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41話 僕の知らない、もうひとつの結末 その2(終)
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シルヴィーによって……彼女の的確な推測によって、ジュリーに対し、リラが――女性「も」好きな少女だという可能性が、もたらされた。
実は一部間違いがあるのだが、おおむね正しいことだから問題が無いとして……そのことによってジュリーの頭の中は、日も昇る前の朝に叩き起こされてから幾度となく引っかき回された彼女の意識は……さらなる混乱の嵐の中にあった。
「え、……………………リラ、が。 え、うそ、冗談でしょう、シルヴィー」
「ほんとうよ。 だって、そうじゃない? リラは、あなたも良く知っているとおりに飛び抜けて頭が良い子。 そして、あなたのように箱入りではなく、私たちふつうの令嬢……よりも、ずっと広い世界を知っているのだもの。 あの子のお父さま……育ての、ね?……に付き添って、他国へも何度も出かけていたのだもの。 酒の席にもかわいいお人形として、いつもいたそうだから……そういう方面についても、最低でも人並みには知っているはずだもの。 あれだけちっちゃくったっても、ね」
ぎゅ、と……自分では気がつかずに、無意識で抱き合っているままのシルヴィーを余計に抱きしめてしまうジュリー。
だが、その行為自体も……今話していた内容のせいで、なんだかいかがわしいもののように感じられてしまって、思わずでぐい、と体を離してしまう。
「あら、残念。 ジュリーもまた抱き心地がいいのに」
「ですから、そのような冗談はっ」
「今のも、さっきのも冗談なんかじゃないわー。 うふふ……あ、で、話戻すと、どう見ても行き過ぎているもの、あの子の献身というものは。 ふつうは、いくら侍女だからと言って、着替えの際に毎回下着まではその手で取ったりはしないわ。 さすがにそこまでは……する子もそれなりにいるけど、でもそれは、貴族以外に対してなんにも思わない質の子だったり、ずぼらだったりする子の話。 けれど、あなたは違うわ」
「………………………………、ええ、それはそうですけれど」
「それに……あなたがリラにされるようになる前は、そうではなかったでしょう? 最低でも下着くらいは、いえ、あなたのことだから半分くらいは自分でしていたのではないかしら」
「ええ、そう、なのですけれど……、……! そうですっ! あれは、精神と体の調子は肌に出るからと、経過観察のものだとリラが言っていましたわっ」
「で・も。 それなら、おふろでいいでしょう? 必ずにはだかになるのだから。 それも、1日に1回で充分。 お医者さまとおなじことをされるのであれば、ね。 ましてや、下着まで取る理由もない。 心の臓のある上ならともかく、下の方は。 違って?」
「あ、の。 ………………………………………………………………。 ぁぅ」
そう言えば、と、ジュリーは思い出す。
リラがジュリーの世話をはじめたばかりの頃のことを。
はじめは、……たしかに、そうだった。
リラは、そこまでのことはしてこなかった。
あくまで、他の侍女たちに習いつつ……彼女たちと同程度のものしかしてこなかった。
それに加え、産まれてからずっとそうだったように、公爵令嬢たるジュリーにとって、着替えを手伝われるのはふつうのことであって、傅かれながら着替えを手伝われるのもあたりまえのこと。
ただそれは、そういう職務であると同時に身分の違う……いくらふだんは対等に振る舞ってはいても、どうしても抜けきれない常識というもののせいで、無意識に感じているために……メイドという同性、かつ幼い頃から世話をされていた相手たち、かつ下の身分の者たちだからこそ平気だったもの、だった。
だが、リラは……平民だったとは言え、彼女の家に来てすぐに養女となった。
つまりは自分の妹になったわけで、身分は同じで……自分が助け出したという意識はあったとしても、大切にしなければと思ってはいても、他人であって。
だからこそ、恥ずかしかった。
はじめは、下着になっているのを見せることすら。
そろそろと、隙あらば脱がせてこようとする彼女に対して、抵抗もした。
何も下まで、と、抗議したこともあったはずだった。
だが。
「………………………………あら? そういえば私、いつのまにあれほどまで」
「……? とにかくね? ジュリー。 あの子、ほんっとあなたにいつもへばりついていて、体を触り続けるか触られ続けようとしていて。 おふろだって、あなたの治療という理由もあるのでしょうけれども、なによりも自分でする必要はないわよね? あの子が習ったという医師やその弟子などを呼び寄せればそれで済むのだから。 ということはね、あの子。 あなたのはだかを見て触りたいと言う欲望を抱いているから、毎日喜んでしているの。 ………………………………そうは、思えないかしら? そう、思える節は、なかった、かしら?」
「…………………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………………」
真実がほとんどすべて暴かれてしまったその空間に、静寂が舞い降りる。
彼女が彼だったという事実以外は、すべてが……その欲望の先の少女に伝わってしまった。
あまりの衝撃に……合点が行ってしまってふらついたジュリーは、そのままベッドにぽすんと腰を下ろし、座り込んだまま。
シルヴィーも、そんな彼女を見下ろしたまま。
もちろん、本来なら彼女たちの周りに常駐しているはずの世話役たちも、先ほど人払いしたためにいない。
衣ずれの音すらしない、静けさが舞い降りる。
そう。
ふたりっきりの空間に。
ふたりだけの……。
「…………………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………………」
「………………………………なーんていうのは、私の考えすぎでしょうね」
「………………………………………………………………………………え?」
シルヴィーは、先ほどまでの自説を一気に否定し。
ジュリーの口からは、起きてから幾度目となる……間の抜けた声が漏れる。
「だぁって、そうでしょう? あの子、どう見ても……おふろの中でも、あなたに対して邪な視線などを向けたりなんて、いちどとしてしなかったもの。 していたらすぐに分かるわ、だって私はふだんからそういうものに晒されているのだから。 この体型のせいで。 ……あ、ここでまた怒り出したりはしないで頂戴?」
「しないわよ……昨日のことは反省しているのですから」
「そ、よかったわ。 …………と、いうわけで。 さっきのはあくまで考えすぎたらそう思えちゃうっていうだけのこと。 そう、あの子のことを確かめるまでの私たちのように、ね。 だからあの子は単純に、純粋に……あなたのことが好きだからしているだけなのでしょうね。 あなたのことが大切だからこそ、しっかりと世話をして……それが、その気持ちがちょっとばかり重すぎるだけ」
「………………………………、リラが、私のことを」
「女の子として好き……なのかもしれないし、姉として慕っているだけなのかもしれないし……自分の人生を救ってくれた令嬢として、なのかもしれないけれど。 けれど、そうだとしても、それは自覚はしていないでしょうね。 だって、そんな視線もしていないのだもの。 あれは、純粋な瞳。 思慕のそれよ。 断言できるわ? …………少しでも恋愛的な意味で好きな相手のはだかを、真っ正面から何の欲望も漏らさずに見られる人間なんて、いないのだから」
もちろん実際は欲望まみれだった。
その先の妄想も、いつもだだ漏れだった。
ただ、リラが……彼だった彼女が、それを、自身の脳内だけで完結できる才能を持っていただけに過ぎない。
だからこそ、シルヴィーも「かもしれない」止まりで終わったのだった。
幸運なことに。
あるいは、不幸なことに。
「………………………………う――……なんだか、恥ずかしいわ」
「アルベール王子のことを考えるのとどちらが?」
「……言えるわけないでしょう?」
「あはっ、それもそうね」
一気に空気は緩み、ただの恋愛話に花を咲かせる少女たちのそれに戻る。
だからか、先ほどは腰が抜けたようになっていたジュリーも勢いよく立ち上がり、今度は彼女からシルヴィーにしがみつくような格好となり、顔を真っ赤にしながら問いただす。
「……けれどシルヴィー、どうしてくれるのですかっ! このような話を……リラが、その、私のことを、……女の子としてす、好きっ、………………かもしれないなどという話を聞いてしまっては、私、もう、今までのようにリラを見られなくなってしまうではありませんのっ!」
「別に? 好きにすればいいのではなくて?」
「それは無責任ですわっ!!」
「だって、別にリラがあなたのことを好きでもいいのだし、あなたも別にそれが嫌でもなくて。 あなただって、リラのことを……妹にって、平民なのに引き取るようにって、強引にお父さま方に迫るくらいにはあの子のことが気に入っていて。 あと、女の子同士なのだから。 別に好き合ったって、問題はないでしょう?」
「えっと、………………………………」
「アルベール王子以外の他の男性を好きになるわけでもなし、懸想されているわけでもなし。 ただ、妹として側にいる子が好きなだけ、あるいは好かれているだけ……または、好き合っているだけ。 仮に……もし、ほんとうに、有り得るとしたら、だから落ち着いてね? ――あなたたちがそういう関係になったとしたところで、不義理にもならないでしょう? なぜなら女同士ならなんの問題もないもの。 バレないようにさえしていれば……姉妹なんだから仲が良いのは当然だからバレることはないと思うけれど……王子と結婚したあとだって、あなたたちの自由よ」
「……シルヴィー? あなた、何か企んでいませんか? まるで、私をけしかけるような」
「ほら、まんざらでもない顔してる。 ……そうねー、あの子、かわいいものね? それも、飛び抜けて。 あなたのお部屋にあったお人形さんたちのように。 ……だからこそ、あの子が売れらそうになっていたときにも、あの子の才能はもちろんのこと、その容姿で……幼いままというのが逆に永遠の美を予想させて、だからこそつり上がっていたっていう背景もあるのだから」
「………………………………リラの件については、たしかにそうだったと記憶していますけれど……」
「まあ、あとはあなたたちの気持ちの問題だから、好きにしなさいな。 別に気がつかないフリをしていればいいのだし?」
「私には、そのような演技は」
「……それに、ね? その気持ちが抑えられないのなら、いっそのこと……どうにかしてあなたのお父さまに頑張っていただいて……もちろんうちも全力で支援するけれど……あなたたち姉妹が揃って嫁入りするという手もあるわよ? だってあの子、なんでかは知らないけれど、あの王子と仲が良いのだし」
と、シルヴィーは窓の外を眺めながら、ぽつりと――とんでもない提案を掲げる。
「…………、それは、リラにアルベールさまの側室になれというのでしょうか? けれどあなた、先ほどにはあなたの弟さまへって」
「あれはあくまでの提案だし、歳を考えたなら王子の方が近いのだし。 まあ見た目はあれだから、仮にそうなったとしたら王子が大変な思いをされるでしょうけれど……そこはまあ、男性にまかせましょ。 ……ね、それよりも」
くるっ、と……部屋の真ん中で腕を組んで立っていたジュリーを見るようにして、シルヴィーが言う。
「……ふたりして嫁入りするのであれば。 あの子と、生涯ずっと一緒、ということになるわよ? 恐らくは今のように、毎日一緒に……同じように暮らせる。 もちろん、あなたは王妃として忙しくはなるけれど」
「………………………………」
「……っていうのは、私からの、あなたたちの未来を想っての、ひとつの提案ってことで。 あとは考えておきなさいな。 リラが、さっき言ったように、遠くに行こうとしているのを止めようとしているのなら、今からがっちり捕まえておく手段を考えておかないといけないものね? ああ、もちろんうちの弟でもいいのだし、なんなら他の家にも……まだ相手が決まっていない男子のいる家にも声はかけておくわ。 それが、せめてもの……あの子をおとといまでさんざんに疑っていた、私の償いよ」
「………………………………………………………………。 ……私がどのような選択をするにしても、シルヴィー。 あなた、ここまで焚きつけたのだから、協力はしてくれるのでしょう?」
「ええ、もちろん。 あなたとリラ、両方の友人として」
「……なら、いいです。 その判断は……ひとまずは保留で。 ……ゆっくりと、いろいろ考えて。 たくさん、相談して。 ……それから決めます。 ですからとりあえず――」
☆
はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、と、胸の奥から……気管支らへんからヤな音が出る。
それくらい必死に走り続けているんだから当然だ。
この貧弱な体だ、仕方がない。
……もっとも、それだけ頑張っても一向に目的地にたどり着けていないのが悲しいけども。
これだけがんばって、まだ道のり半ばも行っていない。
それもこれも、このミニマムボディが悪いんだ。
急げ。
急ぐんだ。
早くジュリーさまのお父さんのとこに行って、僕がお役御免っていうのは止めさせないと。
じゃないと、僕の生きる希望がすべて失われてしまう。
それは困る。
僕の精神に関わる。
僕の命に関わる。
僕の存在意義に関わる。
ジュリーさまっていう、女神さま兼天使さまなお方を崇拝できなくなるなんて。
だって、そんなはずじゃなかったんだ。
もっともっと、……あと2年。
再来年まで、ジュリーさまがお嫁さまになっちゃうまで、それまでずっとずっとずーっと堪能する予定だったんだ。
なのに、それが昨日で最後って告知を今日受けるだなんて、だれが想像できる。
やばい。
死ぬる。
その予定で、あの事件を心の奥底に封印していた僕の精神は安定していたのに、こんなんじゃ、……。
ああ、どうしてこんなことに。
ほんとに僕は、ただ。
よたよたと走るよりも歩くって表現があってそうな僕を見て、メイドさんたちが声をかけてきてくれるからお胸にぽすんってしたいけど、今はそんな場合じゃない。
一刻も早く。
じゃないと。
………………………………。
どうして。
どうして、こんな目に。
なんで、僕が。
だって、さっきも思ったみたいに、僕は、ただ。
――――せっかく女の子に生まれ変わったんだから、僕はただ……お嬢さまを僕好みに育てるついでに愛でて撫で回して甘やかして楽しもうって思っただけなのにぃぃぃぃ!
どうしてこうなったぁぁぁぁ!!
………………………………そう、頭の中で運命という名の嫌がらせを呪いつつ。
僕は、ただひたすらにお父さまたちのいらっしゃるだろう場所へ向かっていって、――――――――――やっぱり、こてんと。
ぱたりと、途中で力尽きて。
メイドさんたちにぱふっとされて、まだお着替えが、お疲れのようですから私たちがお手伝いいたしますーって言われて……心身共に疲れ切ったまま、ふかふかな感覚だけを頼りにして意識を持たせてはいたものの。
僕は、僕の部屋に――――――――――ドナドナされていった。
ああ、……ジュリーさま。
僕は、決して諦めません。
必ずや、あなたとまた至高の日々を送るため、僕はがんばります。
……少し、少しだけ、休んでから、きっと。
実は一部間違いがあるのだが、おおむね正しいことだから問題が無いとして……そのことによってジュリーの頭の中は、日も昇る前の朝に叩き起こされてから幾度となく引っかき回された彼女の意識は……さらなる混乱の嵐の中にあった。
「え、……………………リラ、が。 え、うそ、冗談でしょう、シルヴィー」
「ほんとうよ。 だって、そうじゃない? リラは、あなたも良く知っているとおりに飛び抜けて頭が良い子。 そして、あなたのように箱入りではなく、私たちふつうの令嬢……よりも、ずっと広い世界を知っているのだもの。 あの子のお父さま……育ての、ね?……に付き添って、他国へも何度も出かけていたのだもの。 酒の席にもかわいいお人形として、いつもいたそうだから……そういう方面についても、最低でも人並みには知っているはずだもの。 あれだけちっちゃくったっても、ね」
ぎゅ、と……自分では気がつかずに、無意識で抱き合っているままのシルヴィーを余計に抱きしめてしまうジュリー。
だが、その行為自体も……今話していた内容のせいで、なんだかいかがわしいもののように感じられてしまって、思わずでぐい、と体を離してしまう。
「あら、残念。 ジュリーもまた抱き心地がいいのに」
「ですから、そのような冗談はっ」
「今のも、さっきのも冗談なんかじゃないわー。 うふふ……あ、で、話戻すと、どう見ても行き過ぎているもの、あの子の献身というものは。 ふつうは、いくら侍女だからと言って、着替えの際に毎回下着まではその手で取ったりはしないわ。 さすがにそこまでは……する子もそれなりにいるけど、でもそれは、貴族以外に対してなんにも思わない質の子だったり、ずぼらだったりする子の話。 けれど、あなたは違うわ」
「………………………………、ええ、それはそうですけれど」
「それに……あなたがリラにされるようになる前は、そうではなかったでしょう? 最低でも下着くらいは、いえ、あなたのことだから半分くらいは自分でしていたのではないかしら」
「ええ、そう、なのですけれど……、……! そうですっ! あれは、精神と体の調子は肌に出るからと、経過観察のものだとリラが言っていましたわっ」
「で・も。 それなら、おふろでいいでしょう? 必ずにはだかになるのだから。 それも、1日に1回で充分。 お医者さまとおなじことをされるのであれば、ね。 ましてや、下着まで取る理由もない。 心の臓のある上ならともかく、下の方は。 違って?」
「あ、の。 ………………………………………………………………。 ぁぅ」
そう言えば、と、ジュリーは思い出す。
リラがジュリーの世話をはじめたばかりの頃のことを。
はじめは、……たしかに、そうだった。
リラは、そこまでのことはしてこなかった。
あくまで、他の侍女たちに習いつつ……彼女たちと同程度のものしかしてこなかった。
それに加え、産まれてからずっとそうだったように、公爵令嬢たるジュリーにとって、着替えを手伝われるのはふつうのことであって、傅かれながら着替えを手伝われるのもあたりまえのこと。
ただそれは、そういう職務であると同時に身分の違う……いくらふだんは対等に振る舞ってはいても、どうしても抜けきれない常識というもののせいで、無意識に感じているために……メイドという同性、かつ幼い頃から世話をされていた相手たち、かつ下の身分の者たちだからこそ平気だったもの、だった。
だが、リラは……平民だったとは言え、彼女の家に来てすぐに養女となった。
つまりは自分の妹になったわけで、身分は同じで……自分が助け出したという意識はあったとしても、大切にしなければと思ってはいても、他人であって。
だからこそ、恥ずかしかった。
はじめは、下着になっているのを見せることすら。
そろそろと、隙あらば脱がせてこようとする彼女に対して、抵抗もした。
何も下まで、と、抗議したこともあったはずだった。
だが。
「………………………………あら? そういえば私、いつのまにあれほどまで」
「……? とにかくね? ジュリー。 あの子、ほんっとあなたにいつもへばりついていて、体を触り続けるか触られ続けようとしていて。 おふろだって、あなたの治療という理由もあるのでしょうけれども、なによりも自分でする必要はないわよね? あの子が習ったという医師やその弟子などを呼び寄せればそれで済むのだから。 ということはね、あの子。 あなたのはだかを見て触りたいと言う欲望を抱いているから、毎日喜んでしているの。 ………………………………そうは、思えないかしら? そう、思える節は、なかった、かしら?」
「…………………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………………」
真実がほとんどすべて暴かれてしまったその空間に、静寂が舞い降りる。
彼女が彼だったという事実以外は、すべてが……その欲望の先の少女に伝わってしまった。
あまりの衝撃に……合点が行ってしまってふらついたジュリーは、そのままベッドにぽすんと腰を下ろし、座り込んだまま。
シルヴィーも、そんな彼女を見下ろしたまま。
もちろん、本来なら彼女たちの周りに常駐しているはずの世話役たちも、先ほど人払いしたためにいない。
衣ずれの音すらしない、静けさが舞い降りる。
そう。
ふたりっきりの空間に。
ふたりだけの……。
「…………………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………………」
「………………………………なーんていうのは、私の考えすぎでしょうね」
「………………………………………………………………………………え?」
シルヴィーは、先ほどまでの自説を一気に否定し。
ジュリーの口からは、起きてから幾度目となる……間の抜けた声が漏れる。
「だぁって、そうでしょう? あの子、どう見ても……おふろの中でも、あなたに対して邪な視線などを向けたりなんて、いちどとしてしなかったもの。 していたらすぐに分かるわ、だって私はふだんからそういうものに晒されているのだから。 この体型のせいで。 ……あ、ここでまた怒り出したりはしないで頂戴?」
「しないわよ……昨日のことは反省しているのですから」
「そ、よかったわ。 …………と、いうわけで。 さっきのはあくまで考えすぎたらそう思えちゃうっていうだけのこと。 そう、あの子のことを確かめるまでの私たちのように、ね。 だからあの子は単純に、純粋に……あなたのことが好きだからしているだけなのでしょうね。 あなたのことが大切だからこそ、しっかりと世話をして……それが、その気持ちがちょっとばかり重すぎるだけ」
「………………………………、リラが、私のことを」
「女の子として好き……なのかもしれないし、姉として慕っているだけなのかもしれないし……自分の人生を救ってくれた令嬢として、なのかもしれないけれど。 けれど、そうだとしても、それは自覚はしていないでしょうね。 だって、そんな視線もしていないのだもの。 あれは、純粋な瞳。 思慕のそれよ。 断言できるわ? …………少しでも恋愛的な意味で好きな相手のはだかを、真っ正面から何の欲望も漏らさずに見られる人間なんて、いないのだから」
もちろん実際は欲望まみれだった。
その先の妄想も、いつもだだ漏れだった。
ただ、リラが……彼だった彼女が、それを、自身の脳内だけで完結できる才能を持っていただけに過ぎない。
だからこそ、シルヴィーも「かもしれない」止まりで終わったのだった。
幸運なことに。
あるいは、不幸なことに。
「………………………………う――……なんだか、恥ずかしいわ」
「アルベール王子のことを考えるのとどちらが?」
「……言えるわけないでしょう?」
「あはっ、それもそうね」
一気に空気は緩み、ただの恋愛話に花を咲かせる少女たちのそれに戻る。
だからか、先ほどは腰が抜けたようになっていたジュリーも勢いよく立ち上がり、今度は彼女からシルヴィーにしがみつくような格好となり、顔を真っ赤にしながら問いただす。
「……けれどシルヴィー、どうしてくれるのですかっ! このような話を……リラが、その、私のことを、……女の子としてす、好きっ、………………かもしれないなどという話を聞いてしまっては、私、もう、今までのようにリラを見られなくなってしまうではありませんのっ!」
「別に? 好きにすればいいのではなくて?」
「それは無責任ですわっ!!」
「だって、別にリラがあなたのことを好きでもいいのだし、あなたも別にそれが嫌でもなくて。 あなただって、リラのことを……妹にって、平民なのに引き取るようにって、強引にお父さま方に迫るくらいにはあの子のことが気に入っていて。 あと、女の子同士なのだから。 別に好き合ったって、問題はないでしょう?」
「えっと、………………………………」
「アルベール王子以外の他の男性を好きになるわけでもなし、懸想されているわけでもなし。 ただ、妹として側にいる子が好きなだけ、あるいは好かれているだけ……または、好き合っているだけ。 仮に……もし、ほんとうに、有り得るとしたら、だから落ち着いてね? ――あなたたちがそういう関係になったとしたところで、不義理にもならないでしょう? なぜなら女同士ならなんの問題もないもの。 バレないようにさえしていれば……姉妹なんだから仲が良いのは当然だからバレることはないと思うけれど……王子と結婚したあとだって、あなたたちの自由よ」
「……シルヴィー? あなた、何か企んでいませんか? まるで、私をけしかけるような」
「ほら、まんざらでもない顔してる。 ……そうねー、あの子、かわいいものね? それも、飛び抜けて。 あなたのお部屋にあったお人形さんたちのように。 ……だからこそ、あの子が売れらそうになっていたときにも、あの子の才能はもちろんのこと、その容姿で……幼いままというのが逆に永遠の美を予想させて、だからこそつり上がっていたっていう背景もあるのだから」
「………………………………リラの件については、たしかにそうだったと記憶していますけれど……」
「まあ、あとはあなたたちの気持ちの問題だから、好きにしなさいな。 別に気がつかないフリをしていればいいのだし?」
「私には、そのような演技は」
「……それに、ね? その気持ちが抑えられないのなら、いっそのこと……どうにかしてあなたのお父さまに頑張っていただいて……もちろんうちも全力で支援するけれど……あなたたち姉妹が揃って嫁入りするという手もあるわよ? だってあの子、なんでかは知らないけれど、あの王子と仲が良いのだし」
と、シルヴィーは窓の外を眺めながら、ぽつりと――とんでもない提案を掲げる。
「…………、それは、リラにアルベールさまの側室になれというのでしょうか? けれどあなた、先ほどにはあなたの弟さまへって」
「あれはあくまでの提案だし、歳を考えたなら王子の方が近いのだし。 まあ見た目はあれだから、仮にそうなったとしたら王子が大変な思いをされるでしょうけれど……そこはまあ、男性にまかせましょ。 ……ね、それよりも」
くるっ、と……部屋の真ん中で腕を組んで立っていたジュリーを見るようにして、シルヴィーが言う。
「……ふたりして嫁入りするのであれば。 あの子と、生涯ずっと一緒、ということになるわよ? 恐らくは今のように、毎日一緒に……同じように暮らせる。 もちろん、あなたは王妃として忙しくはなるけれど」
「………………………………」
「……っていうのは、私からの、あなたたちの未来を想っての、ひとつの提案ってことで。 あとは考えておきなさいな。 リラが、さっき言ったように、遠くに行こうとしているのを止めようとしているのなら、今からがっちり捕まえておく手段を考えておかないといけないものね? ああ、もちろんうちの弟でもいいのだし、なんなら他の家にも……まだ相手が決まっていない男子のいる家にも声はかけておくわ。 それが、せめてもの……あの子をおとといまでさんざんに疑っていた、私の償いよ」
「………………………………………………………………。 ……私がどのような選択をするにしても、シルヴィー。 あなた、ここまで焚きつけたのだから、協力はしてくれるのでしょう?」
「ええ、もちろん。 あなたとリラ、両方の友人として」
「……なら、いいです。 その判断は……ひとまずは保留で。 ……ゆっくりと、いろいろ考えて。 たくさん、相談して。 ……それから決めます。 ですからとりあえず――」
☆
はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、と、胸の奥から……気管支らへんからヤな音が出る。
それくらい必死に走り続けているんだから当然だ。
この貧弱な体だ、仕方がない。
……もっとも、それだけ頑張っても一向に目的地にたどり着けていないのが悲しいけども。
これだけがんばって、まだ道のり半ばも行っていない。
それもこれも、このミニマムボディが悪いんだ。
急げ。
急ぐんだ。
早くジュリーさまのお父さんのとこに行って、僕がお役御免っていうのは止めさせないと。
じゃないと、僕の生きる希望がすべて失われてしまう。
それは困る。
僕の精神に関わる。
僕の命に関わる。
僕の存在意義に関わる。
ジュリーさまっていう、女神さま兼天使さまなお方を崇拝できなくなるなんて。
だって、そんなはずじゃなかったんだ。
もっともっと、……あと2年。
再来年まで、ジュリーさまがお嫁さまになっちゃうまで、それまでずっとずっとずーっと堪能する予定だったんだ。
なのに、それが昨日で最後って告知を今日受けるだなんて、だれが想像できる。
やばい。
死ぬる。
その予定で、あの事件を心の奥底に封印していた僕の精神は安定していたのに、こんなんじゃ、……。
ああ、どうしてこんなことに。
ほんとに僕は、ただ。
よたよたと走るよりも歩くって表現があってそうな僕を見て、メイドさんたちが声をかけてきてくれるからお胸にぽすんってしたいけど、今はそんな場合じゃない。
一刻も早く。
じゃないと。
………………………………。
どうして。
どうして、こんな目に。
なんで、僕が。
だって、さっきも思ったみたいに、僕は、ただ。
――――せっかく女の子に生まれ変わったんだから、僕はただ……お嬢さまを僕好みに育てるついでに愛でて撫で回して甘やかして楽しもうって思っただけなのにぃぃぃぃ!
どうしてこうなったぁぁぁぁ!!
………………………………そう、頭の中で運命という名の嫌がらせを呪いつつ。
僕は、ただひたすらにお父さまたちのいらっしゃるだろう場所へ向かっていって、――――――――――やっぱり、こてんと。
ぱたりと、途中で力尽きて。
メイドさんたちにぱふっとされて、まだお着替えが、お疲れのようですから私たちがお手伝いいたしますーって言われて……心身共に疲れ切ったまま、ふかふかな感覚だけを頼りにして意識を持たせてはいたものの。
僕は、僕の部屋に――――――――――ドナドナされていった。
ああ、……ジュリーさま。
僕は、決して諦めません。
必ずや、あなたとまた至高の日々を送るため、僕はがんばります。
……少し、少しだけ、休んでから、きっと。
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何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
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読了。
お返しマッサージがワンチャン……と、思ったけどプロ以外はだめです!宣言済みなのでプロを呼ばれてしまう可能性があるな。
……おねいさんか、おばあさんかおじさんか……。
……最新作にもある、こんなの頭が幼女になっちゃうよぉ!みたいな目に遭う(内容不明)のだろうけど、想像だけというのも上手いので文句は言えないな……。
しるびーさんに時々性癖チェックくらいはされるんだろう。
とても良い(途中)のだが過去編の圧(鬱)がすごい……。
プロローグで元気だから耐えられるけど重い……。
現在地はお風呂回。