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18話 早咲の本性

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6月28日(月) 榎本直人くん:巻き込まれ主人公。

野乃早咲ちゃん:「男装」している「女の子」。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。――または、野乃早咲「くん」。

真面目な話のあとの落差が激しいです。お気をつけくださいませ。





「もう少し近づいても大丈夫そうですか?」

そう早咲に聞かれて、試しにとゆっくり来てもらった……けど、さっきひなたさんに対して感じたようなものはなく、手が届く場所まで来られてもなんともなかった。

手を伸ばせば俺の膝に触れられる距離だって言うのに、震えたりもしない。

「……なら、もっと近くの方が話しやすいですね」

と、イスを引きずって来た早咲は……ああ、筋肉、肉体上は女子なんだもんな、ただのイスでもちょっと重そうだ……俺の目の前にすとんと座る。

……あ、脚も開き気味になっているな。

普通に、男の普通の座り方ってやつに。

もちろんズボンを履いているし胸もないから、今までみたいに目のやり場に困ることもなく、ただぼうっと彼女……いや、彼を見上げる。

印象は、女っぽいのに女子に人気がありそうな、優男って言うんだっけ?

そんな感じだな。

――――――――――――初めのころに感じたように。

「そんなわけだから、秘密にしていたんです。 もちろん、親にも友だち……大好きなひなたちゃんたちにも、誰にも言ったことはありません。 言ったとして信じてくれるかも分かりませんし……いえ、あの子たちならきっと信じてはくれます。 こんな、荒唐無稽な話でも。 でも、でもですね? ……面倒なことに巻き込みたくはないから。 僕としては……こんな世界ですから女性同士で恋愛とかは当たり前ですから、それで男子と結婚せずに女の子と仲良くできればそれで充分でしたし。 だから、僕がこの世界で物心ついてからついさっきまで、この妄想に近いって思っていた事実は僕の頭の中にしか存在しなかったんだ」

「………………………………その、早咲。 面倒なこと、って?」

「……ああ、そうですね。 けど、直人だって落ち着いて考えたら分かるはずです。 直人の存在……別の世界から来た人間だというのを先生たちがなんとかして隠そうとしていますよね? 先生たちも、ちょっとは信じているんです。 直人が、君の知識が、態度が、あまりにもこの世界の男子とは違うから。 だけど、それを洗脳された、ってことにしてくれている。 だから、直人っていう監禁されて育った世間知らずで健康な男子っていう情報しか漏れていないはずですけど……バレていない。 そう聞いたらほっとしますよね? だって、別の世界だなんてほとんどの人にとっては妄想でしかありませんけれど。 ――――――――――でも、この世界では、です。 「移動可能な異世界」っていうの、かなり真剣に研究されているんです。 どれだけお金がない国だったとしても……」

「え? ――研究? その、SFみたいなものを?」

「そうです。 だって、いわゆる平行世界――そちらのSFとかでもあったでしょうか? あ、あったんですね、なら話は早いです――よく似た、別の世界。 絶対にあるはずだって結論づけられて、理論上はとっくにあると確信されていて……だから、いつかどうにかしてそこと行き来できたならって、ものすごいお金と人が動いている研究分野です。 だってそうでしょう? こちらは人工授精と遺伝子操作をしても、どうしても男が圧倒的に足りなくて、ものすごく人が減り続けている世界。 つまりは滅亡まっしぐらです。 なら……もう、どこかから、この世界でないどこかから、男性を連れてくることしかないのですから。 例え繋がった世界が恐ろしいところだったとしても、座して数百年を待たずに滅ぶのを待つよりかはずっと、いい。 こちらの富を、余っている女性をどれだけ連れて行かれたとしても、それに見合う男性を受け入れられたなら……この世界は、人類は、滅びを避けられるのですから」

「………………………………………………………………、そん、な」

たしか、この世界の歴史を聞いたときにも驚いた記憶がある。

なにをしても、出生率自体は……なにせ世界の99%は女性なんだ、男が少なくても人工授精さえあればある程度は確保できている。

少子高齢化で騒がれていた俺の世界よりも、たぶん数自体は……この十数年ではらしいけど……生まれているらしい。

それでも総合的な人口があまりに少ないのは、人工授精の技術が確立するまでの期間に生まれなかった男の数と、その期間にこどもを産めなさ過ぎたせいだとか聞いたし。

だけど、俺の世界では禁忌とされているDNAの操作ってものをしたとしても、それでもなぜか男はほとんど生まれず、生まれてくるのはほとんどが女。

だから、ますますに危機感があるんだとかなんとか。

「で。 だからこそ、です。 もしうっかりにでも、僕の前世が直人と同じように……ふつうの世界で、そこの記憶があるだなんて、万が一にでもそういう研究機関に漏れたりしたら。 ――――――――――――変人扱いならまだいいです、ですけど……それを真剣に捉えられちゃったら」

「………………………………、ああ、そうだな」

「うん。 小さいころならこどもの妄想だって笑って済まされるかも知れませんけど、そうじゃないかもしれません。 特に大きな国ほど膨大な予算を割いてまで必死ですからね、そういうところに送られたらまずふつうの人生というものは送れません。 直人、ちょうど今の君みたいな状態に……僕は、女の子として産まれているにもかかわらず、研究対象となってしまう。 いや、記憶を延々と吐かせるために薬漬けで僕というものを失うかもしれない以上、こっちの方がこわい、ですね。 僕の脳が男かもしれないからって、調べ尽くされるでしょう。 だって、ここでは女の命なんてささいなものですから」

「……………………………………分かるさ。 俺も、ついさっき……これからのことを考えて、諦めかけていたからな」

「ああ……彼女たちはおしゃべりでしたからね。 そのおかげで間に合ったとも言えますし、そのせいで君が余計なトラウマを持つことになっちゃったのですが……とりあえずで結果オーライですっ」

ぐっ、と、女子らしいポーズを取ろうとした早咲は、気がついたように片腕をぐっとする。

「……で、です。 さっき、ひなたちゃん……ひなた、にでさえ恐怖っていうものを感じて過呼吸になったって聞いたので、元、男として。 ……生まれ変わりと神隠し? ですかね? ……という違いもありますし、性別ももう違いますけど。 でも、同じような境遇の男子な直人がさっきみたいな顔をして苦しそうにしているのを見たら、ここで助けないのは申し訳ないって思って。 ……周りに誰も男子がいないっていうのと、なによりもここに、体は女の子になってしまいましたけど中身は男のままな僕がいるのとでは、ぜんぜん違うだろうな、って思ったら………………………………つい、言っちゃったんです。 ほんとうは、落ち着くまで待って声をかけようって、さっきまで、顔を見るまでは考えていたのに。 ……あは、ないはずですけど、もしここに盗聴器なんか仕掛けられていたら、直人はともかく僕、明日にはいなかったことにされていますね。 ……冗談です。 そんな顔しないで。 潜入する際にぜーんぶ壊してきましたから」

ふぅ、と一気に息を吐き出すと、直人は秘密、守ってくれますよね……と、困ったように笑いながらイスにだらしなく座り直す早咲。

その姿はどう見ても……うん、男だ。

スカートじゃないから脚を開いていても変じゃないし、何よりも俺のことを男として意識していないのがはっきりと分かるし。

………………………………ああ。

俺、この世界に来てから、多分、初めて安心、って感覚を。

「……とにかく、助かった。 改めてありがとう、早咲」

「嫌ですね、僕たちはもう同性な友人。 いや、ヒミツをバラされたくないので親友ってことでいいですよね? 同じような境遇でもありますし? なので」

「うん、でもありがとう。 あのままだったら、……きっと、教えられた通りに、あるいは俺が読んだことのある頭の悪いマンガみたいな展開になっていただろうからさ。 ……まあ、実際には死ぬよりはマシな程度の状態になっていたんだろうし。 ……そういう話を読んだときにはうらやましいとしか思えなかったって言っても、実際にああいう欲望をいきなり、直接に浴びせられたら……男だって、こわいんだなって分かったから」

「でしょうねぇ……僕たちの感覚じゃ、男しかいない環境に着の身着のまま放り出された女の子があんなことやこんなことをさせられるっていう定番ですものね。 こちらでは真逆ですけど、でも、僕たちにとっては正にその通りで、僕たちはその女の子だとしか感じられませんし」

「ああ………………………………あ、そうだ、ひなたさんには謝らないとな。 あんな反応しちゃって、きっと落ち込んでいるだろうから」

「ええ、そうしてください。 あの子、泣き虫ですから…………、でも」

「でも?」

と、…………………………突然に早咲が立ち上がり、急に声が大きくなる。

同時に俺の体がこわばったりもしないから、少なくとも早咲に対してはさっきみたいなものが起きないって分かってよかったんだけど……なんだか顔つきが。

その。

……まるで、女子の話題ばっかりしていた同級生の誰かを思い出すようなものになっていて。

だん、っとイスから立ち上がり、片足を乗っける早咲。

「ああいうのはフィクションだって分かっているからいいんですよっ!」
「お、……おう?」

「ですよね! かわいそうなのはダメですよね! いえ、作りものとか演技でしたらいいですけど、リアルな女の子でしたらあんまりにもかわいそうだと心が痛んでそれどころじゃ! ええ、使えるものも使えませんから!! かわいそうなのは演技で実は喜んでいるって言うのがいいんじゃないですか!!  ねぇ、そうでしょう直人!! 最後の場面でハイライトとか消えていたら興奮なんて消し飛ぶじゃないですか!!!!」

「あ、ああ…………………………………………………………う、うん?」

いや、分かる。

俺も男だし、そういうものの気持ちも分かる……けど、なぜ早咲はいきなりこうなっているんだ?

「あ、で。 直人の世界って、こーんな感じの雑誌とか、作者とか……こういうタイトルのシリーズとかあったりします?」

「………………………………これは知らないけど、これなら。 ああ、これは俺のところでも人気だったな」

「やっぱり! どうやら僕たち、よっぽど似た世界から来たんですね!! やー、嬉しいです! 同じものを知っているって言うだけで楽しいんだからっ」

スマホを取り出すや否や、ものすごい勢いで文字を入れていた……と思ったら、手渡されたそれに書かれていた雑誌や作者……まあ、そういうものの有名どころに、早咲の剣幕に押されながらも答える。

もちろん、普通の……学校で、みんなで回し読みしていたような、健全なものも含まれてはいるけど。

………………………………あ。

俺、早咲と手が触れても大丈夫になっているな。

俺はもう、早咲のこと……完全に男だって認識しているんだな。

「いやあ、懐かしいですねぇ……僕にとっては、もう十数年も昔のことですから」
「あ、そうか。 生まれ変わったってことは」

「ですね、幼稚園くらいまでは記憶が曖昧ですけど、それからはほぼ地続きな感じなので……すっごく懐かしいです。 それこそ、今みたいな場面じゃないと、まず思い出せないくらいの。 あ、これはどうです?」

「……ああ、これはテンプレだって言われつつも、ヒロインもシチュも誰かひとりは必ず刺さるやつだよな? 早咲のところでも?」

「うんっ! あ、ちなみに僕は毎回必ずあった、王道のハーレム回が好きでした! ちょろい子からなかなか落ちなかった子までが揃うっていうのがたまらなくって! まるで僕が攻略しているって思えるからっ」

いつになく早咲が……もう早咲さんとは呼べなくなったくらいにはすごいことになっている。

いや、ほんとう、晴代さんほどじゃないにしてもお淑やかな感じはどこ行ったんだ。

擬態か?

これじゃただの下ネタ好きな男子だぞ?

「だけど直人? 女の子はやっぱり貧乳が正義ですよね!?」
「………………………………………………………………は?」

と、予想外の言葉を耳にして俺の意識は一気に引き戻された。

「ふつう……そうですね、微乳から美乳まではまだいいとして、それより大きいのはちょっと……将来垂れそうだって思うと、なんだかダメな感じですし? あとおしりが大きすぎるのもNGですよねぇ。 ……巨乳好きの大多数の男はもっと現実見た方がいいですよ、現実の女の子はだいたいブラで持ってますし? 理想的なぼんきゅっぼん!だなんて、ほんとうに滅多にいないですもんね? ねぇ?」

「………………………………いやいや早咲、それはちがうぞ? 女性の魅力は……そりゃあ本人の性格とかもあるけど、でもやっぱり胸と下半身だろ? 実際に人気なのはそういう人とかキャラクターじゃないか。 世界中どこ勝手そうだろ? それに、スタイルがいいのと太っているって言うのは違う。 お前、女として十何年も過ごしてきたのに分からないのか?」

そう言うと、きょとんとした感じになる早咲。

ちなみに彼女は、これまたなぜか……イスの上に仁王立ちしている。

ものすごい剣幕で見下ろされている。

……いや、ほんとうにどうしてこうなった。

俺も、思わずで反論……いや、ほんとうになんとなくでなんだけど。

けど。

………………………………どうしてこうなった?
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