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36話 失敗に気がつく前の、幸せだった最後の眠りからの寝起き
しおりを挟むリラが。
リラという……かつて自分が助け出し、それからすぐに自分の世話をするようになり――今ではすべてを任せてしまっている、小さな小さな少女が。
自分を慕ってくれているのが分かって、こそばゆい、その子が――ジュリーのことばかりを考えていて。
それに、生活のすべてを捧げ続けている。
生命の、すべてを……捧げ、続けている。
まるで、……シルヴィーが冗談で言ったように、ジュリーに恋しているかのように。
恋する乙女のように。
その恋の炎で身を焦がしてしまうかのように。
その事実に、ジュリーは思わずに涙ぐみながら、口にし。
「……ですが。 なぜ、そこまでしてくれているのに、倒れるほど。 それではまるで」
「――――――ええ。 自分の。 リラ自身の幸せなんて、まるで考えていない――そう、感じるわよね。 それは多分、当たっているわ」
シルヴィーは天井を見るともなしに見上げ、調べた「事実」を……辛そうに伝える。
「この子は、……うん、ちゃんと寝ているわね。 なら、……家族をみんな失って、その上であんなことでしょう? だから、疫病神だとか、悪魔だとか、天罰だとか……そんな陰口を。 いえ、時にはもっとひどいことを、直接に言われたりしていたらしいの。 だって、あの一連の事件は、元々流行っていた疫病と合わさってあまりに有名すぎたから。 そして、ひとりジュリーっていう公爵令嬢直々に救われて、しかも引き取ってもらうだなんて……お伽話にありそうな、人に羨ましがられる境遇になって。 だから、……あなたの家に引き取られてからもしばらくは、あることないことを言われていたらしいの。 ……それはもう、根も葉もない。 ほんっと、聞いているだけで嫌な気持ちになってくるようなものを、ね」
「そんなこと、リラはひと言もっ」
「言うはずがないでしょう、この子が。 あなたを好きすぎる、この子が」
「…………………………あっ……」
「……でも。 この子はそれでも。 いえ、あなたに救われた、ただそれだけを頼りにして、なんとか切り抜けているの。 ……そう、口数は少ないしなんかちょっとヘンな言い回しすることもあるし、何でもそつなくこなしているけれど。 でも、心の底では……あなた以外のことは、何も、誰も、気に留めないようにしているんじゃないかしら。 そうよ、私のことだって、あくまであなたの友人というくくりで接しているだけかもしれないのだもの。 ――この子はきっと。 ほんとうに信頼しているのは……できるのは、ジュリー、あなたしかいないの。 だから、何が何でもあなたの生活を支えるためにって、ずっと側にいて」
☆
あー。
なんか……こー、やーな感じな視線とかひそひそ声とか、そーゆーのが僕に向いてるなぁ。
陰口っての、いざ自分が言われてみると、いくら僕でもやっぱやーな気分になるなぁ……。
はー、やだねぇ、人の暗ーい感情ってのは。
ま、僕は平気だけど。
誰かひとりにやーなものをみーんな押し付けたがるのって、人の悲しい性だって知ってるしな。
むしろ、お金儲けで楽しくなっているときにいろいろ言われてたのと方向性がちがうもんだから、興味深いなーって思うことすらあるし。
いわゆる人間観察ってやつを楽しんでるくらいだし?
………………………………。
……こーゆー感想が出てくる時点で、やっぱ僕の前世はただの妄想じゃないってことで。
そのおかげでこうなっているんだし、そのせいでこうなっているんだけども。
けどまー、そーなるわなぁ……あんだけの被害が出たのに、僕だけがいちばんにいい環境に救われてるんだから。
なにさ、中堅の商家な平民の末娘から一気に公爵令嬢(偽)へって感じに、って感じ。
だけど。
……そーゆーの、ガワがどー見てもひとけたな、か弱いこどもに言っていいことじゃないだろーにさー、もー。
僕の中身はぜんっぜんちがうからどーでもいいけどさー。
それよりも、……ジュリーさまの宝石みたいなお目々ジュリーさまのお顔ジュリーさまのさらさら香しい金色に輝くお髪の毛ジュリーさまのうなじジュリーさまの鎖骨ジュリーさまのつつましやかなお胸ジュリーさまのほっそいお腰ジュリーさまのきゅっとしてかわいらしいおへそジュリーさまのふとももジュリーさまの…………………………うへ、うへ、うへへへへへ……。
☆
「……だからこそ。 あなたがアルベール王子のところへ行ったら必ずあるでしょう、いろいろな足の引っ張り合い……絶対にあるでしょうそれ。 その、必ず……いい的、になるでしょうリラ自身を、知り合いの……遠い南方の家に身を寄せることで。 この子自身を、あなたから離すことで、あなたが嫌な目に遭わないようにって――」
☆
え。
……ジュリーさまのお母さま、なんちゅーことを。
なんで元平民な僕、しかもやーな評判つきでちんちくりんな僕ごときに、そーんなすんごいお相手用意してるの。
ええ……、お相手もまた公爵さまとか。
しかも10歳そこらで、つまりはショタっ子(2人目)か、40代のおっさん(2人目)の2択って……、えぇ……。
………………………………。
やはり運命からは逃れられぬってこと?
いやいや。
これは単純に、政治的なあれやこれやといろんなあれやこれやが合っていたからに過ぎない。
そう信じたい。
まずもってさ?
……最低限、年が近いのにしてよ。
んで、そんでさ?
…………僕は、かわいいかわいい女の子が好きなんだ。
つまりは僕は男だから女の子お相手じゃなきゃ……あそっか他の人から見たらって、ああもーややこしい。
だから、なにが悲しくて僕から見てむっちゃ年下のショタっ子かむっちゃ年上のおっさんの元に嫁がねばならぬのか。
解せぬ。
いや、前世含めたらおっさんの方が歳が近かったりするのか?
………………………………。
やはり、タイミングを見計らってお暇せねばならないようだ。
貞操の危機アゲイン……それがやだからがんばっているんだもん。
今の僕には、財産と権力がある。
何が何でも切り抜けねばならないんだ。
☆
所は変わり、ここはリラに与えられた部屋。
ぐうすかとふかふかなベッドで眠りふけっている「健気でかわいそうな幸薄の少女」リラの寝ている側で、ゆらゆらと揺れるろうそくの下で話し込んでいた公爵令嬢たちは、最後の会話をしていた。
公爵夫妻とジュリーが次々に用意してくるファンシーな内装や人形などが散りばめられ……しかし、リラ自身が持ち込んだものはほとんどなく、あったとしても実用的かつ最小限のものばかりの、その部屋で。
ふたりは、この夜……いや、夜明けの、最後の会話をしていた。
「………………………………で。 これを聞いて知っちゃったジュリー、あなたはどうするのかしら?」
「………………、シル、ヴィ――……」
「……少なくとも、私が知っているあなたは、そこらの知り合いの人たちよりも、ずっとたくましいわ。 もちろんそれが、リラのおかげだってことは知ってる。 あと、あくまでも、リラのおかげで病気がある程度よくなってから……枷が外れた状態のあなたと知り知ったってことも」
「………………………………………………………………」
問われ、考え、………………………………ふと、ぎゅっと、無意識に指を握ってきた、その小さな手で握ってきた、リラという健気な少女を見やるジュリー。
その瞳は、しばらく揺れていた。
けれども、そのかわいらしい寝顔と幼い容姿を見つめ続けているうちに、そこには光が宿り。
「……リラ。 誰も信用できない……だからこそ、ぜんぶを自分だけでやろうとして、こんなことになっていて。 このちっちゃい体に不釣り合いな、重すぎるものを抱え込んで。 私のことしか、考えていなくて。 ……そうなのですね、リラ。 ……この子、は………………………………」
しゅる、とリラのふわふわとした栗色の髪の毛を梳くと、ジュリーはシルヴィーと……その答えを待っていたかのような、真剣な瞳と自身のそれとを合わせる。
「………………………………あの、シルヴィー」
「なあに?」
「私は、……………………これから、変わりたいので、……変わり、たいの。 そのために、あなたにも頼みたいことが――――――――――――――――」
☆
すぴすぴ、と僕の鼻から音が聞こえて目が覚めた。
……寝起きって、やけに鼻息荒いときあるよなぁ。
なんでだろ?
ネットがあれば調べたり見知らぬ誰かに聞けたりするけど、ここは遠い異郷、そんなものはない。
…………こういうときこそ、現代な前世が恋しくなるんだ。
ああ、情報と知識がほぼ無限にほぼタダで手に入った、あの世界が。
………………………………。
「すぴ」
……と、いけないいけない。
つい、で二度寝するとこだった。
僕にしては珍しいことに。
僕、朝も夜も強いからなぁ……だからこそこんな体なんだろーけど。
………………………………。
ん?
目をぱちぱち。
……ピンクーな天蓋ってやつが、僕の真ん前にある。
体を起こすと、なぜだか知らないけど僕の周りに人形さんたちが並べられて……監視されているみたいに囲まれている。
恐い。
え、なんで?
恐くない?
ジュリーさまが朝早く起きられるはずがないから、ジュリーさまのお母さまのいたずら?
それともメイドさんたち?
いずれにしても、嬉しいことではあるけど、でも。
やっぱ……あれー?
なんで僕、僕のお部屋のベッドで寝てるんだろ?
お手紙書き終わって、そんで戻って来てたっけ?
………………………………………………………………。
やっぱ、ぜんっぜん覚えてない。
そんだけ遅くまでやってたんだろうか?
けど、どこまでやったか確かめないと……なーんかもやもやする。
あとで確かめに行かないとな。
覚えてないほどに眠くなるまでやってたとしたら、ミスとかあるかもだし、しっかり確認しとかないとだなぁ。
と、気がついた。
そうだった。
僕、昨日はお嬢さまたちのお出かけにお付き合いさせてもらったから、体力尽きてばたんきゅーしちゃったのか。
そっか、どーりで。
きっと、力尽きそうだってぼっーってした意識で、半分無意識ではるばるここまでのたのた帰って来てもそもそとベッドに潜り込んだんだ。
いや、きっとメイドさんにだっこってせがんで運んできてもらったに違いない。
くそう。
なんてもったいないことを。
僕はどうしてそのふかふかな感触を覚えていないんだ。
あー。
……あ。
ろうそく、消し忘れてないだろうか。
これで火事になんてなったらシャレにならないし、なにより僕のトラウマを刺激しちゃってやばいことにもなるし、早く確認しとかないとなー。
そんなことを考えながらベッドからのそりぽたりと下りると……漏れ出ていた光で何となく分かっちゃってたけど、カーテン開けてはっきり分かる。
朝だ。
限りなく明るい光が外から降ってきている。
………………………………お寝坊だ。
それも、特大の。
やばい。
お日さまが、すっかり昇っている。
ジュリーさまとシルヴィーさまのサンドイッチどころか、そもそもひとりでぐっすりのうえにすっぽかし。
……おふたりがお寝坊していい時間を過ぎちゃってたらメイドさんたちが僕がすべきだったジュリーさまとああもしかしたらシルヴィーさまだってご気分次第で剥いていいよって言ってくれたかもしれない桃源郷が遠のいてしまう。
寝起きのかわいらしい姿も見られない、お着替えも……予約していたシルヴィーさまの分もできないとあっては、今日の僕の活力に多大な影響を及ぼすだろう。
………………………………急がねば。
僕は、お嬢さまたちをはだかにさせて差し上げないといけないんだから。
そういう約束だったんだもん、絶対にしないといけないんだ。
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