかり呪っちゃうとこだったけど大丈夫大丈夫! 私もサポートするから!」
「……うん、ありがと。なるべく怖がられないようにして、はるなも会わせてもらえるように、がんばる……!」
「こはねちゃんとはVTuber仲間」という、この世界で最も高位の関係性を誇り、しかも「彼」が「彼女」だったために「肉体的な同性」という、少し残念ではあっても――だからこそ距離感を「マイナス」にもできるのを至福とする彼女たちは、子供のようにはしゃぐ。
社会人と高校生――彼女たちは小学生のような気分だった。
「もう少しこはねちゃんの身バレ……女の子だったってのが広まれば」
「コラボ配信……は難しくても、動画なら行けると思ってたけど……」
「リアルで会えるんなら、その方が良いよね」
「うん……しかも、人見知り克服っていう名目で、好きなだけ……」
月見みなみ――標準的な高校生女子のはずだが猫背で丸まり、さらには毛布にくるまる青みがかったの、部屋の主が震える。
「……男の人だったら、私たちの体を堪能してもらいたいって思ってた。でも」
「女の子ってことなら、『友達』としてシェアできる。――『女の子同士の距離感』だもんね」
それに応えるのは、みなみの部屋を訪れている、彼女より頭ひとつぶん背の高い赤髪をポニーテールにまとめた、紅目はるな。
彼女たちは、「彼だと思っていた彼女」を夢想する。
「……私が、今、ここで息をしてどきどきしていられる意味」
「私が、VTuberとしてがんばってきた――魅力的な女になった意味」
「「早く――あのときのおかえしを、して差し上げたいから」」
僕は主張する。
「ええ、肉体はともかく精神は男性です」
「僕は、兄だぞ」
「ええ、肉体はともかく精神は兄さんです」
僕は言い張る。
優花が肯定してくれる。
……けども。
「……男らしさって、兄らしさって……なんだろう……」
僕は、カーテンの向こうの青空を見上げる。
数年ぶりの、青空を。
「在り方だと思います」
優花の声で、羽ばたきかけた僕の魂が戻ってくる。
「在り方……」
「ええ」
優花が、なんだか抽象的な話をしている。
なんだか分からなくなってくる。
なんだかふわふわしてくる。
「……知らない人と目を合わせただけで吐いて、投げつけられたコメントでも吐いて、想像しても吐いて、泣いて、漏らしている僕の在り方が?」
「ええ」
精いっぱいの自虐も、それも込みで受け入れてくれると言う。
「コメント欄でも『はかなくてかよわいちいさきいきもの』とか言われてる僕が?」
「みなさんは……保護欲に目覚めただけです」
なんで。
なんで、僕なんかを。
「………………………………」
「………………………………」
ああ。
優花は、優しいんだ。
ただ、僕が数年先に産まれたってだけで、無条件に信頼してくれているんだから。
でも、情けない。
あまりにも、情けない。
「……ふぐっ……情けない……妹に配慮されるだなんて……」
「兄さん……」
僕はめそめそとしている。
一瞬で悲しくなって、目元が熱くなって、口がひん曲がって、すんすんしてくる。
片手でパーカーのポケットのところを、ぎゅっとする。
ああ。
僕は、はかなくてかよわいちいさきいきものなんだ。
「兄らしさ? 男らしさ? ……そんなもの、僕だったものに置いてきたよぉ……ぐす、ひぐっ……」
悲しさでいっぱいになる。
この体は、1回悲しくなるととことんに――泣きつかれるまで永遠に悲しくなるんだ。
「よしよし、嫌な夢でも見たんですか」
「違うぅ……うう゛ぇぇぇーん……」
優花が、優しく抱きしめてくれる。
目元をくしくししながら泣きじゃくっている僕を。
それが、僕は悲しい。
それが、僕は悲しいんだ。
「ぶしっ……ぶしっ……」
「大丈夫ですよ。げ――お医者様も言っていたじゃないですか。あくまで肉体のせい……小さな女の子の肉体と脳のせいで、普段の兄さんが私の何もかもを優しく包み込んでくれる器の大きさが――」
――その瞬間に僕は、「それ」を自覚する。
自覚した時点で制御不可能な――吐くときと同じく、泣くときと同じくに、
「……あ゛――――!!」
「に、兄さ……あっ……」
じわっ――しょわわわ。
「ひっぐ、漏ら、漏らすくらいっ……」
びちゃびちゃ。
ほかほか。
僕は、妹の前で粗相をしている。
兄なのに、男なのに。
「だ、大丈夫です! 今回は私には掛かっていません! 1歩前進です!」
「ごん゛な゛の゛ぉ゛ー……」
股の先、ぱんつ、ふともも、すね、足の甲――指。
もう慣れちゃった、この感覚――あまりにも情けない感覚。
「あ゛――――………………………………」
僕は、優花にすがりつく。
優花のあったかさ。
優花のやわらかさ。
優花のいいにおい。
「……ぁ゛――……」
……それに包まれてると「悲しい」が少しだけ消えるんだ。
「よしよし、よしよし……何があっても、兄さんは私の兄さんですからねー……」
そうして僕は、最近のいつものごとくに泣きやむまであやされ続けた。
◇
「……如月先生の言っていましたように、兄の状況は深刻です」
「ええ……完全に優花さんに依存してしまっていますね。いえ、当面はそれで問題ないと考えますが」
「あ、それは良いといいますか大歓迎といいますか眼福といいますかなので、私の個人的な趣味としては永遠にこのまますがりついていてほしいところなのですけど」
「……気持ちは分かりますが、愛でるのはほどほどにしましょうね……? 彼のメンタルのためにも……」
「共依存……素敵な関係です」
「お勧めはできませんが……」
朝――兄が「こはねさん」になってからの最近のように、小さな体に包まれて目が覚め、まるで恋人のように2人して枕に頭を乗せながら寝起きのピロートークをして。
……そして朝ごはんを食べ、さすがにそろそろ学校へ行かないと受験への影響は――むしろ模試で弱点分野の補強勉強や各科目の確認作業は、捗るどころか兄の世話をするために休んだ1週間をも上回る効率を叩き出している。
それを先生や同級生たちに驚かれ、『大切なお兄様の看病をしながら寝ずに勉強をされていた……!?』と誤解され、否定しようとしても事実として認識されるほどで。
つまり、綾瀬優花は――兄が引きこもって以来、最高のコンディションだった。
「お留守番は大丈夫そうですか?」
「泣きやんで寝てしまいましたので……それでも、何かの刺激で泣き始めるまでは落ち着いているので大丈夫かと」
「なるほど……つまりは作戦前に『こはねさん』として隠れていた状態は、メンタルさえ問題なければ成人男性としての思考と感情は維持できると……」
「ええ。如月先生の予測のとおりだと思います」
女医――如月なつみは、制服を着た優花から聞きとった言葉と考察をパソコンへタイプしていく。
病院の診察室。
放課後にやってきた彼の妹からの、この数日の報告を――彼が聞いたらきっとまた泣きじゃくって吐いてくれて漏らしてくれるはずの大変に貴重な機会を喪失――
「如月先生……」
「失礼しました」
あやうく汚れなき白衣を汚染しかけた鼻血を、すんでのところで栓をして回避する、如月なつみ。
彼女は、顔色と表情を一切変えずに興奮できるという特技を備えていた。
「ご両親との距離は?」
「……完全に。2人の前で……その、粗相をしてしまった1件のせいで、会いたくないと……」
「分かりました。当面は会わせない方向性が良さそうですね。必要があれば私に電話するようにお伝えください」
「ありがとうございます……母はともかく、父が相当に落ち込んでしまっているので……」
「父親は娘を前にしたらぽんこつになる宿命です。放っておきなさい。甘やかすだけ無駄です」
ばっさりと切られた、父。
父親とはかわいそうな存在だ。
本来なら、こはねからの好感度が最も高いはずの父は――もちろん、理由は同性というだけで――性別が反転してしまったせいで好感度が最低へと落ち込んでおり、『直羽にもこはねにも嫌われた……』と「息子である娘」から毛嫌いされたショックで円形脱毛症を引き起こしていた。
「それで、ひよりちゃん先生となら大丈夫なんですよね?」
「あ、はい。明日、勉強しにきてくれると」
「ふむ……」
如月は、しばし考える。
「……今のところ、こはねさんの肉体は『同性』である女性、かつ年下の存在へはストレスを覚えにくいようです」
彼女はマウスを数回操作し……あらたな「作戦」を提示する。
「では、介護班の中から次の人材として――この彼女は、いかがでしょう。ひよりさんとのコミュニケーションが問題ないのを観察してから……ですけれど」
◇
「えー! 良いなぁ良いなぁ、みなみちゃん良いなぁー!」
「ど、どうしよう、はるな……私、まさかいきなり……」
「みなみちゃん以外の子だったら、うっかり呪っちゃうとこだったけど大丈夫大丈夫! 私もサポートするから!」
「……うん、ありがと。なるべく怖がられないようにして、はるなも会わせてもらえるように、がんばる……!」
「こはねちゃんとはVTuber仲間」という、この世界で最も高位の関係性を誇り、しかも「彼」が「彼女」だったために「肉体的な同性」という、少し残念ではあっても――だからこそ距離感を「マイナス」にもできるのを至福とする彼女たちは、子供のようにはしゃぐ。
社会人と高校生――彼女たちは小学生のような気分だった。
「もう少しこはねちゃんの身バレ……女の子だったってのが広まれば」
「コラボ配信……は難しくても、動画なら行けると思ってたけど……」
「リアルで会えるんなら、その方が良いよね」
「うん……しかも、人見知り克服っていう名目で、好きなだけ……」
月見みなみ――標準的な高校生女子のはずだが猫背で丸まり、さらには毛布にくるまる青みがかったの、部屋の主が震える。
「……男の人だったら、私たちの体を堪能してもらいたいって思ってた。でも」
「女の子ってことなら、『友達』としてシェアできる。――『女の子同士の距離感』だもんね」
それに応えるのは、みなみの部屋を訪れている、彼女より頭ひとつぶん背の高い赤髪をポニーテールにまとめた、紅目はるな。
彼女たちは、「彼だと思っていた彼女」を夢想する。
「……私が、今、ここで息をしてどきどきしていられる意味」
「私が、VTuberとしてがんばってきた――魅力的な女になった意味」
「「早く――あのときのおかえしを、して差し上げたいから」」
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